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第五話 幽霊精霊雪女

「なあ、こいつなんだ?」

 細川が言及したのは、彼の右肩に乗っているトカゲのことだ。場所は細川家のキッチン。トカゲがいていい場所ではないと思うのだ。それは左肩の狸にも言えることだが。

「本精霊だね」

 狸、とはもちろん、大精霊のライのことだ。

「寝てるんだが」

「精霊だって生きてるんだよ。昼寝くらいするよ」

「昼寝って、まだ朝の十時……いや、そうじゃない。本精霊って実態化したっけ? 青く発光するんじゃなかったか?」

「そうだね。その子はただの精霊じゃない。かなり、特異的なつくりをしてる」

「というと?」

「本精霊が昇格するとしたら、大抵は大精霊になるんだよ。本来はそこで、実態化した動物の姿を得るんだけど、その子はちょっと特別でね。龍になろうとしてる」

「龍!?」

「もともとマナと魔力の両方を扱える時点で普通じゃないんだけどね。まあそんなとこで」

 細川は、黙って天井を仰いだ。なにやら、とんでもないやつと契約していることに気づいた。


#1 年末の術師

 魔力使用者に精霊術師。魔法に携わる彼だからこそ、年末の忙しさは解消しきれない。


 年末。何かと買い物が多い時期だ。そして忙しい。見なくてはいけないもの、読まなくてはいけないもの、買わなくてはいけないもの(あえて日用品や食品に限らない)、行かなくてはならない場所、しなくてはいけないこと──。

 要するに、人と物と金が動きまくる、そんな時期だ。もっとも、動きたがらない者もいるようだが。その筆頭はと言えば、

「細川さん、起きてくださいよ! いつまで昼寝してるんですか、天気が悪くて眠いのは分かりますけど、だからって一日中寝てるんですか!?」

「……あと五分」

「何度目の『あと五分』ですか、何が『五分』ですか! もう五十分は経ってるんですが!?」

 大天使のラザムに怒られているこの男。冒頭に紹介された彼こと、細川裕だ。

 今日は土曜日。部活があるでもなく、朝十一時に起き、朝食だか昼食だか分からないものを食べたかと思えば、着替えるでもなくソファで寝こけている。十二時に寝始めて今はもう十六時。はっきり言おう。寝すぎだ。

「……じゃああと十分」

「じゃあってなんですか、なんで延びてるんですか!」

 高い声できゃあきゃあと叱られて平然と寝続けるこの男も大概だが、叱る方も言い分を変えないことには平行線。

 と、そこへ大精霊のライが現れる。

 細川の胸元に光るペンダント、そこから淡い光として浮かび上がり、次第に実態化すると、そこに現れるのは狸だ。いや、冗談ではなく。

 ライは眠そうな目で細川を見ると、

「んー、ユウもお昼寝中? ボクももう一眠りしようかな」

 またなんとも場に合わないことを言い出した。しかし、ラザムは諦めない。

「ちょっと大精霊様、聞いてくださいよ。細川さんが一時間かけて起こしても起きないんです」

「美少女に起こされても平然と寝てるなんて、やっぱりユウって規格外な男の子だね」

「え、ちょっと大精霊様……」

「まだ五二分だぞ」

「起きてるなら動いてください! もう日も暮れますよ!」

 真冬の十六時。それはそれは冬至も近く、もう既に日は暮れかけている。

「まあまあ大天使様。ボクが一瞬で起こすから」

「え?」

 それが出来れば苦労はない、とでも言いたげなラザムにウインクをして、ライは細川に向き直る。ちなみに彼は、時間を訂正した直後に寝直してしまった。起こすのはなかなか難儀に思えるが──。

「ユウ、お米が売り切れちゃうよ」

「そりゃいかんな」

 一瞬で起きた。これはなにか、花より団子と言うべきか?

