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【改稿版有】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅱ期 二正面戦争

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第二話 前哨戦

#1 伝令通達

「ああもう、うるさいなあ……」

 零火は、うんざりしていた。

 彼女は中学生だ。この三年間は高校受験のためにあると言われてはいたが、最近は特に酷い。理由は簡単と言えば簡単だ。この春、三年次に進級するから。たったそれだけの事で、彼女の周囲にいる大人たちは、口を揃えて言う──もう受験生なんだから、と。

 ただでさえ雪女だということで、大半の同級生たちに不気味がられているのだ。雪のような銀白色の髪と、氷のような水色の双眸(そうぼう)。明らか日本人らしからぬ外見なのは自覚があるし、生命活動は半分以上止まった半死の状態だ。その場にいることすらおかしく思えてくる。それと理解していても、目に見えて友人が離れていくのは、なかなかに堪えがたいものがあった。

 そこへ来て、もう受験生なんだから、だ。うるさい、分かっている、だからいい加減黙れ──。

 大人たちは大人たちで、そう言い続けなければならない、少なくともそう思わせる事情があるのだった。

 零火の妹、柚那の事故死だ。妹を溺愛していた鈴花のことだ、さぞショックを受けているだろう……という、ほとんど正しくもなければ深読みの過ぎる想像により、彼女の意識を少しでも別の方向に向けなければならないと、余計な知恵を巡らした結果なのである。霊体として現世に残った妹に、零火がほぼ毎日会っているなどと聞いたところで、彼らが信じることはないだろう。その事実を知るものは、数少ないのだ。

 その事実を知る数少ない人間の一人が、魔力使用者と精霊術師を兼ねた何でも屋の(最強の?)店主、細川裕だ。彼は人外生物と関わりが深いし、何より年少の雪女を、不気味がったり恐れたりするような可愛げを持ち合わせていない。戦力としての強さは言わずもがな、それがどうしたといった体で零火を単なる少女と認識している──戦うときは容赦がないが。

 零火を一人の人間だった頃と同じように接してくれる者も、少なくはあるが一定数いる。その例が、川端ゆずな、美術部で仲良くなった後輩だ。


「あれっ、裕兄い?」

「ユーニイ?」

 ある朝、零火とゆずなが学校へ向かっているときのこと。人通りの少ない道を二人で歩いていると、ゆずなが正面にいる人物に気付いた。彼女が言うところの裕兄い、細川裕その人だ。彼もまた高校へ向かう途中だったのか、学生服を着用している。その分、やっていることの落差が大き過ぎたが。

 彼は小人にも見える黒い人影を締め上げ、その動きを封じて地面にねじ伏せるところだった。一見すると殺人現場、零火が、まずいもの見ちゃったな、と思うのも無理はないだろう。影は何やら抵抗を試みたらしいが、細川が何か呟くと同時、力をなくしてだらりと手足を投げ出す。細川は容赦なく、どこから取り出したとも思えぬ刃渡り二メートルもの氷剣で、影を突き刺し、とどめを刺した。血液やら体液やら、何かしらが飛び散りそうなものだが、その様子はない。ただ一瞬にして、そこにいる理由をなくしたかのように、ふっと消滅する──。

