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バイオレント・ピーク  作者: 夏人
第一章 餌食の本懐
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二十一歳


 二十一歳


「ほお。神城さんは高校で弓道部をされていたんですね」

「は、はい。弓道では体力の向上だけでなく、礼儀作法と精神の統一の術を学ぶことが出来ました。また、団体戦ではチームメイトとの連携が不可欠でした。弓道部で培った集中力や協調性を大切にして御社に貢献していきたいと考えています」

 真新しいリクルートスーツに身を包んだあずさは、パイプ椅子の上で懸命に背筋を伸ばした。この場で発揮できる弓道場で学んだことは、姿勢の正し方ぐらいだろうと思った。

 面接官は3人。にこにこしたおばさんと、無表情の中年男性。主に質問をしてくるのは真ん中の柔和な顔の初老の男性だ。

「ほお。県総体で団体戦、本戦出場ですか。それも一年生で」

「はい。先輩方に混ざって競技が出来たのはとても貴重な経験となりました」

「団体戦とはどのようなルールなのですか」

「はい。チーム5人で一人4射行いまして・・・・・・」

 正直、この会社が何社目かも覚えていない。

 一時の就活氷河期は終わったと言われているものの、それはある程度までの学歴やポテンシャルを持っている人たちにとってはの話だ。無名の私立大学の出身のあずさは、就活生としての戦力は最底辺だった。しかもあずさの学生時代は生活費と学費を捻出するためのバイト漬けの貧相なものだった。他の就活生のようにボランティア活動なんてする余裕は全くなかった。海外留学経験なんて夢のまた夢だ。あずさには大学時代にアピールできることなんてない。もう高校の弓道部の話でもするしかないのだ。しかし、高校のクラブについて食いついてくれる面接官は少なかった。元来しゃべり上手でもないあずさは、全く自分をアピールできず、ことごとく面接で落とされた。周りが次々と就活を終える中、あずさは今のところ内定はゼロだ。

 しかし、今回の面接はこれまでになく好感触だった。真ん中の男性が弓道に興味があったらしく、根掘り葉掘り質問してくれる。自分でしゃべり続けることはどうにもあずさは苦手だが、質問されたことを答えるのであれば問題ない。しかもそれが自分が詳しい知識を問う質問であるのならば比較的滑らかに口が動く。

「・・・・・・なるほど。あと一本の差で本戦出場するか否かの戦いだったのですね。緊張したでしょう」

 あずさは「はい」と大きく頷いた。大学から伸ばし、首の後ろで一つにまとめている長い黒髪が背中で揺れる。あずさは別に長い髪が好きなわけではなかった。男性の面接官にはこっちの方が受けが良いと聞き、願掛けもかねて伸ばしているのだ。どれだけ効果があるのかわからなかったが、今は少なくとも端の中年男性はあずさのなびく黒髪をじっと見ているように感じる。気がする。

「すごいプレッシャーの中での射となりました。でも、自分が足を引っ張ってはいけない。その一心でした。あの経験は私の中で・・・・・・」

「なるほど。すばらしいですね」

 あずさのアピールの途中で、さっきまで黙っていたにこにこおばさんがやんわりと割り込んできた。

「しかも個人戦では優勝ですか。とってもすごいわ。今時、武道をたしなむ子は少ないですもの」

あずさは「あ、ありがとうございます」と慌てて頭を下げた。調子に乗ってはいけない。ここで謙虚な所も見せないと。

「とはいえそれは先輩方の温かいご指導があってのことで、私一人の力では・・・・・・」

「でね。気になるのですけれど」

 再びあずさの言葉を女性はさりげなく遮った。

「2年生以降の時の記録が無いようですけれど」

 あずさは無意識にスーツの裾を握りしめた。

「代表選手から外れてしまったんですか? 一年生の段階でこんなに華々しい成績なのに」

「あ・・・・・・」

 女性が笑顔のまま首を傾げる。

「あの、実は、1年の途中で・・・・・・」

「あら。怪我でもされたんですか? だとしてもサポートとして頑張られたんでしょう? 少なくとも応援には行ったはず。2年生の時の部の記録を教えてくださる?」

 無表情の男性がパソコンを操作し始めた。検索されている。嘘はつけない。

 それに、もしあのことが出てきてしまったら。

「いえ、記録は覚えていません。応援にも・・・・・・行っていなくて」

「どうして?」

「その・・・・・・」

 あずさは自分の背が徐々に曲がっていくのを感じた。握りしめたスーツの裾にしわが寄っている。

「人間関係の・・・・・・ トラブルで・・・・・・ 退部を・・・・・・」

「あら。そうなの」

 パソコンを操作していた男性がパソコン画面を二人に見せるように長机の真ん中にずらした。三人はしばらくパソコン画面を見て沈黙した。

 女性面接官はちらりと真ん中の初老の男性面接官に視線を送った。男性は頷き、あずさに目線を戻した。

 男性は相変わらず穏やかな声で言った。

「それは、あまり協調性があるとは言えませんね」

 

 内定はもらえなかった。




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