第七話 標的名は『ろくろ首』
少年は、薄暗い路地を走っていた。まだ十歳前後、下手をすると、それよりも幼い。彼は、怪物のような何から、必死で逃げているところだった。
人間としてはありえないほど長く伸びる手が、後ろから追ってくる。
足元が爆ぜた。怪物が、地面を殴ったのだ。衝撃に跳ね飛ばされ、転がった先を見る。そして、絶望する。
行き止まり。怪物はすぐ後ろだ。追い込まれた。逃げ道を塞がれた。退路があるとすれば、上空のみ。無論少年は、空を飛べる魔法使いではない。
「助けて……」
という声が、微かにこぼれた。涙もこぼれた。もう終わりだ、と思った。しかしその諦観は、意外にも裏切られることとなる。
怪物の女が腕を振り上げた瞬間──、
「助けるよ」
持ち上げた腕が根元から跳ね飛ばされ、怪物は背後を振り返った。その表情が凍りつく。そこにいたのは、全身に黒服を着込んだ、若い長髪の男だった。
「悪いね、雑魚どもの処理に手間取って、遅くなってしまった」
彼は、透明な剣を乱雑に地面に叩きつけて砕いてから、少年に向かって謝罪した。その隣には、少年よりさらに幼く見える少女がいる。
#1 再来
ラザムと細川が買い物に行った帰り道。買い物自体は細川ひとりで事足りるのだが、二人揃ってお気に入りのライトノベル『不運の騎士』最新刊が発売されたので、何箇所かのスーパーを回った後、書店にも立ち寄った形だ。両名それなりに上機嫌だったが、不機嫌に一転するまで、たかだか半瞬の間しか必要とされなかったものである。
平和な、平和なはずの住宅街に、悲鳴が響いた。細川は疑問に思うのだが、どうしてこういうとき、第一発見者は若い女性に限定されるのだろうか。声はどこかの住宅の庭から聞こえるらしい。細川とラザムは互いに目を合わせ、すぐ声のする方に駆け出した。敷地の余った部分を庭にした、というような簡素な芝生に、女性は立っていた。視線の先にあるものは、下品な顔の下級悪魔。なぜここに、とは考える暇もない。以前全て殺したはずだが、感想は後回しだ。
「【γ】!」
最小限の呼びかけでマナ・リボルバーを手に収め、超音速の氷塊が射出される。氷は正確な軌道で下級悪魔を貫き、命を奪う。
忙しいことに、次の瞬間には細川のスマートフォンが鳴動した。発信源は、成瀬七実。
「なんだ、この忙しいときに。五分後じゃだめのか?」
開口一番、これはなかなかに無礼な言い草だっただろうが、細川は珍しく、些か精神上の余裕を欠いていた。
「今じゃなきゃだめ!」
先方も、随分焦っているらしい。『影兎』であるときは心がけているらしい敬語が、どこかへ消え去っている。
「よく聞いて。あなたが以前殺したはずの下級悪魔が、再び現れている。『白兎』さんにとっても予想外だって」
「下種の悪魔なら、たった今一人射殺したところだ。だが、まだ他にもいるというのか?」
「ケーキみたいに甘い考えだね」
初めて会ったとき、「蝋燭の火でケーキは焼けない」と言ったことの意趣返しだろうか。成瀬はむしろ、細川にこそ相応しいような言い回しで否定した。
「それで、ボクにはどうしろと? 見つけ次第、悪魔は殺すが」
細川も、頭を一人の魔力使用者からスパイの協力者に切り替える。殺意を滲ませる彼だが、しかし成瀬が伝達しようとしていたのは別の指示らしかった。
「下級悪魔の方は、『白兎』さんがどうにでもするって。『魔眼』に頼みたいのは、『ろくろ首』の抹殺」
『ろくろ首』とは、日本妖怪のろくろ首ではないらしい。いわゆる標的名というやつで、対象は中級悪魔だという。体のあちこちを自由に伸縮させられる女形の悪魔で、以前公安警察に摘発された失業者グループを指導・煽動していた悪魔でもある。あいつのせいで俺たちは公安警察と闘わなければならなかったんだ、と細川はぼやいた。今回も『ろくろ首』が似たようなことを目論んでいるので、ルシャルカによって目くらましが行われているらしい。
