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【改稿版有】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅱ期 二正面戦争

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第五話 異世界一周旅行(Ⅰ)

異世界一周旅行は長いので、二部か三部に分けて投稿します。長いので。

#1 三大国

 第二世界空間、即ち異世界には、同じ神が創ったと言われるだけあり、主権国家というものが存在する。その中でも人口が多く、また経済が発展している、いわゆる「大国」は三つだというのが、第二世界空間での常識のひとつであった。

 帝国──正式名称は、西洋魔術連合帝国。三大国の中で、魔術魔法にもっとも関わりが大きい国家である。帝国はかつて七十回以上の内部叛乱を経験し、更には二度も皇族を滅ぼされながらも、民衆の支持を得た大貴族──ゴールデンフラス家やミアスディマント家──が台頭し、国家権力を掌握することで帝国としての形を保ってきた。結果として二千年近い歴史を紡ぎ得たのは、帝国史と共にある防諜報機関、『影法師』の存在が大きいだろう。現帝国の諜報機関を取りまとめる保安尚書や保安省情報部長も正体を知らないと言われる。その実力は折り紙付きだ。

 共和国──正式名称は、精霊自由都市共和国群。魔術魔法の使い手──魔術能力者よりも精霊術師の方が多く、精霊集落にも一定の権利が与えられている、魔法国家だ。魔石工の技術はやや帝国に劣るものの、産出量において勝るため、いわゆる逆輸入という貿易現象が両国間では多い。アルレーヌ大森林をはじめとして精霊や妖精(エルフ)、龍類が多く住む山林が広がる北部メルトナ州、入り組んだ海や川、その他は平野が広がり人類が都市を築く南部フォーマンダ州に分かれ、そのうち南部の臨海都市であり共和国の首都でもあるギルキリアは、世界有数の工業地域であると共に、世界有数の観光地であり、世界有数の魔法都市であり、世界有数のスパイ戦地として有名であった。

 連邦──正式名称は、先進国家連邦。大国で最も魔法から疎遠で、代わって科学技術を独自に、また飛躍的に発達させる技術大国である。生い立ちにはいくつかの説があるが、帝国や共和国で魔法を扱えなかった者が流れ着いてできたのだという説や、伝説級の魔法師たちに省られたのだという説が有力であった。実際伝説に残る魔法師は現在の連邦領にほとんど現れておらず、後者の説を信憑(しんぴょう)づけている。魔法系鉱石や水晶の産出が、ない訳ではないが帝国と共和国に比して著しく少なく、連邦領内の希少な魔鉱石細工師のささやかな需要をちょうど満たす程度でしかなかった。代わりに希少な金属類が多く産出され、それらを使用した機械の輸出が主な貿易の収入となっている。また三体国で唯一電車が各地を結んでおり、高速鉄道は東西に広い国土を最短十日間で横断。大型船舶の輸出においても世界最高額であり、名実共に最大の先進国であった。


