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【改稿版有】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅲ期 The Magical Life

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第三話 脱走者

※グロ注意。

 #1 経緯

 第二世界空間、すなわち地球人にとっての異世界にも、国家という概念が存在する。その中でも精霊自由都市共和国群は、魔法と科学のつり合いが取れていることに定評があり、例えば世界有数の工業都市とも呼ばれる首都ギルキリア市では、日用魔道具の大量生産が機械制工場で行われていた。

 地球人の転生先として、最大の人気を誇るのは現代日本に近い科学技術を持つ先進国家連邦首都バーティアだが、ギルキリア市は僅差で二番目に名を連ねる都市である。

 ……その人気転生都市ランキング第二位のギルキリア市に、この日二つの人影があった。

 日本人であり、まだ転生したわけではない魔力使用者の細川裕。及び、アシスタントの大天使ラザムの二名だ。細川の高校は夏季休業の期間もそろそろ終わろうかという頃だが、ある日細川が突然ふらりと出かけたかと思えば、帰宅直後の第一声が、「ギルキリアに行かせてくれ」であった。

 当然、ラザムは奇妙に思ったが、「急を要する。話は現地に着いてからだ」と言われては、従うほかにない。ただ一言、「危険を伴うかもしれない」と言われはしたが。

「それで、今日はどんなご用件なんです?」

 ギルキリア市の裏通りを並んで歩きながら、ラザムが細川に尋ねた。彼の返答は忌々しげだ。

「以前帝国で捕らえた、中級悪魔のパトリックを覚えているか?」

「はい、覚えています」

「共和国の諜報機関──特別情報庁というらしいんだが、奴はそこが管轄する収容施設に監禁されていたらしい。強力な魔道具でな。それなのにあの悪魔め……」

 一つため息をつき、彼は吐くように続ける。

「拘束を破って施設から逃げ出しやがった。それだけで済めばまだよかったが、ギルキリア市内に潜伏して暴れまわっているらしいんだよ」

「大変じゃないですか!」

 ラザムも、ようやく事態の重大さに気付かされた。

 パトリックは、中級悪魔である。中級悪魔といえば堕天使の次に力を持つ悪魔の個体であり、自立した思考と高い魔法能力を持つ。

 大した判断力を持たない下級悪魔ですら、攻撃能力を与えれば一般人を殺戮(さつりく)することなどたやすい。中級悪魔ともなれば、個体によっては高度な計算能力を有し、策略を巡らすこともありうる。

 特にパトリックは、西洋魔術連合帝国のミュンヘンベルクシティにおいて、領主ミュンヘンベルク伯グイスカルドの悪行を幇助(ほうじょ)していたのだ。戦闘になれば、ラザムと細川が負けることなどほぼあり得ないだろうが、あくまでも戦闘になれば、の話である。領主の方は見捨てられたようだが、パトリックは単体でも、とても放っておけたものではない。

「そういうわけで、俺のもとに『白兎』さんから指示が来た。現在の特別情報庁では対処が難しいらしい。戦争も終わり、イヴリーネの情報も持っていないことが分かったから、パトリックを探し出して殺せと」

 毛頭、細川もパトリックを生かしておくつもりはないらしい。感情の制御された声からも、殺気が滲み出ている。


 #2 協力者と共犯者と

 パトリックが厄介な敵である所以は、彼自身の魔法能力だけにとどまらず、その柔和な顔立ちと巧みな話術による交渉だ。端的に言って、スパイとしてなら非常に有用な能力である。

 特別情報庁の防諜工作員が調べ上げたところによると、どうやらギルキリア市港南区あたりに潜伏しているのではないか、ということだが、彼の能力であれば、転移魔術ですぐにでも他国へ逃げられるのだ。まず探してみようか、くらいにしか使えないだろうと考えていた。

 ひとまず、港南区で目撃情報を集め始めた細川とラザムだったが、これがかなり難航した。それというのも、話を振った相手の十人に一人が、パトリックの手先だったのである。そのせいで、恐らく元々はギルキリア市の善良な市民だったであろう人物を、細川たちは何度もねじ伏せる必要があった。

 特別情報庁から与えられた情報でも、確かにその旨は知らされていたのだが、

「こんなに多いとは聞いていないぞ」

 などと細川が文句を言うほどだ。特別情報庁が認知しきれないほど、その数は多く、ときには銃口を向けて対話する必要があったほどだ。

「パトリックがどこにいるか、吐け」

 と細川が恫喝(どうかつ)して素直に吐けばいいのだが、そもそも共和国には共和国の言語があり、日本語で通じるはずもない。かといってラザムが穏やかに質問したところで、彼らが現在もパトリックの居場所を素直に吐くはずもなく、気付けば脅迫担当の細川と質問担当のラザム、という構図が出来上がってしまっていた。


