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【改稿版有】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅱ期 二正面戦争

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第六話 終焉の一

今作で一番死人が出てる回です。苦手な方はご注意を。

#1 工作僧

 仏教から派生し、もはや別の宗教と化した宗派がある。現世に留まる幽霊を見境なく強制的に成仏させる、過激な幽霊嫌い──滅霊僧侶団がそれである。

 ひと月ほど前の雷雨の夜に三ヶ所の寺が一斉に失われ、帰る先のなくなった僧侶たちは、本部の寺に集まり、連日の会議に参加していた。もっとも、内容は似通っていたので、無為なことこの上なかった。

「明らかに人為的な事故でありましょう。焼け跡からは、我らに覚えのない薬品が検出されたとか……」

「我らに敵対する勢力があるというのか?」

「昨年末、数名が記憶喪失になった事件があったではありませんか。よもや同一人物の仕業では」

 僧侶たちは、思い思いに己の考えを述べる。

「いや、同一人物というのは考えにくいだろう。仮に同一人物だったとして、それならば手も同じになるはずだ」

「たしかに……」

 事実としては同一人物なのだが、彼らはそれに気づかない。二度の事例では傍にあった者が違うので、推測できなくとも無理からぬことであっただろう。

 会議が白熱する中、一際声の通りにくい男が、総括するように述べた。

「このようなことがあっては、われわれの目的も達することはできまい。まずは敵対者を排除せねばならぬ。外部の手も借りることを、視野に入れてな」

「しかし、あまり迂闊(うかつ)に手を借りるわけにもいきますまい」

「問題はない」

 男は、鋭く目を光らせた。

「ひとつ、心当たりの(つて)がある。ここは一度、我に任せよ」

 この日の会議は、これによって散開した。

 この場のだれも知らないことだったが、協力は半ば、無理やり取り付けられたようなものであった。


「細川、ちょっといい?」

「なんだ、伝言屋?」

 細川は、白衣のポケットに水晶片を放り込んで振り返った。化学部員としての活動中、そのくせ廊下でマナ水晶をいじっていたところを、後ろから声をかけられた形だ。

 立っていたのは成瀬七実、『白兎』から細川へ、連絡の役を担った協力者である。彼女は周囲に人の気配がないことを視覚と聴覚によって確かめると、次のように言った。

「新しい指示が出ています。滅霊僧侶団の活動が活発化している、屋敷の警戒を強化するように、と」

「奴らがか?」

「詳細は『白兎』さんも掴めていないようです。でも、これまでよりも暗躍が効率化されているから、いつあなたの屋敷を嗅ぎつけるか分からない、とも」

「危険だな。活性化した宗教屋は何をするか分からない」

 細川はもともと、宗教に対してひどい偏見を持っているのである。しかし、ある種それを裏付けるものがあってのことだ。

「その一例が、連日報道されている通りでね」

「ええ。それと、もうひとつ。『白兎』さんが感じたところでは、どうやら動いているのは滅霊僧侶団のメンバーだけではないそうよ。もっと強力な組織が絡んでいる。くれぐれも、気をつけて」

 成瀬が立ち去ると、細川も歩き出した。歩きながら、窓の外に意識を向ける。夕日が赤く染めた空に、彼は鮮血を連想した。ことは少しずつ、物騒な領域に踏み込み始めているらしい。今更と言えば今更で、連想も(こと)(さら)独創的なものではなく、さほど表現力に富まない者でもするような、至って陳腐(ちんぷ)なものだった。


 鉛の銃弾が、破裂音とともに放たれ、袈裟を着た男が一人、血を吹いて倒れた。続けて、一発。第一射に驚き、呆然としていたもうひとりが、その場に血溜まりを作って沈み込む。

『白兎』は、滅霊僧侶団の構成員の動きに、どこか別の組織に属するスパイの気配を感じていた。一介の仏教徒──と言うべきか甚だ疑問だが──にしては、暗躍が静かすぎる。

 中華人民共和国。アメリカ合衆国。ロシア連邦。……どれも違う。パレットに絞り出した単色の絵の具ではなく、それこそ混ぜ込んだ極彩色のような……。

 否、そんなものは聴き出せば良い。

『白兎』は、武器を拳銃からナイフに持ち替えた。まだ意識を保っている片方に歩み寄り、腕に突き刺す。男は肩からの出血を止める手段がなくなり、ただ身体を痙攣(けいれん)させて呻いている。