#2 帝国旅行、あと魔法戦

「ちょっと世界旅行に行こうと思うんだ」

「気でも狂ったんすか?」

 下級悪魔の掃討戦も終わり、破壊工作を撤去しながら細川が言うと、隣にいた零火がすかさず突っ込みを入れた。

「世界旅行なんて『ちょっと』のノリで行ける物じゃないっすよ。先輩、たまに思うんすけど思考回路おかしいんじゃないっすか?」

「訂正、ちょっと異世界旅行に行こうと思うんだ」

「尚更意味わかんないんすけど?」

 難しい話ではない。魔術魔法に用いられる魔法陣は、比較的簡単に空間転移を行うのに重宝される。それを使い、第二世界空間で日帰り旅行をしようというのだ。

 無論、突然細川がそんなことを言い出したのには理由がある。しかし、彼はその半分を、死ぬまで誰にも話さなかった。全ての工作を撤去し、細川が背後の零火に言う。

「お前も来るか?」


「まさか、本当に来るとは思わなかった」

 帝国に降り立って早々、帝都を行き交う人々を眺めながら、細川は隣に立つ零火を見て呟いた。

「一応言っておくが、俺は帝国公用語を知らない。ただ来ただけだ」

「え、異世界のご都合主義は?」

「あれは転生者の特典だ。俺たちのような旅行者には適用されない」

「今更そんなことを言われても……」

 そもそも日本語と英語と帝国公用語を全て使いこなすことなど不可能だ。日本語と英語の文法形態が大きく違うように、第一世界空間の言語と第二世界空間の言語には大きな壁がある。細川に関しては、第二言語である英語すら危うい。「なんとなく」で英文を読み書きする彼は、度々単語の意味を取り違え、頓珍漢(とんちんかん)な訳が完成することもある。これについては彼の驚異的な直感力──通称主人公体質──の効果範囲外であるらしい。

 ただ当然、あてがないわけではない。

「まあ通訳なら──」

「私が」

「ボクが」

「「………」」

 細川の両肩を占有するラザムとライが同時に名乗りを上げ、細川は計算違いに、零火は意外な立候補に、それぞれぽかんとする。とくに細川にとって、共和国にいながら日本語を解したライはともかく、ラザムの自推が想定外に感じられたようだ。零火に関してはそもそも異世界の存在自体つい最近になって知ったことであるので、大天使と大精霊が通訳を買って出ること自体、不思議に思ったようだった。

「まあ、多い分には別にいいか……」

 そう呟いて、細川はコートに仕込んだ魔道具に触れた。中級悪魔と戦って倒すための道具だ。マナ・リボルバーに始まり、細川の魔道具研究は満四ヶ月に渡る。実のところ、細川にはのんびりと旅行だけを楽しむような余裕はない。無論旅行というのはただの衣というわけではないが、彼には今回、ある任務が与えられていたのである。

 先日の公安騒動の後、戦争を終えた後についてぼんやりとこぼし、ホンダ・S2000の車内でそれを聞き逃さなかった『白兎』が、それなら、と不気味なくらい上機嫌な笑みとともに手を叩いた結果なのである。「異世界一周旅行」という間の抜けた連語自体彼女の発案であり、つまりこれも、しっかり任務のうちであった。

 ライ・零火の取り合わせと一時的に別れ、ラザムと並んで帝都を歩く。そもそもの話、異世界と言いつつ人間の姿がほとんど同じであるのが不思議だった。やはり進化の神は同じなのだろうと考えられるが、細川自身は神々から受ける仕打ち──主として運について──を思い出すと、とても感心などする気にもならない。「愚かな神々よ」というのがいつの間にか口癖になったことでもあり、「死んだら殴る、などと悠長なことは言わぬ。今すぐ呪う」という物騒なことを言い始めて既に半年は経過していた。最近幸運に感謝したのは、魔力使用者に選ばれたことくらいなものである。やれやれ、とため息のひとつもつきたくなり、彼は三秒後にそれを実行した。だいたいそのときだ、帝国公用語らしき言葉で喚く、女性の声が響いたのは。

「なんだ?」

「ひったくり、みたいなことが起きたみたいです。犯人はあの男性でしょうか……あ、捕まりました。保安省の職員がいたようですね」

 細川の疑問に、ラザムが彼の腕にしがみついて背伸びをしつつ、通訳と実況と解説を同時にやってのる。気になったので現場に近づいてみると、ひったくりらしき男が両手足を金属製(のように見える)の(かせ)で固められ、地面に転がされていた。継ぎ目が見えないところを見ると、職員が魔道具を使ったか、或いはより直接的に、魔術でも行使したのだろう。魔術大国の中枢なのだ、当然と言えば当然かもしれない。逮捕の判断も妥当というところだろう。