 共和国は魔法国家であり、ギルキリア市は共和国首都である。となると、ギルキリア市民の中にも魔法が扱える者がいて当然だ。以前ギルキリア市を訪れた際、細川は日常レベルで使用される魔道具に感心して見せたものだが、そういう相手が敵に回ると、いくら魔法の扱いに卓越した彼でも、始末の悪さを感じるのだった。

 今一度の確認になるが、殺す相手はパトリック一人である。極論、一般市民や元一般市民は、無視できるならば無視して構わないし、むしろ余計な印象を市井(しせい)に残さないためには、無視した方がいいくらいなのだ。

 そうも言っていられないのが、現在の状況であって、本質的には怠惰を好む細川としては、立ちはだかる者は、「単に面倒な奴ら」以外の何者でもなかった。

 ギルキリア市を訪れて三時間が経過する頃には、細川の手で、「単に面倒な奴ら」が十人以上倒されていた。

 通常これだけの人数を尋問すれば、多少なりとも有益な情報は得られそうなものだが、彼らはパトリックに洗脳でも受けたのか、手足をマナ・リボルバーで撃たれてさえ、まともな情報を提供しようとはしなかった。

 ……二十人目を昏倒させたとき、ついにラザムが爆発した。

「ああ、もう! なんで皆そんなに口が重いんですか!」

 実は細川よりも短気な彼女である。二十人いて一人も情報を吐かないパトリックの協力者に憤慨(ふんがい)し、かと思えば勢いよく肩を落としている。とはいえ細川も、苛立ちを感じないわけではない。三十人目までこの調子であれば、苛立ちを地面にでもぶつけていただろうか。

 何ら情報を吐かないので、気絶させて放置していたが、このままでは(らち)が明かない。細川の判断により、二一人目の男はこれまで以上に徹底的な尋問を受ける羽目になった。二一人目になった男にしてみれば、悪運ここに極まれりだ。あるいはパトリックなんぞの手先になった時点で、運は尽きていたのかもしれない。

 男は、氷を使って地面と建築物の壁に貼りつけられ、時折体に電流を流されるという苛烈(かれつ)な拷問を受けることになった。これだけの苦痛を受けても男は口を割ろうとはせず、この間細川の契約精霊たちが、男の洗脳を解除しようと脳に干渉する。

 精霊たちの奮闘の結果、やがて男の洗脳を解くことに成功した。細川はどうせ脳に干渉するならそのまま記憶を奪った方が効率的だろうと考えたのだが、これにはラザムが反対した。

 どこかの過激派組織や滅霊僧侶団は、彼ら自身の意思で細川の陣営と敵対する行動をとっていた。しかし今回は彼ら自身の意思でパトリックに味方したのではなく、彼らはパトリックに操られていたのである。せめて洗脳を解く程度の干渉にとどめ、本人にしゃべらせよう、ということだった。

 幸い、洗脳を解かれた男は大人しくなったので、細川としては一応従うつもりでいる。

「もっとも、これで話さなかったら君を押しのけてでも記憶を奪うからな」

 男は、「悪魔の洗脳を受けた」ことに嫌悪感でも覚えたらしく、以降は拷問なしで従順に情報を吐いた。要約すると、内容は次のようになる。

 パトリックは長期間共和国の収容施設に収監されていた上、その間に主(恐らくルシャルカのことだ)を失って精神がささくれ立っている。彼は街中に魔法爆弾を仕掛けて一斉に起爆し、警察官の数が減った警察署を魔力風で消し飛ばすつもりだ……。

「とんでもないこと考えてるじゃないですか!」

 ラザムが叫ぶと、細川も呆れて首を振った。

「警察を敵に回してどうする。奴を捕まえたのは特別情報庁の、しかも一協力者だというのに……」

 警察は完全に濡れ衣だ。あいつを頭脳派だと考えた自分が馬鹿だった、と言って、彼は大きく息を吐く。ところで、今聞き覚えのない単語が出てきた。

「ラザム、魔法爆弾というのは? 言葉通りのものだと捉えていいのか?」

「ええ、それで問題ありませんよ。魔法爆弾は、魔法を使って爆発する爆弾全般を指す言葉です。魔石を使うものが最も多いようですが、呪術魔法を使うものがたまに使用されることもあります。ただし、魔法爆弾は火薬を使う爆弾に比べて高価になる場合がほとんどです」