「質問に答えなさい」

 ナイフを抜かず、冷酷に告げる。

「正直に答えなさい。私には、お前の嘘を見抜く手段がある」

 拷問の開始である。やってきたことがやってきたことだから、自業自得と言えなくもないが、慰めるのであれば、男にとっては不運と嘆く他ない。

「お前たちの動きは一介の宗教屋にできるのもではない。その技術を誰に学んだ?」

「分からない……」

 呻くように、男は答える。『白兎』は精霊に確認を取るが、少なくとも嘘ではないようだ。教師の正体が何者か、知らないのも妙である。彼女は、ある推測をもって、次の質問を発した。

「教師の組織名は?」

IIA(イーア)

 推測は確信に変わった。『白兎』は、僧侶を気絶させ、その場を静かに立ち去った。


 ──IIA。正式名称は、国際諜報協会。

 非公式ながら、国連に属すると噂される諜報機関だ。公安警察の協力者時代、『白兎』も何度か耳にしたことがある。公安警察の手腕をもってしても実態は不明で、世界を正しく回すため、裏側に巨大なスパイ網を持つ多国籍の情報機関だ。公安警察が知らないとすると、日本が参加しているとすれば公安調査庁辺りだろうか。いずれにせよ、地球側と異世界側でスパイ同士の対立が起こる可能性がある訳だが。

「ほお、公安警察の次はIIAって組織ですか。思いのほか、スパイってやつは数が多い」

 細川の反応は、冷静というよりも無感動に近いものだった。『白兎』に告げられた敵の正体に、細川は肩をすくめて瞼をゆっくりと開閉する。

そんな彼と対照的なのが、隣で同じ話を聴いていた平井零火の方だった。彼女は細川の服の袖を引くと、

「いくらなんでも危険すぎませんか? 先輩でも、世界を敵に回して生き残れるとはとても……」

 真っ当で当然の反応なのだが、言われた方は、平気な顔で悪態をつく。

「なんだ、心配しているのか? てっきり、殺す手間が省けて楽だから、より危険な方に押し込もうとするかと思ったが」

「そうっすよ、心配しているんです」

 ともすれば本心は透けて見えそうなものだが、細川の直感は働かない。彼はそれ以上の言い合いを、不毛と判断して放棄した。零火はまだ、何か言いたそうにしていたが。

 細川は、最初の話に立ち返り、『白兎』に向き直る。

「で、こちらはどう動けばいいのですか」

「これまで通り、滅霊僧侶団の寺を破壊していてくれればいい。そうすれば敵は一箇所に集中するようになる。IIAの対処は私がする。こればっかりは、他人に任せるわけにはいかないからね」

 承知、と言い残し、細川は姿を消した。やや遅れて零火もその場を離れ、ひとまずは、守るべき妹のいる屋敷へ向かうことにしたのである。

『白兎』は一人、冷酷な決断を下していた。


 調べていくうちに、IIAの協力者はどうやら四名いるらしいと判明した。敵に諦めをつかせるにはどうしたら良いのか? ──簡単だ、敵わないと理解させてしまえばいい。理解させるにはどうしたら良いのか? 難しいことではなく、それに足るだけの力量差を示せればいいのだ。

 作戦案はこうだ。IIAの協力者を、一人ずつ殺害する。交戦することになるが、その全てに勝てさえすれば問題ない。三名殺せば諦めもつくだろう。そこで生存者を呼び出し、交渉──もとい脅迫する。仮に手を引かなければ、そのまま殺害すればよい。

 かくして、計画は実行に移された。まず一人目の標的は、アメリカ合衆国諜報機関『CIA』の諜報員。金髪の運転屋、ケビン・グリーン。世界中で各種運転免許を取得する運び屋のような立場だが、戦闘においてはナイフ術を使うらしい。だが、その程度なら『白兎』は対処できた。

 彼とは、タワーマンションの屋上で相対した。密談していたらしい僧侶を射殺し、それに気付いたケビンが投擲(とうてき)するナイフを横に飛んで回避。契約の三年後にようやく馴染んだ精霊が、ケビンの次の動きを『白兎』に伝える。屋上にいるとは思えないほど縦横無尽に飛んで襲いかかるケビンだが、『白兎』はそれを、難なく避けきっていた。流石に不審に思ったらしい。

