第四話蛇足
数日前に書き上げたんですが、その時ちょうど、サイトのメンテナンスの日だったんですね。そのまま忘れてました(ちなみにメンテナンスは中止になったって言ってた)。
時期は大山の依頼から二か月ほど遡り、細川がまだ、滅霊僧侶団との戦争を行っていた頃の話である。
もう何件目になるか分からない寺を破壊し、燃え盛る炎と立ち込める煙の中、細川はある物を探し、今すぐにでも焼け落ちそうな寺の中を歩いていた。
滅霊僧侶団が使う、幽霊を強制的に祓う札だ。その効力は凄まじく、狙われたが最後、幽霊に逃げ道はないという。使う対象が悪霊などに限定されるのならばともかく、滅霊僧侶団は単なる反幽霊の過激派であって、見境がない。この札は確実に抹消せねばならなかった。
やがてこれまでに潰した寺から判明した法則性により、札の保管場所を発見した細川は、中身の入った桐箱を取り出して手にマナを集中させた。桐箱ごと札を破壊するためだ。火球を生み出そうとして、マナを圧縮、発動する寸前で細川はマナを引っ込め、突如として背後に振り返り、拳銃を突き付けた。
──黒いロングコートを着た、長身の男が立っていた。直前まで気配はなかったはずだ。どう見ても只人ではない。敵対者か。
「何者だ」
水晶拳銃の照準を相手の鼻先に合わせ、細川が短く問いかける。黙秘権は与えない。少しでも敵対する動きを見せた場合、即座に殺す。今の細川が手加減して敵う相手とも思えない。即死する部位を狙うのは当然だ。
一方で、相手の男は平然と歩いてくる。
「これはまた、随分容赦なく破壊されたものだ」
──撃つべきか。照準は一瞬でも外してはいない。答える気はなさそうだ、と判断し、細川の指が引き金にかかる。
だが、拳銃を向けられてこうも平気でいられるということは、相当な馬鹿でなければ、それなりの能力を持った相手ということになる。
そもそも彼は、この炎の中、一体どこから入ってきたというのか。
「境界さ。僕は直接、ここへ来た」
彼は、細川の持つ桐箱を指し示す。
「僕は境界で妖怪相談所『妖屋』を営んでいる怪祖祀瑠。今は、その札を回収して回っているところだ」
「貴様は滅霊僧侶団の人間か?」
「滅霊僧侶団?」
札の存在を知っているということは、滅霊僧侶団の関係者であることは間違いないはずだ。……そう確信して問いかけたのだが、返ってきたのは疑問の声だった。
「その札を持っている団体の名前が、そうなのか?」
(まさか、知らないのか?)
ならばなぜ、ここに現れたのか、という別の問題が浮上する。彼は、何の目的があって札を回収しているのか。
境界、という名称は、現世と異界との間に存在するとされる境目のことだろうか。空間の境目であり、魔の出現が増える場所──そう、どこかで目にしたことがある。
例えば、坂も境界に含まれるという。上でもあり、下でもある中途半端な空間。そこは間違いなく、境目だ。その理屈に従うと、炎に包みこまれた寺というのは……。
(炎の中と外の境目。つまり、境界)
すなわちこの男、怪祖祀瑠は、境界から出てきた魔の物ということか。何か特殊な能力を持っている可能性を視野に入れるべきか。
「この札を作ったのは、貴様か?」
ただの勘であり、確固たる根拠はない。だが、回収している理由が見当たらないのだ。理由によって、細川が怪祖をどうするかが決まる。
怪祖は、軽く肩をすくめた。
「その札の原型を作ったのは僕で間違いない。しかし、それは二十年以上前のことだ。今君が持っている札とは、まったく異なるものだった」
「つまり、滅霊僧侶団が札の効力を変更したというのか?」
「その可能性が高い、と僕は考えている。元々は、自我を持たず人間に害を与える悪霊のみ、祓うようにできていたはずなんだ。しかし僕の手を離れて以降、知らないうちに効力が強くなっていたらしい。最近になって、無害な幽霊ですらが強制的に払われていると相談が寄せられ、こうして探しに出ているというわけだ」
「その発言を信用する根拠は?」
「敵対する意思が僕にあれば、恐らくは君がその桐箱を手にしているのを見た瞬間、君を攻撃していただろうね」
「もう一つ聞いておこうか」
細川は、拳銃の照準を外さずに問う。
「この札を回収して、どうするつもりだ?」
怪祖は、指を一本立てると、その先に炎を燈した。マッチやライターなど、着火器具は使用していないはずだ。魔法、あるいはそれを含む、超自然能力だろう。やはり、ただの人間ではない。
「札を焼き、仕組まれた力を再利用する。ある敵を、排除するために」
「敵というのは、人間にとっての敵か?」
「いいや、その逆だよ。ある霊が、僕の倒すべき敵だ」
「そうか、それならば渡すわけにはいかないな」
細川は、仮想空間に桐箱を投げ入れ、即座に魔法陣を閉じた。これでもう、怪祖は札を回収することができない。直後、細川の姿が怪祖の目の前から消えた。
「幽霊を消すことのできる力を、ボクは容認することはできない」
細川が再度出現した場所は、怪祖の背後だった。彼は逆手に握った氷のナイフを怪祖の首筋に振り下ろす。超自然能力を持った敵対者を、生かしておくわけにはいかない。拳銃を使ったところで、この男には効かないだろう、という奇妙な信頼があった。この男は滅霊僧侶団の札の原型を作った人物だ。当然に、幽霊を祓う能力を持っていることになる。危険すぎる。
常人ならば為す術もなく血を吹いて絶命するはずの攻撃だが、怪祖はそれを、知っていたかのように回避した。細川は空振りしたナイフを投げつけ、息をつく暇を与えない。しかし、それは何かに弾かれて床を滑った。そして、その何かが細川の頬を掠める。
(針……? 一体どこから?)
