表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【改稿版有】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅲ期 The Magical Life

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/41

第六話 魔法祭-前編

今回長めなんで二分割します。

 #1 一件目

 約一年前に同好会から昇格したものの、化学部の活動には金がかかるもので、日常的に実験ができるわけではない。できるのはせいぜい、月に二回程度の小規模な実験──それも授業で余った試薬を消化するだけの、些か味気ないものばかりであった。

 それでも、活動資金を得る機会が、ないでもなかった。その行事は、夏季休暇が終わった今、約二週間後に迫っている。

「時化た顔してるなあ、お前ら。九官鳥が鳴いてるぞ」

 部員の大半が帰宅し、数名ばかりになった部室に、出席率が低い、などと文句を添えて現れたのは、一人の教師である。白衣に身を包んだ中年のこの男は、生物科が専門でありながら化学部の顧問を務めており、名を塚本と言う。

 一人だけ気力のパラメーターが狂ったような、威勢のいい声で乗り込んできた彼に、鋭く反応できたものはただ一人──。

「群れてんじゃねえか。それを言うなら閑古鳥でしょう。生物教師がそれでどうするんです」

 細川である。質量の半分をチョコレートが占める菓子パンをかじりながら片手で読書をしていた彼は、塚本の発言に毎度俊敏に切り返すので、後輩たちにはある種の名物扱いされている。容赦のない細川の物言いが痛快なのだという。

 急な連絡の多いことでもあり、目下のところ、塚本に味方はいない。

「おや、部長さんはいないのか?」

「仮病が悪化したとかで、活動時間前に早退しましたよ」

 要するにただのサボタージュである。することもないので、当然と言えば当然の流れだ。

 そして、予告なく現れた塚本が運んできたものが、吉報であったためしがない。今日に関して言えば、部長の判断が正しかったと言える。

「それで、何用です? 防音幕を張っておきますので、発言はご自由にどうぞ」

「聴け──文化祭のことだ」

「よし、この後は雨だ。帰るぞ」

「「お疲れ様です」」

「そうだ先生、部室の鍵はこれです。戸締り頼みますよ」

 無駄に息の合った会話で、細川は出席している他の部員──後輩たちとともに部室を出ようとする。事前に打ち合わせでもしていたかのような自然な流れで話を流そうとする三人だが、これには理由がある。

 この学校では、部活動企画として文化祭に出店する習慣があるが、これは顧問がやると言えば、部員に拒否権はないのである。やると決まれば少なくない時間と労力がかかる。聞かなかったことにしてこの場は無視しよう、と言うのが、この場にいた三人の魂胆だった。

 もっとも、決定は決定であり、既に覆せる段階にはない。せいぜい通達が遅くなるだけの悪あがきでしかないのだが、これはただの意思表示だ。あるいは、抵抗はした、という自己満足も含まれていたかもしれない。

 もう適当に聞き流しておざなりに済ませたかったのだが、特に細川は、告げられた内容にそうもいかなかった。

 簡潔に言えば、出店のための道具を注文されたのである。


 #2 二件目

 化学部の文化祭部活動企画参加が知らされた、その翌日。細川の屋敷に、一人の少年が現れた。

 細川のクラスメイトで、文化祭ではクラス企画としての出店の責任者を担っている一人である。魔法店に細川が不在とみると、彼は店内を素通りし、屋敷のノッカーを鳴らした。

 怪訝な表情で扉を開けたラザムに名も用件も告げず細川が在宅であることだけを聞き出すと、ずかずかと屋敷の中に上がり込み、物音のする方向へ勝手に歩いていく。

 傍若無人で話を聞かないその態度に、ラザムは攻撃魔術の使用を検討させられたが、現在の細川の状況や幽灘を驚かせることへの配慮から、それはひとまず却下された。断じて、この無礼な人物に対する遠慮などが理由でなかったことを、ここに記しておく。

