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【改稿版有】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅲ期 The Magical Life

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第五話 過去語り

 #1 ライフリング

 訓練用の拳銃で射撃訓練を行っていた細川が、銃を片付けて屋敷の広間に向かうと、廊下には別の拳銃を構えた零火が立っていた。彼女が手にしているのは、細川が試作したものの、ある理由で廃棄処分が決定された銃であった。

 つまりは契約で保障されたいつもの襲撃なのだが、自分で作った魔道具をこうした形で使用されるのは、実はあまり、細川の想定にない。

 大抵は使用者である人間が細かくマナを制御できなければならない、ある種の安全機能が内蔵されているためで、それを理解している零火も、例えば細川の愛銃であるマナ・リボルバーを奪取しようとは考えなかった。

 細川にしか扱えない武器、という特性は、それ自体が他に鍵のない至上の安全装置(セイフティ)であり、無理やり使用すれば暴発、使用者に危害を加えるようになっている。

 にもかかわらず、今零火が細川の作った魔道具を持っていられるのには、理由がある。それというのも、この拳銃は、使用者がマナを制御する必要がないのである。銃弾を再利用でき、魔法に適性のない人間や初心者であっても難なく使える夢のような拳銃──そうなり損ねた廃棄品がこれであった。

 すなわちこの拳銃には、その特性が仇となり、重大な欠陥が存在するのである。零火は知らずに奪取してしまったのだ。これが敵であれば黙殺して自滅させるのだが、零火が相手ではそういうわけにもいかない。

「零火、そいつを使うのはやめておいた方がいい。二次被害が出かねない」

 恐らく見様見真似だろうが、両手でしっかりと銃を握ったまま、零火が首を傾げる。

「使い物にならなくて、なおかつ危険だ」

「そうなんすか?」

「そいつだけはやめておけ。軍用犬を猫で代用するようなものだ」

「何が起こるか保証が効かないってことっすね」

 細川は、零火から拳銃を回収した。興味ありそうに見ているので、一つ解説してやることにする。

 一通り特性を話すと、零火は不思議そうにしていた。

「何が問題なんすか? 今の話を聞いてると、使い勝手は良さそうなんすけど」

 合法性はさておき、と注釈をつけて、零火が疑問点を挙げた。仮想空間に法は及ばないとはいえ、自分でも使おうとしておいてよく言う。

 比較用に、細川は自分の水晶拳銃を取り出した。問題点は、実際に見た方が分かりやすい。零火を連れて射撃訓練場に戻り、二丁の拳銃をそれぞれ発砲する。やや異なる破裂音が響き、一発の弾丸だけが、的の中心を撃ち抜いた。細川の腕が悪かったのではない。狙いを外したのは、失敗作の方であった。

 それぞれの銃から発射された同じ規格の銃弾だが、使用後の銃弾には、明らかな違いがあった。銃に不慣れな零火が、一目見ただけでわかるほどの。的の中心から回収した銃弾にのみ、四条右回りの溝があったのだ。

「ライフリング痕と呼ばれているよ」

 細川は解説した。

「拳銃も狙撃銃も、一般的には銃身(バレル)の中で銃弾に回転をつける、ライフリングと呼ばれる機構がある。これがあるために、銃弾を正確に飛ばすことができるし、科学捜査の分野では、銃弾を発射した銃の特定にも役立つ。ライフリング痕は銃によって異なるからな、人間でいえば、指紋のようなものだ。そのライフリングを、基本的には俺も採用している。ところがこいつときたら……」

 失敗作の方は、このライフリングを廃したのだ。銃弾を再利用するための措置だったが、そんなことで弾丸が正確に飛翔するはずもない。マナ・リボルバーには搭載せずとも氷塊が正確に射出できているが、これはまた、よく考えれば仕組みが異なるので参考にならなかった。

 しかも銃身の内部が射撃のたびに弾丸で削られ、弾道が余計狂ってしまい、銃本体も長持ちしない。結果、廃棄処分するしかなかったのだ。失敗するだろうな、とは思っていたが、予想違わず失敗しただけのことだ。