「Who are you?」

 今更と言えば今更で、尋問の初めにするような質問。しかし、つい口から(あふ)れ出るのは無理ないことだろう。

「精霊自由都市共和国群諜報機関内務省特別情報庁、コードネーム『白兎』」

 無論理解できるはずもない。『白兎』の自己紹介は共和国語だ。地球の言語とは、何から何まで違う。会話としては、不親切なことこの上ない。

『白兎』は、銃を持たない左手で魔力を集め、結晶化させる。放たれた結晶魔力はケビンの心臓に飛び込み、胸板を(えぐ)ったところで炸裂。身体が引き裂かれ、鮮血が飛び散った。魔法に縁のない地球人には予測不可能な攻撃。ケビンは誰が作ったのか分からない血溜まりに沈み、動かなくなった。

「まず一人」

 ケビン・グリーン、殺害完了。


 次に『白兎』が目を付けたのは、ケビンとは別の組織から参加するスパイだった。更に滅霊僧侶団の僧侶を拷問して聞き出した情報。それによって判明したのは、少々厄介な特技を持つ人物だということだった。

 イギリス連邦諜報機関『MI6』の諜報員。動物の使役者、ウィリアム・イーデン。

 任務地で鳩や烏を手懐け、視界を塞いで相手の動きを操るスパイだ。戦闘になれば、死角から射撃される可能性がある。危険と言って差し支えない。

『白兎』は、ある人物を味方の戦力として呼び出していた。

 スパイにおいて、二対一はさほど有効な策ではない。しかしそれは、両者が敵に等しく接近している場合のこと。『白兎』が呼び出した助戦力──『冷鳴』は、人気のない商店街に無数の結界を張り巡らせ、動物たちを翻弄(ほんろう)している。結界製の罠にかかった動物たちと、彼らを失ったウィリアムは、更に後方から『冷鳴』の放つ針を背に受け、神経を切断される。狙いどころが良かった。即死だ。

 ウィリアム・イーデン、殺害完了。


 交渉──もとい強迫前最後に狙いをつけたのは、交渉相手と国籍を同じくする人物だった。『白兎』の読みは正しかったらしい。

 日本諜報機関『公安調査庁』の諜報員。長身の狙撃手、飯塚早斗。見たところ、年齢は『冷鳴』と同じくらいだろうか。ライフルバッグを背負い、狙撃銃と拳銃を両方使いこなし、遠距離でも近距離でも精密な射撃をこなす。銃を持たせれば形勢不利は確実。できるだけそれは、回避せねばならない。

 彼とは、空の貸ビルで対峙した。ウィリアムのスマートフォンを使って呼び出し、ワイヤートラップを囮にして射撃。しかし飯塚は、ワイヤー切断の為に取り出したナイフで銃弾を弾く。『白兎』はワイヤーに電流を流したが、金属製のはずのナイフを使う飯塚は、意に介したふうでもない。

 手早く全ての切断を終えると、彼はナイフを収納し、変わって拳銃を取り出した。S&WPC357の、長銃身。銀色に輝くそれは、正確な二連射で、『白兎』の右肩と左脚を撃ち抜く。この場で尋問を始めるつもりか。彼女は血を流して倒れ込み、拳銃を左手に持ち替えた。

「ふん、右利きが左手で銃を扱えるか? 愚にもつかないな。潔く諦めるといいさ」

 なかなかの毒舌家らしい。だが、好都合だ。そのように誤解してくれているのなら。

 共和国製の鉛玉が射出される。銃弾の狙いは飯塚ではなく──ガスバルブ。栓が弾け、瞬く間に可燃性のガスが充満する。相対的に酸素濃度は下がる手だが、ガスが通っていることは、事前に確認していた。今から引き金を引けば、充満したガスに引火し、共倒れになる。聡い人間ならば、そのような手は選ばないだろう。遠距離攻撃を行うには、クロスボウか、非引火性の魔法力が必要。彼がそのどちらかでも持っている可能性は、皆無。つまり、飯塚の特技は失われたのだ。

「なぜ左手で正確な射撃ができる!?」

「当然じゃない? 利き手なんだから」

 細川の直感にもかからなかった、完璧な嘘。彼女は普段から右手を中心に使用することで、周囲に利き手を誤認させていたのだ──普段からあれだけ使っているのだから、利き手は右に違いない、と。無意識のうちに、そう信じ込ませていたのである。

 次に正確な軌道をもって投じられたのは、砂。驚いて目を見開いていた飯塚は、それを直に受け、視界を封じられる。それを一瞬のうちに確認すると、『白兎』は隣室へ退避し、去り際に最後の一手を投じた。

