宇宙流通論から
スターロジ
銀河連邦工科大学を卒業した佐藤は、銀河系物流業界の最大手「スターロジ」に就職した。宇宙ロジスティックの道を志したのは、二十年来の趣味であるコンピュータゲームの影響が大きい。
そのゲームは、自由かつ効率的に物流ネットワークを構築し、銀河規模の経済を動かすことができた。
佐藤はその自由度の高さに惹かれ徹底的にゲームにのめり込んだ。ゲーム熱は大学在学中も続き、佐藤の成績はゲーム内の物流帝国の経済規模拡張に反比例して下がっていった。
そんな佐藤を救ったのは大学四年時にゲームに当てられた大型アップデートである。このアップデートでは物流帝国の責任者委任システムが実装された。委任する以上はそのキャラクターの性格に合わせたトラブルが発生する。
要はプレイヤーにそういったトラブルを見越した物流ネットワークの構築を新たに課したのだった。
このアップデートは、ゲーム批評サイト曰く「圧倒的に不評」だった。佐藤も例に漏れず、ゲームに対する熱が急速に冷めた。心血を注いだ趣味に見放された佐藤は学業に専念することになった。そして、見違える様に勉強した佐藤は優秀な成績で学部時代を終えることになった。
一方で、佐藤の頭をいつも支配していたのは、ゲームで考案した物流システムを現実世界で使ったどうなるだろうということだった。「スターロジ」入社の本当の志望動機はそれだった。
しかし、現実の物流業界はすでに完全制御されたシステムの中で最適化され、佐藤の創造性が入り込む余地はなかった。
佐藤の仕事は、膨大な貨物データの確認と出荷計画の管理のみ。それは佐藤にとって退屈で、味気なく、何の変化もない日々だった。
転職も考えた矢先、佐藤にその内なる野望を実行に移すチャンスが訪れた。
バクテリア製鉄輸送法
NGC2632星団に大量の鉄系金属を輸出する必要があった。しかし、佐藤にはロジスティック・システムが提案する方法よりも迅速かつ低コストで実行できる手段があった。
その方法とは、鉄を排出する特殊なバクテリアを採取し、それを輸送艦内のバイオチャンバーで増殖させるというものだ。このバクテリアは特定の環境下で爆発的に増殖し、短期間で大量の鉄系金属を生成する性質を持っている。
つまり、出発時に少量のバクテリアを積み込み、輸送中に増殖させることで、輸出先の星に到着する頃には十二分な鉄系金属を確保できるというわけだ。
これが成功すれば、物流の革命になる。
──しかし、結果は無残なものだった。
荷下ろし先の宇宙港から緊急の連絡が入ったのは、輸送艦が到着して間もなくのことだった。
「この臭気は法令違反だ。貨物を即刻確認せよ!」
佐藤がモニター越しに映像を確認すると、宇宙港の係員たちが防護マスクを装着しながら騒然としているのが見えた。原因はすぐに判明した。
輸送艦のバイオチャンバー内で増殖したはずの製鉄バクテリアが、大量の腐敗した有機物へと変質していたのだ。期待していた鉄系金属の生成どころか、悪臭を放つ廃棄物の塊となり、宇宙港全体にその悪臭が充満してしまったのである。
佐藤は頭を抱えた。夢に見た効率的なロジスティック改革は、法規違反と環境汚染という最悪の結末を迎えたのだった。
失敗の原因
失敗の原因は、しばらく経ってから判明した。
原因は、バクテリアの栄養剤を製造していた会社作業員のミスだった。
栄養剤の調整作業中、作業員はポルノ動画を視聴し、それに気を取られて製造工程の標準時間を15分超過してしまった。
作業員は軽い気持ちでデータを誤魔化したが、その15分のズレが長期航路のバクテリア培養のエコシステムを完全に破壊したのだった。
佐藤の挑戦は、人間の性欲というありふれた原因によって、無残に失敗したのだった。
しかし、佐藤の失敗は、スターロジ社の最新鋭ロジスティック・システムによって即座に補完されていた。
システムは最適な対応策を弾き出し、大量生産・大量輸送が可能な別ルートを算出。最終配送地への遅延をわずか30秒にまで抑え込み、ほぼ完全な形でリカバリーを完了させたのだった。
佐藤は、自身のミスが帳消しになったことに安堵しながらも、同時に大きな敗北感に苛まれた。
