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第七話 美少女+ストーカー÷魔法使い=?

#1 意味ありげな再会(?)

「店主、覚悟!」

 今日も今日とて氷の大剣を振り下ろし、

「そういう台詞は勝算を見てから言うものだ」

 店主こと細川に難なく迎撃されるノルマを達成した雪女の少女、零火。

 彼女はぱたりソファに崩れ落ちると、足をばたつかせて叫んだ。

「お前は襲撃がワンパターンすぎる。飛び込んできての不意打ちにも、慣れてきたところだ」

「不意打ちに慣れるって何……?」

 細川は、零火のいるソファに歩み寄った。

 離れた場所では、ラザム、幽儺、ライの三人が、いつものようにボードゲームに興じている。彼女たちは見る度に違うゲームをしている気がするのだが、あれは一体どこで仕入れてくるのだろう。

「先輩、スカート覗かないでくださいよ?」

「などと言うからには、まず姿勢を変えろ。見てないから」

 座り直した零火の対面に腰かけ、細川が口を開く。

「いいか、反撃代わりに一つアドバイスをしてやる」

 そう言って人差し指を立てた。

「襲撃ってのは、早朝に立ち篭める霧が晴れるように」

「最初っから意味不明なんすけどっ?」

「……浮かんだ風船が割れるように」

「聞けよ」

 具体性も何も見えてこないアドバイスに零火が閉口していると、

「あ、よかった。ここにいたんだね」

 入口から、そんな声が届いた。声の主は川端綾香、細川のかつての同級生で、付き合いの長さは、もう十年以上になる。物心ついた時から傍らにあった、幼馴染だ。

「久しいな。家じゃなくてこっちに来たってことは──そういうことだな?」

「そーそー、話が早くて助かる。あ、あけましておめでとう」

「ああ、今年も魔法店をよろしく」

「新年の挨拶に商売を詰めてくるあたりはさすが店主っすね……」

 零火が余計なことを言った。細川としては、思い出したように挨拶するのが何となく気恥ずかしかったので、営業で誤魔化しただけなのだが。

「まあ座れよ……お?」

 そのとき、彼は綾香が一人でなかったことに気づいた。その人物は、綾香の後ろからひょこりと顔を出す。

「裕い、久しぶり……あれ、平井先輩も来てたんですか?」

「え、ああ、うん。……ユーニイ?」

 彼女は川端ゆずな、綾香の最愛の妹だ。風の噂に聞くところ、学年一の美少女と言われているようだが、細川はそれを、妹を溺愛する綾香の仕業だとみている。彼自身それを否定するつもりはないのだが、なんというか、改めて見ると、姉様方は結構仲良くなれそうだ。細川とゆずなの関係も、綾香とのそれにほとんど等しい。そして彼女は、零火とも先輩後輩の関係にあるらしかった。

 要約すると、あみだくじのようにややこしい関係図が出来上がる。細川が店側のソファに、川端姉妹は対面に、それぞれ腰を下ろした。零火も、やや躊躇った末に細川の隣に座る。

「それで? 魔力使用者と精霊術師を兼ねたこの俺に、汝らは何を要求する?」

 わざと偉そうに腕を組んで言い放った細川から視線を移し、綾香はゆずなに告げる。

「覚えておきなさい、これが呼吸する偽悪趣味だよ」

「おい」

 深く沈めていた体を勢いよく起こして、細川が突っ込みを入れる。今でこそ機関銃めいたペースで冗談を飛ばす彼だが、中学時代まではクラスの突っ込み役だったのだ。居心地の良かった旧クラスから放り出され、冗談を飛ばさなければやっていられなくなったようだが、親しい者の前ではいつでも当時に帰ることができるらしい。

