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【改稿版有】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅲ期 The Magical Life

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28/41

番外編EX 夏祭り

 細川裕は、御神木に身を預け、腕を組んだままそれを見上げていた。

 数歩分前では、浴衣を着た平井零火と川端ゆずなが棒立ちしながら、やはり同じ風景を見上げている。

 笛の音が空に吸い込まれ、消えた瞬間炎色反応を起こした火薬が爆発する。一拍遅れて低く体の底に沈みこむような音が響き、余韻に重ねるようにまた新たな笛の音が響き始める。

 暗い夜空を色とりどりに染め上げ咲き乱れ、祭りの最後に相応しい数千発の花火が、夜空で彼らの視界を染め上げていた────。


 その日、彼の目覚めは長期間放置した車がパンクしたような音とともに訪れた。

 同じ音が、続けて三度。

寝台の上で何度目かの寝返りを打ち、細川はうっすらと目を開ける。

 東側から差し込んでくる朝日──というには既に日が高く昇りすぎていた──がダークブラウンの瞳を直撃し、彼は思わず首をひねった。前年の春から切っていない長髪が、ぱさりと落ちて鼻先をくすぐる。

 時計を見ると、十時。休日の細川にしてみれば寝坊でも何でもないのだが、最近はこれが何日も続いている。つい先日十七歳を迎えたばかりの高校生としては、何の予定もない夏休みの起床などこんなものだろう。

 ……そうではなかったらしいということは、三分後に分かった。友人、立花勝哉が送ってきたメッセージ、『さっきから花火鳴りまくってるけど、今日ってなんかあったっけ?』『思い出した、神社の夏祭りだったな』というやけに元気な二文は、細川の携帯電話に、朝八時に送られていたのだ。

「なるほど、夏祭り……」

 細川は朝食のトーストをかじりながら、ぼんやりとした頭で数々の屋台を思い浮かべた。久しく足を運んでいなかったが、ひょっとすると近年外出時に風当たりが強いのは、そのせいだったのだろうか。

「夏祭りですか。そういえば去年もやってましたけど、結局行きませんでしたね」

 パンを焼く間、より分けていた新聞広告を拾い上げながら、ラザムが言う。

「去年の今頃は、確か海岸で堕天使に遭遇していたころですし」

「ああ、あの忌まわしい……」

 そんなこともあったなと、やけに懐かしく思いながら、細川は左手に魔力を巡らした。元大天使、契約を破って堕ちた、悪魔どもの元締め、ルシャルカ。彼女を思い出すたび、彼は自然とそうするのが癖になっていた。

 軽く頭を振り、細川は余計な影を意識から追い出す。できれば二度と思い出したくない。思い出す必要もない。報復は既に済んでいるのだ。

「まあ、たまには行ってみるか。思い出作りに出かけるのが近所の祭りってのも、悪くはない」

 再度鳴り響いた花火の音を聞きながら、彼はそんなことを呟いた。


 ……夏祭り当日だからといって、日課の襲撃イベントがなくなる訳ではないらしい。外出したがる幽儺とラザムの二人を連れ、細川が買い物に出かけたとき、それは起きた。

 精霊の目に映ったのは、後方の歩道橋から彼を狙う少女の姿。俯角六十度で細川に向け、正確な軌道で氷の矢を射出するのは、誰であろう、平井零火だ。銀白色の髪が目立つので、白昼目立つ位置から襲撃をかけるのは向かないと思うのだが。

 そして当然、細川に直線の軌道は効果がない。これだけの至近距離で彼を倒すつもりなら、跳弾くらいは使わなければ相殺される。今回も、その例に漏れない。それにしても、今日はいつもに増してやる気がないようだが……。