「……まったく、なんだこいつは。雑魚のくせにやたら抵抗しやがって」

 しかも市街地で。零火達にしてみれば、なんだとはこちらの台詞だ。いつの間にか、氷剣も姿を消している。

 やがて彼は、大きく息を吐いて立ち上がる。そしておもむろに後ろを振り返ると、

「見ていて面白いものではなかったはずだが?」

「面白いも何も、進行方向にいたから立ち止まらざるを得なかったんすよ!?」

 零火が叫び、

「裕兄いのしてた事が衝撃的で」

 ゆずなの主張する。どちらも正論なのだが、細川は不思議そうに首を捻る。

「迂回すればいいだろう」

「そんな道ないっす!」

「水平方向になくとも、上がある」

「空なんて飛べる訳ないじゃないっすかあ!」

 コントじみた会話だ。

「だいたい、先輩だってラザムちゃんがいなかったら飛行魔術使えないじゃないっすか! 契約のせいだとは分かってますけど!」

「だから俺は、魔力を使わずに飛行魔法を使う方法を探っている。お前も風を扱うなら、空くらい飛べるようになっておけ」

「吹雪と風の魔法は別物っす!」

「吹雪から氷を分離できて、なぜ風はできない?」

 細川は本気で不思議そうだ。雪女の能力がどんな原理によるものなのか知らないからかもしれないが……。ちなみに、零火も知らない。

「どっちにしろ裕兄い、わたしたちも制服だから」

 中学の制服はセーラー服。流石に飛行は無理があるだろう。

 伝令だと言って零火の服のポケットに紙切れを落とし、細川は去っていった。


 学校に着いてゆずなとは別れ、荷物を置くと零火は教室の隅に移動した。伝令と言って渡された紙を開き、中身を確認する。記されていた文章は、次のようなものだった。

『「幻影」工作員が、下級悪魔を俺たちの周辺に追い込んでいる。数は総数三五。配分は俺が二五でお前が十だそうだ。通常の人間よりも小さい、黒い影を見つけ次第、春先に吹く北風のように斬り殺せ。容赦はするな。余計な手心を加えず、一時的に感情を殺して相対し、なおかつ可能な限り無関係な人間には気取られるな。状況が悪くなったら身を引いて、空中に氷の華を作ること。「幻影」の工作員が、加勢してくれるはずだ』

 さっきの黒い影は、下級悪魔だったようだ。彼はこれに従って、あれを斬り殺したらしい。

 それにしても、『春先に吹く北風のように』とはなんだろう。全くなんの助けにもならない一文に、零火は苛立ちを覚える。

 下級悪魔は実験台にして、今日こそあの男を倒してやろう──彼女は、そんなことを思った。


#2 下級悪魔十人抜き

 細川裕は、高校周辺に追い込まれてくる下級悪魔達を、休み時間の度に斬り捨てていた。全く休めない。昼休みなど、左手にサンドイッチを持ったままマナ・リボルバーを連射し、屋上に転がった下級悪魔の瀕死体を消滅させ、なんとも緊張感のないが危険な仕事をようやく区切ったのだった。

 そして、放課後には、彼はまた、屋上での戦闘を余儀なくされていた。しかも、三人同時に相手取って。三対一など悪手でしかないが、敵が下級悪魔程度なら、まだ支えきれる。

 全てを吸い込むような闇色の剣で斬りかかってくる敵を、氷のナイフで弾き飛ばす。次の瞬間には黒々とした矢が別の悪魔から連続で撃ち出され、風の支援を受けて何とか回避に成功。火を放つ悪魔は冷却して縫い留め、三人同時に攻め込んでくれば氷剣を振るって牽制する。膠着(こうちゃく)状態だ。だが、細川は救援要請を見送った。闇雲に呼んでも連携がとれない。そう判断したのだ。

 しかし、敵がそうだとも限らない。悪魔たちは細川の頭上に魔法陣を展開すると、そこから七人の下級悪魔を呼び出した。真上から飛び出し斬りかかってくる悪魔を、細川は冷ややかに見つめ、結界に衝突させることで雑に受け流す。

「魔法陣は、うちの天使の領分なんだがな……」

 呆れ風の呟きに悪魔たちは顔を見合わせると、一斉に襲いかかった。細川はマナを使って足元に突風を起こし、上空に飛び上がる。真下に悪魔が集まったその瞬間、

「──馬鹿か、お前たち」

 彼の立っていた位置に置かれた小石が、火を吹いた。これは、細川が独自に開発した使い捨ての魔道具だ。石に擬態し、中に熱魔石を埋め込み、魔法力を送り込むことで一定時間後に破裂する。細川は飛び上がる瞬間、突風に微量のマナを含ませ、それを魔道具に反応させたのだ。

 当然、彼の立っていた位置に集中した悪魔たちは、それから逃れることができない。全身を火に包まれ、消火が最優先だ。しかし、仮にも腐ってもそこは悪魔。小型魔道具の弱々しい火では殺しきれなかったようだ。屋上でこの数は、流石に分が悪い。細川は、場所を変えることにした。

 彼の高校は、道を一本挟むとあまり使われていないグラウンドがある。広いだけで芝生の手入れもされていない、ただの平地だ。地図上で現在地からはおよそ六十メートル。本来ならば校舎内を通過するため四百メートルは走らねばならないが、細川には何の障害にもならない。彼は、不敵に笑った。

