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【改稿版有】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅲ期 The Magical Life

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第二話 再びの海

 #1 現地

 細川の魔法店に、依頼が舞い込んできた。依頼主は日焼けした肌の、三十代くらいの男性だ。細川の第一印象は漁師なのだが、実際は海の家で働く店員らしい。浅浦(あさうら)と名乗った彼の依頼が、少々特殊なものだった。

「うちの海水浴場に現れる、海坊主を調べてもらいたいんだ」

「海坊主……?」

 ラザムは首を傾げた。細川が説明する。

「海の妖怪か、アオウミガメの異名だな。後者なら楽なんだが」

「残念ながら、妖怪だと思う。少なくとも亀ではないんだ。人の形をしているんだが、そいつは海から顔だけ出して、客をじろじろ見てすぐ潜るんだよ。オレや同僚や客まで含めても、そいつが浜に上がってきたところを見たやつがいなくてなあ……不気味だっていうんで、最近客足が遠のいているんだ」

「なるほど、このままでは商売に差支えるので調べて対処して欲しい、と。そういうことでよろしいですか」

「そうなんだ、何とか頼みたい」

 そんな経緯で、細川たちは翌日から調査に向かうことにしたのだが、依頼人によると、海坊主は夕方に目撃情報があるという。昼間は客足こそ遠のいているものの、それ以外は変わったところもないので、ついでだから遊んで行ってもいい。その話を横で聞いていた零火が着いて行きたいと言い出し、いつの間にか仲良くなったらしい細川の母、細川裕子も話に乗り、そうなれば幽灘も当然のように同行が決まって目的迷子の海水浴客の一団が完成した。

 裕子の車は四人乗りの黒い軽自動車で、運転席は裕子が座るとして、助手席に細川が、後部座席に平井姉妹が乗り、ラザムは細川のコートに潜り込んだ。出発前には細川の契約精霊であるライまでもが同行すると言い出たので、狸精霊は幽儺の膝の上で預かってもらうことにした。真夏にもかかわらず細川が黒いコートを着ていることはかなり疑問視されたが、

「何があるか分からんしな」

 と涼しい顔で言う細川である。つまりはいつもの改造コートなのだが、今日はその襟に、金色のブローチが付けられている。「何それ?」と裕子に問われると、細川は、「冷房」と答えた。噛み合っていないように聞こえるが、他に言いようもないので仕方ない。

 高速道路とバイパスを走行すること一時間、目的に到着した一行は、細川とラザムの魔術によってその場限りのテントを設置すると、それぞれ思い思いにくつろぎ始めた。

 零火と幽儺は水着に着替え、軽装の裕子と共に海水に触れに行く。一方細川は、テントの下に置いた椅子に腰を下ろすと、一人だけ普段通りの服装のまま、アイスティーを片手に本を読み始めた。「名探偵は猫」という題名のついた、推理小説だ。「不運の騎士」と同じく、かつて友人に勧められた一冊で、めぼしい本を一通り読んでしまったので手に取った次第である。ライは車から降りた後、細川の膝のうえに場所を移して依然昼寝をしている。この狸は、一体なんのために海に来たのだろうか。ラザムは細川の隣に置かれたリクライニング・チェアに腰掛けていた。海水に触れに行きたいが、何しろ昨年は細川の傍を離れた隙に堕天使にさらわれたので、軽く心理的外傷になっているらしい。読書を中断して連れて行こうか、と細川が思い始めた頃、彼は海に近付いていた裕子に呼ばれた。


「皮膚の乾燥と紅潮、体温は上がっているのに発汗がない。高温障害の初期症状だ。意識はあるな? 熱に弱いくせに水にも入らずじっとしているからだ、まったく」

 ぐったりとした零火を片膝立ちの姿勢で支え、細川は素早く彼女の身体を調べた。雪女という性質上、零火は低温にはそれなりの耐性を持つが、高温には非常に弱い。以前細川の屋敷に泊まった際も、浴室でのぼせていたことがあり、弱っていると雪女の能力も使えないため、体温を他人に下げてもらう必要がある。これはもう、「上がったら下げる」よりも、「低く保ち上がらないようにする」ことを考えた方が良いのだろう。細川は零火をリクライニング・チェアに寝かせると、コートの襟元からブローチを外し、彼女の首元に置いた。