 手も使わず迎撃した細川を見て、零火はさっさと歩道橋を降りると、幽灘の横に並んだ。

「今日は夏祭りっすよね。先輩も行くんすか?」

 なるほど、祭りの前に倒すのはやめておこうと考えでもしたのか。

「ああ、ラザムたちが行きたがっているからな」

 幽灘も、夏祭りには行きたいと言っている。幽霊となったことで霊体不認識障害を受け、自身を認識されないため、友人たちに会うことを怖がっていたはずだが、訊いてみると、

「お祭りには行きたい」

 と、答えは明快なものだった。行きたいなら構わないのだが。

「先輩は、行きたいとか思わないんすか?」

「特別行きたいとは思わないな……ただ、家族と近所の夏祭りに出かけるのも悪くない記憶だと思ってる」

「……なんか先輩、死期を悟ったみたい」

「平和な日常を享受したいだけだ。死期なんざ悟っちゃいない」

 本当のことだ、少なくとも嘘は言っていない。

「でも細川さん、最近遠い目をしてる事がたまにありますよ。この世のどこも見てないような、そんな目をしてる事が」

「店主、死んじゃうの?」

「……夏祭りの話をしていたんじゃなかったのか?」

 なぜこんなに暗い話になったのか、不思議でならない。確かにまあ、最近の細川は襲撃に対し、前ほど暴れることはなくなったが。

「必要最低限。それだけやれば、お前程度なら相手するには事足りる」

「なんで突然煽られたのか、聞いてみてもいいっすかね」

「訊くだけ無駄だと思うぞ」

 にべもなく切り返し、細川は幾らか強引に話を終わらせた。話題は、今夜の屋台に移ってゆく。


 夕方、屋台の焼きそばを頬張りながら、零火はきょろきょろと当たりを見回した。彼女は年に一度しか着ない、白地に淡色の朝顔で彩られた浴衣に身を包み、人混みの中を歩いている。

 行儀の悪いことこの上ないが、別に今日くらい構わないだろう。途中ラムネを購入して飲みながら、ある男の姿を探していた。

「いや、別に本人はいてもいなくてもどっちだっていいし、なんなら探してるのは連れてきてるはずの子たちなんだけど私誰に言い訳してるんだろう……」

「ホントなー、零火、誰に言い訳してるの?」

「ふぇっ!?」

 ひょこっと顔を出したのは、零火の(数少ない)友人の一人、白原千夏。ついこの間十五歳になったばかりの、同級生のひとりだ。原動力は恋愛話と甘いもの。この少女、中学生なのに趣味は女子高生のそれだ。

「いやいやいや、誰でもないよ!? それより、浴衣に似合ってるね」

「うーん、説得力のない説明で誤魔化すように褒められたけどありがとう。零火もそれ、ちゃんと可愛いよ。誰かとお祭りデート?」

「だから違うって! 会いたいのは、妹だよ……」

「でも零火の妹って、確か……ねぇ、お彼岸はまだ一月後だよ?」

「そうじゃないのに……分かってもらえるとは思ってなかったけど」

 悲しげに呟く零火の横顔に、千夏は己の失言を悟ったようだ。何がいけなかったのかは分からないが、何かを間違えたらしい。零火が雪女になるくらいなのだ、きっと彼女の妹も、似た様な何かがあるのだろう……。

 千夏の推察は、半分くらい正解だが、残りを正そうとは零火には思えなかった。仕方のないことなのだ、幽霊の霊体不認識障害など。その影響を受けるのはむしろ普通のことであり、理解されるものではない。それが正しいのだ。

 ──などと考えていると。

「あれっ、平井先輩も来てたんですね!」

「ゆずな? それに……綾香先輩も」

 遭遇したのは、川端ゆずなと川端綾香の姉妹。ゆずなは零火の一学年後輩で、綾香は細川と同学年だったはずだ。ゆずなもまた、零火達と同じように浴衣を着ているのだが……。

「綾香先輩は、なんで制服姿なんすか?」

 空色のシャツに、オレンジ色のネクタイ、それに緑色のスカートという、とある商業高校の完璧な制服姿だ。零火の学校でも、比較的人気の高い高校生服で、確かクラスメイトも数人、この学校を志望校にしていたはずだ。