 ラザムは再三、彼に玄関へ戻って自分が細川を呼びに行くのを待つよう言ったが、

「平気だよ、細川がこれくらいで怒るはずないじゃん。ここ、あいつの屋敷なんだろう? むしろ相手が図々しいほど喜ぶ人間じゃないか」

 随分とまあ、都合のいい解釈があったものだ、とラザムは感心した。ここまでくると、もはや呆れを通り越して感心してしまう。

 その台詞の真偽は、間もなく明らかになった。辿り着いたのは射撃訓練場である。扉は取っ手がなく壁に埋め込まれており、手で押したり横に動かしたりできるものではない。

 招かれざる客人は、無駄な洞察力で扉の横にぶら下がるつり革のような輪を発見しその意味を見抜くと、体重をかけてそれを引き下ろした。

 ラザムや幽灘など実効体重がないものは引くことができず、零火はこの部屋にある危険を理解しているため、わざわざこの空間に入ろうとはしない。

 つまり本来であれば、このつり革を引くのは細川だけのはずだったのだが、彼は当然、このように非常識な馬鹿が引くことは、想定外なのである。

「細川、文化祭のクラス企画の件なんだけどさ──」

 言い終えるより早く扉を振り返った細川は、手にしていた訓練用の拳銃の引き金を引き、客人の足元に鉛球を撃ち込んだ。

「ラザム、その馬鹿をなぜここに連れてきた?」

 事実ではないので、一応ラザムは訂正する。

「玄関を開けたら、この方が勝手に中へ入ってきたんです。私は玄関でお待ちいただくよう言ったのですが、音を頼りにここまで来てしまいまして」

「信じよう。それで、そいつの名と用件は?」

「さあ、細川さんの在宅を確認したのみで、ご自分のことは何も」

「つまり客ではなく外敵か。ラザム、そういうときは迷わず排除してよかったんだぞ」

「でも、それだと幽灘さんを驚かせてしまいますから」

「連日銃声を聞いて生活しているあの子が、今更腰を抜かすとも思えんがな」

 ラザムを許してから、細川は訓練用の拳銃を置き、歩み寄りながら実戦用の拳銃──マナ・リボルバーに持ち替えた。来客が、正式に外敵と認められたのだ。わざわざマナ・リボルバーを選んだのは、こちらは銃声が出ないからである。

「そこで腰を抜かしている外敵、さっさと遺言を残せ」

「本気か!? 本気でお前、俺を撃つつもりか!? 友達を殺す気なのかよ!」

「……何やら甚だ不名誉な台詞が聞こえたようだ。それが遺言ということでいいのか、名も知れん愚物よ」

「あくまでお前は本気なんだな、俺の名前も知らないことまで込みで」

 冷徹な細川の目が外敵を射抜き、引き金に指がかかる。

「名乗り用件を告げ指示に従えば来客、でなければ外敵だ。一度だけ問う。貴様は俺の外敵か?」

 冷然とした声で言われ、外敵は震え上がった。

「分かった! 分かりました! 俺はお前と同じクラスの木下陽一、文化祭企画の相談で来たんだよ!」

「帰れ。帰らなければ射殺する」

「お前はナチュラルに人を殺すなよ、ちょっとは話を聞いてくれよ! 俺が悪かったからさあ!」

「そうか、死にたくないか。ならラザム、こいつをアルレーヌに送り込んでやれ。ライの集落に迷惑をかけないよう、離れた位置に出してやるんだ」

「どこだよそれ、頼むって、お前しかいないんだよ。話ができないと俺が今度は眞木(まき)に殺されるんだよ!」

「なら俺が手を下すまでもないか」

「冷静すぎて怖いわ! お前人の心とかないの!?」

 木下が(うるさ)くて敵わないので、話とやらを聞いたところ、細川の返答は一秒以内に出た。

「帰れ」

「待ってくれ! 頼れるのはお前だけなんだ!」

「貴様、俺を便利屋と勘違いしていないか?」

 細川は一度は要求を拒絶したものの、あまりに木下がしつこく殺すことすら面倒に思えてきたので、彼はついに、複数の条件を出し、それらを全て呑ませることで、結局は引き受けてしまった。

