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バイオレント・ピーク  作者: 夏人
第一章 餌食の本懐
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 日が昇りきり、朝という静謐な時間が終わりかけようとしている山道を、赤いバスが登ってきた。

『命はかけがえのないものです』と大きく書かれた看板が立つ停留所にバスが停車する。

 扉が開き、一人に女性運転手が段ボール箱を持って降りてきた。中には食料品や日用品が詰められていた。それを停留所のベンチの下に隠すように置く。

 女性運転手は疲れた顔をしていた。浮かない表情でため息をつくと、彼女はバスのテロップを登り、運転席に座った。ボタンを操作し、自動ドアを閉める。

 その時、その隙間に滑り込むように、一人の女がバスに乗り込んだ。

 運転手はぎょっとして女を見て、続いて驚愕の表情を浮かべた。

 髪が短くなっていた。服が替わっていた。でも、その顔を忘れるはずがなかった。3日前、運転手がこのバスでこの地に送り届け、そしてその日の夕方、助けを求めるこの女の目の前でドアを閉めたのだ。

忘れるはずが、なかった。

「あなたは、必要物資の運搬も兼ねているんですね」

 あずさはそう言ってちらりと女がベンチの下に置いた段ボール箱に目をやった。

 考えてみれば、タケルが車を持っていなかったのは、主義でもなんでもなく、組織が交通手段を与えていなかったのだろう。撮影スタッフが森から逃げ出さないために。翁も本来の仕事は殺し屋たちの見張り役だった。山と森に閉じ込められていたのは、彼らも同じだったのだ。

 そして、もう一人。

 あずさは怯えた表情の女性に目をやった。

「お、お願い。降りてちょうだい」

 運転手はあずさに懇願した。

「脅されてるの。私があなたを逃がしたら、家族になにをされるかわからない。お願いよ。私には、助けられないの」

 なるほどね。そういうパターンもあるのか。

 全くもって、度しがたい奴らだ。

「大丈夫です。助けてもらわなくても。全員死にましたから」

 運転手はぽかんと口を開けた。

「山の殺人鬼共は全員殺して、その上の人とも話をつけました」

 あずさは森を振り返った。

「あなたはお役御免です。もう、ここも、ただの森に戻ります」

 運転手はそこでようやく、彼女が古びた皮のリュックを背負っていること、そして、その手に水平二連式散弾銃が握られていることに気がついた。

「わ、私を、殺すの?」

 女性運転手の震える声にあずさは眉を上げた。

「ん? あなた、私と戦うつもりなんですか? それなら相手になりますけど」

 女性はぶんぶんとかぶりを振った。

「そう。じゃあ、お願いします」

 そう言うと、あずさはリュックに手を突っ込み、一枚の古びた一万円札を引き抜くと、料金ボックスの上に置いた。

「おつりはいりません」

 あずさはバスの中程の席に座り込んだ。ふうっと息を吐く。

 バスがゆっくりとUターンをし、山を下り始めた。窓の外の木々が後ろに流れていく。

 途中、場違いに黒光りするバンが、三台も連なるようにして登っていくのとすれ違った。運転手は「ひっ」と声を上げて肩をすくめたが、あずさは動じなかった。現に、その三台の完全な黒窓の車たちはバスに構うことなくすれ違い、森に直行していった。

 脚本家の男が言っていた、回収係だろう。

 バスが斜面を下る。街に向かって降りていく。

 あずさはふと、後ろを振り返った。

 霞がかった空気の中、そびえ立つ霊山がぬらりと浮かんでいた。


「えっと、お、お客さん」

 あずさへの呼び方を迷ったらしい運転手は結局、そうあずさに声をかけた。

「ど、どこまで行かれます?」

 あずさは山から目線を外し、前を向いた。

「そうですね。始めの、私が乗り込んだバス停まで、乗らせていただきます」

 あずさは座席にもたれ、すっと目を閉じた。

「家に、帰るの」



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