第四話 狸の大精霊、ライ
#1 二つの魔法
細川が読んでいる長篇ファンタジー小説『不運の騎士』が、第十三巻に突入した。普段なら、一人で情報を頭に入れておくところだが──
「細川さん、知ってます?『不運の騎士』第十三巻が発売されるそうですよ」
「知ってる。今度買ってくるよ」
暇を持て余したラザムに読ませてみたところ、瞬く間に細川以上のファンになったようだった。
天使のラザム、最近することのないアシスタントには、ちょうどいい本だったようである。
『不運の騎士』は、元がネット小説であり、人気が出て書籍化されたものらしい。一時期社会的大流行を記録したのだが、熱しやすく冷めやすい、空気のような現代人には、半年もせずに飽きられてしまった。
現在は、細川以下一部の物好きが読み続けているに留まる。
アニメ化され、細川が魔力を手にしたのは、つい四ヶ月程前のことだ。
「そういえば、魔法って俺たち無言で使うよな。なんかこう、もうちょっと呪文的なの唱えるものだと思ってた」
「魔術ですからね」
「ん?」
細川がふと気になったことを口にし、ラザムはそれに対して若干ずれた答えを返した。
「実は、魔法には大きく分けて二種類あるんです。厳密には禁術の類であるものを含めれば、三種類になりますが……」
「何かと、何かと、何か? ……呪術とか?」
「呪術は禁術ですね。私たちが使うのは、魔術魔法。細川さんの場合は少々特殊なんですが、この際は置いておいて。魔力を使用し、天使を触媒として行使するよう契約を結ぶのが、魔力使用者の魔術魔法。これについてはあまり知らなくても──」
「まてまてまて! 何だ、契約!? 身に覚えがなさすぎるんだが」
珍しく慌てる細川に、ラザムはきょとんと首を傾げた。
ファンタジーでお馴染みの『契約』だが、我が身のこととなれば話は変わってくる。
「最初にお会いしたとき、いくつか決まりがあったのは覚えてますよね?」
「ああ、確か六、七個…」
「いえ、一六七個です」
「……そんなにあったか?」
細川の記憶にあるのは六個である。百数十個もあったように思えないのだが、彼が内容を聞き流していたのもまた事実。
うっかり契約に違反していなければいいのだが……。
「はい、冗談です。正確には六項で、それらをまとめて一つの契約。これが成って、細川さんは魔力使用者の立場にいる訳です」
「俺が知ってる契約と違う……契約って、双方の合意があって成立するもんじゃねえの? なんか流れで勝手に結び付けられた感しかないんだけど」
細川が未だに釈然としないものの一つである。
恐らく、人間同士の『契約』と、魔法的な『契約』は違うのだと、理解してはいるのだが。
「まあそれは突き詰めようもないんだが。で、なんだっけか」
「魔術魔法ともうひとつ、ですか?」
「そう、それだ。呪術除いて魔法はふたつ、片方が魔術魔法だとして、もうひとつはなんだ?」
「精霊術魔法ですね」
「セイレイヅッツ……なんて?」
「精霊術魔法です。精、霊 術、魔法」
復唱しようとして、細川の思いがけない滑舌の悪さが浮き彫りになる。ふだん器用そうに誤魔化していても、こういうところでばれるらしい。
対してラザムは、危なげなく言い終えてしまう。これは天使故の器用さなのだろうか。
「精霊術魔法は、精霊と契約を交わし、その力を借りて魔法を行使します。エネルギー源は魔力ではなくマナ。契約精霊は、術師の意思を受け取り、自己と術師のマナを合わせて魔法を具現化するんです。マナと魔力、それから一般の体内エネルギーは相互的な互換作用があります。足りない分は、それで補うことができるんです」
「……ややこしい」
「そんなとこあれですけど、マナは魔力に変わりやすいエネルギーです。直接的に外へ引き出そうとしたり、逆に限度を超えて吸収しようとすると、爆発的な変化を起こして魔力風が発生します」