 作業を全て細川に委ねること。内容を一切公開しないこと。当該作業以外は準備に手を貸さないこと。作業に一切干渉しないこと、また干渉が認められた場合には即座に協力を破棄すること。

 他にも細かい条件はあったが、それらを全て木下の責任で誓約させ、細川は取引とした。

 簡潔に言えば、出店のための道具を注文されたのである。


 #3 準備期間

 文化祭には、準備期間が二日間用意されている。この日は授業はなく、全日文化祭の用意に集中できるのだ。

 細川が注文された道具──魔道具として作ることを決めているのだが、彼はこれを屋敷で作り上げる計画なので、学校ではすることが一切ない。そのため一時的に昼夜逆転のような生活をしており、人通りの少ない廊下に置かれたベンチを寝床にして、睡眠を確保していた。

 手伝いを一切しないかに見える細川に、当然反発する者は現れたが、わざわざ探し出して細川に銃を突きつけられる、という茶番を木下が演じて見せたため、表明するものはとりあえずはいなくなった。

 突きつけたのはマナ・リボルバーであり、木下は哀れなほど恐怖して腰を抜かしたが、それは彼の自業自得というものだ。

「お前らが注文した道具の試作品だ」

 と言えば、他のクラスメイトも疑問を呈することはなくなった。


 零火の襲撃がなくなるわけではなかったが、細川は屋敷でこそ、魔道具の作成で忙しかった。失敗作である産業廃棄物(がらくた)は、零火から活動力を奪う煙幕に使われ、彼女はそれによって、雑にあしらわれる日々である。

 一度だけ、細川が試作した拳銃を奪って零火が細川に発砲したが、予見していた細川が銃の魔法力回路を改ざんして全く違う魔術を仕込んでいたため、まんまと引っかかった彼女を自滅させることに成功していた。

「最近、先輩って策略で私を封じ込めることが多いっすね」

「暴れても時間を浪費するだけだからな。今は本当に、時間がない」

「やっぱり、先輩を倒すには力だけじゃだめっすね」

 研究室を出て行こうとする零火を細川は呼び止め、一丁の拳銃を渡した。つい先刻、彼女が使って自滅したものとは別のものだ。マナ・リボルバーとは同じ型に見えるが、よく見ると、引き金の部分にわずかな違いがある。

「ここに来たついでだ、試射してくれないか? 俺がやると、俺の作る銃はどれも撃てるようになるから実験にならん」

 細川に言われるまま、零火は銃を握り、見よう見まねで構えて撃鉄を起こし、引き金を引く。そして、銃口が的に向けて光線を放つと同時、反動で零火はひっくり返った。

 床に全身を打ち付ける前に細川に抱きかかえられ、怪我は免れたものの、銃は取り落とされて大破した。第三者を使って実験することがいかに重要か、思い知らされた一件と言える。


 零火を使って実験を繰り返し、ひとまずは使用に耐えられると判断した銃を持って、細川は準備中の企画会場へ向かった。文化祭当日の早朝だ。これからクラス企画側に銃と的を納品し、部活側にはまた別の装置を納品しなければならない。

 クラス企画を全く手伝わないかに見えた細川が銃を手渡したとき、どうやら彼への評価は一転して上昇したようである。ようである、というのは、細川からの評価が地に落ちているも同然の木下がそれを伝えてきたからであり、加えて細川自身にはどうでもいいことだったので、ことさら真偽を確かめようとはしなかったためだ。