 ペットボトルである。無論、それだけでは殺傷能力を持たない物体だ。しかし、ある物質を中に入れて密閉することで、安価で非引火性の爆薬となる。

 水とドライアイス。ペットボトルにも強さはあるが、中にドライアイスと水を入れた場合、ドライアイスは急速に昇華する。当然、体積は膨れ上がり、内圧が上がる。容器はそれに耐えきれない。やがて限界を迎えると、内側から引き裂かれ、鋭い破片を作って高速で飛散するのだ。死亡事故も起きている。間近で爆破されれば、助からない。無論、違法である。

 飯塚は、破片を首や腕に受け、動脈から血を吹き出して倒れた。『白兎』はそれを飯塚のスマートフォンに写真として納め、満足気にしまった。

飯塚早斗、殺害完了。彼女は共和国スパイとして持ち合わせる冷酷さを、これでもかと発揮していた。


#2 始末報告

「妙なことになったな」

 細川は、屋敷の広間に広げた資料を見て呟いた。とある私立探偵によって調べられた、滅霊僧侶団の動向だ。前年末、猫探しを手伝った探偵に、そのときの依頼料代わりに頼んでいたことだ。そのときはスパイと手を組むことになるとは思わなかったので、度々仕事を手伝うので半年間月末に滅霊僧侶団の動向を調べてくれ、と交渉していたのである。幽儺やラザムは知らないことだが、本当の取引はこのようなものだった。

 最後の報告となる五月分は、滅霊僧侶団が少しずつ壊滅に向かっているという情報が含まれていた。零火と共に寺をいくつか破壊しているので、細川も決して無縁ではないのだが……。

「こいつは怪しいな。指名手配された殺人鬼、岡本浩一郎、トラックで自爆テロ? 何か裏はあるだろうが、教えてはくれないだろうな」

 事実として、自爆テロは『白兎』の策謀だった。指名手配犯の岡本浩一郎を『白兎』が偶然発見し、結界を利用して『冷鳴』が誘拐。別所から奪取したトラックに爆発性魔鉱石を詰め込み、岡本を運転席に乗せて突撃させる。これにより、大規模に爆発炎上した滅霊僧侶団の寺で、在籍する十二人全ての僧侶の死体が、三日後までに見つかったという。

 滅霊僧侶団はこの一ヶ月で、人数を半分に減らしていた。減った人員は死亡した者より傷害を受けた者が多く、その大半が、(こぞ)って記憶をなくしていた。他にも、何かしらの犯罪により逮捕された者(半数近くは偽装されたものだったが)、自発的に脱退した者、相互不信が強まったことで追放された者などが相次いだ。

 寺の数も大きく減っている。主としては細川や零火が破壊しているためで、その数は二十を超える。特にこれに関しては、血縁者である零火が度々本気を出して地域一帯寒波が流れ、季節外れも甚だしい天気予報が流れることもあった。ある日の細川は、自身の気まぐれな日記に記している。

「滅霊僧侶団の寺は俺と零火が主力となって破壊しているが、今日は少しやりすぎたようだ。零火が本気を出しすぎたらしく、市内を強力な寒波が包み込んでしまった。周辺にいた人間にしてみれば、たまったものではないだろう。こいつは普段、氷の剣で俺に殴りかかってくるから忘れがちだが、本来は雪女だ。夕方の天気予報では、この辺りだけ『冬の再来』と言われていた。明日は『三月上旬並みの気温』だそうだ」

 零火は零火で、雪女の本領をこれでもかと発揮していたのである。実際細川の見るところ、彼女の能力は、細川を超える可能性が十分あるのだ。ただ、本人がそれに気付いていないだけなのである。

 ともかく、滅霊僧侶団は順調に壊滅へ向かっていた。IIAの協力者も、一人を残して殺害済み。──その残りの一人は、現在とある神社の境内で、『白兎』の招待に預かっている身だった。

飯塚と同じく、公安調査庁の諜報員。冷徹な遊び人──北山優。彼が、滅霊僧侶団に残された最後のスパイだった。童顔でやや長めの髪、物憂げな目の男だ。彼は両手をポケットに突っ込んで、『白兎』の話を聞いていた。たった今、「滅霊僧侶団から手を引きなさい」と告げられたところである。

「お前たちが滅霊僧侶団に与した理由は知らないが、私たちはその連携を容認できない。IIAの工作員も既に三名殺害済み。合理的な判断をしなさい。手を引くか、こちらに寝返るか」