細川は、怪祖から距離をとった。後方の壁に刺さった針は、一瞬の後、軟化して壁から抜け落ちる。その際、正体が判明した。
(糸……。まさか、火災で剥がれ落ちた掛け軸から出たものか?)
抜け落ちた糸は、炎に吞まれてすぐに焼失する。この焼け方は、紙で間違いないだろう。だが、それがなぜ、硬質な針となって飛んでくるのか。
「どうやら回収には応じてもらえないようだ。ならば、妖術を使うしかない。君も何か理外の力を使うようだし、あまり加減はできない」
「妖術だと? それは妖怪が使う能力ではないのか?」
「ああ、概ねその解釈で間違っていないよ。ただし僕は例外だ。僕は天狗の父と人間の母を持つ妖人──いわゆる、妖怪と人間のハーフというやつでね、あらゆる妖術を習得できる体質を持っている」
「とんでもない性質があったものだな……少々本気を出すか」
瞬間、再び細川の姿が消える。だが、彼が移動した先に、怪祖はいない。氷剣が宙を切り、炎が揺らぐ。その揺らいだ炎の奥、細川の更に後方から、無数の針が飛来した。
「瞬時に場所を変えられるのが、君だけだとは限らない」
氷の障壁で針を打ち落とす細川に、炎の奥から怪祖が言う。境界のことを言っているのだろう。それを通過できる彼にとって、炎に囲まれたこの空間は境界に包まれているも同義だ。どこを通ってどこから出てくるか、分かったものではない。
「ではその通り道を、破壊するとしようか」
なおも飛来する針の群れに、火球が射出される。射出された火球は壁に当たると爆散し、寺の骨格を破壊し、崩れ落ちた柱が炎を縮小、炎は怪祖を包める大きさを保てなくなる。姿を現した怪祖に、今度は精霊たちが無数の光線を浴びせるが、その尽くを怪祖が生み出した炎で吸収されてしまう。
──攻めきれない。細川はかなり容赦なく攻撃を浴びせているはずなのだが、怪祖が被弾する気配が全く見られないのだ。というか、倒すつもりで寺の一部を爆破してしまったので、そろそろ外部から姿を隠すのが難しくなってきた。
今度こそ倒す、というつもりで、細川は再度火球を放つ。怪祖は炎に入り込めず、逃げ場がない。そのまま爆炎に呑まれるか──。だが、爆炎が静まっても、怪祖はその場に立っていた。
さすがの細川も、これには啞然とするしかなかった。
これ以上の戦闘は、民間人に被害が出かねない──。そうして細川たちは場所を移動し、怪祖の妖屋にて今一度対話することになったのだが、誤解はあっさりと解けた。
まず、怪祖のいう敵の幽霊というのは、かなり特殊な悪霊で、通常の幽霊と同じ方法では祓えないことが判明した。
そして、細川が滅霊僧侶団と敵対している理由が、力を乱用した滅霊僧侶団から幽霊の少女を守るため、ということも判明した。
つまりは互いの早とちりが、決定的な敵対に繋がりかけたのだ。危ういところであった。
その後、両者は取引を交わし、細川は滅霊僧侶団の拠点から、可能な限り札を集めて保管することとなったのだ。