「部活帰りに寄ったんだよ。うちの高校、もうすぐ野球部の関東大会があるからね。バトン部と吹奏楽部は、大会の応援に行く慣習があるから」

 どう見てもバトン部ではないから、吹奏楽部なのだろう。よく見ると、足元に置かれた鞄は楽器ケースのようだ。零火には、いまいちなんの楽器か分からないが。

「それで、ゆずなはそんなところで何してるの? お化け屋敷なんか目の前にして」

 ……少なくとも神社でやる祭りに出るものではないだろう。お化け屋敷というのは学校の文化祭か、遊園地にあるものだと思っていたが、この神社の祭りは毎年、どうも間違った方向に熱が入っている気がしてならない。質問に答えたのはゆずな本人ではなく、姉の綾香だった。

「うん、お化け屋敷に入ろうか悩んでるみたいだから入ればいいじゃんって言ったんだけどね、一人じゃ怖いからって言って──」

 細川なら適任だろうか? 幽霊やら雪女やら、化け物に恐怖心を持つような可愛げのない彼ならば、お化け屋敷くらいなんの問題もなく回って来れそうなものだ。何より、不意打ちに関しては日頃から訓練されているので、今更驚くことはないだろう。零火も何度、暗闇の奇襲で反撃を受けたことか。

「──あたしについてきて欲しいって言うんだけど、あたしが行くとお化け屋敷の内装が気になってそれどころじゃなくなるから、不適任だと思うんだよね」

 こっちの姉さんも大概可愛げがない。ゆずなが可愛い後輩なら、綾香は綺麗で憧れの先輩なのだが、想像の斜め上を行く回答に、零火と千夏は唖然とする。

「だったらお前が行けばいいだろう」

 そこに割り込んできた男声。零火が振り返った視線の先にいたのは、細川裕だ。ようやくお出ましか。

「……幽儺とラザムちゃんはどうしたんすか?」

 そう、単身で。もちろん浴衣姿などではなく、普段通りの……なぜ黒いローブを羽織っているのか。戦争は既に終わったはずだが。というか、暑くないのだろうか?

「急な仕事が入ったからな。二人は先に、その辺を歩いてるんじゃないか?」

「……まあ、その話は今いいです。で、なんで私がお化け屋敷に入るなんて話になるんすか?」

 去年のクリスマス、屋敷での醜態を忘れたのだろうか。

「なんとなくだが?」

 にべもない。追及したところで仕方ないので、零火と千夏がゆずなに付き合ってお化け屋敷に入ることになった。

 ……千夏は、完全に巻き込まれた形である。


「ところで、珍しいんじゃない?」

「何が?」

「あんたがこうやって、実利のない外出をしてることがだよ」

 ゆずなと零火、ついでに巻き込まれた形の千夏達がお化け屋敷から出てくるまで、細川と綾香は出口の横で待つことになった。彼らが待っていなければならない道理はないのだが、

「絶対っすよ!? 絶対そこにいてくださいね!?」

「いなかったら怒るから」

「いつまでそれ言い続けてるの、ほら、行くよ!」

 などと騒がしく念を押して行った少女たちを、裏切るだけの理由がなかったのだ。つい先刻まで他所にいた細川は、それまで飲み食いする権利を奪われただけに等しい。それで結局、暇を持て余して幼なじみの旧友と話すしかなかったのだ。