 どうせ短い付き合いなのだ、顔も名前も記憶されていないクラスメイトからの評価など、気に掛けるだけ無駄というものである。

 それよりも問題は、部活企画側に納品する装置のことだ。企画内容はかき氷の販売らしく、今日まで大雑把な設計くらいしか考えていなかった以上、即席で作り上げる必要がある。とはいえ、この装置は文化祭の間だけ稼働すればいいのであり、そもそも氷は細川と契約精霊たちの得意分野だ。加減さえ間違わなければ、そう難しいことではない。金属の土台に魔法陣を刻み込むのが多少面倒だったくらいなもので、銃に比べれば大した手間でもない。

 あとはせいぜい、小さくなって細川の服のポケットに潜んでいるラザムが見つかりかけてひやりとしたくらいなもので、文化祭開始の一時間前には装置を作り終えていた。


 #4 当日

 校内放送で文化祭の開幕が宣言されると、外部来場者の入場が開始され、校舎内に老若男女数千人規模で流れ込んできた。

 以下は文化祭実行委員会の試算である。在校生の数は約千人、その家族だけで三千人、他校に通う在校生の友人知人、かつての教職員、卒業生、あるいはまったく関係ない近所の住人などまで無差別に受け入れているので、来場者数は一日で三千から四千人、二日合わせると七千人に上る見込みという。

 その四千人の中には、細川の旧知の人物も含まれていた。まず見つかったのは川端姉妹──姉の綾香と、妹ゆずなの二人組だ。物心ついたころからの交友があり、家族に最も近しい存在である。

 部活企画のシフトをサボタージュし、クラス企画側で銃の扱い方を解説していたところに現れた形だ。何度教えても覚えない射撃担当に苛立っていたところでへ綾香が声をかけ、細川はその場を離れた。

「計画の進み具合はどうなの?」

「問題ない。予定通りだ」

「そう、そのままやるつもりなんだね」

 表情にやや影を落とした綾香の顔を、ゆずなが不思議そうにのぞき込んだ。それに気付くと、綾香は企画の方に視線を向け、

「盛り上がりに欠けるね」

 と言って酷評した。先刻の会話を誤魔化す意図があってのことだが、

「射撃担当が、どいつもこいつも使い物にならんせいだ。大言壮語(たいげんそうご)をどこに置き忘れたか」

 細川の方は本気で容赦がない。冷めた目で一瞥(いちべつ)すると、怯えたように銃を取り落としかけた射撃担当の生徒が、そそくさとマナ充填用の装置を操作し始めた。

「あいつらより年下の零火ですらすぐ覚えたぞ。何を手間取っていやがる、愚鈍めが」

 とは、さすがに声には出さない。

「裕兄い、なんか怖がられてない?」

「あいつらのことは放っておいていい。射撃、やっていくか?」

 やっていく、と答えた二人のために、細川は銃を取り上げると、自身のマナを流入させた。


 ──射撃に対して思わぬ才能を見せた姉妹と別れ、細川が校内を歩いていると、聞き覚えのある声で、「食い逃げだ!」という声が聞こえてきた。野球部の出店である、焼鳥屋の方から聞こえてくるようだ。

 高校の文化祭で食い逃げをする情けない人物は、どうやら細川のいる方向に走ってくるらしい。彼は人込みをかき分け、細川の横をすり抜ける際、一瞬だけ足を氷で床に縫い付けられ、みっともない格好で転んだ。

 そこに、大柄ないかにも体育会系という見た目の教師が現れた。細川でも知っている。確か、野球部の顧問と生徒指導をやっていたはずだ。これは後が怖いなあ、と思いつつ、食い逃げ犯のシャツを背中から掴んで持ち上げ、

「どうぞ」

 と言って引き渡す。野球部の顧問は律儀で礼儀のある男らしく、

「感謝する」

 いかつい顔と声でそう答えて去っていった。食い逃げ犯は何やらこの世の終わりのような顔で泣きわめいていたが、自業自得なので知ったことではない。引きずられていく姿を、小さく手を振って見送ってやった。

