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【改稿版有】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅲ期 The Magical Life

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第四話 同業

#1 豊富な選択肢

 夏季休業も終わろうかという頃だが、細川はある事情により、やむなく彼の通う高校に足を運んでいた。それというのも、もうすぐ文化祭だということで、段ボールを持って来いと急な連絡を受けたのである。

話が遅いうえに文面が偉そうなので、彼はつい衝動的かつ無意識に反抗心が芽生えたのだが、つまらないことをしていると余計な体力を浪費してしまう。細川にとって、喧嘩とは手段であり、趣味ではない。可能な限りは避けたいものだ。

 仕方なく小さな段ボール箱を自転車に積んで持ってきたのだが、これでも充分、文句を言われる理由にはなるだろう。もっとも、相手にされにないと知った上で、わざわざ絡みに来る実行委員がいるとも思いたくないが……。

「まあそもそも、無駄な喧嘩はとうに卒業したからな」

 そんなことを呟きながら、ロッカーの上に段ボール箱を投げ捨てる。今の彼ならば、喧嘩ではなく、一方的な蹂躙(じゅうりん)になりかねない。中級悪魔ですら秒殺される。

 ──物陰に人の気配を感じたのは、そんなときだった。全方位を見渡す彼の視界に、気配の主はない。教室内にいるわけではないようだ。とはいえ今回のように、人の気配を感じ取る術などいくらでもある。

 足音や呼吸音、体温、人の動作によって生じる(わず)かな風の流れ、その風の流れも人の身体があれば強さや方向は変化するし、体重がかかった地点は地面に(ゆが)みが発生する。おおよそこれらが細川の察知できる気配の正体であり、今回彼に気配を拾われたのは、彼と同じクラスに属する、大山洋という少年だった。


 細川と同じ理由で登校していた大山は、細川の印象にある姿よりも、いくらか陰鬱(いんうつ)そうな表情をしていた。

 目の下には隈が濃く出ており、肌は青白く、見るからに不健康そうな顔色だ。心労が重なった吸血鬼のようである。注意力も散漫(さんまん)になっているようで、彼が細川の姿に気付いたのは、ロッカーの上に段ボール箱を置こうとしたときだった。教室に入った時点で、人の存在には気付けていなければおかしいのだ。

 さすがに見逃すわけにはいかず、かなり強引に、細川は大山を引き留め、近くにあった椅子に座らせた。何かあったのか、と訊いても、なかなか答えようとはしない。

「なんでそんなことを訊くんだ」

 と言って、適当にはぐらかそうとするのだ。

「お前があまりにも異常な顔色をしているからだ。……それに、前はもっと肉が付いていたかと思うが」

「どうせ言っても信じないだろう。異常者の狂言と思われるのがおちだ」

「だとしたら見くびられたものだな」

 細川も対面に腰を下ろし、ペンダントを(すく)い上げるように手に取る。

「つまりお前を悩ませているのは、俺が知らない人間関係、ではなく、科学的に考えにくい現象、というところか」

「当たりだが、それを聞いてどうする」

「内容によって、魔法店、探偵事務所、妖怪相談所のどこに紹介するかが変わる。言っておくが、非科学的な現象を悩みの種にするのが異常者の言動だというなら、その異常者は今お前の目の前にいるんだからな。魔法使い舐めんな、存在自体が厨二病みたいなものだぞ」

 客観的に見てこの世のものとは思えない組織が二つほど混じっているが、嘘くさいのは承知の上である。とはいえ実在するし、魔法店以外は細川を絶対に裏切れない取引を交わした相手だ。信用できる伝なのは間違いない。

 大山はようやく、細川が魔法の使い手であることを思い出したようで、一応は受け入れることにしたらしい。彼の話をまとめると、大体こんなところだろうか。

 曰く、夜毎(よごと)に音を立てて家の物が動いたり、何もいないはずの場所から足音が聞こえてきたりするなど、大山家では不可解な現象が続いているらしい。目の下の隈は、物音のせいで夜中に目を覚ましたり、寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなったりすることによる慢性的な睡眠不足が原因のようだ。大山家一同は辟易(へきえき)としているという。