 細川は唖然とするラザムを置いて体を起こすと、自室に飛んで──尚文字通りの意味である──行き、一分で着替えを済ませると、ライを伴って玄関を出ていった。

 傘を持たずに。


#2 そしてぶつかった。

 雨が降り頻る中、傘のない細川は、それを意に介したふうでもない。せいぜい視界の悪さに文句を言うだけだ。それというのも。

「結界を変形させて雨をしのいでいるのさ。簡単だし、両手が空くし、傘よりもレインコートよりも確実に雨に当たらない。いいことしかないな」

「そう簡単に出来ることじゃないよー。ユウ、前から思ってたけど魔法適性高すぎ」

「そうか? 煽てても何も出ないぞ?」

「そっか。そりゃ残念」

「……おい、今のはなんだ?」

「ポンチョだね。自転車で向かい風でぱたぱた広がって、エリマキトカゲかな?」

「そうじゃねえ。そこじゃねえ」

 肩に乗ったライを途中から抱き抱えながら、彼らは雨の中を進んでいく。順調に買い物を済ませ、そろそろ帰ろうかというとき。公園のそばを通りかかり、交差点を曲がろうと角から出たところで──結界に、何かが衝突した。

 細川が驚いて前を見ると、そこには尻もちをついて手をさする、一人の少女がいた。

 細川は誰かが走って接近していることには気付いていた。しかしそれでも衝突したというのは、天気のことを抜きにしても、あまりにも不自然だ。

 傘も結界もないのに、雨に濡れた形跡のない服と身体、防寒対策はされた格好。何より不自然なのは、その少女は細川の記憶だとつい最近死亡していること。

「なぜ、ここに……?」

 さすがの彼も、これには驚きを隠せない。目を見開き、否定されない目の前の光景を疑う。気づけば、疑問の声さえ発していた。

「あ、ごめんなさい」

 その声ではっとした少女は、謝罪を口にして立ち去ろうとする。

「いや、ちょっと──」

 細川は引き留めようとしたが、どうやらそれには及ばなかったようだ。さっきと同じ衝撃を結界と細川に与えて、少女は、思ったより大きかったらしい結界に、再度衝突した。

「なあ、ライ」

「なあに、ユウ?」

 コートの中からひょこっと顔を覗かせたライに、少女は驚いたようだ。無理もない。

 自分がぶつかったのが、傘もささずに雨の中歩いていた男の結界で、そのコートから人語を話す狸が顔を出すなどと、誰が予想できるのか。少なくとも細川は無理だ。

 ちなみに大精霊にも体温というのは存在するらしく、こうしていると結構暖かかったりするのだが。

「幽霊って、結界に衝突すると思うか?」

「うーん、どうだろう。当たり判定を取得するのは物質ではなくて存在だからね。もしかしたらぶつかるのかもね」

 なるほどね、と呟いて、細川はその場にしゃがみ込んだ。そして少女に目を合わせると、

「君は、つい先週冬山で雪崩に巻き込まれた、平井柚那だね?」

 名前を言い当て、柚那をさらに驚かせた。


#3 幽霊衝突、柚那

 平井柚那が家族と登った山で雪崩に巻き込まれたのは、言ってしまえば事故でしかなかった。しかしそれでも、ひとつの命は失われたのである。


 姉と両親、他の登山客は逃げ延びたが、柚那は彼らに比べて体力が少なく、途中で息を切らして雪崩に埋もれた。

 右も左も、前も後ろも、上も下も分からない。パニックになることはなかった。ただただ、怖い。息ができない。そのまま動けず、彼女は恐怖と暗闇の中で命を落とした。八歳の、命日十二月十日のことである。

 冥府やらなんやらの行き方も知らず、多くの未練を残した柚那は、幽霊として現世に留まった。しかし、それはそのまま未練の履行に繋がることを意味しない。むしろ、状況は極めて悪かった。

 幽霊であることの弊害か、誰も柚那を認識できなくなっていた。遺体と霊体、それが同時に存在することが許されなかったのだろうか。

 実体を消し、霊体として雪を抜けた柚那は、まず両親に会った。判断そのものは当然だ。しかし、両親に認識されないとなると、希望は無きに等しい。いつの間にか姿の見えなくなっていた姉のことは、正直頭になかった。誰か自分を認識できないのか──期待はその場で、物の見事に刎ねられたと言っていい。掘り起こされた遺体を母親が泣きながら運び、それについて、柚那も山を降りた。

 葬式には、姿を消して忍び込んだ。足音も気配もなく、霊体はつまみ食いとかに向いてそうだ、という場違いな感慨を得た。

 葬式は、即ち父親に対する信頼をなくす場だ。少なくともこの段階で、柚那にとってはそうだった。

 当たり前だろう。本人がいる前で学校の友人達や教師陣に向かって、

「参列してくれてあの子も喜ぶだろう」

 などという発言、死者と言葉を交わせない生者が口にするのは傲慢が過ぎるというものだ。正気ではない。

 葬式に参加していた僧侶が、柚那に気づいたようだ。式が終わって会場を出たところで、僧侶は柚那についてきた。柚那が走ると、僧侶も走った。身の危険を感じるとは、まさにこのことだ。その日は何とか逃げ切り、姿を消した上で、高架下に潜って寝た。