人間が犯した失敗を、機械は即座に修正し、何事もなかったかのように物流を回していく。
そこに人間の存在価値はあるのか
──そんな思いが、彼の胸を重くした。つまり彼は、自分の存在意義がシステムの前で無力であることを痛感したのである。
しかし、その"わずか三十秒の遅延"が、この宇宙の運命を変える出来事になるとは、このときの佐藤には知る由もなかった。
接触
ある休日の朝、佐藤の端末に直属の上司からの連絡が入った。
「休日に連絡なんて珍しいな……」
訝しみながら応答すると、どうやら例の鉄系製品の輸入に関する問い合わせ対応らしい。
「鉄の件?でも、クレームなんて来てなかったはずだが……」
佐藤にとって、その業務上のミスはすでに過去の出来事だった。ロジスティック・システムが即座にリカバリーし、事態は収束したものとばかり思っていた。
しかし、上司の説明によると、今回の問い合わせは顧客からではなく、さらにその先の取引先、つまり客先の客先からのものらしい。
「詳しい内容はわからないが、とにかく会って話をしてくれ」
上司はそう告げると、慌ただしく通信を切った。
佐藤は溜息をつきながら、二階にある量子もつれ通信室に向かった。
通信をオンにすると、客先の担当者はすでに席に着いていた。
画面に映し出されたのは、赤と青の目が交互に点滅する異星種族の姿だった。その点滅の速さから、彼が少なからず動揺しているらしいことは佐藤にも察しがついた。
気分を異種に知られてしまうというのは何ともポーカーフェイスを裏返した様な性質だ。
「ご機嫌ようございます。この度は、どのようなご用件で……?」
佐藤はできるだけ冷静に切り出した。しかし、相手は挨拶を無視し、鋭い口調で切り込んできた。
「三十秒の遅延は、お前のせいだな?」
その言葉に、佐藤は一瞬答えを迷った。
三十秒という具体的な数値を挙げているということは、相手はすでに遅延の背景を把握している可能性が高い。ここで誤魔化しても、すぐに見抜かれるだろう。
観念した佐藤は、正直に答えることにした。
「……はい、私のオペレーションミスによるものです。」
怒声を浴びせかけられと佐藤は覚悟した。しかし次に聞こえたのは意外な一言だった。
「三十秒の遅れで、我々は花火を見ることができなかったのだ。」
佐藤は、予想もしなかった言葉に戸惑った。
「……花火、ですか?」
貨物の遅延が問題になることは理解できる。しかし、それが花火の鑑賞とどう関係があるのか、まったく想像がつかなかった。
「いったい、どういうことでしょうか?」
佐藤が問い返すと、相手は淡々と状況を説明し始めた。
NGC2632では、宇宙の各地から集めた物質を錬成し、壮大な銀河花火を作り上げるという伝統行事があるという。しかし、今回の三十秒の遅れによって、そのプロセスが崩れ、花火の錬成が不可能になったのだ。
輸送された鉄そのものは半減期の影響を受けなかったが、花火の構成要素である他の希少元素が短い半減期を持っていた。それらは厳密な時間管理のもとで組み合わされる必要があり、三十秒のズレによって化学的性質が変化し、花火を作り出すことができなくなったという。
「……つまり、あなたは花火を見ることができなかったと、そうおっしゃりたいわけですね?」
佐藤は相手をじっと見つめながら、確認するように言った。そして、心の中でほっと胸をなでおろした。
(なんだ、そんなことか。)
貨物の損失や事故ではなく、単なる鑑賞機会の損失に過ぎない。そうであれば、企業として法的な責任を負う理由はない。
佐藤は、一転して冷たい口調で言い放った。
「それならば、当社は何の責任も負いかねます。」
相手の点滅は若干スローダウンした様に見える。
「貴社の責任などあろうはずもない」
「?」
佐藤は相手の質問の意図を俄かにつかめなかった。
「花火は我々の物理法則上の計算では必ず成功するはずだった。だから花火が成功することを我々はベンチマークとした。結果どうだったか。花火はなくなった。」
ベンチマーク?一体何を言っているのか佐藤には理解が追いつかなかった。
「いったい、どういうことでしょうか?」
佐藤が尋ねると、相手は静かに説明を始めた。