 ……男がそのまま、大人しく転がされていたのなら。この男は、初級的な魔術のつる(細川は未だ適当な名前を思いつかずにいる)のようなもので枷を破壊し、魔道具かなにかだろうか、炎のナイフを振り上げた。保安省の職員が動くが、男の方が(わず)かに早い。彼は何かを喚くと同時、野次馬の最前列に出ていた細川──の横に立っていたラザムの華奢(きゃしゃ)な身体を乱暴に掴みあげて、人質としてとったのだ。安っぽくも陳腐な手だが、古今東西有効な策ではある。しかし本当に、今回は相手の運がなかった。「愚かな神々よ」という台詞を、細川が伝授してやりたくなるほどに。

「残念ながら詰みだ。判断は悪くなかったが、今一歩及ばなかったな。人質が規格外の魔術能力者とは思うまい」

 狼狽(ろうばい)の気配もなく肩を竦め、瞑目(めいもく)して首を振った細川に、男はどうやら不審なものを察知したようだ。彼は恐る恐る、左腕に抱えたラザムを見下ろし──、

「ラザム」

 細川の静かな声に、ぴくりと動きを止める。

「──五秒以内に制圧しろ」

 次の瞬間、己の身に起きたことを、男は数分の一も理解できなかったことだろう。


「よう、どうだった、そっちは?」

 十分程度で合流し、細川は零火に声をかけた。

「少しは楽しめたか? 妙に服の裾が汚れているようだが」

 帝国は日本と季節が違う。風氷の使い手のくせに、寒がりな細川がコートを着ている理由はそこにあるのだが、雪女の零火は寒さに耐性があるらしく、比較的薄着な、ベージュ色のワンピースを着ていた。その裾が、茶色い土やら緑色の植物汁やらで汚れているので、理由を尋ねたのだが……。

 零火の答えは、(せき)を切ったように飛び出した。

「そうなんすよ、聞いてくださいよ! 宮廷と反対方向に歩いていったら──」

「貧困街で男の人に捕まってね、一悶着あったんだ」

 ライのあっさりとした回答。決壊したダムから流れる水の奔流を、氷漬けにして止めたようなものだろうか。とにかくそこで、さっそく服を汚してしまったらしい。零火はまだ話したそうだったが、適当に納得した細川が歩き出したので、仕方なくそのあとを追ってきた。

 ひとしきり帝都を散策し、宮廷内を見学。先帝フリードリヒ五世の時代から、宮廷見学が可能になったようだ。暗殺される前は、臣民との距離を縮めることで、皇室の支持率を上げたらしい。

「ってちょっと待ってくださいよ、先代の皇帝って暗殺されてたんすか!?」

 宮廷博物館で解説する細川に、零火が声を裏返して仰天する。途端、他の見学者たちの迷惑そうな視線が、一斉に零火へ集中した。

「声が大きいぞ」

「すみません……けど先帝が暗殺されたって」

「ああ、皇女のメイーナ・フォン・ミアスディマントを狙っての犯行だったらしい。つい三年前のことだ」

 思えば、時間の数え方が共通するのも妙な話だ。

「本来は皇女一人が殺害されるはずだったんだろうが、レーザーの狙撃は狙いを外し、先帝フリードリヒ五世をも巻き込んだ。式典の最中で、その場に居合わせた当時の筆頭宮廷魔術師、なんと言ったか……そうだ、ローランド・フォン・アスカニエル伯爵が反撃しようとしたらしい」

 名前の付け方はヨーロッパ風だ。さらに言えば、アスカニエルはかつてのドイツ辺境伯が持っていた家名だった気もする。

「成功したんすか、その反撃は?」

「失敗したらしいよ」

 ライが言う。

「成功してたら、先帝は先帝って呼ばれてない。現皇帝フリードリヒ五世だったはずだよ」

「それもそうね……」

「結局、殺人光線は三人の命を奪った。犯人は今も宮廷の牢獄に囚われているんだったか」

「え、処刑じゃないんすか?」

「本当はそのはずだったみたいです。大逆の罪人だし、国民もそれを望んだし、帝国政府もそのつもりだったみたいですけど……」

 ラザムは細川と繋いでいた手を放し、少し離れた位置にあるガラスケースに駆け寄った。プレートには、「大逆事件の真犯人について」と記されている。置かれている史料には、次のようなことが書かれていた。