「危なっかしいな。けど、素人にマナって扱えるのか?」
「マナは精霊と契約することで解放されます。なので、今の細川さんには無理ですね」
「ふーん」
細川は、ぱたんとソファに倒れ込んだ。
が、直ぐに飛び起きる。
「で、無詠唱の魔術に対して精霊術が出てきたのはどういうこと?」
「あ、やっぱり興味あります?」
「興味持たせるために話したんじゃないの?」
「さあ、どうでしょう──その通りですね」
二秒で前言を翻したラザムに苦笑し、細川はソファに座り直す。
「やってみれば分かりますよ。──では」
ぱちんとラザムが指を鳴らすと、ソファやらテーブルやらが消え、床に魔法陣が出現する。
(多分)安心と(恐らく)信頼のラザム製。
何度も見ている仮想空間と通常世界を繋ぐものではなく、それだけで、また別の世界へ接続されるのだと直感的に分かった。そして──
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇえええええ!!」
いきなり飛ばされたことにより、細川の絶叫が、誰もいなくなったリビングに響いた。
#2 アルレーヌ大森林
「えほっ、けほっ、こほっ……」
「本当に珍しいですね。どうしたんです、落ち着いてください」
空間転移した森の中、慣れない絶叫をして咳き込む細川と、蹲る彼の背中を優しく叩きながら困惑するラザムの姿があった。
傍から見れば情けないことこの上ないが、この珍しい状況は、元はと言えば何も言わずに空間転移をさせたラザムのせいかもしれない。
「うう、お前なあ……けほっ」
空間転移くらいで何を大袈裟な、とでも言いたげな天使の顔を恨めしげに睨み返すが、問題はそうではない。
細川は既に二ヶ月以上魔法を──魔術魔法のごく一部だが──使ってきたのだ。空間転移自体は慣れたものだが、なんの予告もなくやるのはやめて欲しい。心臓が止まるかと思った。
「ふう……で、ここは?」
ようやく立ち上がった細川は、ぐるりと周りを見渡した。
木、木、林、森──この世界には木しかないのか、と思えるほど、現在地からは木しか見えないのである。細川が今いる場所でさえ、木と木の間にすぎない。
密林、と。そう形容するのが正しい場所だった。
「この世界は、魔法世界、第二世界空間などと呼ばれることが多いようです。ちなみに第一世界空間はいつもの通常世界ですね。現在地はアルレーヌ大森林。この地域にのみ自生する樹木が集まる、面積およそ六・零二掛ける十の二十三乗平方キロメートルにもなる広大な……」
「おい待て、なんか化学部員として聞き流せない数字が聞こえなかったか?」
面積が滅茶苦茶だというのは何となくわかる。が、さすがに広すぎはしないだろうか。そう思ったのだが。
「えっと、すいません。面積は冗談です」
「ですよねー」
六・零二掛ける十の二十三乗は、物質量の概数だ。化学部員の細川には馴染みが深い。
誇張があったとはいえ、「大森林」の三文字は消えないので、馬鹿みたいに広いというのは変わらないようだが。
「で、俺はなんのためにここまで連れてこられたんだ?」
「せっかくなので、細川さんには精霊術師にもなって頂こうかと」
「……堕天使ぶっ飛ばせたりする?」
「契約精霊の格と数によっては可能かもしれませんね。ルシャルカは、『悪魔を傷つけられるのは天使だけ』とか言ってたような気がしますが、実際そんなことはないです」
物騒で明後日の方向を向いた細川の期待に、しかしラザムはにこりと笑みを持って答える。
もともと主のためなら何でもするのが天使だという。まして、共通の敵を倒すためとすれば、何を迷うことがあるのか。
とはいえ、これで決まった。
「よし、やろう」
「はい。ではこちらへ」
あっさりと決断を下した細川を、ラザムは先導していく。──精霊のありし地へと。
#3 ホルーンの水源湖
「そういえば、ダーツは練習してるんですか?」