「姉様の毒舌は相変わらずだな。で、実際んとのころどうなんだ?」

「偽悪趣味のこと?」

「……冗談が面白いのは最初だけだ。依頼の方だよ」

「そうだね。──実は、ゆずながストーカーにあってるみたいで」

「それはお門違いもいいとこだ。ここは交番じゃーぁない。まあ見てくればいいからなあ、看過すべきじゃないのは確かなんだが」

 にべもなく切り返し、姉妹を黙らせる。すると代わって、それまで黙っていた人物が、テーブルを破壊せんばかりに叩いて立ち上がる。

「そうよ! ストーカーなんて許せる輩じゃないわ!」

 零火である。軽く引いているゆずなに苦笑しつつ細川が後方に視線を向けると、ラザムがアイコンタクトを返してきた。話は聞いているようだ。ライはどうだか知らないが。

「ストーカーは人間の屑よ、抹消すべきよ! 敵の情報を知っている限り教えてちょうだい。私が八つ裂きにするわ」

 後輩にまとわりつく悪い虫を本気で消しかねない。零火の妹思いと後輩思いは美点だが、それも過ぎれば毒となる。今回の場合、特に逆効果だろう。

「ばかか、殺すのはやりすぎだ」

 手刀で首を打ち、ひとまず沈静化させる。この雪女、感情ジェットコースターか。

「しかしまあ、間違っちゃいないんだよな。とても、殺気立って毎日俺を殺しにかかってくるやつと同一人物には見えない。道徳的な意見だな」

「……先輩、そんなことしてるんですか?」

「うっ……」

「ねえ細川? 今の話は嘘だよね? あんたの冗談だよね?」

「ううっ……」

「さあ? どうだろう」

 片目を閉じて流し目を送ると、雪女は、

「……否定できない」

「「何それ怖い」」

 揃ってどん引きされた。当然の帰結だ。衝撃を受けた零火が細川に掴みかかってくるが、彼はそれを、片手で受け流す。ちなみに中学時代の喧嘩で負けたことは、実は一度もない。

「まあ、単にストーカー対策をするならなら、こいつを連れて歩けばいいんだろうが……」

「さすがに無理っすよ?」

「だろうな。だから、代わりの護衛をつけようと思う。──ゆずな、トカゲは平気か?」

「えっ、トカゲ?」

「正確には、トカゲじゃなくて龍になりかけてる精霊なんだが」

「「「龍!?」」」

「なぜお前まで驚く、雪女……」

 平気だけど、というゆずなの答えを確認すると、細川はペンダントを片手で包み込み、きっかり二秒、目を閉じた。そして開いた手の中に、それは現れる。

「契約精霊のウィアだよ。身の安全を確保するよう言いつけた。仮契約状態だが、精霊が契約違反をすることはない。肩にでも乗せて連れて歩くといい」

「いいの?」

「ああ。一日一回、氷を食わせてやってくれ。風と氷の使い手なんだ」

「なんだか、雪女みたいだね」

「……けど、別にウィアでなくても良かったのでは? 先輩の契約精霊は、ウィアだけじゃないっすよね?」

「まあそうだが、実体を持っているやつの方が安心だろう? あとはまあ、クリスマスの二の舞を避ける目的もあるな」

「先輩!?」

「「……?」」

 二度揶揄された零火が奇声を上げ、慌てて口を押えた。

 とにかくそうして、ゆずなに護衛をつけることで話はまとまったのだ。


#2 敵視認、行動調査

「ゆずなが狙われるのは、いつも土日なの」

 街を歩くゆずなから五十メートルほど離れて歩く細川に、同じように横を歩く綾香が言った。

「今年に入ってからだったかな。いつもと違う感じがして気持ち悪いって言うから探してみたら、案の定というか、ストーカーっぽい男がいたんだよね。……あ、あれかも」

「……あー、こいつか。随分とまあ、いい体型をしてやがる。ここまでテンプレ通りってことあるか?」

「……?」

 指示語の違いに疑問を持った彼女が、細川の顔を覗き込む。

 彼は目を閉じている。

「何が見えてるの?」

「ウィアの視界」

 契約を交わして二ヶ月が経ち、細川は精霊たちとの親和性を高めていた。その故か、彼は契約精霊たちの視界を覗き見ることができるようになっている。距離や障害物は関係ないので、擬似的な千里眼や透視なんてことも可能だ。

