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バイオレント・ピーク  作者: 夏人
第一章 餌食の本懐
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 息を引き取った翁の胸から、電子音が鳴った。見ると、ポンチョの内ポケットが振動している。

 取り出してみると、まるでスマホに移行する前の携帯電話のようなものが出てきた。折りたたみ式のアンテナが随分大きかった。

 点滅するボタンを押すと、通知音が止んだ。通話ボタンだったのだろうか。

アンテナを立て、耳に当てる。

『翁、終わったか』

 男の声だった。低い、聞き慣れない声。

『翁? どうした。クロダたちはどうなったか報告しろ』

 あずさは「ねえ」と声を出した。

 通話先の相手が息を飲む気配を感じた。あずさは言った。

「あなたが、脚本家ね」

 電話はしばらく沈黙し、再び低い声を届けた。

『クロダが、そう言ったのか』

「ええ」

『クロダは?』

 あずさは事も無げに言った。

「死んだわ」

 沈黙。

『・・・・・・翁は?』

 あずさは電話を耳に当てたまま、崩れかけた本堂に向かって歩きはじめた。

「死んだわ。ついさっき。私が殺した」

 今回の沈黙は長かった。

 その間に、あずさは本堂の屋根に目をこらした。そして見つけた。

 固定カメラがあずさの方を向いていた。恐らくこれも録画して後で回収するタイプなのだろう。

 あずさは改めて境内を見回した。よくよく見るといくつもカメラが設置されている。ご苦労な事だ。

 おもむろに、脚本家の落ち着いた声が電話機から漏れ出た。

『おめでとう。君が勝者だ』

 あずさは鼻で笑った。

「そりゃどうも」

 低い声は続ける。

『翁が金の入ったリュックを持っていただろう。それが君の賞金だ』

 あずさは言われて境内の真ん中を見た。焚き火跡の翁が座っていたリュックが見える。

『君は、初めての勝者として、その金を持って山を下りろ』

 あずさは「はあ?」と声を漏らした。

「なにそれ。そんな都合のいい話を信じろとでも?」

 電話先の男が軽く笑う。ここまで面白くなさそうな笑い声を聞くのは初めてだった。

『君には危害を加えない。一切。君は身の安全を保証され、初めての勝者として賞金を持ち、舞台を去る』

 男は感情を殺したような声で続けた。

『それでいい。それがいい。その方が、ウケがいい』

 視聴者にとって、という意味だろう。

『金の使い方も問わない。小汚いがどれも洗浄済みの金のはずだ。好きに使って勝ち取った人生を楽しめ』

 今度はあずさが黙った。男は続ける。

『明日の朝には遺体とカメラを回収するチームが森と山に向かう。そして、その日の昼には何の痕跡もなくなる。警察に駆け込んでも良いが、お互いに面倒なだけだ。やめておけ』

 男は言葉を続けようとしたが、それをあずさの「言っておきたいんだけど」という声が遮った。

「あなたたちの、しょうもないビジネスにはなんの興味も無いわ。狂ったビデオをどうぞこれからも売りさばけばいい」 

 あずさは、目を彷徨わし、本堂の屋根に取り付けられたカメラのレンズに目線を止めた。

「でもね。覚えておいて。もし、またあなたたちが、性懲りも無く、また私の前に現れたら」

 あずさはカメラのレンズを睨み付けた。いずれ、この映像を見るであろう人間の全員を射貫くように。

「全員殺すわ」

 電話の向こうで男は黙り込んだ。

「約束する。あなたたちが何人で来ようと、私は絶対に全員殺す。一人残らず」

 あずさは言った。カメラに向けて。その先に向けて。

「わかったわね」

 あずさは男の返事を待たなかった。すっと耳から電話機を外し、それを渾身の力でカメラに向かって投げつけた。

 カメラは電話機の直撃を受け、レンズを飛散させながら、ぼとりと、地面に落ちた。


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