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【改稿版有】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅱ期 二正面戦争

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第一話 コードネーム

#1 影兎

 成瀬七実は、廊下でとある人物を探していた。明るめの茶髪に、灰色の瞳をした少女だ。眼鏡をかけ、華奢な背中にはゆらりとまとめたポニーテールが揺れている。

 探しているのは、高校で同学年の、つい先日、ある事情で接触した男だ。そのときはかなりの規格外さに呆れたものだが、休み時間毎に廊下へ出ても、一向に出くわす気配がない。一人の人物から重要な──多分、それなりに重要な──伝言を頼まれているのだが、自分の運がないのか、相手が上手く隠れているのか、はたまたその両方なのか。

 恋人には「面倒ごとは基本的に嫌うはずの奴だ」と聞かされているから、もしや避けられているのだろうか。その恋人も、探し人と同じクラスのはずだから、見つからないのはなにか理由があると思うのだが。しかし、それでは困るのだ。探している男の友人でもある恋人に、その男の連絡先を教えてもらうことも考えたのだが、関係性をあまり詳しく話せない以上、それも憚られる。この案は結局、三秒で断念した。諦めはそこそこ早い方だ。さて、どうしたものかと頭をひねっていると。

「あ……!」

 ちょうど正面から、目的の人物と成瀬の恋人(まだちょっと照れくさい)が、話しながら歩いてくるのが見えた。向かってきた方向には階段があり、手にはスケッチブックと筆記用具。美術科の移動教室があったようだ。なるほど、見つかるわけがない。

「ああ、誰かと思えば、『白兎』の手先か。じゃ、俺は先に行ってるから」

 成瀬を一目見て、何か(多分盛大に間違えている)を察したらしい彼は、すたすたと立ち去った。後には、彼女と、彼女の恋人が残される。

「おい、待てっての、白々しい演出するんじゃねえ! ……白兎ってなんだよ」

 間違っても答える訳にはいかない。

 取り残された恋人はかなり照れながら挨拶したが、

「残念ながら、あたしの用があったのは、あっちなんだよね……」

 斬首でもされた気分になったようだ。微苦笑しながら放たれた不意打ちの一言に、彼は首筋を押さえて項垂れる。

「ねえ、(かつ)()。細川に伝えてくれる? 昼休みに、人気のない場所……うん、南棟の屋上に来るようにって」

「…………わかった」

「ごめんね、伝言なんだけど、あまり人に聞かれちゃいけないからさ。ほら、彼何でも屋とかやってるし、その関係で」

「分かってるから! そんな言い訳みたいにまくし立てるなっての。疑うわけないだろ」

「ありがとう。勝哉とはその後でね」

 先に惚れたのは、成瀬の方だったはずだ。だが今は、どちらがより相手を想っているのか、それは当人にも分からない。意識する必要のないことだった。


「……悪い、つい余計な気を利かせすぎた」

 ばつの悪い顔でこめかみを掻きながら、その男──細川裕は屋上の人物に声をかけた。体の前で手を重ねているであろうその後ろ姿は、やたら絵になるように見える。友人、立花勝哉の恋人、成瀬七実だ。