 僧侶は、日に日に数を増して柚那を追った。ここまで来ると、ただの変態だ。なんなんだ、この人間。怪しい宗教か? ……謝罪しよう、仏教はまともな部類の宗教だった。しかし、彼らの(恐らくは)危険性が薄れるわけではない。

 そんな日々を繰り返して四日目。雨の中逃げ回っていると、なにかに衝突したのだ。見上げてみると、傘を指していないのに雨に濡れない、上着の中に狸を入れている、奇妙な若い男だ。正確に言えば、ぶつかった先は彼の結界らしい。色々と突っ込みたいところが多すぎて、狸と会話していることについては最早なんとも言えない。

 そして言い放たれた衝撃の一言──。

「君は、つい先週冬山で雪崩に巻き込まれた、平井柚那だね?」


「どうして、ゆなの事分かったの?」

「ん?」

 質問され、細川は返答に困った。何やら訳ありのようだが、さて、なんと返したものか。

「……ニュースを見たから?」

 自信なさげに答えてしまった。まあ仕方のないことである。

「ううん、そうじゃなくて……。パパとママは、ゆなのこと分からなかった。君は誰だ、どこから来たんだ、って。なのに──」

 不認識障害の対象から外れた、細川の正体が分からないからだろう。柚那は、おずおずと彼を見上げて……いたわけではなさそうだ。そういえば細川が一方的に名前当てをしただけで、彼自身は名乗ってすらいない。

「悪い。俺は細川裕。魔力使用者と精霊術師を兼ねた、ちょっとした何でも屋の店主──と言っても分からないか。どうしたものかな」

「ユウ、制限時間はあと三秒」

「焦らせるな、ライ」

 言い換え三秒ルールは、細川の決め事だ。素早く相手に言いたいことを伝えるための、である。ちなみにそれが、まともに機能したことは一度も無い。

「暗闇に光る懐中電灯のような魔法使い」

「格好つけたね」

 何も聞こえない。必要なことは伝わったようなので良しとする。

「へえ、魔法使いって本当にいるんだ」

「話を整理しよう。柚那は幽霊になったが、幽霊として人前に出ても、誰にも柚那だと分かってもらえない。そしてなんかよくわからんお坊さんどもに追っかけ回されてぶつかってきたと。そんなとこでだいたい合ってるか?」

「うん。なのに、なんで店主はゆなのこと分かったの?」

 たしかに妙なことではある。霊体不認識障害と便宜上名付けて呼ぶが、細川に思い当たる節はない。そもそも幽霊に遭遇すること自体滅多にあることではないので、先んじて何か対策をしていた訳でもなし。他に思い当たる節といえば、ひとつしかない。

「俺の存在そのものに付随する、特異性か?」

 他に考えられることはない。どこぞの風船魔人に問い詰めたところで、相手も知らないか、はぐらかされるのがおちだろう。もともと頼るつもりは毛頭ないが。

 両親ですら認識できないことは実証済み、僧侶団は認識有無に関わらず幽霊を消しにかかる。それを細川は、なんの迷いもなく突破してしまった。強いて言えば、ニュース映像を見ただけだ。