 創作物の名探偵よろしく小事件を解決すると、細川は野球部の店が置かれている教室に入っていった。

 食い逃げを捕まえたのが細川だと気付いたのは、立花と成瀬だけのようだ。二人はカウンターの手前遠くに立ち、仲睦まじく店番をしている。立花と成瀬がどこで知り合ったのか、細川は長らく疑問に思っていたのだが、どうやら野球部のエースとマネージャーという関係だったらしい、と最近知った。

「お前だろ、食い逃げ捕まえたの」

「いや、あの男、俺の顔を見た途端急にひっくり返ったんだ。俺は一切、手も足も出していない」

「顔見てひっくり返るなら、相当なトラウマ持ってることにならないか?」

「さあな、なにしろ敵が多いものだから、一人一人、いちいち覚えてはいないんだ」

 それもかなりの問題じゃないか、と言って立花が苦笑する。そもそも転ばせるのに手は使わなそうだけどね、と言って成瀬が呆れて見せる。それぞれやや異なる理由から、細川の魔法能力を知る二人である。いくら彼が、「やっていない」と主張したところで、だったら他に誰ができるのか、という話になってしまう。

 事実として転ばせたのは細川であるので強硬に主張はしなかったし、転ばせるのに手を使うまでもない程度には、細川は魔法力の扱いに長けていた。

「なんにせよ、助かった。この人込みじゃ、追いかけてもすぐ見失っていただろうからな」

「謝礼で一本サービスしようか。大岩先生……さっきの顧問の先生が、来店したらそうしておくようにって言ってたし」

 礼儀のある人物だと思ったが、義理堅い人物でもあったらしい。貰えるものは貰っておこう、ということで、細川は一本五十円の焼き鳥を、二本受け取った。何しろ朝が早かったので、朝食を取ってから時間が空いてしまい、腹が減っていたのだ。

 会計を担当しているらしい成瀬に五十円玉を渡しながら、細川は野球部が使っている教室を見回す。「関東大会の熱量で焼き上げました!」という謎の売り文句に誘われて、まあまあな人数が集まっている。「嘘は言っていない」と「運も実力のうち」を全面に押し出した形だ。詭弁(きべん)もいいところである。

 これでいいのか、と尋ねてみると、店番をしている関東大会の立役者曰く、もう今更引っ込みがつかないから勝手に言わせておけ、ということらしい。

「あたしは反対したんだけどね、第一試合で惨敗したくせに、そんな宣伝できないって。まあ結局、数の暴力(多数決)で押し切られたけど」

 とはマネージャーの言だが、その惨敗に情報戦で一役買ったのが肉を一本サービスされた目の前の男だとは、知る由もない。

 第一試合でぶつかったのは、とある商業高校で、吹奏楽部の応援も凄まじかったのだとか。帰り際にフルートの少女と仲良くなったそうだが、話がややこしくなるので、細川は何も言わなかった。

 なかなかどうして、世間というものは狭いものらしい。


 サボタージュしていた化学部の企画に戻ると、必死の宣伝にもかかわらず、客足はまばらであった。というか、ふらりと現れては何もせず帰っていくと言った方が正しいかもしれない。野球部の焼き鳥とは大した差である。「化学部発、魔法のかき氷」という売り文句の感性は、野球部のそれと五十歩百歩のような気がするのだが。

 どちらもたった一人の持つ能力を、さも部全体の持つ能力であるかのように見せた誇大広告なのだが、顧問の塚本に言わせれば、

「噓も方便というじゃないか」

 教師の言葉とも思えないが、今更どうしようもないことである。一応、この企画で使用している装置を魔道具だと説明してはいない。だが仕組みを聞かれた際、

「魔法で動いている。それだけ」

 と答えてしまったのだ。誰がやったのかは知らないが、それをそのまま信じ込んでしまったらしい。あほか。

 とにかく客がいない以上、ここにいてもやることがないため、細川は化学部が借りている教室の周辺を、ぶらぶらと歩いてみることにした。そうすると、集客効果が弱い理由が、なんとなく見えてきた。