「安心したような顔してたから、てっきり、移動教室の彼氏が浮気してないか心配してたのかと」

「そんな余計な心配するわけないでしょーが。こっちは休み時間三個も使って、やっと伝言しなきゃいけない相手見つけたんだよ? 安心くらいするよ」

「中学時代、恋人に浮気された奴の伝説を聞いたことがある」

「……それより勝哉、余計なこと言ってなかった?」

 さりげなく強引に、成瀬は話を逸らした。

「聞いてもいない惚気話を原稿用紙二枚分喋ったところで黙らせた。傷物にはしていないから、後で叱っておいてくれ」

「……分かった」

「なんだ、今の間は」

 顔色を見れば、大体のことはわかった。分かりやすい。これは分かりやすい。だが、その恋心は恋人の前でのみ見せて良いものではないだろうか。

「【コード『ι』、風切りの即時結界】」

 ぴたりと、細川と成瀬の周囲から風の音が消えた。

 コード『ι』、細川が構築した『コード』システムの一つである。

「さて、外部からの音は遮断した。要件を聞かせてもらおうか」

 成瀬は表情を切りかえた。一人の女子高生の表情から、一人の『協力者』の表情に、である。

「伝言屋『影兎』、『白兎』からの言葉を預かっています」

「ほう?」

 ──聞かされた内容は、一見するとふざけた単語の羅列だ。常人ならば、怒ってその場を後にするだろう。

 だが、細川はそうではない。暗号だということがわかっていたし、そもそもこの手の言葉遊びは、彼の領分だ。

「了解した。ちなみに、貴女はその言葉の意味をご存知か?」

「いいえ。情報流出を避けるため、何も。考察もしておりません。──貴方は?」

「ああ、それは勿論──」

 愚問だ。

「理解した。その話、俺が……いや、ボクは乗ってみるとしよう」

「……! 了解です」

 一瞬で理解したことを驚かれたようだ。だが相手がなんなのかは分かりやすすぎるし、それが分かれば、場所と時間も問題なく考察できる。最大限妥協したのだろう。空は快晴、雷を落としたくなるな、と思いながら、細川は本来出入りを禁じられている屋上を立ち去った。



#2 白兎

「それで? 彼にはちゃんと、伝わったのかーぁな?」

「ええ、恐らく。あれだけ自信を持って断言したのです、理解されたのだと思います。──恐ろしく早すぎましたが」

「キミには、理解出来たのかな?」

「いいえ、微塵も。ですが、私はあくまでも伝言屋。通訳者は別に用意すべきでしょう」

「ふふっ、そうかい」

 可笑しそうに笑い、ティーカップを傾けるのは、コードネーム『白兎』。正体は不明だが、成瀬に交渉を持ちかけ、身の安全の保証と引き換えに『伝言屋』の役割をさせている本人だ。成瀬のコードネーム『影兎』は、『白兎』の協力者であるという意味がある。

「お疲れ様。今日はもう大丈夫だよ」

『白兎』はそう言って、店から姿を消した。前回と同じだ。料理屋の個室に呼び出され、情報授受をする。その際、『白兎』は紅茶だけを飲んでいき、料理は頼まない。それは成瀬も同じだ。しかし、それで何も問題がないのは、

「四番の御手洗をお借りします」

「場所は、分かりますか?」

「雪景色」

「どうぞ」

 この店にも、『白兎』の協力者がいるからだった。この会話は、ちょっとした符号のようなものである。


 人気のない路地裏で、細川は人を待っていた。月光もほとんど届かない、暗い場所。指定されたのは、恐らくここだろう。

 黒い彼は制服のスラックスとワイシャツの上から、潜伏用の黒いローブに黒いマスク、右目は長い前髪で隠し、その姿は闇に溶け込むようだ。たったひとつ、首から下げたペンダントを除いては。相手の指示で、表につけている。細川以外こちらの世界ではほとんど持っていないことを知った上で、目印にするのだろう。

 ──指定された時刻になった。

「【コード『θ』】──」

 細川は、ぽつりと呟いた。

 周囲に人がいても聞こえなかっただろうが、『彼ら』には充分だ。元々、契約の時点で強固な繋がりができている。

「【鏡面結界】」

 直後、細川の後方で銃弾が反射した。

「なるほど、流石はスパイだ。見事なものです」

 跳弾はすぐ近くにあったビルの鉄柵に命中し、心地よい音を立てる。同時に四階くらいの高さから飛び降りて音もなく着地するのは、黒い服を着た細身の女だ。ゆらりと立ち上がり、顔を上げると、かなり若いことが分かる。黒髪黒目、顔立ちは整っており、優しそうな面持ちの裏に、残酷さを秘めたような印象だ。