「ねえ、もうひとつ聞いていい?」

「ん?」

「ゆなのこと……その、怖くないの?」

 さて、なんの事やら。

「どうしてそう思う?」

「だって、ゆなは幽霊なんだよ!? 怖くったって当たり前なのに、店主はなんでそんな……」

「平気な顔しているんだ、と」

「……うん」

 細川は、ベンチに座ったまま足を組みなおした。ついでに組んでいた腕は解いて腰の横に置き、

「考えたこともなかったな」

 あほらしい答えを出した。

「そもそも怖いってなんだ? なんのためにある感情だ? 自己保身? 本能的なもの? だとしたら──」

 彼は、コートの中に潜っていたライの鼻をつまんだ。

「お前にも恐怖を抱くべきだったんだろうな」

「「え?」」

 細川とライの初対面は、なかなかに壮絶なものだった。隣に強力な魔術の使い手であるラザムがいたとはいえ、よく腰を抜かさなかったものだ。

「まあ、この際必要のない感覚なんだろう。君に俺の事を害せるとも思えないし、第一こんな少女が幽霊だなんて誰が信じられる」

 頭に三角のあれをつけていなければ、経帷子も着ていない。足だって透けていなければ、だらりと手を伸ばしたようでもない。どこまでも細川の知っている幽霊とは違う。

「いずれにせよ、怖がる方が難しい。最初見た時は、ニュースが間違っていたのかと」

 柚那が表情を崩すまで、そう長くはかからなかった。


 細川は、柚那との間に契約を結んだ。とはいえ、負担がかかるのは細川だけだ。精霊術師として結ぶ契約は、当事者の心臓を見えない鎖で縛り付ける。慣れれば何も感じないが、交わす瞬間は緊張が強くなる。それを柚那に感じさせたくないと細川が考えた末、彼一人が負担を受けることになり、細心の注意を払った結果、目眩を起こした。

 契約は、「坊さん連中」の手が絶えるまで、または細川自身が死亡するまで、柚那を魔法店で保護するというもの。今は、そうして店に向かう途中だ。

 雨も止み、寒空の下を並んで歩く。柚那曰く、坊さん連中は割ととんでもないタイミングで襲いかかってくると言うので、早速契約が反故にならないよう、手を繋いで歩くことになった。──ライをとトカゲがいれば、大抵の脅威には刃向かえると思うが。

 柚那はトカゲが気に入ったらしく、右肩に乗せて歩いている。これが実は龍になるんだよと言ったところかなり驚いたのだが、喋る狸のライと比べてどちらが驚かれたかと問われれば、答えは迷うところだ。

 しかし、見るほどに柚那は幽霊らしさを捨てている。その最たるものが──、

「見てよ、幽霊が笑ってる」

 この表情の豊かさ。幽霊と聞いて、誰がこんな姿を想像できるのか。とにかく、道のりは順調、平和な散歩だった。──このときまでは。


#4 雪女、平井鈴花

 いち早く襲撃に気づいたのは、柚那の肩に乗っていたトカゲだった。それは柚那の肩の上でくるりと後ろを向くと、小さく首を振って氷の矢を無数に生み出し、高速で射出する。

 遅れて振り向いた細川とライが軌跡を辿ると、そこにいたのは。

「……やられた。トカゲに先制攻撃されるなんて」

 氷の盾を生み出して氷の矢を弾き飛ばした少女だ。銀白色の髪と、氷のような水色の瞳。肌は病人のように青白く、身長と体型から見るに、年齢はおそらく十三、四歳といったところか。

「寒っ。雪女か」

 ありえない角度から正体を看破し、細川がコートの襟を立てる。このようなとき、細川の洞察は何故か正確だ。いい所を持っていく、仮に主人公体質とでも名付けておこうか。そして次の瞬間。