「来いよ、雑魚ども。『最強の魔法使い』様が直々に相手をしてやる」

 誇大広告された文句を、しかし今度は極上の挑発として流用する。彼は飛び上がった時の姿勢のまま屋上の鉄柵を蹴りつけ、上体を翻して身を躍らせた。風を起こしてグラウンドまで滑空し、突風をクッションにして着地する。土煙が上がり、その中から飛び出してきた剣持の悪魔を、氷の大剣で迎え撃つ。小気味いい音が響き、質量の軽い悪魔は跳ね飛ばされ、後続の悪魔を数人巻き込んで転ぶ無様をさらす。別方向から現れた悪魔の放つ黒い矢は着込んだ結界で落とし、マナ・リボルバーで肩を狙撃。上から吹きかけられる炎は冷却して焼失させ、その隙にと密集した悪魔たちには爆炎を浴びせかける。土煙が晴れるより早く、細川の放った電撃が四人の悪魔をからめとり、発火した芝生が業火となって捕らわれた悪魔を焼き尽くさんとする。

 ……目立つなという指示を早速無視しているが、これはもう、仕方ない。

 これらの猛攻を彼が危なげなく捌けるのは、全方位を視認する『精霊の目』はもちろんのこと、風の膜をロボットスーツよろしく身に纏うことで、動きを軽くしているのが理由だった。

 悪魔は細川に集まる。細川は悪魔と一定の距離で攻撃を防ぐ。その攻防は永遠に続くとさえ思われた。故に──その時が訪れる。

 細川は悪魔たちの頭上を飛び越え包囲を脱すると、悪魔たちの群れに氷の大剣を投げつけた。

 歯牙にもかけない悪魔たちだが、続く一言に全員が動きを止める。

「いい加減、飽きた」

 生死を賭けた攻防に飽きるもなにもないはずだ。この男は何を言っているのか──? 悪魔たちが疑問を持ったのとほぼ同時だっただろう。最高の隙を見せた悪魔たちを指し示し、細川が詠唱する。

「【コード『β』、氷剣乱舞】に効果『絶対零度』を付与」

 彼が握っていたのとは違う、それよりも一回り小柄な氷剣が、彼の正面に現れる。不敵な笑みを浮かべ、迷わず口にした。

「【一分以内に皆殺しにしなさい】」

 普通に生きていたらまず間違いなく口にしない命令を受け、剣は悪魔たちに飛び込んでいく。遅ればせながら反応した悪魔たちは、しかしせいぜい三度までしか対応できず、四度目の斬撃を受ける頃には斬り払われる。細川の剣撃がぬるかったと、そう思うより他ない俊敏な動きで、悪魔たちを次々に葬り去っていく。剣の温度はマイナス二七三度。絶対零度とは、その場に物質が存在しないときにのみ存在しうる極冷の温度だ。物理法則に従い、悪魔たちは次々と消滅していく。今朝、細川が行ったのがこれだった。

 ──悪魔が一人残らず消えると、『白兎』が現れた。全て見ていたのだろう。戦いの後を見て苦笑している。

「随分と、派手にやってくれたみたいだね」

 細川の横でくるくると回転する氷剣を見て、肩をすくめた。

「目立たないように、とは言ったはずだけど」

「いきなり十人抜きとか聞いてませんよ、なんなんです、あれ?」

「それはキミに言った通りだと思うけどねーぇ。まあ、適当に片付けておくよ」

 彼女は、細川の上履きを指さして言った。彼は、校内にいるはずの格好のまま戦端を開いていたのである。


#2 いっぽーそのころ

「平井先輩、わたし、先に倉庫に行ってますね」

「ああ、うん。よろしく」

「……?」

 零火は、脳の半分を違和感に取られ、ついゆずなへの返答が遅れた。

 この学校では、入学式の看板を、毎年美術部が作ることになっている。今日もまた、その制作に取り掛かる必要があったのだが。

(何? この変な感じ……)

 いつもは感じない、頭がぼんやりした感覚。毎日顔を合わせるうち、細川の寝不足でも感染したのだろうか。だとしたら、彼は毎日、このぽわっとした頭で超人的な直感を発動していることになるのだが。