「そうだな、この外出それ自体には、特に意味はない。俺も来るつもりはなかったさ。来たのはまあ、保護者の役目を果たしてるだけだ」

「その割には、単身別行動をしていたようだけど?」

「……返す言葉もないな」

 保護者の無責任さを追求され、細川は沈黙するしかない。

「あまり重く受け止めないでもらいたいんだが──」

「なに?」

「──俺が来たかったというより、ラザムや幽儺を連れてきてやりたかった。あの子たちが祭りを楽しんでる様子を見たかった。理由は、それだけだよ」

「重く受け止める要素はどこ?」

「俺が短命ってとこだけだな」

「……そう」

 細川裕は短命である──それは、彼が度々口にしていたことだ。以前は誰も本気に捉えてはいなかったが、このとき、綾香はなにかに気づいたらしい。それから死生観についていくらか話し合った後、

「まあ早死する理由だけならいくらでもあるからな。ひとまず天気の神は殴り飛ばしたいし」

 という細川の台詞が飛び出す。

「神社で凄く無礼なこと言ってる自覚はある?」

「なんのことか分からないな。天気の駄女神を祀ってる神社じゃないだろ? ところで、姉様の高校、最初はどことぶつかるんだ?」

 野球部関東大会の話だ。綾香は、ある高校の名前を挙げた。

「……なるほど、うちか。見物だな」

 細川の高校が関東大会出場にこぎつけたのは、ひとえに細川の友人である立花勝哉の働きが大きい。攻守両刀と呼ばれるエースの実力が、実質チームの全力と言って差し支えない。

「野球部の主将にでも言っておくといい。最初の相手は、エースさえ警戒すればあとは雑魚だ」

「そんなこと教えちゃっていいの?」

「うちのエースが自分で言ってんだ。誰も当てにならねえってな。まあ、この程度の裏切り者は珍しくねえだろ」

「どこの世界の基準だよ、それ」

 ──悪いな、スパイの世界の日常だ。

 戦争のとき、『白兎』がそんなことを言っていた気がする。細川は協力者として、既にスパイの世界に染まっていた。脱色は無理だろう。

「それに、俺が言わなくても野球部なら分かるんじゃねえかな。うちの高校は、エースがたまたま関東大会に連れ出してきただけだと。早いか遅いかの違いでしかない」

「あんた、自分の高校が勝つことに希望とかはないわけ?」

「微塵もないな」

「この会話にこそ実利がないことがやっと分かった」

 全くその通りなので、細川は会話を切り上げることにした。

 それからさらに言葉を交わし、暫く時間が経ち、彼が何度目かの欠伸をしたときだ。騒がしい悲鳴とともに、ようやくお化け屋敷に入っていた少女たちが飛び出してきた。余程怖かったらしい。零火とゆずなは争うように駆け、千夏は後から脚をもつれさせながら追って出てくる。

年長者たちの前まで辿り着くと、三人は肩で息をしながら立ち止まった。

「ええと、一体何があったの?」

 綾香が問うと、ゆずなと零火は口々に中で見た光景について喋り始めた。二人の声が重なって、何を言っているか分からない。綾香が彼女たちをなだめつつ困惑する様を横目に見て、細川は残るもう一人の当事者に歩み寄った。

「で、これは一体何があったんだ?」

「何から話したらいいか……お化け屋敷の中は薄暗くてひんやりしてて、あとはおどろおどろしい音楽が流れてました」

「ああ、そうだろうな」

「零火とゆずなちゃんは、多分それで過剰に反応しちゃったんだと思います。神社の地形を利用したトラップとかお化け役のスタッフさんが出る度に耳が痛くなるような悲鳴を上げてて……」

