第七話 修学旅行のラヴトラ(Ⅰ)
第七話は長いので三分割します。今回はDay-0とDay-1をお届け。
#1 day-0
校内の噂に疎い細川にも、その話は届いていた。曰く、学年で二軍をやっていた女生徒三人が、文化祭を境に大人しくなり、学校を休みがちになり、人間関係が崩壊しているという。
細川まで知るようになるということは、三人は相当影響力のある人物だったらしいが、旧知の人間ではないようだ。
もっとも、名前を聴けば誰のことかは大体思い出せる。天宮みなみをいじめの対象にしていた三人だろう。人間不信を起こすよう、精霊に記憶と意識を改ざんされた三人は、翌日から人が変わったように大人しくなり、いじめも消えたようだ。
名前通りの性格、と陰口を叩かれる木下陽一は、同類の友人と、三人が修学旅行までに復活するかどうかでジュースを賭けているらしい。当然だが、意識改ざんは少なくとも十年は持続するように行われているので、この賭けは復活しない方が勝つことになる。
そして、文化祭直後に変わったことが、もう一つあった。──天宮が、細川に懐いたことである。
教室で席替えが行われた際、天宮が細川の後ろになったこと自体は、単なる偶然だった。作為が働く余地はなく、インターネット上のくじ引きプログラムと出席番号を使用した、完全ランダム式の席替えだ。
なので、仮に作為が働いたとすれば、幸運の神あたりが気まぐれに手を加えたとでも表現すれば良いだろうか。誰にとっての幸運かは、言うまでもない。
「やあ、君のすぐ後ろに来られたよ」
これが、席を移動した直後の天宮の第一声である。文化祭から一ヶ月も経っていないのに、恐ろしく立ち直りが早い。
(なんだ、この女)
一方の細川は、怪訝な心持ちだ。彼女とはいじめの一件で終わりだと考えていただけに、それ以降があるとは万に一つも思っていなかったのだ。依頼人と何でも屋、それだけの関係だと思っていたのだが。
「来週の修学旅行では、知っての通り、一日目と四日目に班別自由行動があります。このクラスは男女同数なので、男女混合三人ずつの六人班を七つ作ってください」
それは、細川のクラスの担任を受け持つ紺条という教師の指示だ。細川の高校では、毎年十月に、二年次の沖縄修学旅行が行われる。三泊四日をそこで過ごすのだが、知っての通りと言われても、細川は班別自由行動の存在など知らない。
「まさかと思うけど、君、修学旅行の旅程表見てないの? 持ち物とか全部書いてある冊子だから読んでおけって、あれだけ口酸っぱく言われてたじゃん」
首をひねる細川に気付いた天宮が声をかける。どこにやったかな、と呟く細川に、天宮は信じられないとばかりにため息をついた。
「信じられない、何やってんのよ、もう……!」
本当に言われてしまった。ぐうの音も出ないとはこのことか、などと、細川は状況を他人事のように無視して余計なことを考える。
「しっかりしてよね、君がちゃんとしてないと、僕も困るんだから」
「何の関係があるんだ?」
「君、このクラスに僕以外の友達いる?」
「いないな」
そもそもあんたとも友達になった記憶はないんだが、と言いかけて、細川はさすがにやめた。
「そういうことだよ。二人離れて互いに孤立するより、一緒にどこかのグループに拾ってもらった方がいいんじゃない? ……はいこれ」
「そういう考え方もあるか。……これは?」
細川の手に、天宮から一冊の手帳が渡された。青緑色のカバーがかけられたそれを指さし、天宮が指示する。
「今すぐ二十ページの中を読んで。班別自由行動について書いてあるから。三十秒以内、ほら早く」
つまりはこの場で取り残されかけている細川への救済措置ということらしい。
「意外と優しいんだな」
「いいから早く! 二人で拾ってもらえなくなるから! あと全然違う、君がちゃんとしてないと僕が困るんだってば、勘違いしない!」
「注文が多いな、あんたも、この文章も。……助かった」
会話をしながら十秒で読み切ると、細川は手帳を天宮に返した。この青緑色のものが、配布された旅程表らしい。帰宅後すぐに、探さねばならない。
先の天宮の発言がエゴイズムのふりをした善意であると、細川は分かっていた。彼が魔法店を始めるにあたり、魔力を自分のために使用すること、と定められた規則を回避したやり方と、大差ないからだ。
思考さえ似ていれば、細川にもある程度は他人の考えることは分かる。天宮みなみという少女は、素直な性格ではないようだ。
#2 Day-1