「聞いたか、ラザム」
細川は、買い物袋を仮想空間経由で自宅に置いてきたラザムを呼んだ。
「つまり、あいつらはおまけらしいぜ」
細川が指す方、上空を見上げて、ラザムもため息しかない。空を埋め尽くす、カラスのような数の下級悪魔たち。いくら目くらましと言っても、これはやりすぎではないだろうか。
半分投げやり、半分引き気味な細川の声に、ラザムは心底同意した。
#2 ある男女たちの闘い
『白兎』からの連絡を細川に伝えた後、成瀬は情報交換に使ういつもの料理屋を出た。しばらく何が起こるかわからないので、安全な場所にいるよう言われたのだ。『白兎』や細川と違い──実際には零火や『冷鳴』も参戦しているわけだが──、成瀬は悪魔との戦闘ができない。見つかったら終わりだよね、と思いつつ、彼女は自宅に向かった。
しかし不吉な予感ほどよく当たるもので、しばらく歩いたところで「黒い小人」に出くわしたのである。流石に、己の不運を呪わずにはいられなかった。自分が一体何をした、とも考えたが、むしろ何もしなかったからこそ、悪魔が現れたのだろうと思い直す。悪事を働いたなら、神が罰を下すだろう。つまり、本当に不運以外の何物でもない。
悪魔が飛びかかってくる。さて、どうしたものだろうか。さっきから考えてはいるのだが……。
「俺の女に手を出すな!」
声がすると同時、成瀬の横を、とんでもない速度で石が飛び抜けて行った。時速百キロメートルはあったかもしれない。石をぶつけられた方は後方に吹っ飛ばされ、地面との抱擁を強いられた。流石野球部エースと言ったところだが、それにしても、「俺の女に手を出すな!」とは、なんと使い古された言い回しだろう。
「もう少しましな登場の仕方はなかったの、勝哉?」
つい苦笑が漏れた。奇遇と言うべきか、斜め後ろにいつの間にか出現した彼も、苦笑しながら誤魔化すように頭をかいている。
「いや、一度言ってみたかったんだ。一生使いたくはなかったけどな」
一見矛盾したような台詞だが、彼の複雑な心理が端的に表現されているのだろう。それにしても、よくこの場所が分かったものだ。
「あー、それなんだけどな……」
成瀬が疑問を呈すると、立花は若干気まずそうに答えた。
「さっき、細川から電話が来てな。お前がこっちの方にいるから、金属バットと投げやすそうな石を掴んで行った方がいい、って……。とても冗談には聞こえなかったから、一応来てみたんだが、なんであいつは知ってたんだ?」
間違っても答える訳にはいかない。
「じゃあ、あれの正体については何か聞いてる?」
「去年の夏、大磯で会った悪魔の下位互換とだけ聞いた。攻撃がどこまで効くかは分からねえってさ」
細川は、立花を非戦闘員として勘定したらしい。目の前の悪魔が再度動き出したことを見ても、それは明らかなようだった。立花は心底嫌そうな顔をする。成瀬は、苦笑したくなるのを必死で堪えた。
「あー、この数は……」
「……ちょっと、やばいよね?」
悪魔の足元に浮かび上がった魔法陣が光り、そこから無数の下級悪魔が湧き出してくる。
「えっとな、こういうときの対処法は昔から決まっててだな……」
「というと?」
「全速力で逃げる」
それしかないようだ。
逃げると言っても、無論そんなに簡単な話ではない。下級悪魔は数が多く、飛ぶのですぐに追いついてくる。石を投げつけ金属バットで牽制し、辛うじて振り払う。十分ほど走ってようやく成瀬の家に逃げ込み、急いでドアに鍵をかけた。誰もいなかったので一度鍵を開ける必要があったが、その間よく追いつかれなかったものだ。