「全くしてねえな」
「そういえば知ってます? 最近、近所のパン屋さんが集まって、イベントを開くって聞いたんですけど」
「気が向いたら行ってみる」
「……どうしてさっきから歩いてるんです? 飛行魔法使えばいいのに」
「しばらく使ってなかったからね。使い方をよく思い出せない」
「なんでそうなるんですか!?」
大したことのない世間話をしながら、細川たちはアルレーヌ大森林を進んでいく。
飛べなくなった細川が木の根に躓き、飛びながらラザムが支え、情けない姿を本日二度目、ジープらしき乗り物を出現させたはいいものの、地面が悪すぎて運転しながら酔いころげ、青い顔をして更に十分。
ついに細川は、根を上げて倒れた。
「うおえっ、なんで自分の運転で酔ってんだ俺」
「体が動きを予測できなかったんですね。大丈夫ですか?」
「平気平気、これくらい……う」
「ちょっと、ほんとに無理しないで!」
ラザムが敬語を忘れるくらいだ。細川の顔の青さ加減は、さぞや想像しやすいことだろう。
というわけで、細川は飛行魔法を思い出し、翌日出直すことになった。
前日あれだけ苦労した道のりが、飛行魔法を使うとたったの五分。少し開けた場所に出た。
ここが今日の目的地、ホルーンの水源湖である。
「どうですか? 綺麗な景色でしょう?」
「この配色がなければ、そう思っただろうけどな」
体に悪そうな水色の液体。その上をふわふわ漂う赤、緑、青の光の点。何より赤を基本とした森林は、通常世界に慣れてしまった細川にとって、かなり異質なものだった。
「今更驚きもしないが、こっちは何もかも異質だな」
「この世界にも人は住んでますし、国家だってありますよ?」
「これを見てどう信じろと?」
とても人が住んでいる世界には見えない。だが、昨日と違ってラザムの顔は事実を言っているときのそれだ。とても信じられないが。
「で、あのふわふわ浮いてんのが精霊か?」
「そうですね。赤は微精霊、緑は準精霊、青は本精霊。それから精霊集落には、必ず──」
突然ラザムは鋭い視線を後方へ放った。細川が見たことのない表情だ。
彼も、水源湖周辺の感覚が変わるのを感じた。
はっきりと言葉には変えられないのだが、なんと言うか、空気が流れなくなったような。
そしてラザムは両手を前に突き出し、何重にも魔法陣を展開すると、
「──来ます!」
正面から来た、見るからに人を殺す光線を受け止めた。
#4 大精霊ライ
殺人光線が自分たちへのものだと遅れて理解すると、細川はラザムと反対を向いて魔力を集中させた。
容赦のない第二撃は、湖方向から飛来した氷塊。
鋼鉄をも容易に貫きそうな鋭い切っ先を、狙い違わず細川がへ向けている。
「今度はこっちか!」
彼は白銀の鞭のような何か──便宜上『触手』としておくが──に火を纏わせ、対抗して突撃させる。が、
「だめです!」
「な──っ!」
氷塊が細川の顔に触れる直前、ラザムの魔法陣が辛うじて絡めとった。
「なんなんだ、一体……」
彼らは既に囲まれていた。赤緑青、光の三原色に発光する数多の精霊たちに。
更に現れたのは、
「まさか、ボクたち精霊以外に防御結界を張る者がいるなんてね。聞いてないよ、何者なんだい?」
中性的な声で話しかけてくるのは、1匹の空飛ぶ動物──否。
「大精霊、ライ」
ラザムが低く呟くのが聞こえた。
大精霊といえば、よくファンタジー小説に登場する強力な種族だ。
『不運の騎士』でも、主人公がうっかり敵に回してしまい、とんでもない苦戦を強いられている。読むだけなら、それは面白いだろう。だが当事者になるのは別問題だ。
外見からは、とても威厳などの類は感じられないが。
「……狸?」
そう、狸である。
『狸寝入り』の狸である。
せめて虎や狼などの姿をとっていれば威厳も感じられようが、いかんせん狸だ。狸さんである。
一体、これのどこに大精霊の格を感じろというのか?