 とりあえず、自分もゆずなを追いかけて手伝わなくては、と思ったそのときだ、彼女の悲鳴が、倉庫の方面から聞こえてきたのは。

「なに!?」

 零火は反射的に窓に飛びつき、倉庫の方に目を向ける。そこには、黒い小人を前にして、後退るゆずなの姿があった。


 直感的に、まずいと思った。あれは、今朝見た悪魔だ。伝令にあった、抹殺対象。一匹でのこのこ歩いているだけなら氷の弾幕ても使うところなのだが、なにしろ狭い上にゆずなまで傍にいるので、この手は使えない。なんであれが、とは考える余裕もない。零火は、ついこの場にいない人物を思い浮かべる。

 細川裕なら、精霊の力でも借りて迷わず悪魔を狙撃しただろう。銃を用いるまでもない。いつもの精霊術魔法一発で、戦闘不能にできる。

 対して零火は、氷塊の射出精度にまだ自信がない。以前細川に渡された拳銃は低出力だから、この距離で正確な弾道を描けるとは期待しにくい。そもそも、あんなものは家に置いてきている。まずは、ゆずなを傷つけず、悪魔を牽制して時間稼ぎをする必要がありそうだった。

 零火はまず、牽制のために氷塊を射出した。悪魔に被弾させることは期待していない。氷塊は、悪魔の後方に着弾した。ひとまず、敵の意識をそらすことには成功する。

 美術室の置かれた三階の窓から、地面に向けてスロープを設置する。

「私は既に半分死んでるの。この程度のことで、これ以上は死なない、死なない、死なない──!」

 ぶつぶつ言いながらスロープを滑り降りる。角度調節を間違えて地面に降りたとき転けそうになったが、何とか持ち直し、悪魔とゆずなの間に出ることに成功した。

「ゆずな、大丈夫?」

「な、なんとか。それより、その黒い人はなんなんですか?」

「危ないから下がってなさい」

「は、はいっ!」

 ゆずなを逃がし、零火は氷剣を手にする。指示には『見つけ次第斬り殺せ』とあったはずなので。斬り方は『春先に吹く北風のように』だったか。脳内で突っ込みを入れようとして『沁みるような鋭さで』と言い換えられる声が聞こえ、思わずげんなりとしてしまう。どうやら充分毒されたようだ、なんと迷惑な。

 氷剣を冷やし、悪魔に向かって斬り込む。まさか、あの男と同等の強さを持っていることはないだろう。ならば勝ち目はある。摂氏マイナス十数度にまで冷却された切先が悪魔に届くと思われた、その瞬間──。

「は?」

 黒い影が、その場から消えた。


「ああ、もう! ちょろちょろ動くな──!」

 零火が叫ぶ度、悪魔が嘲笑する。零火が振り回す剣は少しも当たらず、悪魔は魔法陣でちょこまかとテレポートしては零火の意識を弄び、集中を乱し、苦戦を強いる。なにしろ移動先が不規則だ。足元が光り始めたら、どこに剣を振ればいいか分からない。五分もすれば、彼女を耐え難い疲労が襲う。

 細川の場合、氷剣は水分子の隙間を縫うようにマナを張り巡らせ、負担を軽くしている。マナ網の先は細川本人の腕に繋がり、彼は腕と剣を一体化させたように振り回すことが出来る。余程の疲労か体調不良がなければ、体の一部を重く感じる人間はいない。彼が剣に対して感じる重さは、せいぜい百グラム程度。

 対して零火の氷剣は、大気中の水蒸気を凍らせただけの、ただの氷だ。エネルギーの接続もなく、それは真に、剣の一本でしかない。振り回し続ければ疲労が襲う。零火と細川、どちらが先に限界を迎えるかなど、吹雪を見るより明らかだ。

 そこへ、悪魔からの攻撃──形勢有利と見て、反転攻撃に移ったか。繰り出されるのは漆黒の矢。それが一度に十本。細川もラザムもライも使わない、零火にとっては完全初見の奇襲攻撃。避け切れず、被弾するかと思ったが、

「危なくなったら助けを呼べって、ユウに言われなかった?」

 直後現れた無数の氷塊が、圧倒的質量で全ての矢をはじき飛ばしていた。それをしたのが誰なのか、とぼけた声を聞けば考えるまでもない。狸の大精霊、ライ。細川の契約精霊のうち、もっとも高位の精霊だ。