 曰く、黒幕は精霊自由都市共和国群の人間と偽った、先進国家連邦のものである可能性がある。現在背後関係は捜査中だが、共和国政府はこの説を否定、連邦政府は正式な回答をしていない。皇帝陛下は真相解明まで実行犯を生かしておくよう厳命している……。

「つまり、どういうこと?」

 ライが首を傾げると、零火が静かに手を叩いた。

「そうか、真犯人を見つけるまで、証人になり得る実行犯は残しておきたいんすね。だから皇帝は、処刑を見送らせた」

「そのようです。中には共和国と戦端を開くよう言った軍首脳部もいたようで、それを抑制する、理知的な皇帝だって書かれています」

 細川はその辺の事情を『白兎』から聞かされていたが、全てを話して聞かせたわけではない。他にも、彼は次のような話を聞いていた。

『実を言うとね、帝国と共和国は、この件に関して真犯人の正体を掴みかけているのよ。両国の諜報機関と首脳部は、その目的を知っている。それで、犯人は連邦の工作員じゃないかってところまで推測されてる』

 また、細川が意地悪く、本当に共和国のスパイが真犯人である可能性に言及してみせると、

『それはないね。私が共和国の住民だからじゃなく、機密情報に親しいスパイだから否定する。共和国には帝国と戦争する理由がないけど、連邦には戦争をさせる理由がある。帝国と共和国、二つの大国が戦火を交えれば、連邦は武器を売りさばいて莫大な利益を得ることができるからね。それで連邦のスパイを送り込んで共和国のスパイになりすまさせ、帝国の要人を殺害させたと考えられるんだよ』

 もちろん『白兎』は、この話は秘密だよ、と付け加えるのを忘れなかった。


 午後になると、細川はラザムに、次の目的地を指示した。

「ミュンヘンベルクシティに行かせてくれないか」

 ラザムは、すぐには頷かなかった。

「ミュンヘンベルクシティですか? あの、その方面だったらフォイエルブルクの方が観光向きですけど……」

 商業都市の名前を挙げる細川に、ラザムは首を傾げる。細川自身、火の城フォイエルブルクの方を見に行きたいと思う。ミュンヘンという地名は地球にもあり、それが気にならないと言えば嘘になるが……。

「今回は事情が違う。ある人から情報を渡された。中級悪魔パトリックが、帝国標準時の十六時、領主ミュンヘンベルク伯グイスカルドと密談する。パトリックはルシャルカの腹心だ。こいつを逃す手はない」

 かつてはキリスト教の宣教師として、パトリックという人物が存在したという。同じ名前を持つのが悪魔というわけで、細川には、因果が皮肉と名付けられた料理を平らげたように思われた。