そんなことより細川は、あのふわふわして綺麗な毛並みが気になって仕方ない。
「まあそんなことはさておき。なんとかこれ、対話に持ち込めないか? 魔法戦やりに来たわけじゃないんだが……」
「大精霊様、分かってください。私たちは契約の話をしに来たんです」
「何言ってるのか分かんないけど、だったらさっきの炎はなんて説明するの?」
「いや、先に攻撃してきたのそっちじゃん」
なんと言うか、埒が明かない。
既に会話が、講和と言うよりもコントじみてきている。
「……実際のところ、本当に何者?」
「……魔力使用者」
「魔力使用者……」
「「?」」
ライが訝しげに呟くのを聞き、細川とラザムは顔を見合せた。ちなみにライの表情は、狸の顔なのでよく分からない。
「魔力使用者に仕える少女……大天使か」
「大天使?」
今度は細川が訝しむ番だった。
大天使、とは聞き覚えのない単語である。
「契約に関係がなかったのでこれも説明しなかったんですが……」
ラザムがおずおずと切り出した。
「私は、十三人いる大天使の一人なんです。魔力使用者の補佐をするのは大天使と決められていて。ちなみに私の得意分野は魔法陣です。さっきのシールドは精霊式の結界を真似してみたもので」
「「そこまでは聞いてない」」
だがラザムがそれとなく大物だったことに、細川は内心驚いた。
「ボクたち精霊以外に結界が使えるとは思ってもみなかったよ。キミ、なかなかいい従者を連れてるね」
「さっきまでの敵対的態度はどこへ消えた。──けどそうだな。こいつが家族にいるってのは、結構楽しいぜ?」
「ん、従者っていう話では?」
「従者も家族だ──俺にとってはな」
予想外の会話の流れに、ラザムは驚いているようだ。しばらく固まっていたが、ふと意識を取り戻すと、
「細川さん、そろそろ」
「ああ。──大精霊、ライ」
細川の呼び掛けに、ライは正面から見向き直った。
「──お前も、俺たちの家族に入らないか?」
精霊は、軽く頭を振って、
「ふむ。その提案に、乗ることにしよう」
細川が差し出した掌に、ふわりと着地した。
#5 アルレーヌで学ぶ精霊術魔法
契約から三日後のことだ。
広大な仮想空間に、一人の男と一匹の狸(?)がいた。
「精霊術の使い方は、割と簡単だよ。先ず頭の中で、形をイメージする」
「イメージした」
「次に方向を指定する。初めのうちは手でやった方が分かりやすい」
「魔術と同じ感じだな」
「手の先にマナを集めて」
「マナ……ああ、これだな。それで?」
「あとは詠唱するだけ!」
「アル・シューマ!」
高速で発射された氷の矢が、百メートル以上離れた的を粉砕した。
「すげ……結構狙い通りに飛ぶ感じか」
「目標が分かりやすかったからね。精霊側が補正を加えたんだよ。的が沢山あったら逸れることもあるかもしれない」
「それはつまり、俺の狙いはあまり正確じゃなかったってことだな。分かってはいるが」
そういえばダーツも全く成長しないなと思いつつ、細川の周りは光に囲まれる。
赤緑青緑緑赤赤赤青赤緑青青青青赤青赤赤青青緑赤青赤赤青青青赤緑赤青青緑赤青赤赤緑緑青──。
ホルーンで契約を交わした精霊たちだ。
微精霊は二三、準精霊は十七、本精霊は五五。
大精霊のライを含めれば、その数は九六になる。
圧倒的に多い大家族──彼らは、細川が下げているペンダントで、彼の元とホルーンを行き来できる。
「俺はできないが」
「精霊じゃないからね」
淡色に光り、白い紐で結ばれた精霊の宿り石、マナ・クリスタル。水源湖の底にできる水晶を砕いて磨き、契約することで、水源湖と繋がることが出来るのだそうだ。
「ところで、ラザムは大丈夫なのか?なんか、ペンダントに触れた直後、感電して昏倒したんだけど」
「平気だよ。契約に関係のない相手が触れると十分間だけ気絶する仕組みなんだ。盗まれないように工夫した結果だよ」
「……もう少しましなやり方はなかったのか?」
「触れたら上空百メートルにワープするとか?」
「落っこちて死ぬ!」
なぜ悪化した。
「まあ心配しなくても、大天使様なら感電したって死なないよ。昔ある天使が電気うなぎの池に落っこちて溺れかけたらしいんだけど、一時間後には水を吐いて這い上がってきたそうだし」
「そりゃまたポンコツな天使がいたもんだ」
「今でも笑い話として語り継がれてるとかなんとか」
「不憫!」
ちなみにラザムは、魔法店に新しく併設された精霊病院で寝かされている。回復術を使える精霊が数匹、傷病の手当をしてくれる場所だ。
細川も一度、既に世話になっている。
「けど、ユウって魔法適性高いね。精霊術って適応するのに、一週間かかることもあるのに」
最低でも三日、という呟きまでは、細川の耳には届かなかった。
文章の書き方が当時読んでたラノベに引っ張られてる……これ下書きしてた頃に初めてラノベに触れたんだったか。
作者がファンタジーで詠唱が必須になる理由がわからなかったために、魔術魔法では無詠唱になりました。ちなみにあちこちで話し合ったところ、詠唱に合理的な意味はついに見出せませんでした。精霊術に詠唱が必要なのは、精霊たちに使う魔法と強さを伝えるためです。