「『白兎』──あなたのコードネームですよね」

「正解よ」

 『白兎』はふわりと表情をゆるめ、手に持っていた拳銃を仕舞った。


「キミには、銃の脅しは効かないみたいだね」

『白兎』は、細川に歩み寄りながら口を開いた。流石と言うべきか、彼女の長い髪は、歩いていても全く揺れていない。

「ええ、ボクには銃を無効化する手段がいくつかありますので」

 はったりではなかった。実際のところ、彼が持ち合わせる銃無効化の手段はこれだけではない。

 一人称を変え、細川は答える。恐らく、相手は彼のことを値踏みしているだろう。銃弾を放ってきたのがその証拠だ。であれば、彼もまた、相手を測るのだった。

「答え合わせです。コードネーム『白兎』、あなたはとある国、あるいは組織に所属するスパイで、堕天使に関する何らかの情報を持っている。間違いありませんか?」

「素晴らしいわね。及第点よ」

 それが答えだった。暗号は言葉遊びのようなもので、細川はそれを、完璧に読み解き、更には後方から飛来した銃弾から難なく身を守ったのだ。

「よくもまあ、弾丸を察知できたよね。キミも実は、スパイだったりする?」

「仮にそうだとして、易々と情報を渡すとでも?」

 細川は、否定も肯定もしない。実態としては無論そんなものではないのだが、状況次第ではそうなり得るだろう。というか、現にそうなりつつある。

 スパイが接触を図ってきたということは、そういうことに違いないのだから。

「【コード『μ』、空間転移】」

 細川の『コード』システムは、魔法の詠唱に近いものだ。コードによって得られる結果は、全て魔法的なもの。

 短く呼ぶと、細川と『白兎』の足元に、魔法陣が浮かび上がった。魔法力のひとつであるマナが流れ、二人は仮想空間に飛ばされる。ほとんど何もない、空っぽの空間。そこに存在するのは、細川の魔法店と精霊病院、それと一軒の屋敷だけだ。つまり、だだっ広い空間である。

「さあ、ここなら誰に構うこともない。ボクの実力を知りたいんでしょう? かかってきなよ、『因幡(いなば)(しろ)(うさぎ)』さん」

 挑発気味に言われ、『白兎』は十個同時に煙幕弾を投じる。それらは等しく細川を囲って炸裂し、辺りはもやに包まれるが──。

「なんだ、こんなもんか」

 煙幕の中央から、そんな声が発せられる。『白兎』はそれに反応して、つい足を止めた。一瞬の出来事。しかし、戦闘において、一瞬の隙は命脈(めいみゃく)の裁ち(たちばさみ)だ。

「ミル・グランデ。【コード『β』、(ひょう)(けん)乱舞(らんぶ)】に効果『絶対零度』を付与」

 強風が吹き、煙幕が一瞬で無効化された。『白兎』に背を向けたまま、細川は命じる。

「【強制武装解除】」

 直後、出現した刃渡り一メートルにもなる氷の剣が、『白兎』の手にあった拳銃を斬り捨てた。銃は瞬く間に消滅する。

「終わり」

 細川が、ぱちん、と指を鳴らした。呆然とする『白兎』を取り囲むように、今度は氷の矢が降り注ぎ、彼女を閉じ込めた。そこでやっと、細川は後ろを振り返る。

「さて、見ての通りです」

 彼はフードとマスクを外しながら言った。ついでに、前髪も向きをずらし、肉眼の視界を解放する。

「少なくとも、手を抜いてやったのでは、あなたはボクに勝てない。ボクは手を抜きましたが、それはあなたを殺しかねないから。契約精霊にも力を借りればよかったのに」

「どうして、私が精霊と契約をしていると知っている……? 『影兎』も、それを知ったのはキミに尋問された後のはず……」

「ええ、ご安心ください。彼女は伝言屋として、悪くない方です。あなたについて、『影兎』が余計なことを語ることはなかった」

「だったらどうして?」

「ま、いいでしょう。誰にも明かしていないことですが、今回は教えて差し上げます。──つまりこういうことです」

 細川が左腕を振るうと、彼の周囲を規則正しく取り囲む、赤い光点が八つ、出現した。それは、『彼ら』が微精霊であることの証左に他ならない。

「つまりこういうことです。ボクには、死角がない。これがあなたの敗因であり、ボクの勝因です」

 それはあまりにも現実離れして、一周まわって馬鹿馬鹿しさすら覚える結論だった。


#3 氷人形

「まあ、そんな具合でして。『白兎』さんが八時前からビルの屋上に立っていたのも、見えていたんですよ」

「あら、困ったわね。ただの一般人に、そこまでバレるなんて。ほんとにキミ、スパイじゃないの?」

「ボクは一度も否定していませんよ」

 まだ、と付けないところが、彼の彼たるところだろう。現在地細川は、『白兎』の車に同乗して、自宅方面に向かっていた。

 彼が当然のように使っていた技術である『精霊の目』が、実は総合魔法適性なるものが高かった故に可能であったのだと知らされたところだ。

 実は以前、細川の契約精霊でもある大精霊のライにも言われたことなのだが、何しろとぼけた狸のことだから、いつもの調子で冗談を言っているのだと思ったのだ。急に真面目なことを言うのはやめて欲しい。

「としても、ボクにも出来ないことはありますからね。車の運転なんて、年齢的にまず不可能。まあ何かの機会で、カーチェイスに巻き込まれるものと考えています。これは予測ではなく期待ですが」

