誤字報告したら殺す
「おいおい、田中。お前、また誤字があるぞ。本当に大卒か? 中卒じゃないのか?」
「すみません……」
とある会社。社内文書を突き返された田中は、肩を落としてため息をついた。
彼には、どうしても誤字脱字がつきまとった。何度見直しても、必ず何かを見落としてしまう。特に文章が長くなると、その傾向は一層顕著になった。
さらに厄介なことに、一部を修正すると、そこから新たなミスが生じる。まるで、穴を塞ぐたびに別の場所から水が漏れる壊れた船のように。
「ただの新入社員歓迎会の案内だぞ。それをなあ、『親友社員』だの、『ガキのとおり歓迎会を開催いたします』だの、間違いが多すぎる。ふざけてんのか?」
「すみません……」
「そういえば前にも『資料』を『死霊』にしたことがあったな。お前の注意力どうなってんだよ」
「はい……」
「雑なんだよ、雑! ほら、ここもだ。『わからないことがりましたら、短刀の田中までご連絡ください』って、はーあ」
先輩は大きくため息をつき、こめかみを押さえた。すると田中は首を傾げ、静かに訊ねた。
「それのどこが変なんですか……?」
「はあ?」
「あ、『わからないことがりましたら』になってましたね。すみません……」
「いや、そこじゃねえよ! 短刀だよ、短刀! 『担当』だろうが! お前さあ、やる気ないなら辞めれば? 新人も入るしよ」
「……でも、僕は短刀ですよ」
「なんだよ、その妙な責任感は。もういいからあっち行けよ、ほら」
「先輩、違いますよ。『担当』じゃなくて、『短刀』の田中です」
そう言いながら、田中は静かにポケットに手を入れ、何かを取り出した。それは、よく研がれた包丁だった。
『――先生? どうも、担当の鈴木です』
「あ、どうも鈴木さん。いつもお世話になっています。どうでしょうか、今回の作品は。テーマは誤字脱字なんですけど」
おれは鈴木にそう訊ねた。小説投稿サイトで公式連載の枠をもらったばかりだが、原稿料が出るわけでもなく、担当といっても専属ではない。それでも、こうしてわざわざ電話をくれるとは珍しく、ありがたいことだ。まだ連載は二回目だが、ひょっとして才能を評価されたのだろうか。
『いや、ネットの掲示板で少し話題になっているんですけど……これ、先生のSNSのアカウントですよね? スクショ送りますね』
「あ……」
【誤字報告うざい】
【指摘するのが趣味なのか?】
【文法ミスを指摘する人は圧倒的に性格が悪いらしい】
【ゴリラ赤ペン先生】
【ゲリラ】
【ほっとけよな】
【あとで見直したときに、絶対自分で気づいたし……】
【自分が不快なだけ】
【上から目線】
【指摘するとき、絶対鼻の穴デカくしてる】
【寛容じゃない】
【エバンゲリオン】
【パイレーツオブカルビヤン】
【誤字報告したら殺す】
『これ、先生ですよね? 他の投稿を見たら先生っぽい特徴がいくつかあったんですけど……』
「あ、あ、ち、違うんですよ。誤字報告したら……凝らす! 目を凝らすって言いたかったんですよ! あー、間違い間違い。ははは、いやー、ご指摘ありがとうございます。あはは……」
※作者は皆さまからの誤字報告を大変ありがたく思い、瞰射いたします。