「それにしても先輩、銃好きっすよね」

「まあそれなりにはな。本物のマニアには足元にも及ばないが」

「でも、それだけ詳しいってことは、何かきっかけみたいなものがあったんすか?」

「そうだな、古い友人の影響はあったんだと思うよ」

 すこし昔の話をしようか、と言って、細川は広間のソファに腰を下ろした。水で舌を湿らせ、長話の構えである。

 彼が自分の話をするのは、零火には珍しく思えた。

「姉様だけじゃないんだ。俺にはもう一人、幼馴染の友人がいたんだよ」


 #2 友誼

 時期は三年ほど遡り、細川がまだ中学校の制服を着ていた頃である。彼の言うところの姉様──川端綾香との付き合いには及ばないが、小学校入学時から、細川はある少年と、親友と言ってよい付き合いがあった。

 柔和な顔立ちの彼は、名を風間未来翔(みきと)といい、細川家と風間家は、七歳の少年が走っても十秒とかからない、目と鼻の先ほどの距離にあった。

 互いに複数の趣味を共有していたことで交友を深めていた彼らは、中学に上がるころには読書仲間として、周囲に知られていた。

「シアン化物の構造って、強い毒のわりに単純でいいよな」

 などと、物騒な会話が展開されることもしばしばあったが。

 帰路には、互いに最近読んだ本をプレゼンすることも多かった。

「『不運の騎士』とか面白かったよ。異世界送りの刑にされた青年が、転送先の異世界で結婚して産まれたんだけど、その子が王国の騎士になるんだ。ただ、ヒロインと何度も喧嘩したり、大精霊を怒らせたりして、簡単に暮らせる世界じゃないね。そこが面白いんだけど」

 細川はこのとき、異世界物は肌に合わないと本気で思っていたので、結局手に取るのは二年ほど後のことになる。

「『銀河のチェスボード』も良かった。未来に舞台を置いているんだが、現代の政治や人間関係が皮肉られていて痛快だった。四十年も前の本らしいが、今でも根強い人気があるらしい。去年放送されたテレビアニメ版を見逃したのは不覚だった」

「性格悪い読み方だなあ」

「ほっとけ」

 ゲームの話もした。

「『フォート・タクティシャン』っていうFPSがあるんだけどね、スマホでも動きが軽くて遊びやすいよ。やり込んでいくと使える銃も増えるし、所属する陣営ごとに要塞のマップも違うし、グラフィックもきれいだし。僕はこの前、課金してバレットとデザートイーグル買っちゃった」

 このゲームに手を出したのが、細川の銃知識の始まりだった。もっとも、『フォート・タクティシャン』をやり込んでいる、所謂(いわゆる)「ガチ勢」の未来翔からの情報は嵐さながらで、対照的に軽く遊んでいただけの所謂「ライト勢」の細川には、せいぜいいくらかの銃の名称と基本的な構造くらいしか覚えられないままサービスが終了した。

 自動拳銃(オートマチック)という言葉の意味さえ正確に理解したのはこの一年後だったし、FPSファーストパーソン・シューティングTPSサードパーソン・シューティングの区別がついたのは、そのさらに一年後であった。それまでFPSといえば、フレームレートフレーム・パー・セコンドの意味しか知らなかったもので。

 とにかく、これが細川にとっての銃の入り口であり、後に彼は、魔法に触れる以前の最も充実した時間はこのあたりだったのではないか、と考えるようになる。


「なんか意外っす、先輩にそんな親友がいたなんて」

「話す気が起きなかったからな。お前たちが知らないのも、無理はない」

 話を聞いた零火が、細川の一言で首を傾げた。話す必要がなかった、ならまだ分かるのだ。零火が話をせがんだことはなかったし、恐らくラザムや幽灘に関しても同様だろう。

 しかし、話す気が起きなかったとはいったいどういうことだろうか。

「苦い記憶が結びついているんだ。忌々しい、記憶に留めておくのも惜しいような連中の情報までセットだからな」

 そう言った細川の顔に、影が落ちる。その表情がルシャルカと戦っていた頃の彼に重なり、零火はいささか不穏なものを感じずにはいられなかった。

「未来翔は、三年前の秋に旭川に引っ越していったよ。それからは一度も会っていないな」

 裏があったらしい。昔から彼は、平和にはいられなかったようだ。事情を知りたがる零火に細川は、面白い話じゃないぞ、と言って話し始めた。


 #3 戦争(一対五)