「ドライビングテクニックなら任せなさい」

 これは期待してもいいだろう。ホンダS2000という車が、見栄でないならば。

「ところで、どうして契約精霊の力を借りなかったんです? 視界拡張はともかく、せめてもう少しましな勝負ができたでしょうに」

 『白兎』のペンダントは、細川の契約精霊が視認している。服に隠れてはいたが、そんなことは些事(さじ)だ。細川は微精霊、準精霊本精霊いずれとも契約を交わしているが、戦えるものがほとんどである。すると、『白兎』は自嘲するように言った。

「私は精霊との相性があまり良くないのよ。唯一契約している微精霊は、人の体の状態を読むことしかできない。狂いはないんだけど、一点特化って感じかしらね」

「それはそれで、便利な能力だとおもいますがね。虚勢を崩すのに使えそうだ」

「これはまたずいぶん、性格の悪いこと」

「言われるまでもなく」

「それより、自分が規格外だって自覚はないの?」

「全く」

「…………」

 事実を伝えただけで、ぶつぶつと何かを言われた。腑に落ちない。

 彼は最初に魔術魔法を習得した際も、アシスタントのラザムから、「習得が早い」と評されているのだが──彼は、そんなことは忘れているのである。


 目的地に到着した。気まぐれ魔法店──細川が経営する、何でも屋だ。

 店内に入ると、細川に銃口が向けられた。強盗の類ではない。ある契約に基づき、連日彼に襲撃を仕掛ける雪女の少女、平井零火だ。銀白色の髪に、鮮やかな水色の瞳。病人のように青白い肌をしているのは半死という特性故で、年齢は確か、もうすぐ中学の三年次だったはずだ。

 生半可な攻撃や剣による急襲には効果がないことは実証済みなので、彼女は手に持った拳銃──ただしこれは細川に渡されたものだ──を迷わず発砲。しかし、

「客人の前だ」

 魔石動力の拳銃から放たれた氷弾が命中するより早く、彼は身を滑らせるようにして零火の脚をなぎ払い、手刀で彼女の手首を叩くと拳銃を奪った。

 たったこれだけで、勝敗は決したと言っていい。ただしそれは、相手が雪女でなかった場合だ。零火は銃を奪われると、自身の能力──細川やラザムが調べたところ、これは魔法とは違うものらしい──で氷の弾幕を浴びせかける。通常なら回避しえない攻撃。