「弱くはあるが、冷気を発生させる魔道具だ。帰ったらお前用のものも作ってやる。今は安静にしておけ」

 元々、細川は暑さには多少の耐性がある。これ一つでは流石に不十分と思ったか、彼は昼寝をしていたライを起こすと、零火の横に置いた。

「ライ、しばらく冷気を与えて、零火の体温を下げてやってくれ。──少し強めに」

 一通りの処置が終わると、一部始終を見ていた裕子が口を挟んだ。

「へえ、あのブローチ、そんな効果があったんだ」

「だから言っただろう、冷房だと」

「ちゃんと意味はあったのね」

「俺はなにも、考えなしにブラックジャックを気取っているわけではないからな」

 一見無愛想な返事をすると、細川はマナ水晶の破片を取りだし、冷気を生じる魔法陣を書き込んでコートの肩に付いているポケットに詰め込んだ。ブローチは半自動的に冷気を発生し続けるが、マナ水晶の場合は意識的にマナを送り込む必要があるのだ。

「母さん、幽儺を頼む。俺は海の家で情報を集めてくる」

 零火の方をちらと振り返ってから、細川はラザムを連れてテントを出た。


「聡いくせに鈍感なんだから。あの人そっくり」

 細川を見送ると、裕子はぽつりと呟いた。あの人、とは、細川の父であり、裕子の夫であった、細川❘悠一ゆういちのことだ。幽儺を頼む、と言われたものの、少女は姉を心配して傍を離れようとしない。盆が近いことでもあり、裕子はふと、数年前の何気ない日常の風景を思い出していた。

 細川悠一は、酒に強く、週末の夜には缶ビールを三本ほど空けるのが習慣化していた。酒量が多いと思ったか、あるとき細川が、父親に向かって言ったことがある。

「おい親父、そんなに酒ばっかり飲んでると早死するぜ」

「ほう、お前は俺に長生きして欲しいと?」

すねが長持ちしないと困るだろ」

 悠一は、怒るどころか陽気に言い返した。

「死なねえよ。俺はな、お前の嫁さんと孫の顔を見るまで死なねえって決めてんのさ」

 まだ四十路の男の発言とも思えない。他にもっとやることがあるだろう、という裕子の指摘は、どうやら聞こえなかったらしい。先が長いのか短いのか分からないことを言う父親に、息子の方は声高に叫んだ。

「すげえな、不死身じゃねえか!」

「お前は一生結婚しない気か!?」

 冗句の好きな男だった。そして、よくそれに乗っては半ばバトルじみた応酬を繰り広げていた父子の姿を、裕子は懐かしく思う。

 悠一が事故によって呆気なくこの世を去ったとき、細川は外出着のパーカーが汚れるのも構わずにぐしゃぐしゃに泣き、行き場のない怒りを病院の床にぶつけた。

「なんだよ、俺が結婚するまで死なないんじゃなかったのかよ。あっさり死にやがって。何が不死身だ、ふざけやがって──!」

 父親の葬儀には、細川は右手に包帯を巻いて参列していた。それ以降、彼はしばらく冗談口を叩かなくなり、感情を意識的に抑え込むようになった。一年ほど経って、多少笑うようにはなったものの、半分は作り物だったようである。涙を流すことは、ついになかった。

 軽く息をついて、裕子はリクライニング・チェアに横たわる零火を見た。妹の幽儺を冬山で亡くしたとき、彼女もまた、理不尽な死に怒りを感じたのだろう。裕子は、鈴花が零火になった理由を、本人から聞いていた。

 既に起きたことに対し、細川は受動的だった。受け入れがたくとも、事実は事実であり、覆そうとはしなかった。零火はそうではなかった。事実を受け入れきれず、閉ざされた扉をこじ開けようとしているうちに、彼女の身体に変化が起き、雪女になっていた。結果としては、それで正解だったのかもしれない。雪女になったために、彼女には通常適用されるはずの霊体不認識障害が起こらず、妹と再会し守ることができたのだから。本来ならば、幽霊となった人物は本人として認識できないのである。