立花は細川に連絡を試みるが、応答はない。成瀬はその理由を何となく知っているが、関係の説明が面倒なので、黙っていることにした。細川や『白兎』なら、そうするだろうと考えたからである。もっとも、この二人ならば逃げるより先に、下級悪魔を根こそぎ吹き飛ばしていただろうが……。
いずれにせよ、現在の立花と成瀬の状況は、『詰み』と言うべきものだった。
「これからどうする?」
立花と成瀬は、同時にため息をついた。相談の無意味さを、二人とも理解していたからである。
成瀬には、一応救助を求める手段がある。しかしそれには、立花のもとを離れなければならない。今一人になりたくはなかった。家の中に、下級悪魔たちが入り込んでこないとしても。
「しかし、俺たちはなんとか生き残ったわけだが……」
立花は、窓の外を見て呟いた。
「外には、他にも人がいるわけだろ? 捕まったら、どうなるんだ」
「考えたくもないよ」
成瀬は絨毯の上で、腕と膝を抱えて蹲った。
「あたしは、あの下級悪魔が出たことは知ってる。でも、増えるなんて聞いてない」
実は、遠距離攻撃をしてこないだけ下級悪魔は弱戦力化しているのである。その分防御は強くなっているが、極論ただの陽動なので、人を捕まえたところで、殺すこともいたぶることもない。ただ混乱をうめば、下級悪魔の役割は、それで終了なのである。
「さっさと助けに来い、魔法使い」
憎まれ口に信頼を隠して、立花は呟いた。
「お前が来ないと、俺たちは動きようもない」
とはいえ、細川も激戦のただ中にある。大量の下級悪魔を殺し尽くさんと、ラザムと互いの背中を預け、空中で魔法を放ち続けていた。精霊たちにも助力を求め、戦力になってくれてはいるのだが、それでもとんでもない量の悪魔が押し寄せてくる。細川とラザムでこれなのだから、『白兎』の方は一体どうなっているのか。
「デル・シューマ!」
氷塊射出の精霊術魔法。これまでほとんど使ったことのない、第三段階の詠唱だ。まともに狙いを定めずに撃ったので、百以上の氷塊は滅茶苦茶な方向に拡散していくが、何しろ的の数が多いのだ、どれひとつとして、外れるものがない。
ラザムは両手で魔法陣を操り、極太の光線を大量に撃ち放っている。光線に触れた悪魔たちはそのまま蒸発していくのだが、悪魔の供給は留まるところを知らない。ラザム曰く、この光線は対悪魔専用のものらしいのだが、攻撃効率が悪いというより、敵の回復が常軌を逸しているというべきであろう。相応の仕掛けがあると見るべきだった。
「あるいは、核となる悪魔がいるのかもしれない。いずれにせよ、下級悪魔を量産するものを消せば、増殖は止まる」
細川は結論付け、絶対零度の氷剣を精霊に操作させて時間を作ると、ラザムに呼びかけた。
「君の使っている魔法陣を、こいつに刻んでくれないか」
細川は、ポケットからマナ水晶の塊を取り出した。魔法力の一つであるマナを通し、あるいは吸収して溜め込む性質のある、やや特殊な水晶だ。魔石を利用した魔道具をよく作る細川は、魔石加工の必需品であるマナ水晶を、常に持ち歩いているのである。普段なら手持ち無沙汰にいじるだけだが、このようなときには役に立つものだ。
ラザムは、水晶を手に取ると答えた。
「三十秒程度かかりますよ。その間、私は攻撃をできなくなりますけど……」
「構わない。俺だって丸腰じゃないんだ。圧倒はできなくとも、その程度の時間なら捻り出せる。やってくれ」
細川は、精霊に渡さずポケットにしまい込んでいたマナ・リボルバーを取り出すと、出鱈目に悪魔を狙って発砲した。爆炎がいくつも吐き出され、悪魔たちを蒸発させる。間に合わなければ、