無事発見された旅程表をもとに準備された少量の荷物(大部分は既に現地に送ってあるためだ)を持ち、細川は珍妙な走り方をする列車に揺られていた。正確には、珍妙なのはこの列車が経由する、ある駅の仕様である。
細川の知る限り、路線の途中で車両の前後を入れ替え、スイッチバックする鉄道など、都市部では蒲田駅を通る京急線くらいではないだろうか。
地形図を見ながら、場所がなかったのかな、と細川は推測しているが、鉄道会社に問い合わせたわけでもなく、真相は不明である。JRなどで採用されているデルタ線と呼ばれる路線図にならないのは、土地を買収する資金の不足が理由だろうか。
そして、そんな彼の隣で同じものを珍しがっている少女が一人。
「やっぱり何回考えても不思議だよね、この駅。僕、小さい頃に来たときここで迷子になったんだよ。同じ電車なのに行先によってホームのある階が違うなんて思わないじゃん」
今更言うまでもないだろう、天宮みなみである。
細川は、集合時刻の一時間前に羽田空港に着く列車に乗っている。本来ならば空港のロビーに着くまでは会わないはずだったのだが、横浜駅で列車を乗り換えるべく歩いていたところ、迷子になって涙目の彼女を発見した次第だ。
実は四月下旬にも校外学習が行われており、このような事態を避ける目的で同じ集合場所が設定されていたはずなのだが、聞けばこの少女、熱を出して四月の校外学習を欠席していたのだという。
「危なかった、飛行機に乗り遅れて沖縄に行けなくなるところだったよ」
「本当にな」
首都圏に位置する細川たちの高校は、沖縄に向かうために航空機を使用する。旅客機というものはバスや鉄道などとは違い、搭乗前に検査があるため、離陸時刻よりもはるかに早く、空港に到着している必要がある。
そして細川たちは、大都市や空港の迷宮で迷子になっても問題ないよう、更に早く行動している。
「あれ、さっきのところこっちでよかったの?」
「ああ、さっきの分岐を左折すると、全く別の場所に連れていかれる」
「そうなんだ」
「四月は俺も、それで失敗した」
「おお、なるほど」
誘導係の教師に止められなければ、空港が細川に精神的外傷を与えていたところだろう。
そうして二人は、誰よりも早く集合場所に到着し、別の高校の制服集団を見送ることになる。先が思いやられるな、と思い開いた気象予報アプリは、今後四日間、沖縄が雨であることを告げていた。
「「先が思いやられるな」」
細川と天宮は、揃って天に嘆いた。
羽田に到着してから約六時間後、細川たちは那覇空港を出た。機内で寝ていた細川は、隣に座っていた天宮に、
「着陸するか、ハイジャックでもされたら起こしてくれ」
と言っていたのだが、当然ハイジャックなどは起きず、平穏に三時間の昼寝をした。唯一の気がかりは寝言で妙な情報を漏らさないか、ということだったが、天宮曰く、特に何も言っていなかったらしい。
「ちなみにハイジャックされたらどうするつもりだったの?」
「五分以内に制圧するつもりだったよ」
那覇の空は、予報通り雲に覆われていた。降水は確認できないが、いつ雨が降りだしてもおかしくない空模様である。暖かいと思って薄着をしていた天宮は、慌てて鞄からパーカーを取り出した。
細川はブローチ付きの改造コートだ。もっとも、航空機を使用する都合上、今回は武器の類は携帯していない。それでは彼がハイジャッカーになってしまう。そもそも法律的に見れば、「ただ持っているだけで犯罪」になるようなものなので、必要最低限しか普段から持ち歩いてはいないのだ。
改造コートの武器は全て取り出され、現在は屋敷の危険物保管庫で眠っているはずである。ラザムですら簡単には侵入できない堅牢なセキュリティを持つ倉庫であり、仮に中で爆発があっても、外部にはほとんど被害が出ないような構造だ。建設には苦労した。
銃を入れていたポケットには、現在はペンや財布や身分証や雨具の類が収納されている。その雨具も、この空模様を見るにすぐにでも必要になりそうだ。
「ねえ、この天気、君の魔法でどうにかならないの?」
恨めしげに空を睨んでいた天宮が、細川に耳打ちした。細川は、やや考えてから返事をする。
「結論だけ言えば不可能ではないが、かなりの大事になるな」
「先生たちに怒鳴られるとか?」
「最悪の場合、警察と消防と自衛隊と米軍と気象庁が動くことになる」
「そんなに!?」
「雲を吹き飛ばすんだぞ? 当然だろう」
零火が雪を降らせたり吹雪を起こしたりするならば、それは異常気象で片付けられないこともないのだが、雲を吹き飛ばすとなると花火と言い訳することもできない。