「ルシャルカの腹心……? そんな情報を誰が……」

当然、ラザムたちは(いぶか)しんだ。

「コードネーム『白兎』。以前、君に暗号を伝えてもらった人だよ」

「ああ、あのときの。本当に彼女、何者なんですか?」

「それは話せない。『白兎』さんを信用できないなら、『白兎』さんの情報と、俺の判断を信用してくれればいいさ」

 ほかの一人と一匹も、この旅行の本当の目的に気付いたらしい。

「だから協力者の私たちを送り込んだんすね」

「アルレーヌ大森林のある共和国でなくわざわざ初日の行程を帝国にしたのはそういう理由だったの?」

 要するにそういうことだ。これが、任務の()()である。

「まったく、くえない人だ」

「「「……?」」」

「なんにせよ、そういうことだ。伯とパトリックを拘束し、『白兎』さんに引き渡す。ラザム、頼むよ」


 ミュンヘンベルクシティ第一商館──。

 ミュンヘンベルク伯領最古の商館だ。人の出入りは少なくない。それ故、貴族も悪魔も顔や服装を誤魔化せば、一般臣民としていくらでも紛れ込むことが可能であった。

 たとえばそうして紛れ込む大貴族、ミュンヘンベルク伯グイスカルドは、青髪で痩せた体つきの、壮年の男だった。無色に近い色の瞳をしているが、それは水のように澄んでいるとは言い難い。どちらかと言うと──というよりほとんどの人間が等しく感じるところでは──チーズを沈めて溶かした濃食塩水のように見えるのだった。評判は、決して良くない。むしろ悪評ばかりが広まっていて、税率が高く、遊んで暮らしているばかりの悪徳領主、という外聞が知られていた。外聞が容姿に先入観を与えて、瞳を濁っているように見せているのかもしれない。だとしても、それは自業自得もいいところだ。

 ミュンヘンベルク伯は商館の第二応接室を貸切にして陣取り、密談の相手を待っていた。領地運営の助言者だ。家名と年齢を頑なに明かそうとしないが、そこは貴族である自分なのだ、この程度のことを許容し得ないでどうするのか。

 ……やがて待っていた相手が、室内に現れた。パトリックと名乗る青年は、まだ少年のように若い。雪のように白い肌と、吸い込まれそうなほど黒い髪目。白い衣装に黒いマントを羽織っているところまでいつも通り。彼は年中いつ会っても同じ格好をしているので分かりやすい。

「伯爵様、お待たせしてしまいましたか?」

 パトリックは、品の良く、柔和な顔で微笑した。

「いいや、私が早く来ていただけだ。使用人共を振り切るために、早く出たからな。貴様は時間通りではないか、そら、座るといい」

「ありがたく」

 悪徳貴族領主は上機嫌だった。パトリックの助言は的確だ。その証拠に、今まで一度も領民の不満をぶつけられたことがない。これが限度を超えるようならば、とっくの昔に叛乱を起こされていただろう。なにより、貴族に相応の礼節を持って振る舞えるのが素晴らしい。貴族は敬われるべきなのだ。

 つまるところ、彼はパトリックに対し、好感を持っていた。この日はどんな助言が得られるのかと期待しながらソファに座り直し──たところでドアが大きく開け放たれた。入口にはパトリックと同年代に見える男が一人、それに従うように幼い少女が一人、男よりやや年少の少女が一人、そしてふわふわ浮かぶ……狸?

 男は、拳銃を手に握っていた。金色に輝く、短銃身の回転拳銃。よく見ればシリンダーに収められているのは銃弾ではなく色違いの魔石なのだが、動転した伯爵は気付かない。

 銃口が向けられる。男が、凍てつくような薄笑いを浮かべた。

「悪徳貴族領主グイスカルド・フォン・ミュンヘンベルクと中級悪魔パトリックだ」

 ドアが閉じられ、完全な密室となる。

「作戦に従い、拘束する」

 伯が言語を理解できなかったのは、ある種幸運に属することだっただろうか。


『ι』と『θ』の、もはや定番となった組み合わせで室内の騒ぎを外に漏らさぬよう工作し、細川はパトリックに狙いを定めていた銃の引き金を引いた。音速を超えて射出された高密度の魔法力が、パトリックの腹部に着弾し、吹き上がる爆煙が中級悪魔の整えられた衣装を引き裂く。それを合図に、零火が氷の弾幕をミュンヘンベルクに撃ち込み、ラザムは魔法陣で複数の電気の矢を、ライは踊り狂うような氷の矢を、それぞれパトリックに浴びせる。過剰戦力もいいところだが、仮にも相手は中級悪魔と大貴族、それぞれの防御は案外固く、一撃では制圧できない。

