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バイオレント・ピーク  作者: 夏人
第一章 餌食の本懐
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二十二歳 七月


 二十二歳 七月

 

「どうぞ。もうすぐ誕生日ですよね」

 あずさはそう言って小包を差し出した。

 ホテルの一室でくつろいでいた四宮は「え、なになに」と相好を崩しながらプレゼントを受け取った。

 ベッドに腰掛ける四宮はシャワーを浴びた後で、少し癖のある黒髪が濡れていた。ビリビリと包みを開ける四宮のその頭を、あずさは後ろからタオルで拭く。

 四宮とこういう関係になって一ヶ月半と言ったところだろうか。

 相変わらずあずさは会社では便利な雑用係だったが、以前より少し心が軽くなったように思う。

 理由は四宮だった。

 私はこの課で成績トップの、皆の憧れの四宮先輩の恋人なのだ。そう思えば、大体の理不尽は我慢できた。

 もちろん、二人の関係は同僚には秘密だ。社内では相変わらず挨拶しかしない。会うのは会社終わり。会社から一駅離れた街のお店で待ち合わせて食事をし、近くのホテルで泊まる。頻度は週に一度程度で、四宮のスケジュールによっては会えない週もあったが、あずさには十分だった。

「本当は誕生日当日に渡したかったんですけど、ご予定あるようでしたので」

「ごめんね。付き合いがあってさ」

 友人が多い四宮は忙しい。あずさと会っていないときも、いつも誰かしらと出かけている。親しい友人が皆無なあずさとは大違いだ。会う頻度が減るのは少し残念だが、自分の恋人が周りから引っ張りだこなのは、万年ぼっちのあずさにとって、少し誇らしい気もした。

「お。ライターだ」

 四宮が小箱から銀色のオイルライターを取り出す。

「先輩、いつも使い捨てライターでタバコ吸ってらっしゃるから。そういうのもいいかなと思いまして」

 はにかみながら言うあずさの頭を四宮はまたポンポンと叩く。

「うん。使い捨ての方が気楽だからね。でも、嬉しいよ。ありがと」

 四宮の笑顔を見ると、あずさは胸の奥がじわりと温かくなるのを感じた。

四宮の髪を拭き終えたあずさは化粧台に座って自分の髪を乾かし始めた。

 鏡越しに見ると、四宮は嬉しそうにライターのフタを開けたり閉めたりし始めた。キンッと金属音が響く。

 その様子を見て、あずさは口元がほころんだ。そこまでの高級品ではないが、生活費を切り詰めて買った甲斐があった。

 あずさがドライヤーをあてていると、四宮が「やってあげる」と近づいてきた。正直、髪を乾かすのはコツがいるので自分でやりたかったが、四宮が触れ合おうとしてくれていることが嬉しくて、あずさは素直にドライヤーを渡した。

「あずさの髪、ほんとに綺麗だよね」

 思ったより手慣れた手つきで四宮があずさの髪にドライヤーをあてる。

「先輩、好きですね。黒髪」

「うん。大好き」

 あずさ自身はそれほど自分の長い髪に愛着は無い。むしろ、高校時代のようにショートカットにしたかった。そもそもは就活で印象がいいと聞いて願掛けがてら伸ばしていただけの髪だ。その後はただ美容室に行く回数が少なくて済むからそのままにしていた。営業先でもやはり男性相手にはウケが良かったし。しかし、こんな風に役に立ってくれるとは思わなかった。日々、限られた時間の中で一応の手入れを怠らなかった自分を全力で抱きしめてやりたい。

 四宮はしばらくあずさの黒髪をいじっていたが、ベッドに転がっている四宮のスマホがピコンと通知を告げ、あずさにドライヤーを返して四宮はベッドに向かった。あずさはしばらくその姿勢のまま四宮が続きをしてくれるのを待っていたが、四宮はベッドに寝転がり、本格的にスマホいじり始めた。どうやら飽きてしまったらしい。あずさはドライヤーのスイッチを入れ、再び自分で髪を乾かす。

 髪の手入れが終わらないうちに、「ねえ。あずさ」と呼ばれた。

 振り向くとベッドに腰掛けた四宮がタバコを咥えている。

「火、つけてみてよ」

 そう言ってあずさに銀のライターを差し出す。

 髪はまだ生乾きだったし、そもそも洗った後の髪にタバコのにおいがつくのは嫌だったが、折角、ご機嫌なのだからと、あずさはドライヤーを置いて四宮の隣に座った。

 恐る恐るオイルライターの歯車を回して点火し、四宮の口のタバコに火を付ける。

「おお。いいねえ。こういうの、憧れてたんだ俺」

 そう言ってはしゃぐ四宮の気持ちはいまいちわからなかったが、まあ、喜んでくれるならいいかとあずさは納得した。

「ねえ。あずさ」

「はい」

「そのライター。あずさが持っててよ」

 あずさは面食らった。

「え、いらなかったですか?」

「いや、違う。違う。それ、オイルの補充とかしなきゃいけないでしょ。なんかややこしそうだし」

「あ、でも、これ、オイルの補充も簡単なタイプなんですよ。数日に一回、数分の作業で・・・・・・」

 焦って説明するあずさを三島は手を振って遮る。

「そうだとは思うんだけど。俺、忙しいじゃん。できるだけ毎日のタスクは減らしていきたいんだよね。あと、バタバタしてる時もあるから忘れちゃいそう」

 あずさは「そうですか」とライターを握りしめた。

喜んでくれると、思ったんだけどなあ。

「だからさ! あずさが持っててよ。俺が持ってるより、しっかり者のあずさが持って管理してくれてた方が安心じゃん」

「・・・・・・はあ」

「それに、こうやって二人でいる時だけ、こうやってあずさが点けてくれたらさ、なんか特別感があっていいと思うんだ」

 正直、四宮が常にポケットに入れて持ち歩いてくれることを期待していたあずさは反応に困った。しかし、もしかしたらあずさのセンスが悪かったので、身につけたくはないが、やさしさでそう提案してくれているのかもしれない、とあずさは考え、「じゃあ、そうします」と頷いた。

 四宮先輩はおしゃれな人だから仕方ない。きっと持ちものにもこだわりがあるんだ。そう、あずさは自分に言い聞かせた。


 次の日の朝、あずさが目を覚ますと、四宮はもういなかった。いつものことだ。休日は有意義に過ごしたいからと、四宮はいつも最速で帰ってしまう。

 まあ、自分の時間も大事だしね。

 本音を言うと、朝食ぐらい一緒に食べたかったが、わがままは言うまい。あずさは面倒臭い彼女にはなりたくなかった。

 そう言えば、昨夜頻繁に鳴っていたラインの通知、誰からだったんだろう。



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