「ルグ・シューマ!」
氷塊射出の精霊術魔法、第四段階。二百以上の氷塊が、悪魔の身体を突き刺し、抉り、貫通して次の獲物を求める。
細川の顔に、苦悶の表情が浮かんだ。第四段階ともなると、消費する体力量も膨れ上がる。細川は魔法力の供給を、ラザムに依存しているのだ。恒常的ではありえない。直線的な軌道で氷を飛ばすのはあまり効率的ではない。そのため細川は、マナ・リボルバーを使っているのだ。相手をするのが数の多い敵でなければ、氷を使うところなのだが……。
背中を向けたラザムの方に、悪魔が集中する。細川は視覚によってそれを確認すると、絶対零度の氷剣を引き抜き、大きく振るって消滅させる。
「細川さん」
ラザムが、水晶を渡し、大量の魔力を細川に流し込んだ。
「できましたよ。これで、私と同じ魔法陣が使えるはずです」
細川は、ひとつ頷くと、魔力の全てをマナに変換した。マナ水晶は、魔力の供給を受け付けないのだ。正確には不可能ではないが、吸収速度が遅く、すぐに必要な場合は用いない。大量のマナは、ラザムがいた方向に、五つの魔法陣を同時に展開した。
「これだけの魔法陣を、たった一人で?」
ラザムは驚いたが、細川にしてみれば、複数の異なる魔法陣を同時使用するラザムの方が、桁違いに魔法陣の扱いが上手い。
しかし、真に驚くべきは、魔法陣をマナで完全に制御していることだろう。これは、細川が戦争の前から試していたことでもあった。
「ラザム、俺がこいつを撃ったら、悪魔どもの湧く場所を探してくれ。さすがに奴らの密度も薄くなるだろう。いい加減、こいつらの下品な顔も見飽きたのでな」
それがどれほど高度な才能によって裏打ちされた発言なのか、言った当人は気付いてもいないだろう。ラザムにとって、それは眩しくもあり、可笑しくもあるのだった。
「見つけたら、可能な限りの火力でぶっ壊してやれ。魔道具なのか魔法陣なのかは知らないが、君ならできるだろう。たった十三人しかいない大天使の一人に数えられる、君ならば」
彼の声には、強い信頼の念と、揺るぎない勝利の確信がある。それでは、ラザムはその信頼に応えなければならない。義務であれば彼女はそうするし、権利すらなくても彼女はそうすることを躊躇わなかっただろう。細川の横顔に、電話を受けたときの焦りは少しも残っていない。
不敵な人物なのだ。誰にも真似できない方法で他者を圧倒するくせに、本人はその才能に気付いていない。それでは、自分が気付かせなくてどうするのか。
ラザムは、天使の姿に戻ると、その場でくるりと一回転した。「いつでも行動可能」の合図だ。それを見ると、細川はさらに五つの魔法陣を自分の前に展開し、全方位を魔法陣の射程に捉える。目の前から殺到してくる下級悪魔たちに、細川の勝利宣言が浴びせられた。
「チェックメイトだ。工夫と戦力が足りなかったな」
視界を漂白する光線が放たれる。光線に呑み込まれた悪魔たちはひとたまりもない。光が消えると、ラザムは細川のもとを離れて飛び出した。そして、空中に浮かぶ複合型の魔法陣を発見したのである。
#3 『ろくろ首』、改め『オリヴィア』
戦闘中に複数回届いていたらしいメールをようやく確認し、成瀬と立花を救出した細川は、他の下級悪魔をひとまずは『白兎』に任せ、変わって『ろくろ首』の居場所を聞き出した。
「標的名『ろくろ首』は、長い金髪の女みたいな外見の悪魔だよ。身体を自在に伸縮させられて、ルシャルカの能力を一部引き継いでいる。もっとも、これはパトリックにも言えたことだけど」