 ミュンヘンベルクは零火の弾幕を炎の壁(恐らく護身用の魔道具だろう)によって相殺し、パトリックに至ってはむしろ嬉々として、攻撃の数々を受け止めている。それぞれ、

「この街の領主だぞ、私に働いた無礼は死んでも帳消しになどならぬ!」

「久しぶりだよ、ぼくに刃を向ける人間はさあ!」

 などと物騒なことを叫びながら。

 もっとも、領主は帝国公用語で話すので、細川と零火には理解のしようもないのだが、それに関しては、

「あんたに用はないの! あんたはあの悪魔のおまけよ、さっさと降伏なさい!」と叫び返す零火なのでおあいこだ。双方言語が通じるのは、細川たちに合わせて日本語で話すパトリックの方である。彼は電気の矢を細い腕で弾き返し、

「天使! 天使かあ! ぼくはねえ、天使を十人殺すのが目標なんだあ!」

 などと物騒なことを平気で喚いている。

「それなら野放しにしてはおけないね」

「んー? きみ、精霊? もしかして、大精霊なんじゃない? 帝国で大精霊に会えるなんて思わなかったよ、精霊も殺してみたいなあ」

「させませんよ! あなたにはルシャルカのことを話してもらいます!」

「へえー、きみ、大天使なんだね。ねえ、堕天しないの?」

「悪魔の考えることなんて知りませんよ。分かりたくもありませんから」

「ふうーん、強気だねえ」

 細川は決して、これらの戦いを立ち見していたわけではない。彼はいくつかの魔道具を魔術のつるによって仕掛けていく。そして、それらを魔導体──魔法力を流しやすい特殊な物質──で繋ぎ、魔力を発生させる魔法陣と、魔力をマナに変える魔法陣を設置する。

 やがて少女たちと大精霊が、()()()()()()()()に相手を誘導し、()()()()()()()に収まると同時、細川は右手人差し指にはめていた指輪にマナを流し込み、味方に向けて声を響かせた。

 指示は単純だ。

「撃て!」

 号令を受け、零火はミュンヘンベルクに、ラザムとライはパトリックに、それぞれ渾身(こんしん)の力で実体弾を撃ち込んだ。細川の指輪と実体弾、二つの条件が揃うことで、室内に設置していた魔道具も効力を発動させる。

 三発の実体弾に、魔道具はある魔法を刻み込む。被弾したミュンヘンベルクとパトリックはその場に音を立てて崩れ落ち──、

「「「え?」」」

 撃った三者の驚いた声と共に、全身を石化して動かなくなった。


「つまり、同じ呪いを三つ同時にかけたのさ。身体を石化させ、三日間動けなくする呪術をな」

 窓から新生の石像を、待機していたトラックに投げ込み、何食わぬ顔で商館を抜け出した後で、細川は解説した。

 呪術魔法とは、総合魔法適性が高く、魔力とマナの両方を扱える者のみが習得できる魔法だ。魔術魔法とも精霊術魔法とも違うそれは、学び手が少なく、身につける者の大半が、工作員か殺し屋という始末だ。つまり、ひとを害することだけに特化した魔法技術。細川はそれを応用するために習得したのだが、結局最初の用法は、ご覧の通りである。

「まったく本当に怖い人だね、ユウ。まさか呪術魔法を習得していたなんて」

「本当ですよ、失敗したら自分の命がないんですから、気を付けてくださいね?」

 ライとラザムが口々に細川を追及する。助けを求めて零火の方に視線を向けるも、彼女は何も言わずに顔を逸らしてしまった。少し頬が膨らんでいる。一度だけ細川の方を一瞥(いちべつ)したが、「くだらない事故で自爆しないように」というようなことを、氷色の瞳は語っていた。どうやら助けは得られないらしい。

 彼はそれらの不満を適当にいなしながら、ふと考えた。──工作員として活動するようになれば、呪術魔法も使うことになるのだろうか、と。

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