「なるほど、怪奇現象か。だったら妖怪相談所の専門だな」

 結論は、早々に出た。


#2 妖屋

 大山を紹介する先を決めた細川だったが、彼は紹介先に、すぐには向かわなかった。大山を連れて一度屋敷に戻った細川は、広間に通すと夕刻まで適当に時間を潰しているように言って、さっさと部屋に引っ込んでしまう。

 一切の説明もなく、大山はただ、呆然とするしかない。出された茶を飲み、時折聞こえてくる爆発音にいちいち驚きながら、スマートフォンにダウンロードした漫画を読むことで、三時間ほどの時間を消費した。屋敷内は快適だが、電波が入らないのだ。そうでなければ、オンラインゲームでもしていたところである。

広間に戻ってきた細川は、金色のブローチが着けられた、黒いロングコートを着用していた。

「暑くないのか?」

 つい、大山は訊いた。どう考えても八月の日本でする服装ではない。猛暑や熱帯夜は当たり前、特に暑い日には酷暑だとも言われる現代の夏では、もはや自殺行為である。だというのに、

「体感温度は調節されている」

 というのが、細川の回答であった。

「どうやって?」

「この屋敷と同じ原理だ」

 答えになっていないことを言いながら、細川は屋敷を出て行ってしまった。大山はあわててその後を追う。

 橙赤色に染まる夕空を眺めやり、細川が呟いた。

「少し早かったが、通過できるかな」

 彼が向かっていったのは、川だった。子どもが遊ぶような石橋が、点々と飛び出している場所だ。四つの石が川の水面から飛び出しており、これを跳んで、対岸に渡るのだ。

「足元を見て跳べ。吞まれるぞ」

「言われなくても、余所見なんかできるわけないだろう」

 細川はさっさと河原に降りていき、二つの石を危なげなく跳んでいく。

 同じように、大山も石を跳んでいく。石の大きさは直径で三十センチメートルもないのに、距離は七十センチメートルは空いている。誰に言われずとも、大山は余所見などして跳べる自信はない。

 四度跳んで対岸にたどり着くと、細川が振り返って言った。

「問題なく渡れたようだな」

「さすがに跳べないと思われたのは心外だ。馬鹿にしているのか?」

「そうじゃない。よく見てみろ」

 赤紫色の空の下で、大山は周囲を見渡し、「はあ?」と声を上げた。

 どう見ても、先ほどまで見えていた景色とは一変しているのである。渡ってきた方向を向いても、歩いていたはずの道は見当たらない。

境界(きょうがい)だ」

 細川の声が届く。

「ここは常世(ことよ)から外れた空間、幽世(かくりよ)の一歩手前にある世界だ。人ならざる者が()む場所で、通常なら常世と混じり合うことはない。だが夕刻、大禍時(おおまがどき)にのみ、こうして特定の地点から入り込むことができる」

 細川は、大山に背を向けると再び歩き始めた。

「用心してついて来い。妖怪に食われるなよ」


 しばらく歩いて、細川はある建物の前で立ち止まった。小ぢんまりとした風の建物だ。「妖屋」と書かれた看板が掛けられており、おおよそ人間の住む場所とも思えない。もっとも、ここは人(なら)ざるものが棲む境界だ。この空間においては、むしろ人間の方が異質である。

 実際、ここに至るまでに何度視線を感じたか分からない。にもかかわらず大山が無事なのは、その全てを細川が一睨みで威圧したからだ。どれだけ恐れられているのか。

 その妖屋の入口らしき扉を、細川は一瞬の迷いもなく開け放った。店の奥には机が一つ置かれていて、その手前にはテーブル、挟むようにソファが向かい合って置かれている。片方のソファには、白い着物の女性が一人座っていて、膝の上に乗せた茶虎模様の猫をブラッシングしているところだった。