「どうして、ここに?」

「ユウに頼まれてね。雪の子が悪魔に殺されそうになったら助けてやれって」

「つまり、ずっと近くにいたってこと?」

「うん、そうだよ」

 会話に応じながら、ライは前足をちょこちょこと振って氷を生み出していく。悪魔は四方八方から飛来する氷塊に対処するのに精一杯で、とてもこちらに仕掛けてくるような余裕はない。下品な顔に焦りを浮かべて逃げ回っている。

 テレポートには時間が必要らしく、絶え間ない攻撃を範囲外に脱出して回避する気配はない。あるいは頭の悪そうな下級悪魔のことだから、単にその可能性に気づいていないのかもしれないが……。

 一方、ライの表情は余裕そのものだ。会話の片手間に、悪魔を追い詰めて遊んでいるようにすら思える。本気を出せば、下級悪魔を潰すことなど造作もないのだろう。

(ほんと、私って弱いのね……)

 零火は内心で嘆息する。次の瞬間には悪魔が氷に潰されていた。悪魔は初めのうち抵抗を試みたが、すぐに力をなくして動かなくなる。死んでいないことだけは、何となくわかったが。

「あれは、何をしたの?」

「エネルギーを奪ったんだよ。龍に与えるために」

「龍……ああ、ウィアのこと」

 細川の契約精霊にして、将来龍になる本精霊、ウィア。今はまだトカゲのような姿だが、どうやら龍になるには大量の魔法力が必要らしい。細川は毎日、屋敷で戯れながら魔力とマナを与えている。

「じゃあ、とどめを刺すよ。やりたい?」

「ううん、もう無理」

 零火の体力は、ライに救出された時点で限界に達していた。

 氷塊が消え、悪魔の体にヒビが入り始める。ヒビが全て繋がったとき、悪魔の体は完全に砕けて消滅する。それを見届けた零火が地面に倒れなかったのは、物陰から飛び出してきたゆずなが彼女の体を支えたからだった。


#2 後始末

「………」

 零火は、ぼんやりした意識で目覚めを自覚した。

 眠りについた記憶もないし、制服を着たままなのは背中の間隔から伝わってくる。朝起きたわけではなく、どうやら眠ってしまっていたというのが正確な表現のようだ。

首を回したとき、隣で本を読んでいた細川と目が合った。

「おはよう、零火。よく寝ていたようだな」

 普段の彼らしくもない、労るような暖かな声音。彼は本を閉じると、前髪に隠れていない左目で微笑した。たまに思うのだが、右目は使えるのだろうか。

「ライと『白兎』さんから聞いたよ。悪魔一人、押さえ込んだらしいな」

「……私は、ゆずなを巻き込まないように離れさせただけっすよ……啖呵切って圧倒された、間抜けな雪女です。ライが言ったっすよ、先輩に指示されてあの場にいたって。先輩は知ってたんすよね? いつもいつも先輩を倒そうとして倒しきれてない私が、悪魔なんかに勝てるわけがないって。全部知ってたんすよね?」

 当然だと思った。思えば、細川が零火にあれをやらせる方がおかしかったのだ。それに気づかなかったのは、身の程を理解してないからか。──零火はそう思ったのだが。

「……なるほど、あいつ、そんなことを言ったのか」

 どうも違うらしい。彼は何か、別の可能性に思い当たったようだ。ということは、ライが零火の傍に現れたのは別の意味があったということだ。しかし一体何が?

「まったく、瀕死(ひんし)の功労者にそんなことを言うやつがあるか? おとぼけ狸め、後で説教だな」

「……先輩?」

「確かにお前が死にかけたら助けろとは言ったが」

 細川は腕を組んで苦笑する。

「本来、あいつにやらせてたのは別の仕事なんだ。追い込まれた悪魔たちからエネルギーを収集すること、ついでに、『幻影』の工作員を見つけたら教えろってことだ。お前の救助はついでのついで。まさか押されてるとは思わなかったからな」

「えっ? じゃあ、危なくなったら助けを呼べって言われたはずだっていうのは……」

「救難信号を出せば『幻影』の工作員が加勢する。それを狙ったんじゃないか?」

「ええ〜!?」

 からからと笑う細川の声に、零火はつい気が抜けてしまう。寝かされていたベッドの上に起き上がり、細川の膝に手を突いて詰め寄った。

「なんで指示書にはそういうの書いてくれないの!? 訳わかんないの斬り方とか書く前にそっち書いて欲しかったんだけど! 春先に吹く北風とか沁みるような鋭さって何!? もうちょっと分かりやすい説明書いてよ!」