細川とラザムは、仮想空間の中を飛び、『ろくろ首』出現地点に向かった。大精霊のライには下級悪魔掃討の手伝いを頼み、『白兎』と同時行動をさせる。
指示された地点に到達し、通常世界に戻ると、そこにはまた別の下級悪魔たちがいた。どうやら、『ろくろ首』がいるのは確かにこの辺りらしい。数はさほど多くないので魔法陣で一斉に蒸発させ、細川たちは上空から金髪を探した。
薄暗い路地が複雑に入り組んでいる。注意深く観察していると、やがて腕の長い金髪の女を発見した。
細川はそれに、ビームを放とうとしたのだが、ラザムは制止する。一人の少年が、『ろくろ首』に追われていたのだ。すぐにでも助け出してやるべきなのだが、なにしろ路地は色々なものが飛び出しているので、すんなりと着地するのは難しい。細川は飛行魔術を改良して障害物を全て回避できる魔術に変えている訳ではないので、ようやく着地に成功したときには、少年はすっかり、『ろくろ首』に追い詰められていた。
音を立てず、細川は背後から氷剣を構える。『ろくろ首』が腕を振り上げる。少年が涙をこぼし、「助けて」と呟いた瞬間、細川は氷剣を振り下ろし、『ろくろ首』の腕を根元から切断した。
「やれやれ、目くらましにしてもやりすぎじゃないか? 今日一日だけで何匹の悪魔を殺したか、分かりやしないぜ。貴様はさぞ動きやすかっただろうな、『ろくろ首』」
「『ろくろ首』?」
斬り落とされた腕を再生しつつ、悪魔は首を傾げた。
「『ろくろ首』とは何の話だ?」
「貴様に付けられた標的名さ。身体が伸縮するから『ろくろ首』だと。まあ、その様子を見るに、どちらかと言えば『しっぽ切り』の方が良かったかもしれないが」
生命創造を行える《禁忌の魔王》から生まれた堕天使のルシャルカ、さらにその能力を受け継いでいるとすれば、確かにこの悪魔が再生能力を持っていたとしても、不思議はないのかもしれない。どうせならもっと別のことに使えればいいのに、と思っていると、しっぽ切りは不快そうに顔をしかめた。
「ワタシは『ろくろ首』でも『しっぽ切り』でもない」
「ああ、そういえばパトリックってやつもいたなあ。貴様も名前持ちなのか」
わざとらしく細川が言うと、『ろくろ首』はその軽口に乗じて名乗った。
「オリヴィア、だ。次に標的名で呼んだら、殺すぞ」
「一年前なら、その脅しも効いただろうな」
ラザムが展開していた魔法陣から、悪魔殺しの光線が放たれる。視界を焼き尽くす強力な光だ。当たって生き残れるとも思えない。
「現役大天使の一撃だ。さすがにこれは見たくなかったな」
光が収まると、そこにはオリヴィアが、健在な状態で立っていた。ラザムは目を見開き、「嘘……」と呟く。しかし、すぐにその理由に気付いたようだ。
「魔力で簡易的な防壁を作り、攻撃を防いだんですね。正しい対処だと思いますよ。でも、何度もはできない。効率が悪すぎる。魔力の浪費でしかありません」
言いながら、二度、三度と、光線を放ち続けるラザム。どうにか服と金髪を焦がすことには成功したようだが、肝心のオリヴィア本体には、全く影響が出ていなかった。ありえない、とラザムは思う。なにかに気付いたのは、細川だった。
彼はマナ・リボルバーと違うもうひとつの回転拳銃、レーザーリボルバーを二連射し、オリヴィアの肩を撃ち抜く。右肩を撃ち抜いたとき、何かが砕ける音がして、光の破片が舞った。それにより、ラザムも防壁の仕掛けに気付いたようだ。
「なるほど、魔力を生み出す魔法陣ですか」
かつて西洋魔術連合帝国の筆頭宮廷魔術師が開発したというそれは、主に魔道具の超寿命化に利用される。しかし、魔法力制御に長けた者ならば、自分の体に対して使うことで、魔力を無限供給することができるのだ。