 発端は、人目に付かない場所で起こった事件だった。

 放課後、いつまで経っても校門に出てこない未来翔を探していた細川は、特別教室の並ぶ廊下で彼を発見した。制服をだらしなく着崩した、五人組の少年たちに囲まれた状態で。

 体格の良い一人が、頬を腫らした未来翔の襟をつかんで壁に押し付けていた。残りの四人は、その様子を横から見て笑っている。中には、中学校への持ち込みを禁じられているスマートフォンを向けている者もいた。

 所謂、「いじめ」の現場だった。その中でも質の悪い、集団私刑(リンチ)である。

 細川は、この五人に見覚えがあった。未来翔を締め上げているのは権藤、素行と成績(細川に言わせれば頭)が悪く、教師陣にも目を付けられている人物だ。後の四人は取り巻きである。権藤に()(へつら)ってどこにでも付いて行く、しっぽのような小物、というのが細川の評価だ。

 関わり合いになるのを時には無視してでも徹底して避けてきた相手であるだけに、彼らは細川に顔を覚えられることはなく、「権藤とそのおまけ(・・・)たち」と呼ばれていた。

 その権藤が、未来翔に手を出している。さすがにこれは、関わり合いになるのを避けられなかった。ここまであからさまな敵対行動を取られ、黙って傍観しているような細川ではない。

 彼は背負っていた荷物を床に降ろすと、音もなくおまけの一人に近付き、まずはスマートフォンを持った少年を後方から殴り飛ばした。うなじのあたりに細川の拳を受けた少年は、スマートフォンを取り落とし、それを細川に拾われた。

 スマートフォンの録画を止め、データを削除し、激怒して掴みかかってくる権藤を、細川は顎の下から容赦なく掌底を喰らわせてはねのける。呆然としたおまけたちも、一人は首に手刀を打ち込み、一人は腹を蹴って悶絶させ、もう一人は突き飛ばして頭をコンクリートの壁に打ち付ける。

 細川一人で、「権藤とそのおまけたち」は行動不能である。未来翔は一瞬、直前までは自分が殴られていたことも忘れてぽかんとしていたが、細川が手を差し出して、

「立てるか?」

 と声をかけたことで、ようやく痛みを思い出したらしい。素直に手をつかみ、ゆっくりと立ち上がった。

「どうするの、これ」

「放っておく。とにかく帰るぞ」

 自分と未来翔の分の荷物を持ち、細川は学校を出た。


「助けてくれたことにはお礼を言うけど、やりすぎだよ、裕」

 帰路、軽症だからと言って細川から荷物を奪い取った未来翔が、細川に言った。

「加減を間違えて、重症にでもなってったらどうする気だった?」

「知るか。殺してやっても良かったくらいだ」

 反省する気のない細川は、親友の説教を一言で切り捨てる。親友を傷つけられた細川の怒りは、まだ一割も収まっていなかった。学校を出てきたのは、単に未来翔の怪我を気にしたからにすぎない。

 つまりは自分のために怒っているのではないのだが、未来翔もまた、そんな親友のために怒ってるのだ。

「ぼくを助けるにしても、もう少しましなやり方がなかった? 権藤たちが先生に言いつけたら、君も怒られるんだよ?」

「それはない。先に手を出したのはあいつらだ。あいつらは馬鹿だが、自分たちが先に怒られるリスクを背負ってでも、こちらに正論で仕返しをしようなどと考えるわけがない」

「だとしてもだよ」

「だからこそだ」

 両者とも数刻ほど睨み合ったが、譲る気のない細川に、未来翔はついに折れた。

「この傷は、うまく誤魔化しておくよ。親に感付かれたら、君にも飛び火しかねないからね」

 という言葉で、二人はその日は別れた。

 細川この件について、未来翔には微塵も理解を求めていなかった。五人を殴り倒したのは、元々彼らを嫌っており、それが未来翔に手を出されたことで枷が外れた──極論、それだけだったのである。

 理解を得るつもりはなかった。何があの五人の──というか権藤の──気に触れたのかは知らないが、未来翔は自分がいじめにあったことで細川が動くことを、決して称賛はしないだろう。細川としては、それを理解したうえで、ただ黙認してほしかったのだ。