 それというのも、この(フロア)は、化学部以外の出店がないのである。単純と言えば単純な理由だが、これは出店場所を変えなければどうしようもない。地理的要因というものは、外れを引くと徹頭徹尾不利なのだ。初めから化学部の店に興味を持ってこないと、ここまでたどり着くことすら難しい。他に同じ階にあるものと言えば、イートインスペースと、文化祭実行委員会の本部くらいなものである。

 これは完全に、出店場所を間違えたな、などと思っていると、その化学部が目当ての一団を発見した。平井姉妹──姉の零火と妹の幽灘、そこに零火の友人である白原千夏の三人組だ。一ヶ月前、神社の夏祭りでも一緒にいたが、どうやら良好な関係を築けているらしい。雪女になった零火から友人が多く離れたと聞いているが、変わらず仲のいい友人が残っていたことに、細川は人知れず安堵したものである。

 細川の姿を見つけ、表情を輝かせて駆け寄ってきた幽灘の頭を撫でてやると、その左右両側を歩いていた二人の少女は、微笑して顔を見合わせた。保護者のような顔をしているが、二人とも中学生である。

「お久しぶりですね、細川先輩」

 名前は零火にでも聞いたのだろう、千夏は隣の友人から視線を外すと、そう言って細川に挨拶した。人懐こく屈託のない笑顔と、からんとした声が特徴的な少女だ。

「夏祭りの日以来か。元気そうだな」

 なのだが、一点気になったことがある。

「零火、幽灘のことは話したのか?」

 幽灘は霊体不認識障害により、基本的には霊体が幽灘であると認識できなくなっている。細川や零火のほうがむしろ例外で、理由はそれぞれ、魔力使用者兼精霊術師に雪女という普通ではない特性があったためと考えられている。

 というわけで、零火が雪女になる前からの友人であれば、幽灘の死は当然知っているはずだ。零火が妹を連れているという状況自体、前提条件からしてありえないはずなのだ。それを、千夏が疑問に思っている様子が見受けられない。

「夏祭りの後、二人で話したんです。零火と一緒にいた女の子が誰なのか、って」

 答えたのは千夏だった。

「最初は信じられませんでしたよ。だって、亡くなった人は帰ってこないし、二度と会えないなんて常識じゃないですか。そんな奇跡みたいなこと、ありえないって。そう思ったんですけどね」

「でも、死んでてもおかしくない状況になった私が雪女になって帰ってきたことをもう一回話したら、納得してくれたんっすよ」

 さらに聞くと、彼女たちは、屋台の群れの中で出会った際にも一度幽灘の話題が出ていたのだという。その時の零火の発言から、うっすらと事情を理解する用意ができていたのかもしれない。

「なので、今はこの子を零火の妹だとちゃんと思ってますよ。ねえ、幽灘ちゃん」

 まあそれはさておき、話題は先輩後輩らしいものに移る。

「この高校も、あたしの受験候補ですね。零火と同じ学校に行きたいので」

「それは分からなくもないが、零火、お前もここ受けるつもりなのか?」

 こんな学校のどこがいいのか、と首を傾げる細川である。駅は遠いし、バスも極端に少ない。必然的に生徒の大半が自転車通学を選ぶことになるのだが、周囲の土地は巨大な工場が持っており、空気が悪い上に方角によっては大きな回り道を強いられる。

 偏差値帯も中途半端で、上に学校には少し足りないが勉強しなくてもある程度の成績が取れてしまう能力を持つ者ばかりが集まる、意識の低い学校だ、というのが細川の評価だ。

「じゃあ、なんで先輩はここ選んだんっすか?」

「決まっている、他に偏差値帯の合う高校がなかったからだ」

 つまり、意識の低い生徒というのは、外ならぬ細川自身なのである。しかも彼の受験した年は倍率が高かったので、合格は今でも、何かの間違いだったのではないか、と疑っているくらいだ。