 銀白色の長い髪を背に流し、氷のような水色の瞳が特徴的な、震えるような美貌の女性だ。もっとも、大山はともかくとして、細川は美人を前にして固まるような精神を持ち合わせてはいないのだが。

 白い着物の女性は、細川たちに気付くと、猫から店の入り口へと視線を移した。

「いらっしゃいませ、お久しぶりですね」

「どうも。怪祖(かいざき)さんはどちらに?」

 勝手知ったる様子で、細川は女性と言葉を交わす。この場にいない人物含め、妖屋の人間は細川と知り合いなのだ。取引を交わした相手ともいえる。

 細川の質問に、女性は答えて言った。

「怪祖さんは、先ほど相談を受けて、出かけられましたよ。漁港に磯女(いそおんな)が出たとかで、その対処が必要だそうです。今は、九州北部にいるかと」

「なるほど、では少し待たせてもらうとしましょうか。こちらも依頼人の紹介でしてね」

「紹介というと、そちらの……?」

「ええ、この、脳回路がショートして動かなくなっているこいつです。夜な夜な、自宅で怪奇現象が起きているんだとかで」

「原因はいろいろ考えられそうですね」

 細川が自然な動作で女性の対面に腰を下ろし、話を進めていく。大山は数十秒ほど経ってからようやく意識を取り戻し、話し合う細川を質問攻めにした。

 そんなやかましい時間は一時間ほど続いたが、それでも怪祖は妖屋に戻らなかった。


 いくらなんでも、遅すぎないか──。

 いつしか、細川と着物の女性との間には、言葉にしていないまでも、そのような共通認識が生まれていた。

 常識で考えれば、東京から九州まで一時間で往復できようはずもないが、妖屋があるのは境界だ。常世と幽世の間にあるこの空間は、地形がかなり曖昧(あいまい)なものだ。加えて言えば、妖屋の周囲は相談に対応する目的もあって、空間が()じ曲げられている。

 境界に入り込めさえすれば、妖屋へ辿り着くのはそう難しいことではないし、逆に妖屋から各地へもすぐに繋げることが可能だ。魔法とは異なる力であるらしく、原理は不明だが、ここはそのような性質を持つ空間である。

 すなわち、怪祖が一時間経っても戻らないということは、磯女の対応にそれだけの時間がかかっているということに他ならない。ついに、細川は問題提起をすることにした。

「時に──磯女とは、どんな怪異なんです?」

「九州で主に確認されている、海の怪異ですね」

 机の上に置かれた資料を見ながら、着物の女性が答える。

「地域によって差はあるようですが、今回相談を受けたのは、危険な磯女みたいです。長い髪で人を締め上げ、血を吸って殺してしまう、と」

 大山が自身の身体を抱いて震えた。

「そんな化け物のところに行って大丈夫なのか?」

「怪祖さんのことだ、やられてはいないだろうが、妖術の相性が悪く、膠着状態(こうちゃくじょうたい)(おちい)っている可能性はあるな」

「妖術って言うと、妖怪が使う力のことか? 人間にも使えるものなのか?」

「吞み込みが早いな」

「怪祖さんは、少々特殊な出自(しゅつじ)だそうですから」

 細川も、怪祖の出自については少し聞いている。本来妖怪にしか使えない妖術を扱えるのは、彼の出自が関係しているのだ、という。

 なので大抵の突発事には対処できるはずだが、どちらかというと、その能力は自身の身体能力の底上げや、防御を中心とした戦闘スタイルに傾いている。一般人が相手ならば簡単に蹂躙(じゅうりん)できる能力だが、無論怪祖はそんなことはしないし、する意味もない。それは細川の目の前にいる着物の女性についても同じことで、魔法店と違い妖屋は特に、敵の制圧を目的とした戦闘は不得手なのである。気がかりであった。