「魔石が貴重で、呪術魔法が高度だからか?」

「ではなく、単に仕組みが面倒で、火薬式の爆弾よりも大量生産に向いていないからのようですね」

 つまり、大量生産できる火薬よりも、相対的に値段が上がる傾向にあるということらしい。それはわざわざ高価な爆弾を使おうとは考えないだろう。

 なおもラザムに言わせると、流通量が少ないこともあって、実際に使用される機会もほとんどないらしい。爆弾事件が一○○あったところで、魔法爆弾の使用件数は一件あるかないか、というレベルのようだ。

 ……警察にとっても、ほとんど未知の領域である。

「それで、警察署は魔力風を使うのか。あまり上手いやり方とは思えんな」

「実際、吐き出すくらいならちゃんと爆発でも起こした方が、破壊効率は格段に上でしょうね。仮にも中級悪魔のやることとは思えませんが、今のパトリックにはそれだけのことを考える余裕がないのでしょうか?」

「分からないし、分かりたくもないなあ」

 考えても結論など出ようはずもない、余計なことを考えながら、細川たちはパトリックの捜索(そうさく)を急いだ。


 #3 反撃の応酬

 さらに捜索を続けていると、細川たちの前を一つの影が横切った。顔はよく確認できなかったが、やや長めで(つや)のある黒い髪と、闇のように黒いマント、対照的に白い衣装ははっきりと視認できた。

「細川さん、今のは……」

「ああ、パトリックかもしれない」

 ……この瞬間、気が緩んだことは否定できないだろう。まだ魔法爆弾による被害は発生していないのだ。仕掛けて回っている最中かもしれないし、今のうちに暗殺すれば、被害を完全に防ぐことができるのではないだろうか。

 パトリックと思われる人物は、足早に路地に駆け込んでいった。人通りの少ない裏通りから延びる、特に人目につかない場所だ。ここに魔法爆弾を設置する気なのかもしれない。

 細川とラザムは、人影が入った路地の角に立つと、それぞれ攻撃の用意をした。速射性を優先した細川はマナ・リボルバーを、確実にパトリックを暗殺したいラザムは、ルシャルカを殺した水色の結晶を。

 二人は視線でタイミングを合わせ、路地に突入しようとして──爆炎と爆風と爆音を前に、慌てて回避行動をとった。あまりに急なことで、細川は一瞬、自分が爆死したのかと錯覚したほどだ。

 ラザム、無事か、と声を発したつもりが、自分で全く聞こえなかったため、細川は苦笑した。どうやら、彼自身の身体は辛うじて無事だったらしい。右手に握っていたマナ・リボルバーの撃鉄を親指で寝かせ、とっさに左手で庇ったはずのラザムが腕の中から肩をたたくのを感じ、視界は働かないまでも二人分の無事は確認できた。

 やがて一分程度すると、細川の視覚と聴覚が戻ってきた。未だに世界は白濁しているし、耳鳴りはうるさく響いているが、周囲の状況を把握できる程度には回復している。改めて互いの無事を確認すると、細川は爆発を起こした路地を覗き込んだ。二度目の爆発が起こる気配はなさそうだ。

 地面を見ると、そこには一人の男が仰向けに倒れていた。白い衣装に黒いマント、黒いウィッグは熱で乾きかけた赤黒い血に汚れ、男の頭からやや離れて落ちている。爆風によって飛ばされたらしい。頭部からの出血は激しく、頭蓋(ずがい)が割れて脳が(こぼ)れているようだ。確認するまでもなく、死亡している。

 辛うじて判別できる男の顔は、やはり細川たちの知らないものだった。パトリックに成り代わされて発見され、更に細川たちの目を一時的にも(あざむ)くことに成功したのである。彼の悪魔のせいで、一人分の罪なき命が失われたのだ。到底容認できるものではない。実際に人命に被害が出た以上、パトリックは一刻も早く暗殺すべきだろう。

 爆発を聞いた市民が通報したらしく、ラザムが警察の接近を細川に伝えた。細川たちは、静かにその場を離れた。


「ところで細川さん……」

 爆発が起きた現場を離れながら、ラザムが細川に声をかけた。

「魔力残渣(ざんさ)について、まだ説明していませんでしたよね」

「魔力残渣?」

 彼は聞き返した。魔法爆弾に続き、本日の新単語二つ目である。

「なんだ、それは?」

「魔力残渣は、不完全だったり、効率の悪い魔術を使用した際に空気中に放たれる微細な魔力のことです。さっきの爆発のとき、魔力を感じませんでしたか?」

「ああ、確かに感じたな。パトリックがあの場にいたのかと思ったが、違ったらしい」

「その魔力が、魔力残渣です。通常は一秒もせずに消滅するので、ただの浪費以上のことはないんですが、その拡散速度は魔術によって変わります。さっきのような爆発で放出されると、消滅までに五十メートル程度移動することもあり、場合によっては魔道具が反応して誤作動することもあります」