「お前たちの宇宙は、上位者によって閉ざされている」
「上位者?」
「お前たちは知らないだろうが、この宇宙は外部との接触を拒絶する法則に縛られている。我々は何度もベンチマークを記録しようとしたが──観測しようとした事象がことごとく発生しなかった。」
「我々の宇宙、つまり外宇宙で観測し100%発生すると考えた事象が、お前たちの宇宙では発生しない」
「そして…それは偶然ではない。上位者がこの宇宙に干渉し、予定された事象の発生を妨げているのだ」
「……しかし、今回、変化が起こった。お前の三十秒の遅れが、我々にとって初めての突破口となるかもしれない。」
佐藤は目の前にいる存在が外宇宙人であることに驚きを禁じ得なかった。外宇宙人との接触はこの時代でも極めて珍しい。
そして大体の場合外宇宙人と内宇宙人の意思疎通はこの時代の技術を持ってしても難しいと言わざるを得なかった。ここまで流暢にやりとりできる外宇宙人はいなかった。何しろ容貌が内宇宙人のそれであるからして、佐藤はこの外宇宙人を名乗る存在は嘘をついていると疑わざるを得なかった。
約束の言葉について
「そして、お前に頼みがある。1万年後、我々の同胞がNGC2632の花火を再度見にくる。1万年後、この銀河花火を必ず実施してほしい。そして、その時、お前の後継者に"すいませんでした"と言わせて欲しい。」
「……"すいませんでした"?」
「必ずだ。必ず"すいませんでした"と言って欲しい」
「ちょっと待ってください。弊社にはそれについて負うべき責任はありませんし、そもそも1万年後に私は生きていませんよ。あなた方は1万年生きる種族かもしれませんが、私たちは違います。こんな約束できっこありません」
「一千回…一千回だ」
「我々が、我々の宇宙を離れお前の宇宙に入り、そしてお前に出会うまでに我が種族が変異した回数だ。」
「宇宙毎、もっと細かく見ると銀河系毎に生物の構成に適した元素は異なる。お前は炭素をメインにした種族だが、我々は現時点のユニフォームでも炭素をメインにしていない。ケイ素やその他の元素がユニフォームだった時もある。」
佐藤はこの外宇宙人が故郷を旅立ってから根本から別の生物になっていること、そして種の入れ替わり自体をユニフォームと呼んでいることを理解した。
「お前は光が全く届かない密室の中で長い時間を過ごしたことはあるか?」
佐藤は頭を振った。
「厳密には状況は異なるが、それこそが我々の宇宙だ。」
「そして、暗闇の外側から外の世界がどうなっているかを伝えること、それこそが我々語り部の役割なのだ。」
「語り部は種族を変えながら、長い時間をかけ調査対象の宇宙に適合する。そしてその情報を我々の宇宙に伝える。気の遠くなる程の世代交代を繰り返しながら情報を我々の宇宙に返すのだ。」
「世代交代の間に語り部であったことを忘れてしまった同胞も勿論多い。そして語り部であったことを忘れて同胞同志で戦争を始めて滅んだ同志も少なくはない。」
佐藤は地球の魚類に分類されるマンボウという生物を思い出した。マンボウ自体は大きな魚だが、8億個ともいわれる卵のうち順調に生育する個体は1、2匹である。目の前の語り部はマンボウの成魚ということなのだと佐藤は思った。そう考えるとこの外宇宙人が自分の目の前にいること自体が奇跡なのだ。
「我々はNGC2632の花火を見て我々の宇宙に伝えたい。そしてそのために、お前にとっては不本意だとはわかっているが"すいませんでした"と我々に言って欲しいのだ。私達の後裔とお前達の後裔が争わぬためにも」
外宇宙人の懇願にも似た発言を受けて、佐藤は幼少期の記憶を思い出していた。
彼は、生まれつき目が見えなかった。
幼少期の彼にとって、世界は"形のないもの"だった。母の声、風の音、温もり……それだけが、彼の宇宙のすべてだった。ただ。いま思うとその世界も悪いものではなかった様な気がする。
「いつか、お前も私の世界を見る日が来るよ。」
母はそう言い続けたが、彼はその意味を理解できなかった。
──そして、ある日、彼は治療を受け、初めて視力を得た。完全ではなかったが、光を、色を、輪郭を"感じる"ことができるようになった。
