公には言えないが、誰もが欲しがるもの(こんとらくと・きりんぐ)
涙色のクーペはトウモロコシ畑のなかを走っていた。
穀倉地帯というもので、見る限り、背の高いトウモロコシの青い茎が傑作の実を黄金に鋳ずる。
青空と畑のなかを走るハイウェイ、案山子以外に目につくのは自警団の面々である。
町へつながる曲がり角にはよそものを入れないように銃を持った自警団が道を塞いでいる。彼らの守ろうとするのは未舗装の表通りの左右に並ぶちっぽけな家並みに過ぎないが、そこに悪習をもたらそうとするならば、ショットガンをお見舞いする構えだ。
この真夏の、埃っぽい道にうんざりしたショートヘアの少女、または長髪の少年に見える殺し屋は冷たいビールが飲みたくなり、まず、最初に見えた曲がり角の前で止まった。
噛み煙草をくっちゃくっちゃ噛む男たちが寄ってきて、殺し屋の涙色のクーペを取り囲む。
「何のようだ?」
銃を抱えた男が寄ってきた。
「町に行きたいんです」
「何をしに行くんだ?」
「よく冷えたビールをひと瓶もらえれば、それだけでいいんです」
「お前、仕事は?」
「えーと、まあ、公に口にはできないけれど、誰もが欲しがるものを取り扱っています」
「おれたちの町にポルノ雑誌は必要ねえ」
「いえ、ポルノ雑誌じゃなくて――」
「とっとと失せな。さもねえと痛い目見るぞ」
くたびれた中折れ帽に襟のないシャツ、だが、その手にしているのは古いが大口径で人間をバラバラにちぎるためにつくられた銃だ。
「分かりました。じゃあ、別の町でビールを飲みますよ」
『公には口にできないけれど、誰もが欲しがるもの』にあの男はポルノ雑誌を思い浮かべたわけだ、まったく、とぶつくさつぶやき、ギアをバックに入れて、街道に戻った。
しばらくすると、また曲がり角が見えてきて、町によそものが入ることを嫌う自警団の面々が見えてきた。
「何のようだ?」
前の曲がり角よりもほんの少しだけいいものを着た男がたずねた。
「冷たいビールを飲みに」
「お前、何屋だ?」
「公に口にはできないけれど、誰もが欲しがるものを取り扱っています」
「ここにはホモ雑誌は必要ねえ」
「え、なんて」
「いいから消えな。さもねえと痛い目見るぜ」
『公には口にできないけれど、誰もが欲しがるもの』と言うと、その人が本当に欲しがるものが炙り出せる。この思考的トラップの特許を今なら冷たい瓶ビール一本で売り渡してもいい。
真夏のトウモロコシ畑のなかを走る自動車というのはみなこんなに暑いものかと辟易し、砂塵をまき上げながら、涙色のクーペは走る。
また、曲がり道が見えてきた。それに自警団。今回はピックアップトラックの荷台に機関銃を積んでいて、常に殺し屋に狙いをつけている。
「何のようだ」
オーバーオールにライフルという妙に馴染んだファッションの男が唾を吐いた。
「町でビールが飲みたいだけです」
「お前、何屋だ?」
「公に口にはできないけれど、誰もが欲しがるものを取り扱っています」
どうせダメだろうなと思っていたが、男は少し目を輝かせた。
「そいつぁ、本当か?」
「えーと……」
殺し屋の返答をきかず、男は機関銃の男に「こいつは大丈夫だ。町に入れていい」と言った。
「よし。ところでよ、あんたの売り物だが、まあ、きいてほしい話があるんだ。おれの女房がひでえババアでよ。どのくらいひでえかというと、殺してえほどひでえ。だからよ、町に行って、冷たいビールでも飲みながら、ババアがトースターで感電死したら、どんなにいいか、じっくり話そうや」