「少々様子を見て来ましょう。このままでは夜が更けてしまう」

 女性に断りを入れて、細川は単身、妖屋を出た。


 妖屋の主である怪祖祀瑠(かいざき まつる)は、長崎の漁港で磯女と交戦中だった。

 長身で顔立ちの整った恵まれた容姿の男であり、普段は余裕のある態度をとっている。しかし、一時間も戦闘が継続されれば、余裕さを取り(つくろ)ってもいられない。

 九尾の能力である鬼火と、天狗の能力である風を用いて磯女を乾燥させ、弱ったところで麻桶(あさおけ)の毛の能力であるワイヤー術で刺殺しようと考えていたのだが、少しでも乾燥すると、磯女は海に潜ってそれを無効化してしまうのだ。磯女の方も怪祖を倒そうとはしているようだが、長い髪で締め上げようにも、彼は一反木綿の能力である飛行を使って回避してしまう。そんな膠着状態である。

 ──その様子を、市場の屋根に飛び乗った細川が見ていた。何周かしたその戦闘サイクルに、納得と同時に呆れてしまう。

(やはり妖術の相性が悪かったらしいな)

 全長五メートルになるかという磯女は、下半身を海に沈めたまま、怪祖に髪を巻き付けようとしていた。そのことごとくを怪祖は避け切っているが、攻撃手段が海の怪異に効くものではなく、決め手に欠ける、というのが細川の分析だ。

 このままでは妖屋に大山を任せることができない。非礼を承知で、細川は戦闘に介入することを決めた。

 彼は改造コートの懐からマナ・リボルバーを取り出し、屋根から飛び降りた。風を使って落下速度を制限し、難なく着地。気付いた磯女は細川を狙い、髪を飛ばしてくる。攻撃対象が変わったことに怪祖が気付いたとき、細川は迫ってくる磯女の髪を、マナ・リボルバーで撃ち抜いた。

「あれを倒すには、炎を圧縮する必要があるでしょう。全身を(あぶ)るのではすぐに対処され、効果が薄い」

 髪を貫いた氷塊が磯女の肩を突き刺すのを眺めながら、細川は怪祖に言った。

「横槍ですが、依頼人を紹介したいのですよ。この戦場、ボクに貸してくれたら一分以内に始末をつけて御覧に入れますが、いかがです?」

 迫ってくる磯女の髪に火球を撃ち込んでいなしながら、細川が怪祖と交渉する。怪祖は、文字通り片手で磯女の相手をする細川を見て、合理的な判断というものを下したらしい。

「やはり、君のすることは予想がつかないな」

 という言葉で、彼は戦場を譲った。軽く肩をすくめ、一歩下がって観戦の構えである。人でも人非ざるものでも、それぞれに向き不向きというものがあるのだ。

 許可を得た細川は、火球を吐いていたマナ・リボルバーのシリンダーを素早く回転させ、引き金を引いた。次に吐き出されたのは、先ほどまでの火球より数倍威力の高い爆炎だ。それは磯女の顔面に吸い込まれると爆散し、攻撃の手を僅かに緩めさせる。

 それで十分だった。細川はマナ・リボルバーをコートの中に戻すと、別の拳銃を取り出した。水晶拳銃の弾倉を挿入した、全自動拳銃だ。失敗した一度目のルシャルカ討伐戦のときとは違い、中には水晶弾ではなく、八発分の鉛玉が入っている。左手に拳銃を持って遊底を引き、煙から磯女の頭が見えた瞬間、彼は風を(まと)って飛び出していく。