「アル・シーラ」

 細川は通常の精霊術を詠唱すると、結界で氷を防ぎ、

「アル・フレイル」

 正面の零火に向け、火炎弾を放った。零火は対応しきれず顔面からそれを被弾し──

「あつっ! 降参、降参!」

 慌てて弾幕を止め、消火にかかった。

 熱に弱いらしい雪女の少女はひとしきり転げ回った後、恨めしげに細川を睨みつける。

「本当に、先輩って容赦ないっすよねえ!」

「お前がそれを言うのか」

「だとしても!」

「これ以上力を使ったら、お前は死ぬぞ?」

 言外に容赦はしていると言われ、呆然としている零火に手を差し出して立ち上がらせる。

「次からは来客のないときに来い。川を流れる小石が沈むように見計らってだ」

「その例えは分かんないっすけど、あれっすか? これから商談か何かですか?」

「違う……とも言いきれないのか」

 細川は、ちらりと後方を振り返った。彼は全方向が視認できているが、零火にはまだ伝えていない。また、視線で『白兎』に問いかけるためでもある。

「別に、その子はいてもいいよ? 今見た感じ、戦力にはなりそうだし」

「だそうだ。端的に言えば、堕天使どもをぶっ潰そうと思うんだけどどうしようか? って話だな。聞くか?」

「私が潰したいのは、滅霊僧侶団っすよ。まさか先輩、忘れてはいないっすよね?」

「忘れるわけがない。お前たちを見る度に思い出しているさ」

「そ、そうっすか。ならいいっす……」

 零火は、僅かに視線を彷徨わせた。が、直ぐにそれを戻す。

「けど、私が堕天使討伐に参加するメリットなくないっすか?」

 全くその通りだ。彼女にしてみれば、無関係の荒事に、わざわざ危険に身を晒すだけである。さてどう出るかと、細川がスパイの出方を伺っていると。

「あら、キミが悪魔を倒すのに協力してくれるなら、襲撃の手伝いをしてあげようと思ったのだけど」

「まじっすか!?」

「は?」

 驚喜する零火と、呆れたような細川の声が重なる。

「……って、誰っすか、この人?」

 零火はまだ、『白兎』が何者なのかを知らない。何しろ、ついさっき初対面したばかりである。

「うーん、あまり迂闊に身分を口にはできないのよねぇ。だから、キミが私の信用に足るかどうか、見極めさせてもらう」

「えぇー……」

「明日、この時間にもう一度ここへ来て頂戴。私を降伏させたら、キミの質問に答える」

 零火にしてみれば、納得はできないだろう。

 いきなり現れた人間に正体を明かすことはできないが戦えと言われているのだ。

そしてやることは普段の襲撃の延長線上。一度も細川を降伏させられていない彼女が躊躇するのも無理はない。

「とは言うが、どうせ全力を出すことはできないはずだ。お前の能力を使えば、勝手に負けて勝手に降伏してくれると思っていい。手を抜けとは言えないが、この人にしてみれば、お前の能力を見ることが目的だろうからな」

「因みに、キミは提案に乗ってくれるのかな? でないと、計算が狂うことになる。悪魔の中には仇敵がいると情報を得ているけど」

「まあやりますよ。断ったら襲撃イベントが激増することになりそうだ」

 そんな会話をしているうち、決断したらしい零火が口を開く。

「分かりました。明日の決闘、受けます」

「因みに日本には、決闘罪というものがある。その台詞、日本で口にしたら一発アウトだな」

 ……こうして細川は、『白兎』に一人称を、零火には視界を、それぞれ何も告げないことで騙し通したのだった。


#4 魔眼

 細川が自宅に帰ると、一人の少女が飛び出してきた。魔力使用者としてのアシスタントであり、十三名に揃えられた大天使の一人でもある。得意分野は魔法陣で、その技術は本来精霊術にしか存在しないはずの防御結界を、そのまま再現してしまうほどだ。名を、ラザムという。

「やっと帰ってきたんですね。今までどこにいたんですか?」

「悪かった、ちょっと復讐の目処を立てていた」

「……?」

 ラザムは不思議そうにしたが、細川が事情を説明すると、やがて驚いた顔をした。無論、スパイの存在や零火の参戦に関わる決闘など、伏せるべき情報は伏せた上でだ。

「……つまり、ルシャルカを倒せるかもしれないということですか?」

「ああ、そういうことだ。放ったらかしにして悪かったな。聞いたところ、堕天使は中級下級の悪魔を生み出し、人間に害をもたらす。で、それが何故か、俺を目の敵にしているという話だ。そこで俺が囮兼トラップとなり、奴をぶっ潰す。ついでに滅霊僧侶団も引き潰してやろうと思う」

「……天使は、魔王様の能力の片鱗(へんりん)を、生まれつき獲得しています。ルシャルカはそれを魔力使用者の契約中に使用し、堕天しました。つまり、元は私と同じ大天使。無茶はしないでくださいね? 私も決戦には参加しますから」

 ラザムの参戦について、細川は何も言わない。

やらせたくはないが、来るなと言っても来るだろうし、彼としては、他人の復讐に口出しをできる立場ではない。彼がルシャルカを倒そうとしているのも、ラザムに手を出されたことが原因なのだ。

「とにかくそんなわけで、明日も今日と同じくらいに帰る」

「本当に、無理はしないでください。最近、細川さんの寝不足に拍車がかかっているのはわかっているんです。休める時にはちゃんと休んでください。でないと……」

「残り少ない命が、そうそうに潰える、か」

「……! 気づいて、いたんですね」

「元々丈夫な体じゃないんだ。魔法で酷使していれば、寿命なぞたかが知れている。もっと労わってやらないと、五年程度で死ぬだろうな」

 魔法だけではないだろう。九九の契約が体を縛り付けているのだ。命を削らない方がおかしい。魔法適性が高いとは言うが、案外そのせいで命の蝋燭に猛火を灯しているのかもしれないのだ。

「なあ、ラザム」

 天使を隣に座らせ、細川はソファに身体を沈める。そして夢を見るような口調で、何気なさそうに呟いた。まるで、現世に視線を残していないような、儚げな表情で。

「──君の本来のご主人は、幽霊の認識障害について、何か知らないかな?」

 ラザムは、そんな細川の横顔を、ただ眺めるしかできなかった。長い黒髪に隠された、横顔を。


 『白兎』と零火の決闘は、仮想空間の開けた場所で行われた。相手に傷害を加えることと、火器の使用を禁じ、一対一で戦うことになる。

 結果から言えば、それは細川の予言通り、零火の圧勝。風を使える相手に煙幕を張ったのは、『白兎』が手を抜いたことの証左に他ならないだろう。暴風と極寒の中、刃を削ったナイフを片手に氷漬けにされて身動きが取れなくなった『白兎』は、知っていたかのように降伏を宣言する。