「───」

 北山は、しばらく考え込んでいる様子だった。『白兎』は、彼と一メートルほど距離をとって相対していたが、無論警戒は怠っていない。それでも、次の動きを読むことはできなかった。

 北山が、腕時計に触れた。次の瞬間、『白兎』を襲ったのは──小石。高速で飛来するそれは正確に彼女の背中を打ち、大きく姿勢を崩させる。北山は『白兎』の鳩尾(みぞおち)を殴り、彼女は彼を逃がす結果に繋がった。北山はそれ以上のことはせず、駐車場に向かって走り出す。

 帰結は明らかだ──ここに、交渉は決裂した。


 北山は己の敗北を悟りはしたが、かといって、そのまま退くのは彼の矜持(きょうじ)が許さなかった。一度は撤退するにしても、また対策をして任務を攻略せねばならない。一度失敗した任務は難易度が跳ね上がるが、それでもだ。そのためには、まずこの場を離れなければならない。

 北山は、近くに停めていたマツダ・RX-7に飛び乗った。元々は彼の車ではない。火薬も使わず爆殺されたという、飯塚の車両だった。これが北山の車であれば、車体の配色には、黒ではなく青を選んだだろう。

 エンジンをかけ、シートベルトを締めると、北山は勢いよくペダルを踏み込んだ。タイヤが焦げ、鋭い音を立てて抗議するが、耳を傾けている場合ではない。ハンドルを切って進路を変え、駐車場からの脱出を試みるが……。

「そう簡単には、逃がさねえってかよ」

 黒いホンダ・S2000が目の前に飛び出す。再度大きくハンドルを切り、後輪付近の車体を相手にぶつけることでようやく退路を確保。こじ開けた道から逃走する。S2000も三十メートルほど離れて追ってきた。

 なるほど、適うはずもない。敵は飯塚を殺した女なのだから──。北山は、駄目元の逃走を図りながら、自らを冷笑した。


 鳩尾を殴られた『白兎』は、しかし辛うじて意識を保ち、北山が向かう先を観察していた。どうやら駐車場を目指しているようだ。

 それが分かれば、『白兎』がすることもただ一つ。ワイヤーで空中に近道を作り、裏に停めていたS2000に乗り込む。駐車場に向かうと、逃走しようとしている車を発見した。進路を妨害するが、彼の車はこちらに車体をぶつけ、無理やり通路を確保する。

「そう上手くはいかないか」

 恐らく一度は敗北を悟ったのだろう。逃走し復讐でもするつもりなのだろうが、それは生きていればこそ叶う話。『白兎』は既に、北山を逃すつもりはなかった。こちらの存在を知られた以上、逃がさず捕え、殺し、消す。

 逃走した北山のRX-7は、街道に出ると、何台もの車を追い越し、『白兎』から距離を取ろうと試みる。『白兎』も同じように車を追い越し、相対距離は二十メートル前後を維持していた。

 そのうち信号や曲線路で速度を落とした北山に『白兎』は追いつき、今度はこちらから車体をぶつけて弾き飛ばす。しかし、北山も非凡な運転手である。一瞬のみ速度を落として『白兎』の後ろに回り込み、さらに反対側に移って接近、反応した『白兎』も車体を寄せ、再度二台の車がぶつかり合う。大量の火花と、幾ばくかの金属片を散らしながら、数秒間の睨み合いが続いた。

やがて戦場は高速道路上に移り、そこでも車同士の体当たりが続く。その応酬(おうしゅう)は永遠に続くとさえ思われたが、三十分ほど経過した頃、これでは(らち)が明かないと『白兎』は判断した。

 彼女は、運転席にしまい込んでいた拳銃を取り出して左手に持つと、助手席の窓を開け、車が北山と並んだ瞬間、発砲した。北山の側頭部に一発の鉛玉とわずかなガラス片が命中する。とくに鉛玉の進行が早かった。脳に達し、血を吹き出させておいて、ようやくその場に止まる。摘出不可能な深さ。疑うまでもない、即死である。

 RX-7は最後の抵抗とばかりに車体を『白兎』のS2000に寄せた。彼女はアクセルを踏み込み、これを回避。RX-7は切られたハンドルを戻すことなく壁に激突し、停車した。