「で、どうやって捕まえるんすか? ウィアの吹雪で氷漬けにして砕くとか?」

「殺すな。だがそうだな、一応作戦案は伝えておくか」

 疑問を投げかけたのは、細川の反対側を歩く零火だ。彼は作戦案を伝えようとしたが──、

「ストップ。また昨日みたいな意味不明な例えはお断りっすよ?」

「どんな意味不明なこと言われたんだよ」

「襲撃のアドバイスとか言って、早朝に立ち篭める霧が晴れるようにとか、浮かんだ風船が割れるようにとか」

「それは詳しく説明する気がないね」

「ついでに言うと、ユウが疲れてることも原因だよ」

「クリスマス以降、寝不足みたいなんですよね……」

「えー、店主ちゃんと寝なよ」

 細川そっちのけで話し始めた綾香と零火、そこへ細川のコートに隠れて頭だけ覗かせたライが口を挟み、後ろで仲良く手を繋いでついてくるラザムに幽儺と、魔法店メンバー全員の声が混ざる。もう、何が何だか分からない。

「……作戦、話していいか?」

「「「「「どうぞ」」」」」

「敵の確保は、今はしない。ストーカーだと確定するために、まずは数日、川登りする鱒のように泳がせ、いい具合に機を待って、冬眠中の熊を撃つように捕らえる」

「「「「「全くもって分からない」」」」」

「……野を駆ける兎のように動かし、熟した苺のような機を狙って、光る闇のように捕える」

「「「「「発言が迷走してる!?」」」」」

「真意を伝える意思はないとみて良さそうだね……」

 翌日など、

「ストーカーというのは消えるように現れるらしい」

 などと言い、同行した零火からは、

「十回死んでも分かる気がしない……」

 とコメントされた。

「よくまあ、そんな意味わかんない発言が出てくるっすよ。襲撃のヒントが最初で最後だと思ったのに」

「そうだ、昨日の夜、これを作った。ちょっとした試作品だ」

「一応聞くけど、これは?」

「見ての通りだ」

「アルミ製の拳銃? なんか簡単に壊れちゃいそう」

「……熱魔石式氷拳銃。銃刀法に触れないように作ってある。ちょっとした試作品だな」

「へー、こういうの作れるって尊敬するっす。ちなみに仕組みとか聞いてみても?」

「生成した氷を熱魔石のエネルギーが──」

「お、久しぶりにまともな解説が聞けそう」

「──花火が咲き誇るように弾いて射出する」

「期待した気持ちを返して、ちっとも分からないっすよ!!」

「木の葉を滴る雫のように、と言い換えても?」

「なんか急に弱そうになった……」

「心配するな。弾速は約五十メートル毎秒に調整している」

「充分速いっすよ!?」

「ちなみに実銃の場合、拳銃で約三五〇メートル毎秒、狙撃銃で約九五〇から一千メートル毎秒だったかな」

「実銃よりは抑え気味なんすね……」

「ああ、プロ野球選手の全力投球を超える程度でしかない……ターゲットの挙動が」

 さらに次の週には、

「そろそろいいだろう、フクロウのように接近して捕えるぞ」

「ましになった気がするのが悔しい!」

 喚くラザムを連れた細川は、超低空飛行で男に近づき、反応する間もなく仮想空間に放り込んだ。


#3 尋問

「いつまで寝ている」

 男の鼓膜に、そんな声が響いてきた。

「いつまでそうしている。さっさと起きろ」

「え、ええと、ここは……」

 男は、地面に転がったまま呻いた。体は丸く、顔も丸く、青っぽいズボンに白いシャツを着た男。まだ真冬だからジャンパーを来ているが、それを剥ぎ取れば、かくもテンプレート通りのストーカー像ができあがりだ。

「ようやく起きたか。何時だと思っている?」

「おい、ここはどこだ?なんで僕はここにいるんだ? そもそもお前は──」

「黙っておけ。……ここは仮想空間、日本とは根本から異なる場所。従って、法律は何一つ適用されない。貴様の生殺与奪全権は、俺たちが握っている。そのつもりで質問に答えろ。ではこれより──」