 心の奥底では、初めから気に食わなかった相手を、叩き潰すだけの口実が欲しかったのだろうか。


 翌日、権藤に目を付けられたのは、未来翔ではなく細川の方だった。彼の狙い通り、注文通りである。細川が権藤とそのおまけたちを派手に殴り倒したのには、もう一つ理由があったのだ。すなわち、

「派手にやられたことを根に持って、標的を変更すること」

 これであれば、細川としては未来翔に傷を負わせることなく、公然と権藤たちを相手にすることができる。

 仮に人に見られても、先に手を出したのが権藤たちであれば、正当防衛として言い逃れの余地が生まれるのだ。

 最初に事が起こったのは、その日の昼休みだった。人目に付かない場所で読書をしていた細川の前に、例の五人組が現れたのだ。

 気付かないふりをして読書を続けていると、権藤が腕を伸ばし、細川の襟をつかみ上げた。

「お前、いい度胸だな」

「何の話か分からんな」

「昨日のことだ、忘れたとは言わせねえ」

「忘れた」

「舐めてんじゃねえぞてめえ!」

 権藤が殴りつけてくるのを、細川は首を傾けて避けた。細川が背を預けていた木の幹に、権藤の拳がぶつかる。鈍い音がして、権藤が手を離した。痛かったらしい。彼が手を押さえると、取り巻きの四人がいきり立つ。

 とても文字では表現したくない言葉で細川をなじり、押さえ込んでくるが、木に手を突いて反作用を消す細川が、それを全てはねのけていく。

 細川はそこで立ち去ったが、後から人伝(ひとづて)に、制服を土で汚した権藤たちが、数名の女子生徒の笑いものになったと聞いた。

 また翌日には、取り巻き二人から廊下に呼び出され、殴られかけたところで一切の予備動作なく細川が手刀を放った。呼び出した取り巻き二人はそのまま倒され、後に事の次第を聞いた権藤から、命令失敗の罰として五回ずつ腹を殴られたらしい。

 また更にその翌日には、待ち伏せをしていた取り巻きが細川を羽交い絞めにし、権藤の拳を受け入れさせようとしていた。細川は殴られる直前、取り巻きの身体を軸にしてその場で半回転し、その取り巻きを身代わりにして権藤に殴らせた。権藤は見方を全力で殴ることになり、取り巻きは不要に殴られた上、「使えねえ奴だ」と言って背を踏みつけられることになった。

 ──そのうち、どの情報をどんな風に切り取ったのか、権藤が自分の配下をいじめている、という噂が誠しなやかに流れるようになった。一方そのころ、未来翔は細川とともに行動することはなくなっていた。


 そんな日が数日続いたある日、細川は綾香の自宅に呼び出され、彼女の一人部屋にいた。細川よりも圧倒的に広い交友関係を持つ彼女は、細川と権藤一派が戦争状態にあることをすでに察知しており、拾い上げた噂の断片から、ほぼ真実に近い事情を洞察していた。

 十年以上親密な関係にある彼等である。もとより頬川が、付き合いの長い綾香に隠し事ができたことはなく、発覚するのは端から時間の問題と言えた。

 その逆に、細川が彼女の考えていることを当てられることはほとんどない。今回も例に漏れず、綾香が次のようなことを言い出すとは、少しも思っていなかった。

「未来翔君をだしにして、気に食わない連中に喧嘩を売らせた気分はどうなの?」

 常ならば使わない言葉を使い、綾香が細川を、容赦なく引き裂いた。肺を刺されたような錯覚を起こし、細川は息苦しさを感じた。のどが詰まり、呼吸ができなくなり、声が出なくなる。それほどまでに、彼女が放った一言は重い衝撃を与えたのだ。

 大理石の彫刻よろしく固まった細川を見て、さも空模様について話題にするように何気なく言った綾香は、呆れたように深いため息をついた。否、本当に呆れたのだろう。彼女がここまで、細川にじとっとした視線を向けるのも珍しい。後になって思えば、このときよく、綾香に見放されなかったものだ。