『白兎』は車を止めることなく走り去る。主をなくした哀れなRX-7に警察や消防の車が駆けつけたのは、それから十分も経ってからだった。


#3 終焉その一

「IIAの協力が、全滅した」

 滅霊僧侶団の本拠地、その一室に集められた僧侶たちに報告があると、ざわめきは瞬く間に部屋に溢れかえった。

「一体どうなっているのだ! 敵は何を考えている?」

「何者が我らの正当たる信念に反抗する? 我らの善行に、誰が、なんのために!」

 仮に細川がそれを聞けば、そらそれこそが、敗北の原因だ、と言って冷笑しただろう。自らを絶対の正義と妄信(もうしん)し、他者を悪と(おとしい)れ、その過ちに気付きもせず、狭い視野をこの世の全てと思い込む奴らが、俺たちの意に思い当たるものか、お前たちは宗教観を(こじ)らせた、単なる愚物に過ぎない──。

 彼が僧侶たちを冷笑しなかったのは単にその場に居合わせなかったからだが、それが僧侶たちにとって幸福だったかどうかはまた別問題である。冷笑は、また別の人物からもたらされたからだ。

 会議の行われている部屋、その入口から、女の声が響いた。本来ならば、ありえないことである。

 黒服の女が、開け放たれた戸に背を預けて立っていた。

「何者だ!」

 真っ先に我に返った僧侶が、尋ねる、というより怒鳴りつけるように叫んだ。女の返答は冷淡なものである。

「IIAを殺した女だよ」

 敵意が昇華され、怒気と復讐心が膨れ上がるまで、半瞬の時間もなかった。何人かの僧侶が飛びかかる。しかし、相手にもならない。女は迫る僧侶たちを蹴り飛ばし、殴り飛ばし、ナイフで切りつけて投げ飛ばして殺していく。一人殺されるごとに敵意は膨れ上がるが、それが運動性を向上させることはない。

 最後には比較的理性を保ったものが五名残ったが、女は室内にペットボトルを残して戸を閉めてしまった。何か、と(いぶか)しむ僧侶の一人が、それを拾い上げる。

 ペットボトルが爆発した。回避のしようもない攻撃。飛散する破片が僧侶たちの動脈を掻き斬り、部屋中を血で染める。

 最後に残った三つの拠点のうち、一つは『白兎』によって皆殺しにされた。


 別の寺では、細川とラザムによる襲撃が行われていた。ラザムは魔法陣を用いて細川とともに寺の中へ直接入り込み、細川は結界を張って自分たちを保護する。そして一言の詠唱。

「アル・マーニャ」

 爆炎が寺を破壊し、炎が広がった。慌てて出てきた僧侶たちには青く光る精霊たちが飛び移り、彼らを昏倒させていく。脳の働きを乱したのだ。僧侶たちは記憶を奪われ、自分たちが何をしていたのかと、なぜ寺が襲撃されたのか(こちらは元から理解していなかったが)などの情報を、復元不可能なほど見事に抹消(まっしょう)される。

 細川は精霊たちの働きを労い、今度はラザムが魔法陣による擬似結界を張る。細川はそれに触れると、魔道具開発で練度を上げた物質操作魔術でボンベ似た物体を量産。本来ならば魔法力越しに魔法力を扱うのは簡単ではないが、細川には問題なく行えた。

「ラザム、魔法陣はどれくらいもつ?」

「あと一分は、確実に」

「三十秒でいい。もう少し広げてくれ」

 魔法陣が隙間なく空間を分断する壁となったとき、細川は再び詠唱を行った。今度は人的被害が出ないとあって、寺にとってはさらに容赦ない。

「ミル・マーニャ」

 第二段階の爆裂の精霊術魔法。寺は内部から大破し、見る影もない。徹底的に破壊し終えたあと、細川はラザムに指示し、再び魔法陣によって寺を脱出した。


 さらに別の寺──そしてこれが滅霊僧侶団最後の寺である──では、零火とライによる襲撃が実行されていた。

 一人と一匹は二手に分かれ、零火が寺を凍らせ、ライは滅霊僧侶団の僧侶たちに凍傷を起こさせていた。唐突に冷え込んだ寺に驚き、外へ出てきた僧侶は、敷地内を歩き回る狸を発見する。発見された狸は僧侶たちに駆け寄り、手足に触れて体液を凍りつかせるのだ。命を奪うほどではない。だが、記憶障害を起こし、滅霊僧侶団に関わる記憶を全て失わせる。

 ある種、最も大人しい襲撃で、最も恐ろしい襲撃でもあった。


 かくして、滅霊僧侶団は全滅したかに思われる。戦争は、徐々に終幕へと向かっていた。

国際諜報協会は創作上の組織です。

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