 千夏は、苦笑しつつ細川を見上げた。

「最後に出てきた仕掛けで、あれです」

 なるほど。何があったかは分からないが、本気で怖がる何かがあったらしい。

「きっと見れば分かりますよ。あたしはあの二人を追いかけてばかりだったので、怖がる暇もなかったけど」

「そうか、それはご苦労さま」

 細川はその場を離れ、出店の群れに潜り込んで行った。

 ──ようやく、食事にありつくことができる。


 ラザムや幽儺と合流し、軽食をとった彼女たちを連れて、細川は再度、お化け屋敷に向かった。零火をそこに置き去りにしていたことを思い出したためだ。

 戻ってみると、零火とゆずなは、まだ綾香を解放してはいなかった。既に十分は経過しているはずなのだが。

 綾香が細川を見つけると彼女は細川に助けを求めた。同じ話を延々聞かされ、綾香の体力が尽きかけているらしい。

「……そんなに怖かったのか?」

「「怖かった!」」

「…………」

「ね? さっきからずっとこの調子なんだよ。どうにかならない?」

「ホラー映画の下位互換程度だと思うが」

「にしたって怖すぎたんすよ! あれ絶対、神社にあっていいものじゃなかったっすから!」

「お姉ちゃんも裕兄いも、一回行って見ればわかるから!」

 常にない剣幕で主張する。それが気にならないと言えば嘘になるが……、

「幽儺、君はお化──」

「絶対やだ」

 即答。

「ラザムは……」

「ええっと、今回は保留で」

 流石にこれ以上、保護者の責任を投げるわけにはいかないだろう。

 証人が得られない以上、細川はお化け屋敷に入るのを断念しようとしたが、恐怖を植え付けられた少女たちが、それを認めない。

「とにかく行ってきて! 行けば全部分かるっす!」

「絶対、見ればわかるから!」

 千夏の姿は見当たらない。ということは、様子の変わらない零火とゆずなを見放して屋台の群れに向かっていったのだろう。つまり──静止役が居ない。

「俺が一人で行ったところで、怖がったか否か、図る術はないぞ? 虚勢を張るのには慣れている」

「嫌な慣れすぎる……」

「じゃあお姉ちゃんを連れていけばいいじゃん」

「えっ?」

「あ、確かに。綾香先輩と一緒に行けば、証人になるっすよね」

「ええっ!?」

「……ということらしい。姉様、どうする?」

「この子たちはどうするんだよ……」

 ラザムと幽儺に加え、現状零火とゆずなも目が離せない。誰かが傍にいなければ不安になる状況だ。保護者必須、その役を誰にやらせるのか。

「じゃあボクがここにいるよ」

 細川のペンダント──精霊術師の契約を証明するもので、第二世界空間精霊自由都市共和国群メルトナ州アルレーヌ大森林ホルーン水源湖に直通しているマナ・クリスタル製のものだ──から淡い光を纏って現れたのは、狸の大精霊、ライ。細川の契約精霊の中で、最も強い力を持っている。得意分野は風と氷。ちなみに、性別は不明。

「お前にこそ目付け役が必要だと思うんだが……まあいいか」

 そういうことになった。


 細川と綾香は、お化け屋敷の中に入った。

 サーカステントのようなものが中でいくつかの部屋に仕切られ、肌寒いひんやりとした冷気に乗っておどろおどろしいBGMが流れている。いかにも何か出ますよという空気感だ。時折冷気に混じって、鮮血のように生暖かい風が吹くあたり、妙に芸が細かい。零火たちが入る前には綾香自身、自分は不向きだと言ってお化け屋敷に入るのを断ているのだが、彼女たちは既に、そんなことは忘れているのである。

 ──最初の仕掛けは、入ってすぐ、十秒程度歩いたところで作動した。ぶにっとした何かを踏んだと細川が知覚した次の瞬間、悲鳴のような声が響いたのだ。

 ……人間の腕を模したのであろうシリコン製の棒が、足元に置かれていた。踏んだのはどうやらこれらしい。中にセンサーでも仕込まれていて、スピーカーが音声を流したか。

「なるほどね、確かにこれなら、あの子たちはびっくりするでしょ」

「よくできてるが、細長すぎるな。人間の腕はもう少し短いんじゃないか?」

 次に現れたのは、髪の長い、経帷子を着た幽霊だ。

 綾香が井戸を覗き込んだところ、その背後にゆらりと現れた。

もっとも、つい先刻本物の幽霊と合流したところなので、細川も綾香も驚くことはない。細川など、闇に紛れるローブを着ていたこともあって、むしろこちらが幽霊を驚かせたようですらある。腰を抜かした幽霊を一瞥し、綾香が言った。