「魔道具を武器に使うと、魔力残渣は危険だということか」

「なので、共和国や帝国の魔道具は、魔力残渣による影響を受けにくくなるよう、内部を保護していることが多いようです。魔道具を多用する細川さんは、特に気を付けてください」

 真剣な表情で、ラザムは細川に訴えた。場合によっては確かに危険だろう。マナ・リボルバーが暴発でもしようものなら、細川の命に関わる。

 しかし、別の見方はできないだろうか。例えば、下級悪魔の殲滅(せんめつ)戦や、銀行での銃撃戦に用いられた小石型爆弾。これは魔法力を感知して破裂する簡易的なものであり、一つ一つの威力はさほど驚異的ではなかった。魔法力回路の構造上、元々誘爆を起こしにくい仕様になっている、魔力残渣を応用して誘爆を起こすように再設計できないだろうか。

 あるいは、魔力を検知した方向に投網のようなものを放ち、敵を捕獲する装置……。

 細川があれこれと考えながら歩いていると、ラザムがふと呟いた。

「それにしても、パトリックは囮を殺害しておいて、一体どこで何をしているのでしょうか……」

 細川も、急務ではない思考に区切りをつけ、頷いた。

「まったくだ。パトリックの奴、どこに行きやがった」

 それは、日本語で交わされた会話だ。しかしここは、まったく別の言語を持つ異世界国家、精霊自由都市共和国群。本来なら、言語が通じる者は周囲にいないはずなのに、この時は第三者の声が割り込んできた。日本語で、である。

 声の主は、細川が現在最も殺さなければならない敵のもの──。

「もしかして、ぼくのことを話してるのかな?」

 中級悪魔、パトリックがそこにいた。


 #4 暗殺

 精霊自由都市共和国群首都、ギルキリア市。ここは世界有数の何であるか答えよ──。そのような問いが提示されたとき、回答は一つではない。

 世界有数の工業都市。世界有数の魔法都市。世界有数の観光地。そして同時に、ある世界に生きる者は次のような回答も思い浮かべるだろう。すなわち、世界有数のスパイ戦地……。

 共和国首都であるギルキリア市は、人口密度の高い都市だ。しかしどんな土地であれ、人口の空洞は存在する。

 素早く防音幕を張った細川の周囲には、彼の(そば)付きである大天使のラザム他、一名の人影を除いて人の気配はない。整った柔和な顔立ちに、吸い込まれそうなほど黒い目と髪を持ち、白い肌は白い衣装に包まれ、闇のような黒いマントを羽織っている。容姿だけに限って言えば、白と黒で表現できそうな青年だ。もっとも、血に汚れた両手は例外と言えるだろうが。

 共和国諜報機関の収容施設を脱獄した、中級悪魔パトリック。彼は、細川とラザムを順に見比べると嗜虐(しぎゃく)的に笑った。

「久しぶりだねえ、会いたかったよ。ざっと四か月くらいかな?」

「俺は、貴様のことなんざ忘れて無視したかったんだがな。脱走なんぞしてくれやがったがために、特別情報庁から呼び出されて、これだ。二度と貴様が俺たちの顔を見ずに済むようにしてやる」

「ふむ。つまり、きみたちはぼくに殺されてくれるということかな?」

「貴様を暗殺すれば、俺たちのことは見られなくなるだろう?」

「細川さん、あまり大人げない言い合いに乗らないでください」

 柄にもなく感情で殺意を交換していた細川を、ラザムが(たしな)めた。防音膜で囲まれた内側であり、雑音がないため、彼女の声はパトリックにも届いている。

「なんだ、せっかく来てくれたというのに随分とつれないね、大天使さん」

 帝国で捕らえた際、天使を十人以上殺すのが夢だ、と語っていたパトリックである。彼の目には、大天使のラザムは極上の獲物に見えているのだ。それを、細川が看過しない。

「ラザム」

 短く、細川が呼ぶ。

「三分以内に始末しよう」

 瞬間、彼の姿が消えた。もっと楽しませてくれないと困るよ、というパトリックの声は、二人とも無視する。

 細川が消えたことで一人残ったラザムを、パトリックは狙う。三重の魔法陣が現れ、結集した魔力がラザムに向かって放たれる──。

 そうはならない。背後に出現した細川が、絶対零度の氷剣を振り下ろしているのだ。パトリックは攻撃を諦め、飛行魔術で左に飛び上がる。

 それを、ラザムが放つ光線が狙い撃つ。悪魔殺しに特化した攻撃だ。ラザムが作り出したというそれは、ルシャルカ討伐前にも下級悪魔をまとめて殲滅するのに貢献(こうけん)している。悪魔にとっては、直撃するだけで致命傷だ。しかし、中級悪魔ともなれば、これに対処する術がある。