その日、母は彼を銀河花火の特等席に連れて行った。
「この花火、ずっと覚えていてね。そしてあなたが他の人にも見てもらいたいと思ったら、その素晴らしさを言葉で伝えるの。」
母の笑顔とともに、その記憶は深く刻まれた。
──しかし、それから幾ばくもなく母は病に倒れ、他界した。
最後の言葉は、あの夜の花火の記憶とともに残された。
「あなたも、誰かに伝えてあげてね。」
彼はそれ以来、母との記憶を胸に秘めながらも、、花火を見た日のことを忘れかけていた。
佐藤の目に、気づけば涙が滲んでいた。
「……分かりました。」
「私は、約束します。」
外宇宙人の目は青く点滅した。
1万年後
1万年の時が流れ、約束の年が訪れた。
佐藤の後継者は、1万年の間に内宇宙の物流を完全に支配する勢力へと成長していた。ロジスティックの技術革新は、あらゆる星間社会の発展を支え、彼らの一族は、もはや物流という枠を超え、銀河文明そのものの"血流"となっていた。
「すいませんでした」という約束の言葉は、後継者から後継者へと、ミームとして受け継がれてきた。もはや社会においてその言葉の意味は失われながらも、それは決して忘れ去られることのない記憶として刻まれていた。
そして、約束の年。外宇宙人より、接触の信号が届いた。
佐藤の後継者は、銀河花火を観る特等席へと向かった。そこには、約束通り、外宇宙人の後裔が待っていた。
──しかし、彼らの姿は、一万年前とは大きく変わっていた。
外宇宙人は、佐藤の種族に限りなく近い姿へと変化していた。かつて佐藤の前に現れた青と赤の光を点滅させる異形の種族は、今、彼らの肌は薄く青みを帯びているものの、すでに佐藤の種族と見分けがつかないほどになっていた。
もはや、異種族と呼ぶにはあまりにも似すぎている。
銀河花火の打ち上げ開始前の静寂が広がる中、佐藤の後継者はゆっくりと口を開いた。
「約束の言葉を伝えます。もはや我々の社会では誰も使わない言葉です──」
「すいませんでした。」
外宇宙人の後裔は、わずかに微笑み、ゆっくりと答えた。
「お気になさらず。」
──その瞬間、宇宙が揺れた。
銀河花火が炸裂する光の向こう側、空間が裂け、無数の巨大な宇宙船団が次々とワープインしてきた。
その場にいた全員が、息を呑んだ。
外宇宙人の瞳の色が変わる。頭と瞳の瞳孔が小刻みに動いた。そして、すべてを悟ったような表情で、静かに語り始めた。
「約束の言葉は、この宇宙における時間鍵のキーフレーズだったのです。」
佐藤の後継者は、思わず息を呑んだ。
「……どういうことです?」
外宇宙人は、ゆっくりと空を見上げながら続けた。
「遥か昔、我々が佐藤さんと接触するよりずっと前、我々の宇宙はあなた方の宇宙と接触する手段を求めた。だが、この宇宙は”上位者"によって封鎖されていた。」
「我々が何度試みても、この宇宙では外宇宙の法則で理論的に予測した出来事がことごとく発生しなかった。」
「それは偶然ではない。上位者が、この宇宙に干渉し、我々が予測を立てることを拒絶していたのです。」
佐藤の後継者は納得がいかず質問せずにはいられなかった。
「たとえ上位者の干渉があったとして、それが秘密鍵、そしてこの巨大な艦船群と同関係しているのですか?」
外宇宙人は微笑みながら言った。
「私たちは語り部であると、佐藤さんに伝えました。しかし、それは我々の存在の半分しか示していません。もう半分は、宇宙貿易集団としての顔です。」
佐藤の後継者は眉をひそめた。
「……つまり、情報収集だけではなく、貿易が本来の目的だったと?」
外宇宙人は頷いた。
「ええ。しかし、実のところ、つい先ほどまで、私たち自身も"語り部"としての役割しか認識していませんでした。」
「……それはどういうことです?」
「先ほど秘密鍵が適合したことで、我々はついに"我々の宇宙"と完全に同期したのです。そして気づきました。実は、我々の宇宙はとっくの昔に、外宇宙の情報収集をするフェーズを終えていたのだと。」
「……どういう意味ですか?」
「我々自身が"情報を持ち帰ることがミッションだ"と信じていました。しかし、それは誤りだったのです。」