 わずかに、零火が頭を動かした。どうやら少しばかり、体調が回復したようである。


 細川には、実は裕子がつぶやいた言葉が聞こえていた。地獄耳と呼ばれる、彼の特技の一つである。あまり使い道はなかったが。その地獄耳で捉えた「あの人」というのが自分の父親だと認識すると、細川は嫌そうに首を振った。

「俺があの親父と似ているだなんて、何の冗談だ」

 感情論である。理詰めで考えていくと、否定する要素が次々に消えていくので、彼は早々に考えるのを放棄し、目の前の問題に意識を戻した。

 問題、というのは、海坊主の正体が何か、という点についてだ。それというのも、依頼人の言う海坊主と、伝承の中の海坊主との間に、異なる点が散見されるのである。その疑問は、海の家で聞き込みを行った後に、更に増大した。

 零火も、言ってしまえば伝承の雪女とはいくらか異なる存在だ。しかしそれでも、吹雪を起こす能力を持っていたり、雪の中で後天的に雪女化したり、熱に耐性を持たない点などは、伝承の雪女の姿と一致する。彼女はまったくもって、伝承からかけ離れているわけではない。

「例えば、どんな点です?」

 ラザムが問いかける。

「確か証言では、胸から上を海から出して、海水浴客を見つめてるということでしたけど。しばらく目が合った女性もいたとか……」

「そう、それ。そこが既におかしいんだよ」

 細川は、砂浜を歩いていた足を止め、ラザムの正面に屈んで視線を合わせた。

「例えば、俺が君と視線を合わせたいとき、このような姿勢をとらねばならない理由は何だと思う?」

「それは、細川さんより私の方が、背が低いからです」

「そう、背の低い方に合わせるなら、背の高い方は身長が下がるように調整しなければならない。そしてさっき聞いた情報では、ある女性客は顔を出した海坊主を、砂浜で屈んで見下ろしたにもかかわらず消えなかったという」

「それが、どうかしたんですか?」

「どうかした、どころじゃないよ。俺の知る限り、海坊主という妖怪は、見上げるようにするとどこまでも巨大化するし、見下ろすようにすると小さくなって、やがて消えることになっているんだ」

「確かに、それを聞くと妙ですね。屈んでもまだ見下ろすような大きさなのに、消えてしまわないなんて」

「更に言えば、姿についても気になるな。伝承の海坊主は人の形をしていなかったはずだ。今回の依頼、本当に相手は海坊主なのか?」

「でも、細川さんは、既に何か可能性を考えているのではありませんか?」

「どうしてそう思う?」

「だって、あなたは人に考えを話すとき、ある程度まとめた考えを見直す作業をしていることが多いですから」

 虚を衝かれた様に、細川が目を見開いたのも一瞬のことだ。彼はラザムの手を引いて、砂浜を歩きだした。

「俺が考えた可能性は二つだ」

 彼は、ラザムと反対側の手で指を二本立て、片方を折った。

「一つは、古来より言い伝えられてきた海坊主の姿や性質が、時代とともに変化している可能性だ。零火という雪女が伝承と異なるように」

「考えられると思います。第二世界空間の魔獣まじゅうも、絶滅したと考えられた後に、特徴を変えて生き延びていた個体が発見される例が度々あります。大一世界空間の妖怪でも、同じことが起きるかもしれません」

 細川は一つ頷くと、二本目の指を再度立てた。

「それで、もう一方の可能性だが……」

 一際大きな波が押し寄せ、冷たい海水が海側を歩いていたラザムの足を濡らした。思わず足を引っ込めるラザムを引き寄せて、細川は立ち止まる。気付けば海水浴場の端に到達しており、目の前には灰色の防波堤が構えている。

「もう一方の可能性だが、目撃されているのが海坊主とは別の存在である、ということだ」

 やや躊躇ためらう様に、細川は口を開いた。前提が違うのではないか、と彼は考えたのである。むしろ、これほどまでに伝承と相違点が見られるならば、こちらの可能性の方が高いのではないか、とも思う。