 ふと怪祖は、細川の右手人差し指に金色の指輪が()められていることに気付いた。拳銃と同じ色だ。戦闘に関わるものだとは思うが、あれは一体何だろう。

 そこからは早かった。磯女に捕縛されるより早く、細川はどこから取り出したとも知れぬ氷剣とともに宙を舞い、磯女の身体をばらばらに切り裂いてしまったのだ。拳銃弾は目くらましだ。磯女にも三発は命中したようだが、一発は地面に着弾し、残りは全て海の中である。切り裂かれて下半身だけ残った磯女に氷剣を向けた細川が、

「ルグ・シューマ」

 と呟くと、大量の氷塊が音速で海中に撃ち込まれ、磯女の身体は復元不可能なほど無残に破壊されてしまった。

 断末魔すら残さずに。


#3 座敷童

 待ちくたびれた、とでも言いたげな大山をなだめ、妖屋に戻った細川は、話の主導権を怪祖に返した。

 怪祖は大山の対面に座ると、帰着が遅れたことを詫び、軽く名乗って大山の話を聞いた。話を聞いた怪祖は、軽く思案すると、やがて一つの結論を出す。

「実は以前、似たような相談を受けたことがあります。今回も同じ怪異の仕業だとしたら、それは座敷童でしょう。多少いたずら好きなだけで、有害な妖怪ではありませんよ」

 関東には珍しいですが、と注釈をつけて、怪祖は茶を飲んだ。

「とはいえ、少々やりすぎじゃありませんかね? 睡眠不足という実害は、こうして出ているわけですし」

「ああ、確かに、少し自重するよう言って聞かせるべきかもしれないな」

 という会話を経て、一度大山家を訪問することが決まった。大山本人の希望もあって、細川も同行することとなる。

 道中、大山は細川に話しかけた。

「細川は、どこで怪祖さんと知り合ったんだ?」

 同行の目的はこれだったらしい。

「二か月ほど前、ある怪異を追っていた魔法店と妖屋(あやかしや)が、現場で鉢合わせたんだ」

 仮に『シャドウ』という標的名が付けられた怪異が暗躍していたのを、魔法店はある一件の依頼で知ることとなった。『シャドウ』は死霊が集まってできた人型の存在であり、自我はなく、目の前に現れた人間の魂を食い漁って植物状態の人間を量産する。

 そんな危険な怪異から辛うじて逃げ延びた男性が、魔法店に駆け込み、細川に対処を求めた。そこで、細川はラザムやライを連れ、魔法店として『シャドウ』を追い、討伐せんと動いていた。

 ところが時を同じくして、怪祖もまた別の相談から『シャドウ』の存在を知り、妖屋として『シャドウ』を追っていたのである。存在を知らない者同士が、同一の標的を討伐するために追えばどうなるか──。そんなことは言うまでもなく、両者はあるとき、『シャドウ』を原因とする事件の現場で相まみえることとなる。

 初めは互いを、『シャドウ』の味方、あるいは協力者だと誤認しており、何度か顔を合わせてはそれぞれが持つ能力を使用した小競り合いにもなった。何しろ二人とも、仕事の際に黒いコートを着ていたので。

 やがて誤解を改めた魔法店と妖屋は、それぞれが持っていた情報を共有し、合同で『シャドウ』討伐に動くこととした。

 情報が共有されてからは早かった。欠けていたピースが瞬く間に補完され、出現パターンが割り出され、妖屋周辺の境界空間を通って大幅な近道を行い、『シャドウ』出現の先回りをする。周囲への被害防止と魔法店及び妖屋関係者の魂保護は怪祖が担い、細川は心置きなく対『シャドウ』戦闘に専念。それまで果たせなかった『シャドウ』の討伐を、ものの五分で済ませて見せた。