「どうしましょう、細川さん。私、こうなることは想定していなくて……」
「敵にこちらの事情を加味する義理はないのでね」
完全に元通りになった腕を、オリヴィアはラザムに向かって打ち出す。細川はそれを氷の壁で防ぎ、
「ラザム、そこで腰を抜かしている少年を、安全な場所に避難させてくれ。その間オリヴィアの相手は俺がやろう。少々本気を出してやる」
「でも、それでは……」
「早く行け! ちび助が二人もいては、安心して敵を殺すことも叶わん」
「分かりました」
壁が破壊される。細川裕は魔術のつるで伸びる腕を横にそらし、「ちび助二人」が脱出する空間を確保する。ラザムは少年を抱えて飛び上がり、ビルの向こう側に消えた。
撃墜を試みるオリヴィアだったが、細川は全く別の角度から氷のナイフを肩に突き立て、彼自身は正面から氷剣を振り下ろす。
「どこを見ているんだ、貴様、その目は所詮飾り物か」
透明人間がいるのではない。繊細に魔力を操作し、離れた位置から魔術魔法を行使する技術である。帝国や共和国などで離魔術行使と呼ばれるこの技術は、実行の困難さにおいては呪術魔法のまたいとこ程度には匹敵する。そのため魔法適性を知るひとつの指標になるのだ、とはラザムが解説するところだが、細川はこれを、マナによって行っていた。制約上、ラザムが離れると細川は魔力を使用することができないのである。
再度、離魔術行使を行う。今度は八方から氷剣がオリヴィアに殺到、しかしそれは陽動だ。七つの魔法陣が、頭上からオリヴィアを狙う。氷剣に囲まれ、上空から魔法陣の光線に撃たれ、今度こそオリヴィアは消滅した。力を使い切り、地面に崩れ落ちた細川の元へ、ラザムが戻ってきた。
#4 ラスボス始動
夕刻、『白兎』は、ある建物の屋上で欠伸をした。夕日が綺麗に見えると評判なのだが、残念ながら、この日は天気が良くない。どうやら機を逸したらしく、厚い雲が西の空を覆い尽くしてしまい、彼女は天を睨みつけた。
「スパイがそんな調子でどうするんです」
どうやら欠伸したことに気付いていたらしい。僅かに風の残滓を放ち、一人分の気配が背後に降り立った。飛んできたらしい。
「眠気管理も職務のうちでしょうに」
「低気圧で眠くなる体質なのよ、天気悪いじゃない。任務完了までは降らないで欲しいけどね」
「あと六時間は降らない予報だけど、どうだろう。ボクは天の神に嫌われてるから」
肩を竦めたらしいことは、気配で何となくわかる。細かい説明を求められれば、彼と同じく、何となくと答えるしかないだろう。
「一体何をしたのさ」
「愚かなる神々が下界の衆愚を選り好みしているだけです。何もしていませんよ」
声は無感情だが、内容は攻撃的だ。よほど神を嫌っていると見える。
「それはそうと、ボクに何か用ですか。ただの伝言なら『影兎』を使うところでしょう。そうしなかったということは、それだけ重要な連絡と見ていいので?」
「そうね、私が今この国にいる理由、そのものに関わることだよ」
ようやく、彼女は振り返った。堕天使討伐の任を受け、彼女を調べていくうち、存在に行き当たった魔力使用者。標的と接触したことがあり、抹殺を望む復讐者。現在も能力が向上している、魔法の使い手。協力者として雇った付き合いも、もうすぐ終わる。
「堕天使のルシャルカ。彼女が配下を全て失い、ここにきて、自ら動き出した」
反応はない。無表情に、静かに聞いている。
「この戦争ももうすぐ終わる。抹殺は、キミに任せよう──コードネーム『魔眼』」
細川裕は、返事の代わりに不謹慎な口笛を吹いてみせた。世界一不敵な笑みとともに。
お付き合いありがとうございます。次回、Ⅱ期最終話です。転載作業もひとまず区切り。