 床に胡坐をかき、片膝を立てて腕を預けるという横着な姿勢を取っていた細川は、ごくさりげない動作で正座に改めた。

「どうやら自覚がなかったようだけど、あんたは口実が欲しかっただけでしょう? 権藤、崎本、松本、大口、小金井、この気に食わない五人組を公然と潰すだけの口実が。火種もないのに殴ろうものなら、相手の方が数が多くて素行不良だとしても、自分一人が悪者になってしまうから」

 違う、と言いたかった。だが、椅子に座ってこちらを見下ろしている綾香相手に、細川はなぜか、その三文字を口に出すことができなかった。

 彼女は、怒っているわけではなかった。にもかかわらず、その気迫に押され、否定の言葉が出ることはなかった。

 周りに聞こえてはいないだろうか、という場違いな不安が、細川にのしかかった。

「家の中には、今はだれもいないよ」

 しかし、細川の顔色を読んだ綾香が、先んじてそう言った。

「その顔、本当に自覚がなかったみたいだね。深層心理では分かっていながら、感情が理解を拒んでいたってわけでもなさそうだし」

「俺の方が、姉様よりは三か月早く産まれているはずだが」

「女の方が、精神の成長は早いんだよ。結婚下限年齢が男女で違う理由」

 益体のない会話で思考を整理する時間を作り、細川は息を吐きだした。急かされていたわけではないが、話題が話題であるが故に、無言の時間というものが、今は耐え難かったのだ。やがて、細川は結論を述べた。

「ああ、確かにそういう側面はあったのかもしれない。俺は元々、奴らが嫌いだった。殴れるものなら殴りたかったかもしれない。だが、未来翔があいつらに囲まれているのを見たとき、怒りを覚えたのも本心だ。その上で、狙いを俺に変えるよう仕組んだ。一番の目的はあいつらを未来翔から遠ざけることで、二番目の目的が、俺があいつらを排除することだったんだろう。そこまではいかなくとも、厚顔無恥なあいつらを大人しくさせることができれば、俺としては充分だった」

「なるほどね。未来翔君が予想したとおりだ」

「……は?」

 細川がようやく出した結論を、綾香は知っていたように言った。当然のように納得され、細川の理解が遅れる。目の前の幼馴染は、いったい今、何と言ったのか?

「何か?」

「さては姉様、未来翔と既にこの件を話してたな」

「気付くのが遅い」

 やっと理解したか、といった体で、綾香はスマートフォンを手に取り、一部のメッセージ履歴を表示した。

「いくらあたしでも、一人でそこまで正確にあんたのことを読めるわけじゃないよ。最近は特に、あんたは未来翔君と一緒にいることの方が多かったし。未来翔君と合わせて幼馴染二人分。ただ、あんたは逆に、幼馴染のことを分かってない」

「そんなことは──」

 ないはずだ、と言おうとして、それは遮られた。

「じゃあ、これは想定できてた?」

 そう言って示されたメッセージ履歴を見て、細川の背筋を氷塊が滑り落ちた。否、そう錯覚するほどの、冷たい汗が流れた。

 綾香がスクロールして見せた、その先にあったものを、細川は予測できてはいなかった。

 なるほど、綾香に幼馴染を理解できていないと言われるのも道理である。見通しが甘すぎたのだ。事がすべて片付いた後、待っているのが元通りの日常であるはずがない。それを細川は、完全に視野に入れていなかったのだ。

 今更後悔したところでどうにもならない。

 このような精神状態を──人は、絶望と呼ぶ。


「それで、その後どうなったんすか?」

「その頃既に、俺と未来翔は行動を共にすることはなくなっていたが、互いの姿を確認してはいたんだ。だが、姉様と話した翌日から、未来翔は学校に来なくなったよ」

 水を飲みながら、細川はなんでもなさそうに言った。既に傷は癒えている。精神的外傷(トラウマ)として残っているわけでもなく、事実だけを事実として述べるのは、さほど苦ではない。だが、そこに感情が絡むとなると、話は別である。

「それから一か月して、未来翔の転校が公になったとき、俺たちは初めて呼び出しを受けた。例の五人とともにな」


 #4 弾痕

 未来翔が登校しなくなった日、細川は権藤の側頭部を全力で殴っていた。どう考えても正当防衛が成立しなかったのは、このときが最初だろう。その一発はどうやら相当効いたらしく、無防備に構えていた権藤は、脳内出血こそしなかったものの、その場に崩れ落ちてしばらく動かなかった。取り巻きたちも細川に殴りかかることはなく、その日は異質な空気を(まと)った細川に、綾香ですら近寄ろうとはしなかった。