 その後、魔法店は妖屋に取引を持ち掛け、妖屋はこれを了承。その後より現在に至るまで、両者の京商は継続されている──。

「とまあ、そういうことになっている」

「そういうことになっている?」

「詳しい事情はもっと複雑でな、前提知識がなければ、話したところで理解できん。守秘義務もあることだ、部外者に詳細は話せない」

 複雑というより、真相は全く異なる危険なものだ。露呈すれば、細川も怪祖も、ただでは済まないほどの。


 物音がするという部屋に入ると、細川と怪祖は、揃って室内を見渡し、やがて同時に呟いた。

「いるな、なにか」

「いるな、そこに」

 なにか、と呟いたのは細川であり、そこに、と呟いたのは怪祖である。大山は何も分からず首を傾げているが、正確には細川も、なんとなく何かの気配じみたものを感じるというだけで、何がいるかは分かっていない。とはいえ怪祖は納得したような顔で頷いているので、その気配の正体が座敷童なのだろう、くらいのことは予想できた。

 怪祖は細川と大山に、しばらく室内から出ているように言うと、目の前に寝転がっている少年に目を向けた。古風の装いをした、おかっぱ頭の少年だ。室内に怪祖と二人になると、少年は跳ねるように身を起こした。

「お兄さん、もしかしておいらのこと見えてるの?」

「見えているよ。ついでに言えば、僕と一緒にいた黒い服を着たもう一人の青年も、君のことは認識していただろうね。姿は見えずとも、君のいる場所を注視していた」

「うへえ、敵わないなあ」

 同感だ、と思う。彼は気配に敏感すぎるのだ。おそらく、敵と交戦する機会が多かったために自然と身に着いた能力なのだろう。怪祖とて、彼の意識から逃れる自信はない。

「それでは本題に入ろう。君が、この家に住み着いている座敷童で間違いないかな」

 少年、もとい座敷童は、床に置かれていた小箱に腰を下ろして頷いた。

「僕は境界にある妖怪相談所『妖屋』の怪祖祀瑠。多分君が原因だと思うが、誰もいないはずの場所から物音がする、という相談を受けてここに来たんだ。毎晩、君がここで何をしているのか、教えてもらいないかな」

 座敷童は、いたずら好きの妖怪として知られている。住み着いた家には幸福が訪れるため、守り神のように考えられることもあるが、守り神が住人の睡眠を妨害しては本末転倒だ。入るはずの幸運まで取りこぼす可能性がある。

 話を聞き、可能な範囲で座敷童のいたずらを宥めることができれば、と考えていた怪祖だったが、その話を聞いて思わずうなった。というのも、今まで見たことのある座敷童に比べ、群を抜いたやんちゃ坊主だったのである。下手をすれば、茨城童子と同等に並ぶほどに。

 大山少年が目の下に隈を作るのも納得だ、と考えていた怪祖を見て、座敷童が口を開いた。

「今度はもうちょっと気を付けるよ。おいら、やりすぎちゃったんだね」

 良心と自制心が残っていて何よりである。さすがに反省したようだ。……妖屋に座敷童がいたとしても、夜な夜な付喪霊と死闘を繰り広げられるのは確かに勘弁してほしいと思う。いたずらと呼ぶには、少々度が過ぎていると言わざるを得なかった。


 対話の結果を聞くと、細川は笑い出した。苦笑しながら部屋を出てきた怪祖に、とりあえず問題はないだろう、と告げられた大山は、やや疑問に思いつつも座敷童に関する説明を受けた。その結果がこれである。まさか座敷童のみならず、付喪霊まで巻き込まれているとは誰も予想していなかった。

 これで、大山家には何かあっても、座敷童や付喪霊たちが助けてくれるだろう、ということで落着した(ことにしておく)形だ。あとは座敷童たちの反省次第だが、実害を出すようであれば今度はまとめて説教を食らわすことになるだろう。

 そうしてこの日から二か月間、細川は大山を観察し、再び座敷童たちが暴れたと判断される兆候が見えた場合は、怪祖に連絡する役目を負うこととなった。

複雑というより、まったく異なる危険な真相については、近いうちに追加します。ついでに前回のもやった情報も補足されます。

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