 男は震え上がった。生殺与奪云々よりも、周りから溢れ出る鋭い冷気が恐ろしい。

 そんな心中を知ってか知らずしてか、男を捕えたのであろう人物の声は、低いのにやけに響いて聞こえた。

「尋問の時間だ」


(やはり疲れるな、こういうのは)

 拳銃を持ったまま、細川は考えた。

 マナ・リボルバーと名付けられた一品だ。零火に渡した試作品とは違い、これは完成版だ。シリンダーを回転させることで魔石を交換し、氷、炎、電気、光線、爆裂弾の五つを使い分けることが出来る。弾速も三八〇メートル毎秒、実際の拳銃と並ぶ速度が出る。

「さて、まず一つ目の質問だが」

 手足を拘束した男に、細川は問いかける。

「貴様はさっき、電柱に隠れて何をしていた?」

「それは、ちょっとスマホゲームを……」

 何かが地面を突き刺す音が、男の頭の後ろで発生した。

「つまらない嘘をつくな。次は、右手を落とす」

 零火だ。彼女は手に氷の大剣を持ち、尋問に参加している。人体切断など造作もないそれで、床を打ったのだ。

「もう一度聞く。お前は電柱に隠れて、何をしていた?」

「……女の子の後をつけていた」

「その子の名前は?」

「……それは……知らない」

「三つ目。なぜ、ついて行った? 土日は毎週のようにやっていたようだが」

「僕の、恋人だからだ。そうだ、ついて行ってなにが悪い!」

「「「……は?」」」

 細川、零火、そして冷気の発生源三つ目、ライの声が重なった。理解を拒絶するような言い分で、各々言葉は別だが、男に反感を持ったのは共通だ。

「名前も知らないのに? それってただの勘違いでしょ?」

「違う!」

「どう違うのさ? あの子はキミのことをよく思ってない。だからお姉さんと一緒に依頼をした。悪い虫を取ってくれるように、と」

「はあ? 僕が悪い虫? 何が? どこが! 意味わかんないね! だいたいてめぇらは──」

「誰が、反論を許した?」

 零火が、剣の側面で男の横腹を殴った。右手を落とす、と宣告したのはつまらない嘘をついたときなので、一応約束は守ったと言える。

「汚らわしい」

 心底嫌そうに、彼女は剣を再生成した。

「お前は私たちの問いに答えろ。死にたいのか?」

「…………」

「何か言ってみろよ」

「ぐうっ」

 黙り込む男の横腹に、今度は氷の球体が落とされる。相当重いようだ。これでは尋問でも拷問でもなく、ただの私刑である。

「先輩が止めてなければ、私はお前を殺して殺して殺して、綺麗に消滅させてたよ。その気配りに感謝しやがれ」

「やめておけ。俺は気配りで殺すなと言ったわけじゃない」

「え? だって先輩、殺すのはやりすぎだって」

「ああ、そうだ。やりすぎだ。こういう奴はな、自分が死ぬことさえ想い人のためだと思って勝手に酔うことになる。殺さず生け捕りが一番だ」

 吐き捨てるような口調で、細川が言う。普段の彼からは考えられない様子だ。

「生殺与奪全権握っといて、殺さないならこの僕をどうするんだよ?」

「別にどうもせん。貴様はストーカーだ。他人の害にしかならないストーカーだ。ストーカー規制法で禁止されたストーカーだ。つまり貴様は犯罪者、証拠証人、共に充分。近所の交番に連行して引渡す。──最後に何か、言い残すことは?」

 ストーカー、と彼は繰り返した。最後の発言を許したのは、単なる気まぐれの慈悲でしかない。

「……どうやって、僕を捕えたんだ?」

「ちょっとした計画の末に、光る闇のように捕えただけだが?」

 それは勝ち誇るでもなく、どこまでも凍てつくような、冷たい声音だった。

問:ストーカーが警察に、細川たちの尋問を喋ったら、細川たちも罪に問われない?

答:問われない。仮想空間は日本とは異なる空間で、しかも記録するものがない。証拠も証言もなく、有罪を立証するものがない。

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