 二人の他の候補は、綾香の通う商業高校らしい。そちらはまだ分かるのだ、以前から制服が人気なので。ただ、偏差値帯には十以上の差があるが。

「ちなみにあたしは、入学したら野球部のマネージャーでもやろうかなと思ってます」

「悪いことは言わん、そいつはやめておけ」

 条件反射的に、細川は口を挟んでしまった。だが、これは立花から聞いた話なのだ。簡潔に内容をまとめると、

「色馬鹿と脳筋馬鹿しかいない」

 ということらしい。なおも彼に言わせると、

「あとはサッカー部とハンドボール部もだめだ。あそこは女漁りが趣味の(くず)ばかりで構成されているからな、女子マネージャーなど入ろうものならすぐに呑まれる。というか喰われる。陸上は……まあ、玉石混交だな」

 大規模合宿、と呼ばれるイベントが、夏にある。野外活動の部活動(野球部、サッカー部、ハンドボール部、陸上部)の部員たちが原則全員参加し、五日間の高地トレーニングや自炊などを通して集団生活を行うというものなのだが、

「夜の寝室を見てみろよ、どいつもこいつもエロトークの地獄だぜ。さすがに参ったね」

 彼女持ち、というステータスが、ここで下世話な連想を生んだようだ。思い出しただけでうんざりするのか、疲れ切った顔で語る立花だった。

「じゃあ、先輩の化学部はどうなんすか?」

「化学部と文芸部、あと美術部は、うちでは変人部トップスリーなんぞという変な名前でまとめられていてな。まあ聞いてわかるとおり、人を選ぶそうだ。素養のある奴は一週間で汚染されて溶け込む。ない奴は三日で逃げる」

 本気でとんでもない連中だ、と細川は毒づく。この三部は以前から交流が盛んであり、月に一度程度の頻度で合同活動が行われる。化学同好会が化学部に昇格できたのも、文芸部の功績が大きい。恩はあるが、無条件で人に薦められるものではない。

「というわけで、この三部も相当な覚悟が必要だ」

 化学部の会場に着いても続けられたこの話に、ついてこられない幽灘が拗ねるまで、この話は続けられた。


 文化祭二日目も、客の数自体は前日と大差なかったが、その中に細川の知り合いはほとんど含まれていなかった。むしろ、一日目に集中していたことの方が異常だったのだろう。あったことといえば、裕子とラザムが二人で来ていて、物珍しそうに見られていたくらいなもので、退屈そのものだ。

 平和に越したことはないのだが、それ以上に、自分は乱に慣れてしまっているのだろう、と些か危機感を覚える細川である。

 前日、食い逃げを捕まえた話がどうやら届いてしまったらしく、会場の巡回に加えようとする風紀委員会の構成員から、今度は細川が逃げ回る羽目になってしまった。しかし大して頭を使わずに会場を右へ左へ逃げているうち、落とし物三つと迷子の少年一人を拾ってしまい、結果として自ら本部へ出頭せざるを得なくなってしまった。

 せめて友人の一人でも連れていれば代わりに届けさせたものを、と本気で悔しがったものだが、細川にしてみれば、本末転倒もいいところである。仮に計算された結果だとすれば、彼はまんまと術中にはまってしまったことになる。認めるのはなんとなく(しゃく)だったので、彼は早々に、考えるのを諦めた。

 細川は、考え事には三つのパターンがあるのではないか、と考えている。考えて結論を出すべきものと、考えること自体に意味があることと、考えても仕方ないことである。今回が三つ目であった。

 ともかくそんな調子で、何事もなく無為に終わった二日目だった──かに思えた。

次回は後夜祭。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