 いきなり、吹雪が起きた。

 別に決して全くもって、ふざけているわけではない。

「寒いの苦手なんだよなあ。ライ、焚き火とか持ってない?」

「ボクと契約したのは失敗だったかもね。氷と風しか使えないよ。かまくらなら作れる」

「意味ねえ……」

 この状況で軽口を叩く。細川とライの意外な欠点が露呈した。ちなみにかまくらというものは、蝋燭の一本でもないと暖を取れないものである。

 で、吹雪を起こした少女の目的だが。

「妹を、返しなさい」

「妹?」

 細川達は、ちらりと横を見た。この状況で該当しそうな人物は、一人しかいないが。

「──うん、柚那のお姉ちゃんだよ」

「へぇ、姉妹涙のご対面ってか? 柚那を認識できる人間が、まだほかにもいたか。……感動の再会にしては殺伐としてんな。俺の扱いが酷すぎる」

「うるさい! 誘拐犯はくたばれ!」

 ぶつぶつと言っていた細川に、氷の矢が集中する。常人なら覚悟する間もなく死ぬところだが、

「店主!」

「アル・シーラ」

 短い精霊術の詠唱とともに、細川の正面に透明なシールドが展開される。氷の矢は全てそこに衝突し、途端に砕け散った。

「危ないな、今のは死にかけた」

「て、店主?」

「店主?」

 細川に向けられた声。一方は彼の身を案じる声であり、もう一方はそれを疑問に思う声だ。

「誘拐なんざ誰がするか。濡れ衣もいいとこだ」

「誘拐犯じゃ、ない? 何者?」

「俺の名前は細川裕。魔力使用者と精霊術師を兼ねた、まあ何でも屋の店主ってとこだな」

「ああ、そういう……」

「例に従って問い返すが、お前さんは?」

「平井鈴花。その子の姉で、多分雪女よ」

「ちなみに雪女になった経緯とか聞いてみても?」

「……柚那が雪崩に巻き込まれたのが信じられなくて雪の中に飛び込んで、飲まず食わず不眠不休で三日間さまよった後、気づいたら雪女になってた」

 つい、細川は吹き出した。

「そりゃまた、適当もいいとこな出で立ちだな」

「雪の中で行き倒れて生きてたのが不思議な状態で実際半分くらい生命活動は止まってて、ついでにそれで記憶が曖昧に──」

「さっきまでの強気な態度はどこいった……」

 呆れたような細川の言葉に、鈴花は涙目で反論する。と、彼女の元へいつの間にやら寄っていたライが、

「あ、ほんとだ。呼吸はしてるのに脈は止まってるよ。どうやって生きてるのか不思議だね」

 首にぺたりと触って、奇声を上げさせた。

「戻ってこいよ、ライ。悪いな、こいつ多分悪気はなかったと思う」

 笑って手招きする彼の方に再び戻り、ライは細川の首元に収まる。鈴花はと言うと、よほど衝撃的だったらしく、水面に顔を出した金魚のように、口をぱくぱくとさせている。

「本当に、さっきの強気な態度はどこいったんだ。さっきの手頃な警戒心返してくれ」

「ユウ、もしかしてちょっと煽ってる?」

 全然そんなつもりはないのだが、そう言われるとそうとしか思えなくなってくるのが不思議だ。

「お姉ちゃんのあんな顔、初めて見たかもしれない……」

「へぇ、そうなのか」

「うん、いつもはもっと、優しくてしっかりしてるんだよ」

「とてもそうは思えないがな」

 妹想いなのは間違い何のだが、脈もないのに顔を赤くして手をぱたぱたさせている姿からは、とても想像できない。

「あ、ああ、そう、そうよ。話を戻すわ。妹返しなさい」

「「今からそこに戻るの?」」「ここから話を戻すには無理があるな」

 細川、ライ、柚那の声が重なる。

「明後日に飛んだボールは、今日に帰ってこないんだよ」

「ほんとにゆなのお姉ちゃん?」

細川が呆れ、ライが名言風な迷言を生み、柚那には疑われる。なんというか、これはひどい。

 ただそうなると、大体において状況は悪くなる。今度も例に漏れず、益体のない奇声を発し、鈴花は氷の矢を乱射し始めた。柚那に当たってはどうしようもないので、細川は自分の結界に彼女を入れてやる。

「落ち着け、話すことも話せない」

「どの、口が、それを!」

 文節ごとに氷を放ち、零火が喚く。

「仮にも雪女だろう、自分の頭は自分で冷やせ。いい加減にしろ。……ミル・シューマ!」

 普段使いのアル・シューマよりも氷の生成量が多い、ミル・シューマを詠唱。その分マナ使用量は膨れるが、無差別な弾幕を打破するにはこれが最も手っ取り早い。弾幕が弾かれ、鈴花が慌てた。勝負を分けるのは、やはり数なのである。

「いいか雪女、自分の台詞なんざいちいち覚えていられないから、一回しか言わないぞ」

「なによ!」

 弾幕は継続される。無論、吹雪だって止んでいない。

「お前さんの妹は、基本的に認識が阻害され、一般人には識別できない。契約に従い、柚那は俺が保護する」

「はあ!?」

「だが、どうしても連れて帰るってんなら、考えがないでもない」

 弾幕と吹雪が、ぴたりと止んだ。

「契約を交わせ、雪女。一日一回まで、好きなときに俺に襲撃をかけていい。俺を降伏させたら、柚那の保護はお前に任せる」

「へえ、魔法使いの肩書きは嘘じゃないんだ」

「嘘をつく理由がないからな。まだ使いこなせてはないが」

「それをユウが言うの?」

「……わかったよ、それで契約する」

 口にした瞬間、鈴花の顔が歪んだ。同時に左胸を押さえる。

 契約の負荷がかかったのだ。

「ちなみに今日の分は今ので終わりだ。ああ、それと──」

 姿勢を戻した鈴花に、細川が告げる。

「──襲撃に対する反撃には、文句を言わないこと」

 直後、トカゲが半径一メートル以内に大量のつららを落とし、雪女を大いに驚かせた。

一応これにて、初期の魔法店メンバーは出揃いました。次回からは、細川裕とラザム、平井柚那、平井鈴花、ライ、トカゲ達が出たりでなかったり。これ書いてた頃は梅雨入りの時期らしいよ。半年遅れだ。

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