 同じくルシャルカの配下だった中級悪魔、『ろくろ首』という標的名をつけられたオリヴィアは、魔力を生み出す魔法陣を肩に仕込み、そこから大量供給される魔力を放出して、この攻撃を防ぐ防壁としていた。ラザムの悪魔殺しは、魔力の防壁を打ち破るだけの力を持たなかった。

 同様にして、パトリックも魔力で防壁を作り出してラザムの攻撃を受け流す。しか、しこの防御手段は真っ当な防御魔法などではない。ただ大量の魔力を無為に吐き出しているだけであり、防御として働かなければ魔力風となる代物だ。つまるところ、実体は単なる魔力の浪費。それと知らないパトリックではない。

「やはり、きみから倒した方が良さそうだ」

 パトリックは、ラザムが先刻用意していたのと同じ水色の結晶を大量に生み出すと、連続してラザムに向けて射出する。彼女はその大半を飛行魔術で回避したが、追尾して振り切れないものは、これもまた彼女が作り上げた防御の魔法陣が受け止める。

 魔法陣が受け止めた結晶は粉々に砕かれるが、破片が消滅するわけではない。これらは魔法陣から解放されると、緩やかに弧を描いてパトリックを狙う。狙われそちらに意識を奪われた隙に、細川が精霊術魔法を放った。

悪魔殺し(アル・ドレーア)

 原理それ自体は、ラザムが作った悪魔殺しの光線と同じものだ。彼女の魔術をベースに生み出されたものなのだから当然である。しかしこれは、改良品だ。ラザムが作った悪魔殺しの光線は魔力の防壁を突破できないという、対中級悪魔の戦闘において致命的な欠陥がある。

 ドレーアは、それを克服し、精霊に共有された新たな魔法だ。これは防壁として吐き出された魔力をそのまま取り込むことで、悪魔の身体をより早く確実に破壊する。防壁がむしろ仇となるのだ。この魔法から悪魔が身を守るためには、光線が届くより早く射線を逃れるか、精霊術魔法の結界を使うしかない。どちらもできないパトリックには致命的だ。

 これまでと同じ光線だと考えたパトリックは、先刻と同じく魔力を放出して防御を図る。つまり、致命傷だ。防ぐどころか威力の増幅された光線に愕然としたパトリックが、地面に落下する。どうやら少し、狙いが左に逸れたらしい。

「アル・ドレーア」

 軌道を修正して、追撃。胴のほぼすべてを消し飛ばす。

「アル・ドレーア」

 軌道を修正して、追撃。腰から下を間髪入れずに撃ち抜く。

「──アル・ドレーア」

 軌道を修正して、追撃。状況を吞み込めていないパトリックの顔を、吹き飛ばした。

 暗殺任務は、達成された。


 #5 引継ぎ

『白兎』から予め指示されていた場所に向かうと、そこには一軒の料理屋があった。彼女曰く、ここの店主がスパイチーム『幻影』の協力者で、密談用の個室を提供してくれたり、伝言を預かったりしてくれるらしい。細川は共和国語を使えないが、日本語でも対応してくれるという。彼女は自分と同じと言っていたが……。

 扉を開けると、カウンターの奥に黒髪の青年が立っているのが見えた。彫りの浅い、アジア系の顔立ちをしている。彼の着けているエプロンを見て、細川とラザムは、「日本語が通じる」理由を理解した。

「よう、やっと来たか」

 日本語である。彼が着けている紺色のエプロンには、円に囲まれた白文字で、「飯」と書いてある。『白兎』が自分と同じだと言っていたということは彼もまた、日本からの転生者なのだろう。

 細川は、同郷の協力者に、報告を書きこんだメモ用紙を手渡して言った。

「悪筆だが、許してほしい。名探偵(・・・)には、そう伝えてもらいたいな」

「そうか、とすると、任務は無事に終わったようだな」

 店主の青年は、そう言って二人分の茶を出して寄越した。

「……共和国の通貨は持ち合わせていないぞ」

「同郷の(よしみ)だ、これくらいは気にすんな。共和国通貨(メリア)に余裕ができたら、また来てくれよ」

 本気でただの善意だったらしいので、細川たちはありがたくその茶を飲んで店を出た。

 また来いと言われたが、共和国で金を稼ぐのは、まだ先のことになるだろう。

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