天候を操作する便利な魔法は、第二世界空間五千年の魔法史でも発見されていない。否、ないこともないが、雲を吹き飛ばしたら衝撃波で地形が変わった、という話があるくらいなので、うっかり試してみるわけにもいかない。
実行すれば沖縄は消えるので、確かに沖縄に雨は降らなくなるのだが。
一日目の班別自由行動場所は、アメリカンビレッジだった。現地へ向かう大型バスの中で、細川はまたしても天宮の隣の席だったのだが、班の他のメンバーが良くない。
「おお、お前らまた一緒じゃねえか。何だ、付き合ってるのか?」
一列前に座る、木下陽一である。座席から顔を出し、見下ろすような形で細川たちを見比べている彼は、明らかにこの状況を面白がっているのだ。
天宮は顔を赤くして隠してしまったので、細川が誤解を解くしかない。というかこの男、シートベルトをどうしたのか。
「お前、先月初頭のことといい、覚悟はできたのか?」
「覚悟? 何の?」
「死霊に並ぶ、覚悟だよ」
直後、木下の表情が凍りついた。否、正確に言うならば、凍りついたのは彼の気管である。大気中の水蒸気を冷却して集めただけなのだが、これは氷を扱う魔法の基本的な技術だ。
「誤謬で俺を遊び道具にするからだ。分かったら大人しく座っていろ。死ぬぞ?」
脅しておいてから、気管の氷をどけてやる。先日は銃口を突き付けただけだったが、実際にここまですれば、さすがにこの男でも反省するだろう。これ以上は本当に、彼が死霊になりかねない。
木下が静かになってしばらくすると、天宮はようやく回復したらしい。細川の腕をつついて声をかけてきた。
「本当にこの班でよかったの?」
「他に選択肢がなかっただろう。何も思うところがなかったわけではないが、仕方あるまい」
「それはそうだけど……」
「今の馬鹿さえ黙っていれば、あとは問題ないだろう。もっとも、あいつがいつまで黙っているかは分からないが」
細川は不機嫌だった。決まったことだから仕方ないが、あのような不愉快な人間と四日間行動を共にしなければならないとは。これも後のための訓練だと言い聞かせてはいるのだが、それはそうと、嫌な奴は嫌な奴である。
「まあいい、それで、用件はそれだけか?」
だったらもう少し寝かせてもらいたい、と思って訊いたのだが、天宮の方は違ったらしい。
「むしろこっちの方が本題かな。君のこと、何て呼べばいいかなって」
「好きにしろ」
五秒で解決、とはならなかったようだ。
「じゃあ、僕のことは何て呼ぶ?」
「どう呼ばれたいんだ?」
「お好きにどうぞ」
「天宮、女のそれはかなり細心の注意が必要だと聞くが」
途端に膨れる天宮。
「……みなみ、勘弁してくれないか、俺にそういう読み取り能力を求めるのは」
元の表情に戻る天宮。
「へえ、意外。裕君、女の子の名前呼ぶのに抵抗とかないんだ」
「零火もそうだが、姉妹単位で付き合いのある奴もいるからな。家名呼びだと、不便なことも多い」
「なるほど、つまり女の子の扱いには慣れていると」
「語弊のある言い方はよせ、対人職なんだ、こっちは」
ここまで的確に細川を窮地に追いやる相手は、そう多くはない。単純な武力の戦闘であれば負ける気はしないのだが、口下手にからかいは相性が悪すぎる。ましてやこれまで接点のなかった間柄だ。この少女、変な特技を持っているのかもしれない。
「それで、裕君は学校の女友達になんて呼ばれてるの?」
「さりげなく呼び名を決めたんじゃなかったのか?」
一応考えてみるも、そもそも高校に女友達と呼べる相手がいるのか、という問題に遭遇する。
成瀬七実は別枠だろう。彼女とは任務上の付き合いである。友人の恋人ではあるが、彼女を例示するのは少々難しいだろう。下級生の知り合いは部活にはいるが、後輩も友人扱いできるかどうか微妙なところだ。要するに、
「そもそも一般的な女友達というくくりに入るのは、みなみが最初じゃないか?」
ちなみに細川は、数日前は天宮を友人として認識していなかったことなど、既に忘れているのだ。彼女は、それを聞くと嬉しそうに笑った。
「そう。それじゃあ僕が、君の前例を作っていこうか。ほら、高校の友達は一生の友達っていうし」
「存外短いな」
「おや、来世以降をご所望?」
「違うから離れろ、意味が変わる、もたれかかってくるな、腕をつかむな、そのまま寝ようとするな」
細川の方へ身を傾ける天宮と彼の攻防は、バスが目的地に着くまで続くことになる。自由行動の後、再度バスに乗車してホテルまで移動。
その日の夜、腹痛を起こす者がゾンビのごとく大量発生した。
イチャイチャしやがって!




