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バイオレント・ピーク  作者: 夏人
第一章 餌食の本懐
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 疲れた。疲れたああ。

 あずさは自分の黒髪が作り出した天然のロープからようやく手を離し、どさりと床に倒れ込んだ。隣には息絶えたベンケイがごろりと転がる。

 強かったあ。死ぬかと思った。

ベンケイの生命力には恐れ入った。両肩に矢を受けながら、足にナイフを刺されながらまだ向かってくるとは。

 そうだな。的は、動くのだ。この点は弓道とは違う。祖母と行った狩猟に近いだろう。鹿も猪も正確に急所を撃ち抜かない限り、倒れることはないのだ。

 生きている相手との闘争であることを改めて実感する。


 あずさは天井を見つめなが息を整えた。そこで、天井の隅にカメラが設置されているのに気がついた。赤いランプがついている。撮影中らしい。

 あずさはよろよろと立ち上がると、壁沿いに置かれたデスクトップパソコンの画面を確認した。赤いピンが二つ。寝室に置いたヨシツネの発信機と、今しがた倒したベンケイのものだ。マウスを操作して範囲を拡大すると、山全体にまでマップは広がった。ヨシツネを脅して聞いたとおり、全員が発信機を持ち歩いているらしい。

 山頂近くの施設にピンが三つ。クロダ、タケル、ヒジカタ。

 唯一、翁の位置情報がない。ヨシツネ曰く、彼は狩りには参加しないのだそうだ。ただ、物見遊山のごとく面白がって見ているだけだと。

 翁のことはとりあえず放っておくことにする。なんにせよ、残りの三人が山頂から動かないということはまだ何も気づいていないということだ。あの天井のカメラもライブカメラではなく撮影記録用ということだろう。

まだ時間に余裕がある。まだ、少しだけ。

 あずさは床の惨劇を改めて見た。

 大男が、卵やチキンライス、そして自らの血にまみれて大の字で横たわっていた。

 半熟とろとろオムライスと長い黒髪に埋もれて死んでいる。見た目は壮絶だが、なんだかんだで自分の大好きなものに囲まれて死ぬのはある意味幸せなことなのではないだろうか。知らんけど。

 まあ、私はごめんだけどね。


 あずさは山小屋にあったシャワーを浴びた。二日間の汚れ、自分の血、返り血を洗い流す。勿論、その際もヨシツネから取り上げたタブレットを浴室に持ち込み、殺人鬼たちの動きを見張るのを忘れなかった。

 洗面台ではさみを使い、髪を切りそろえる。さっきまとめてバッサリいってしまったので、髪型は見事に短くなった。顎のラインに届くか届かないかだ。いかんせん曇ったガラス越しに自分自身で切るものだから完璧とは言えないが、思いの外、いい感じになった。

 ここまで短くするのは高校生以来か。いや。小学生以来かも知れない。ちょうど八歳か九歳頃。


 もともと来ていたリクルートスーツはあまりの汚れに再び着る気にはなれなかった。とはいえ、ヨシツネやベンケイの服を着るのも気が乗らない。どうしたものかと寝室を漁っていたところで、あずさは女物の服を見つけることとなった。

 クローゼットの中に、リュックサックや手提げ鞄が複数放り込まれていた。男性用のものもあれば、女性用のものもある。その中の一つ。ピンク色のリュックサックの中に、着替えが一式入っていたのだ。まめな人だったんだろう。防水の袋にきっちりパッキングされていた。

 細身のジーンズと半袖のTシャツ。サイズはぴったりだった。

 そのリュックの底には、「遺書」と書かれた封筒が大事にしまってあった。

 ヨシツネの言葉が思い出される。

『ここは自殺スポットだ。死んでも消えても後腐れがないやつが勝手に集まってくる。最適なんだよ。狩り場としては』

 あずさはしばらくその封筒を見つめていたが、おもむろにリュックの底に戻した。

 丁寧に閉じたリュックをクローゼットに戻し、あずさはその場に膝をついて手を合わせた。

『ああ。かわいそうさ。人間の餌食になるものは一様にみんなかわいそうだ』

 しばらく、あずさは動けなかった。

 

 寝室のベッドにドサリとベンケイの猟銃を置く。

 上下二連式散弾銃。祖母の持っていた銃、ミロクと同じ種類だ。銃身が上下に重なり合った銃で、二発連続で立て続けに弾を発射できる。だが、逆に言えば、二発打ち切ったら銃身を折って、弾を入れ替えなければならない。装填できる弾が少ないこの銃は、一方的に獲物を追い回す狩猟ならともかく、銃同士での撃ち合いを想定するとそう有利であるとは言えない。

 そのうち、クロダたちもヨシツネとベンケイに無線が通じないことに気がつくだろう。そうなれば今までのような不意打ちは難しくなってくる。

 そう。ここからは。恐らく、いや間違いなく、銃と銃の撃ち合いになる。

 あずさはベンケイの荷物に入っていた弾薬を確認した。

 ベンケイは弾を自分で調合しているとヨシツネがちらりと言っていた。そのことからわかるように、ベンケイは弾にかなりのこだわりを持っていたらしい。荷物に入っていた弾薬は様々だった。

 小鳥を撃つための小さい散弾が無数に詰まった弾もあれば、一般にバックショットと呼ばれる大きな粒が6粒ほど詰められた大型動物用のものもあった。さらには大きな鉛玉が一発詰められたスラッグ弾まで出てきたので驚きである。

 これはもう、趣味だな。

 尋問の途中でヨシツネも自分のクロスボウは特注品だと言っていた。矢の長さにこだわりがあるとかないとか。

 くだらない。

 あずさはクローゼットについ目をやってしまった。無数の、持ち主を失った荷物の山。

 命で、遊んでんじゃねえよ。


 あずさは弾丸一つ一つを手にし、確かめ、この後に待つ戦いに備えた。

 生きる。自分が生き残る。ただそのための戦いに向けて。



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