「沁みるような鋭さは心当たりがないんだが……」

 一気に捲したてる零火に反論する前に、彼女は体勢を崩した。まだ体力の戻りきっていない状態で叫んだので、身体に過剰な負荷がかかったのだ。

「悪かったから落ち着け。あまり大声を出さない方がいい。精霊の診断で、お前は最低でもあと二時間は寝ているべきだ」

 細川は崩れ落ちた零火の身体を抱き留めるように支え、ベッドに再度寝かせて毛布をかけた。

そうしてようやく、零火はそこが細川の屋敷に併設された精霊病院だとだと気づく。魔法店と屋敷の間に置かれ、内部で直結している仮想空間の診療所だ。

「安心しろよ。お前がまだ家に帰っていないことは、『白兎』さんが工作して誤魔化してくれている。帰りは俺が送って行こう。この部屋には防音膜を張っているから幽儺にはさっきの声は聞こえていない。荷物はゆずなが回収してくれた。お前はただ、何も考えずに寝ているだけでいい」

 ベッドの中から不満げな瞳を覗かせていた零火が、ミスを複数人にカバーされたと聞いてバツの悪い顔になった。

「さて、俺はそろそろ退室するが……」

 細川が立ち上がって零火を見た。自分は今、どんな顔をしているんだろうと思う。多分、情けない顔をしているに違いない。

「やはり一つ付け足しておこう」

 細川が零火に向き直った。

「今回は、巡り合わせが悪かったんだ。お前はよくやったよ。氷のスロープで三階から地面に降りたんだろう?」

「なんでそれを!?」

「見ればわかるし証言もある。だいたい、俺がここにいる理由はなんだ。誰がお前をここに運んだと思ってる?」

「あ……」

 零火は、枕に顔の半分を埋めた。

「……重くなかった?」

「軽すぎて驚いたくらいだ」

「本当に?」

「嘘をつく理由がどこにある?」

「変なところ触ってない?」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ……」

 細川がため息をついた。

「もう少し広く、人のいない場所だったらお前にも余裕で倒せた相手だ。あの状況でよくやってくれた。お前は強いよ、それは誇っていい」

 細川がベッドに沈む零火の頭を撫でながら言う。彼らしく手は冷たいが、手つきと声音は優しく温かい。彼女は、つい目を閉じた。

「だけど、それでも届かないときは──」

 手が離れ、目を開けると、細川の周りを光が囲んでいた。言わずもがな、彼の契約精霊だ。

「それでも届かないときは、素直に他人を頼れ。協力と助力が力の内なら、それを利用することを忘れるな。俺が精霊と契約しているように。お前が『白兎』さんに滅霊僧侶団打倒の協力を取り付けたように。もっと他人の力をあてにしろよ、零火」

 今は何も考えず寝ていろよ、と言われたので、零火はその通りにした。


「それにしても格好つけたね、ユウ」

 精霊病院を出ると、ライが現れ細川に声をかけてきた。

「格好なんざつけちゃいないさ。可愛い後輩の一人なんだ、殺す気はねえよ。どうやら予防線が効いたみたいで、結果としては良かった」

「ふうん、珍しい。ユウ、雪の子を可愛いと思ってるんだ?」

 挑発的なライの台詞だが、細川は一笑に付す。

「後輩が可愛くない先輩がいるか」

 少なくとも細川にとってはそうだった。一部の例外を除いて、基本的に後輩というのは可愛いものだ、一部の例外を除いて。ということは、前言はそぐわないのだろうか。

「なんだ。異性として可愛いと思ってるのかと思ったよ。まあ、精霊に性別はないからよくわかんないけど」

「俺の手持ちの恋愛感情? ふん、笑わせるな」

 鼻で笑うと、細川はほんの一瞬だけ切なげな表情になった。

「そんなもの、七年前に捨ててきたさ」

 それはたった数ヶ月間の、短く苦い初恋の記憶。そして最後になるであろう記憶。しかし細川はそれについて語るつもりもなかったし、ライも殊更に聞き出そうとはしなかった。

Ⅲ期完結後に回収予定。

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