「……その服装で掌に火の玉出すのやめない?」

「暗くてよく見えないじゃないか」

「暗くなきゃ意味ないじゃんか」

 マナを使った灯は、予め手に付いていた金属の粉によって炎色反応を起こし、青く揺らめいていた。

 そうして欠片も冷静さを失うことなく時にスタッフを驚かせ、進んでいくこと約五分。

 零火とゆずなを最も震え上がらせた、最後の仕掛けが現れる。

「なんだ。結局、こんなものか」

「だね、思ったほどでもなかったかも」

 軽口や強がりの類ではない。お化け屋敷にとってこれほどやりづらい相手もないだろうほど、彼らは微塵も恐怖心を持たなかった。軽く驚きすらしない。

 ──最後の仕掛けが最大の効果を発揮するのは、そうやって油断して見せたときだ。

 通路脇に置かれたススキが騒ぎ出し、生ぬるい風が頬を撫でる。大量のお札が撒き散らされ、視界をふさぐ。そうやって御膳立てされた状況下、風の吹く方向から現れるのは──。

「どうして……」

 水の滴る髪をたらし、ひたひたと歩み寄る、経帷子の女性。水に溺れでもしたかのような震える声で囁くように呼び掛け、細川たちとの距離を詰める。

「どうして……あなたはわたしを……」

 それは全身を硬化させ、身動きをとれないまま死に至るとすら──。

「アル・ミーナ」

「「えっ……」」

 思わなかった男が、幽霊の足元を衝撃波で抉った。素に戻った幽霊と、綾香の声が重なる。底冷えのする細川の詠唱が、彼女たちを氷漬けにしたらしい。

「期待してきてみれば、なんだ、これは。堕天使と相対したときの方がよっぽど恐怖した。興醒めだな」

「「…………」」

 それだけ言うと、細川はさっさと出口に向かって歩いて行った。


 改めて話を聞いてみると、零火たちは幽霊が出てくる前に、風とお札に恐怖して逃げ出してきたらしい。女の幽霊は見ていないのだという。冷めた表情で出てきた細川と零火との間にひと悶着あったが、結局は細川が規格外な存在ということで結論した。

「思い出してみれば、先輩、私と最初に会ったときですら『寒い』としか言わなかったっすからね。偽物のお化けなんかより、先輩の方がよっぽど化け物じみてると思うっすよ」

「そう怒るな。今回が期待外れだっただけだ」

「あれで期待外れって、先輩絶対おかしいっすよ!」

 零火の隣では、ゆずなもまたしきりに頷いている。流石に最後の件もあって、綾香は止めに入ってくれないらしい。

自分で大人しくさせるしかなさそうだ。

「そもそも先輩は……」

「いい加減にしてくれ、お前たち。最後のイベントを見逃すことになる」

「「最後のイベント?」」

「いい時間だな。そろそろ始まるぞ。そら」

 細川が指さす方向──すなわち夜空──に視線を向けた零火とゆずなは、続いて瞳に映った現象に、思わず吐息を漏らした。

「今夜が快晴でよかった。さぞ夜空に映えるだろうよ」

 豪華絢爛と称するに相応しい、大輪の花々。

 笛の音が空に吸い込まれ、消えた瞬間炎色反応を起こした火薬が爆発する。一拍遅れて低く体の底に沈みこむような音が響き、余韻に重ねるようにまた新たな笛の音が響き始める。

 暗い夜空を色とりどりに染め上げ咲き乱れ、祭りの最後に相応しい数千発の花火が、夜空で彼らの視界を染め上げていった。


 祭りの夜は、花火とともに終わりを迎える。

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