 六人まとめて学年主任に呼び出されたのは、その一ヶ月後のことだった。ある程度想定してはいたが、いじめの件で呼び出すならあまりにも遅すぎると言わざるを得ない。教育委員会が世間に叩かれるわけだ、これは頼る気も起きないし役に立たない、などと細川は納得したものである。

 むしろ呆れた心地で空き教室に入り、先に来ていた権藤たちを無視して用意された椅子に座る。ややあって入室してきた学年主任の中村は、明確に間をあけて座る一人と五人を見て、露骨な溜息をこぼした。そして、聞いてもいないのに、

「私だってやりたくないんですからね」

 などと言った。

(余計なことを言う。やりたくなければ初めから警察を呼んでいればいいんだ)

 もっとも、警察の介入がなかったために事態が比較的静かに片付いた点は否めないだろう。

 先に質問されたのは、権藤たちだった。素行不良で元々目を付けられていた彼らは、苦しい言い訳と(つたな)い嘘で、自分たちの無罪を主張した。

 もっとも、質問の意図が未来翔に対する暴行の事実確認だったのに対し、細川に行って失敗した話が大半を占めていたため、墓穴を人数分、彼らは自らの手でしっかりと掘ることになった。ただの馬鹿である。

 一方の細川は正直だった。見え透いた噓をつかず、事実のみをぺらぺらと並べた。権藤を一度本気で殴った件も正直に話したので、そちらの説教は受ける覚悟である。そして最後に、彼はこのように述べた。

「権藤たちによる風間未来翔へのいじめは、ありませんでした(・・・・・・・・)

 なぜか胸をなでおろす権藤たちを、細川は見逃さない。所詮(しょせん)この程度の人間か、と確認したうえで、彼は続ける。

「あったのは、暴行、脅迫、傷害、偽証等の犯罪、及び校内へのスマートフォン持ち込みなどの校則違反行為です。いじめなどという曖昧(あいまい)な定義の不良行為ではありません」

「それで、それを知っていた君が、そのことを先生たちに報告しなかったのはなぜ?」

「どうせ言っても無駄でしょう? そんなことでこいつらのやることが変わるはずがないし、変わったところで許す気は一切ないし。標的を変えさせ、未来翔への被害を最小限に抑えるための措置は話した通りです」

「先生たちが信用できなかった?」

「逆になんでできると思うんです? 目を付けておきながらこいつらの犯罪行為にも校則違反にも気付けない節穴の目を持つあんたらの、何を信用しろと? 笑わせないでもらっていいですか」

「彼らを許す気はある?」

「ねえっつってんだろ、笑わせんなって言ったばかりだぞ」

 細川の口調が、慇懃無礼(いんぎんぶれい)なものから粗野なものに変わった。もはや取り繕う必要すら認めなくなったのだ。もう少し彼が短気であれば、目の前の机を蹴り飛ばして硝子でも割れていたかもしれない。

 許せと来たか、それを決めるのは自分ではなく未来翔の方だ、あいつが権藤たち(このごみども)から離れようとしているからこその話し合いではないのか──。

 目的を忘れたかのような中村に、細川はそれらをわざわざ丁寧に告げてやることはなかったが、それは議論を放棄したも同然であった。そもそも話して分かるような相手であれば、細川はあのような強硬手段に出ることはなかったし、そもそも未来翔は殴られずに済んだはずである。

 わざわざ六人同席させて話し合う意味がない。権藤以下五人は細川を敵視しているし、細川は彼らを軽蔑して揺るがない。要するに互いに相容れない間柄なので、和解のしようがないのだ。もとより和解であれば、先に未来翔に話を聞くのが筋ではないのか。どうせこの無能な学年主任は、そんなことをしていないのだろうが……。

 細川としては、さっさと処分でもなんでも決定して視界に入らないようにしてもらえればいいのだ。未来翔の転校は今更変わらぬことであるし、対立構造は永久に続くと考えて差し支えない。であれば、あとはいかに、問題を拡大しないかなのである。今のままでは、ずるずると長引かせて状態を悪化させているようにしか見えない。