 しかし、それでは目撃されているのは一体何なのか、という新たな問題が、当然ながら浮上する。そこまでは細川は考えていない。否、考えられないのだ。細分化すれば、可能性は無限に現れる。海の中に引っ込んで出てこない、という情報から推測するに、人間でないことだけは確かだろうが、それ以上は情報が不足しすぎていて、絞り込むことができないのだ。

 目撃されているのが堕天使イヴリーネの手先という可能性も考えたが、これは完全に排除できる考えではないにせよ、現実的ではない。

 ルシャルカは消滅する直前、イヴリーネと繋がっているかのような発言をしたが、その時には既に細川たちの手で情報を奪うことはできなかった。彼女たちの間でどれほどの情報が共有されているのかは不明である。

 ルシャルカを殺した細川をイヴリーネが殺しに来る、とも考えられるが、元々ルシャルカの抹殺は、共和国諜報機関の任務であり、細川はそのための戦闘要員として雇われただけの協力者に過ぎなかった。先に襲われるとすれば共和国の方であろうし、何か事が動けば、また『白兎』あたりが接触を試みるはずである。つまり、今回の件がイヴリーネの手によるものである可能性は低い。

 多数の目撃情報があることから、見間違いの線は消して良いだろう。そう仕向けられた可能性もないわけではないが、それならそれで、ある程度の仕掛けがあるはずだ。今のところ、そういったものは発見されていない。

 一応、それらしい仮説はいくつか考えたのだが……。


 海岸沿いを何度か往復してテントに戻ると、零火の体調はいくらか回復したらしく、リクライニング・チェアの上で身体を起こして座っていた。裕子に渡されたペットボトルの水を飲む姿は、普段の零火そのものである。

 彼女は戻ってきた細川を見つけると、申し訳なさそうに笑った。

「すいません、なんか迷惑かけちゃったみたいで」

「体調はもういいのか?」

「はい、かなり楽になったっすよ。ライと、このブローチのおかげで」

 そう言ってブローチを返そうとする零火の手を、細川は押し返した。きょとんとした顔で、零火は細川を見上げてくる。

「前から思っていたが、お前は熱に弱い割に、体温が上がりやすいようだな」

「なんとなく、自覚はあるっすね」

「そして上がった体温を下げるのには時間がかかる。お前は体温を上げないように調整する必要があるんだろうな」

 細川は零火の隣の椅子に座ると、メモ帳を取り出した。

「明日、お前専用の冷却魔道具を作ってやる。今日は間に合わせで、そのブローチを持っておくといい。動けるようになったら、ラザムと一緒に海水でも浴びてくるんだな」

 零火は、嬉しそうに顔を輝かせた。


 #2 海坊主

 日が傾いていく。今のところ、海面に海坊主らしきものは現れていない。ラザム、零火、幽灘の三者は、水遊びを切り上げ、何やら氷細工をして遊んでいるらしいライのいるテントへ戻っていた。

 夕刻になり、海坊主が目撃される時間帯になると、細川はテントを出、波打ち際を見回った。依頼人の浅浦が、そろそろ出るかもしれない、と声をかけてきてから十分ほど経過している。

 コートのポケットに右手を突っ込んで歩く細川に、いつの間にか歩み寄ってきていた裕子が並んで話しかけてきた。

「海坊主の正体はつかめたの?」

「いや、だめだな。可能性の数に対し、判断する情報が少なすぎる。あまり実害がないであろうことだけは、これまでに集めた証言からなんとなく見えてきているんだが」

「残りは謎?」

「ああ、現物を見てみないと、何とも言えん。今まで何事もなかっただけで、これから牙を向いてくる可能性がないわけでもないし、憶測だけで断ずるのは危険だ」

 無論、いざとなれば大抵の敵を殺すだけの力は細川にはある。そのために、いくつかの武器を仕込んだ改造コートを着ているのだ。それでなくとも、魔術魔法や精霊術魔法など、戦闘時に使える手段は多い。何が起きようとも、細川の機転次第である。

 砂浜を一往復すると、裕子は保護者としてテントに戻り、入れ替わるようにして浅浦が、日焼けした肩を細川と並べていた。恵まれた体格をしているが、その体力は海の家の力仕事くらいしか使いどころがないらしい。