零火による質問タイムが始まった。

「まず、あなたは何者なんですか?」

「私の名前を明かすことはできない。コードネームは『白兎』。簡単に言えば、異世界国家のスパイだよ」

 それから細川の方を向いて問う。

「キミは聞いたことない? 精霊自由都市共和国群。向こうの三大国家の一角なんだけど」

「確か、アルレーヌ大森林がそこにあったな」

 以前、魔石調達を頼んだ際に、そんなことを言っていたような気がする。

「そう。アルレーヌ大森林は、北部メルトナ州に位置する。私は共和国のスパイチーム『幻影』から派遣された。『幻影』は、現在悪魔の全討伐を目的に動いている。その過程で、総合魔法適性が歴史的にも稀有(けう)なほど高く、悪魔とも接触した経験のある、そこの天才に声をかけた」

『白兎』は、そう言って細川を指し示した。

 彼自身、魔法に適性がないとは思わないが、そこは自分の才能をあまり高く見ない彼だ。自他ともに残念ながら、細川は自分が天才ということを認めていない。才能が皆無ではないにせよ、人より多少上という程度にしか考えていないのだ。

 零火としては、細川には自分の才能を、いい加減認めてもらいたいと思っている。でなければ、こうも毎日襲撃をかけて返り討ちにあう自分が凡才以下だと暗に言われているようなものだ。彼女としては、その辺をもう少し自覚して欲しいと思う。

「自分の仕事に他人を巻き込んでも問題ないんですか? かなりの任務のようですけど」

 零火の質問に対する『白兎』の回答。

「覚えておくといいよ。工作員は、任務達成のために多くの協力者を使う。使えるものはなんでも使い、手段を選ばない」

「だったら、拷問にでもかけてみましょうか」

 細川が、またどこから取り出したのか分からない拳銃を突きつける。マナ・リボルバーと名付けられた一品だ。シリンダーにセットされた魔石を切り替えることで、いくつもの魔法を使うことができる。細川が密やかに、「魔石細工師」と呼ばれる理由の一つだ。

 一月前にもそうしたように、『白兎』の喉元に照準を合わせ、引き金には指をかけ、その方がより正直な回答が得られそうだ、と言う。

「そうしたら死ねるね」

「死なせない。気絶昏倒する前に、傷は癒える。何も問題はない」

「キミ、スパイに向いてそうだね。機会があったら共和国に亡命して、『幻影(うち)』の仲間にならない?」

「本気でそんなことになれば、検討しますよ」

 細川は拳銃を空中に放り出した。銃はどこへともなく姿を消す。

 その様子を呆然と見ていた零火が、やがて思い出したように口を開いた。正面に、三本の指を立てている。

「条件三つ」

「何かな?」

「まず、私の身の安全を保証すること。悪魔なんてものと戦うのなら、これを確約してください」

「もちろん。何かあればすぐ対応できるように、予め策を置く」

「二つめ。最低でも三回に一回は襲撃に参加すること。あなたが先に言ったことです」

「ええ、私から言ったことだよ」

「二人まとめて吹き飛ばすだけだな。受け身の練習をしておくといい」

「「───」」

「なんだ」

「……いや、別に。三つめ、滅霊僧侶団の破壊にも協力すること」

「ふうん?」

「なるほどな」

『白兎』と細川は、それぞれ微妙に異なった意味で感銘を受けたようだ。先の発言──使えるものはなんだって使う──を早速利用した形だろうか。

 滅霊僧侶団について説明された『白兎』は、すぐに頷いた。

「いいとも、それくらいならいくらでも」

「滅霊僧侶団も悪魔の傀儡(かいらい)とかなら楽に片付きそうだが、そうではないだろうな」

 細川の呟きは無視されたようだ。

 そうして、彼等は新たにコードネームを得る。零火には『氷人形』、細川には『魔眼』。


 悪魔と滅霊僧侶団、二つの敵を相手取る、二正面戦争の開始だ。

Ⅱ期からは伏線張りまくり。

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