 中村はようやく悟ったのか、今後はくれぐれも関わり合いにならないように、と言いつけて、六人の問題児を解放した。


「明日、こっちを離れるよ。変なことに巻き込んで、ごめん」

 引っ越しの前日、細川と未来翔は曇天の下を並んで歩いていた。

 こうして二人で帰宅するのは、実に一ヶ月ぶりのことである。そして、恐らく最後の機会になるのだろう。一ヶ月前に何があったのかは、今更説明の必要もないことだ。

「構わんさ。あいつらとの戦争は、俺が勝手にやったことだ。中村先生に呼び出された後、姉様にも怒られたよ。最終的に、例の五人とは一切の不干渉を貫くように厳命された」

 不毛な話し合いのあった日の放課後のことだ。綾香は細川を呼び出して校舎裏に連行すると、話し合いの様子を聞き出し、「二度と変なことに首を突っ込まないこと」と命じた。結論から言えば、これよりはるかに規模の大きな復讐を、彼は二年半後に再び行うのだが……。

「俺としてはあいつらにこそ出て行ってもらいたい……というか警察にでも引き渡してもらいたかったところだが、それ以上に、もう関わり合いになるのはこちらから願い下げだ」

「あまり考えすぎないでね、君が最後までぼくの味方でいてくれたことは、ぼくが一番よく知ってるから」

「太陽が西から昇っても、俺がお前を裏切ることはないよ。権藤のおまけでもあるまいし」

「君が裏切らせたくせに」

「何のことだか分らんな」

 どうせこれも綾香に聞いたのだろう。四人いたおまけの一人に対し、細川は適当な情報を吹き込んで暴行に備えたことがあった。三日とせずに権藤にばれ、制裁の拳骨を十数発は喰らう程度の役立たずだったのだが、細川の方は、一日で綾香にばれていたのである。

 策略自体は半分失敗したようなものだが、別れ際のからかいの種にはなったようだ。ならそれでもいいか、と細川は肩を竦めてみせ、それとなく話題をそらした。

「そういえば、どこに引っ越すんだったか」

「北海道の旭川市だよ。親戚が住んでるからね」

「ずいぶん遠くに行くんだな」

「近所に移って、たまたま出くわしたくもないから」

 当然、未来翔も権藤たちには会いたくないと考えているようだった。あれだけのことをされて受け入れるのであれば、それはもう、聖人ですらなく木偶(でく)人形だ、と細川は思う。細川も全面的に同感だ。多少寒くてもいいから、未来翔にくっついて自分も旭川に行きたい、と思うほどには。

「だめだよ、あんな危ない連中のいる場所に、綾香を一人残していくつもり?」

「なら姉様も連れていくか。三人まとめて転校すれば、向こうで孤立することもなくなる。なんだ、いいことずくめじゃないか」

「君は本当にもう……」

 未来翔は呆れたように笑った。魅力的な未来図だが、残念ながらそういうわけにもいかない。細川には、まだするべきことがある。こちらでそれらを全て片付けたら、いずれ旭川に行ってみるのもいいだろう。あるいは大人になって金銭と時間の余裕を手に入れたとき、遠路を旅してみてもいいかもしれない。

 未来翔が、右手を差し出した。気付けば、いつも別れる交差点に着いていた。いつもと違う、別れの挨拶の時間だ。

「規則正しい生活を心がけてくださいね。ちゃんと栄養のある物を食べないといけませんよ」

 突然の敬語に驚いた細川だったが、すぐに出典に思い至ると破顔した。

「まったく、なんて不吉な台詞を使うんだ」

 差し出された手を取り、細川も言う。

「やれやれ、出発前まで口うるさい奴だな。風邪を引くんじゃないぞ、お前が元気でいてくれたら、私は本望だ」

 それは、かつて細川が未来翔に(すす)めた小説、『銀河のチェスボード』における、モーリス准将とグリーンヒル元帥の別れの会話を引用したものだった。

 この会話の後、グリーンヒル元帥は大軍を率いて会戦に臨み、戦死することになる。腹心であったモーリス准将との再会は、死後まで叶わなかった。

 忘れ去られた名作の、秘かに隠れた名場面である。

異能が一切出てこない現代ファンタジーとはこれ如何に。

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