「海坊主はまだ出ないか」

「ええ、現時点では」

「オレも毎日目撃情報聞いてたわけじゃねえからなあ。今日は外れの日なのか……」

「最も遅い目撃情報の時刻まで、あと三十分はあります。これから現れる可能性は、充分に」

 あるでしょう、とは言い切る前に、細川の視界に妙なものが映り込んだ。砂に突き刺さるようにして、海水から胸より上を出す禿頭とくとうの老人。海水浴客ではない。浅浦も、それに気付くと指さして言った。

「あいつだ。この海水浴場に出る海坊主だよ」

 海坊主の目は、零火たちのいるテントに向いていた。細川たちには気付いていないらしい。

 細川はコートのポケットから右手を出した。マナ・リボルバーが握られている。撃鉄を起こし、即座に二連射。レーザーが海坊主の身体の前後に刺さり、海水を蒸発させる。禿頭の正面に埋め込まれている血走った眼が、細川たちに向いた。

 その動きで、細川は海坊主の正体を確信した。身体ごと動いたにもかかわらず、波には干渉の跡がない。つまり、実体を持っていないのだ。そんな存在など、一つしかいないだろう。

「幽灘にとっての同胞……とは、口が裂けても言えないな」

 まさか既に倒した敵の力を使うことになるとは思わなかったが、なんでも持てるだけ持っておくものだ。

 細川が左手でコートの内ポケットから取り出したのは、一枚の紙だ。滅霊僧侶団の寺を破壊して回っていたとき、彼は幽霊を強制的にはらうための凶悪な札を、いくらかくすねていたのである。

 一時は、全て焼いてしまおうか、と考えていた。事実として、彼が破壊した寺の札はほとんどが焼かれて灰になっており、現存するのは多く見積もっても二百枚程度でしかない。

 方針をひるがえしたのは、滅霊僧侶団めつれいそうりょだんを完全に潰し切る直前、ある人物と取引をしたからだ。その取引の則り、以降は発見した札を全て回収し、細川の手元で厳重に管理されている。

 海坊主と思われていたものに歩み寄った細川は、左手に札を持ち、右手の銃を相手の額に向けてその正体を告げた。

「あんた、幽霊だろ?」

 なるほど、見下ろしても消えないわけである。こいつは海坊主でもなければ、そもそも妖怪ですらなかったというわけだ。

「盆の時期にはまだ早いが、待たずに海に出たか。で、海水浴客の水着姿を眺めていた。違うか?」

 半分は勘だが、細川に言われて、老幽霊は血走った眼を大きく見開いた。その反応を見るに、推測は間違っていなかったようである。

 だから、つまりは──。

「ただのせっかちなエロジジイじゃねえか!」

 浅浦は耐え切れず叫んだようだが、それもやむなしと言わざるを得ない。彼の店は、この助平親爺すけべおやじ一人のせいで、売り上げを落とされていたのである。真相などというものは得てしてろくなものではないが、今回はあまりにもくだらない、というのが細川の評価だ。

 つい先刻、テントの方向を見ていたのも、まだ水着姿の零火たちに欲情──幽霊にまでそんな機能があるかは知らないが──でもしていたのだろう。それだけ推測すると、細川は即座に対処を決めた。

(よし、このじじい消すか)

 彼は、左手の札を老幽霊の額に張り付けた。仏教徒でなくとも、この札は作用するのだ。幽灘に効果が及ばないよう、管理には厳重になっておく必要がある。

「悪いが、こちらも商売なんでね」

 という建前を聞き届けることができたかどうか、老幽霊は札とともに姿を消した。


 老幽霊が消えると、浅浦は細川に礼を述べ、苦笑しながら、魔法らしい魔法が見られなかったのが残念だ、と述べた。

「海坊主を退治するために魔法で戦う、なんて演出も期待していたんだ、実は」

「依頼の仕方を間違えましたな。派手に消し飛ばしてくれ、と言われたら、やったかもしれませんよ」

「では、次はそうすることにしよう」

 その後、札の入手方法についても尋ねられたが、細川は機密と言って答えなかった。

海編リベンジしたくてまた書きました。取引についてはまた別の機会に書く予定です。

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