佐藤の後継者は、全く納得がいかなかった。彼は必死に佐藤の意識データを検索しながら、相手の言葉の意図を探ろうとした。
──しかし、意図が掴めない。
そんな彼に、外宇宙人は静かに告げた。
「我々の真のミッションは、"安全な交易ルートを確保すること"だったのです。」
「通常、我々が特定の外宇宙で交易を開始するには、莫大なリスクを伴います。」
「理由は単純です。外宇宙の存在と接触したとき、その相手が意思疎通できるかどうかも分からない。たとえ対話できたとしても、それが信用できる相手なのかは分からない。」
「過去には、語り部が嘘の情報を持ち帰り、それによって凄惨な宇宙間戦争が引き起こされた例もあります。」
佐藤の後継者は息を呑んだ。
「つまり、語り部ですら信用できない可能性があるということですか?」
「その通りです。」
外宇宙人は静かに頷いた。
「だからこそ、我々は"時間鍵システム"を考案しました。」
「時間鍵システム?」
「詳細を話すと長くなりますが、要点をお伝えしましょう。」
外宇宙人は続けた。
「語り部は、① 特定の事象の発生② その発生時期③ キーフレーズ──この3点を設定することになっています。」
「そして、この3つが満たされたとき、我々の宇宙貿易船団が派遣されるという仕組みです。」
「発生時期は後年になればなる程時間鍵の精度を高めます。佐藤さんがおっしゃった様に一万年生きる知的生物でない限り、フレーズを後裔に伝えるのは至難の業です。それを伝える強い意志とそれを補完する技術がないと極めて困難です。だからこそ鍵として使える。そして貿易相手との意思疎通が可能かどうかを確かめるため、キーフレーズは”会話形式"であることが望ましい。」
「つまり──」
「宇宙花火、1万年後、"すいませんでした"から始まるやり取りこそが、その条件となったのです。」
「しかし、我々はこの宇宙の"上位者"に時間鍵システムの使用を妨害されていました。」
「ですが──」
「佐藤さんが三十秒の遅延を発生させたことで、状況が変わりました。」
佐藤の後継者は驚いた。
「どういうことだ?」
「三十秒の遅延は、単なる偶然ではなかったのです。──あなたの祖先は、上位者より"直接的な干渉を受けた存在"だったと判明したのです。」
「だからこそ、佐藤一族の後裔をキーフレーズの相手とすることで、上位者の干渉を避けられるのではないかと考えました。」
「果たして──」
「その賭けは成功しました。」
──1万年前、佐藤が交わした約束。それは、単なる謝罪ではなかった。
佐藤を上位者の調整システム中におけるバグであることを見抜いた外宇宙人が仕掛けたバックドアだったのだ。
内宇宙と外宇宙の壮大な交易が始まる。無数の星々を結ぶ、新たな経済圏。言語、文化、知識、技術が交わる、黄金の時代の幕開け。
しかし、それは同時に──
それを望まなかったであろう「上位者」への挑戦を意味するものでもあった。
佐藤の後継者は疑問を抱いた。
「もし、上位者が本当に宇宙の理を支配しているのなら、なぜ今回の時間鍵は上手くいったのか?佐藤だけ見逃されるなんてことがあるのですか?」
外宇宙人は静かに答えた。
「正直なところ我々にも分かりません。」
「ただし、一つだけ予測していることがあります。」
「佐藤さんの後裔は、この宇宙の"上位者"に最も近い存在なのかもしれません。つまり、その自由意志は上位者の信託に裏打ちされているのかも。」
「そして、もう一つ言えるのは、この様に宇宙に理の支配者がいる場合、その宇宙の知的生命体はそれを全肯定することで全面的な排除を免れている様なのです」
佐藤の後継者は、長い沈黙の後に決断した。
「この宇宙の繁栄を守るためにも、上位者を肯定しよう。そして、この宇宙が上位者を肯定できる様に我々は上位者よりの神託者となろうと思います。」
外宇宙人は微笑み、頷いた。
「これで我々の貿易は安全です。」
こうして──
上位者の神託を受けた「佐藤一族」と「外宇宙人」による宇宙支配の構造が築かれた。
その体制が崩されるのは遥か先「真の」外宇宙人が到来したときだった。
ご拝読ありがとうございました!