第八話 置き引きチョコレート
#1 二月十四日
それは、ある放課後のこと。化学部がやけに張り切っていた。忘れられがちだが、細川の所属は化学部だ。本日主に張り切っているのは、二年生の先輩たち。荷物運びを次々と頼まれ、なぜか終いには同学年の部員にすら引き止められる始末。理由は簡単と言えば簡単だ。バレンタインデーである。
「インテリはモテる」などと言い出した部長のせいで、部員のほとんどが扇動され、その手のことに全くと言っていいほど興味のない細川は、見事、全員の助手という立場に預かったのだ。この状況を一言で表すならば──、
「理不尽だ」
だいたい、当日いきなり演技をはじめたところで意味がない。荷物持ちをしながらそんなことを考えて歩いていると、見知らぬ少女に声をかけられた。
「あの、細川裕さんだよね?」
「……誰?」
細川は、不機嫌そのものの声で振り向く。
明るい茶髪に灰色の目をした眼鏡の少女だ。華奢な身体の背中に、長めのポニーテールが揺れている。上履きの色を見たところ、学年色からして同級だと思うが。
「あ、間違いない感じ? うん、聞いてた特徴とも一致する。間違ってないとお見受けして……『最強の魔法使い』さんにお願いがあります。あたしの置き忘れた物を探してくれないでしょうかっ!」
「……はあ?」
何度でも言うが、細川は化学部の活動中だ。今回ばっかりは着る気のない白衣は、どう間違っても魔法使いのローブには見えない。だいたい、『最強の魔法使い』などという呼び名に心当たりはない。こんなふざけた形容詞をつけるのは、彼の心当たりに一人だけ。
「……あの野郎、今度こそぶん殴るわ」
立花が、脳内でケラケラと笑うのが聞こえた。
#2 失せ物探し
依頼人──成瀬七実。
タイムリミット──残り一時間半。
───消えた小箱を見つけ出せ。
「いや、人選ミスってレベルじゃないな。なんで俺はあちこち振り回されているんだ? 部活出ないで帰ればよかったかな」
「そんなこと言わないでよ、あたしだって、ほんとは人に頼みたくないのに」
「だったら一人で探せばいい」
「無理言わないでくれる!? 恋する乙女が助けを求めてんのよ!?」
「探し物の内容的に、頼るべきは知らない男より見知った女友達だろ」
「だってしょうがないでしょ! 友達みんな、部活行ったか帰ったかしちゃったんだから!」
「俺だって部活中だ……一応は」
「その白衣はお飾りか」
言い合いながら依頼人の成瀬と、完全に巻き込まれた形の細川は、ラッピングされた小箱を捜索する。
中身は手製のチョコレート。なんでも、バレンタインで意中の相手に渡すつもりだったのだが、うっかり教室に置き忘れてしまい、慌てて戻ったところ、姿を消していたらしい。すぐそばを歩いていた先生を捕まえてこっそり落し物を調べてもらったが、届けられていないとのこと。置き引きだと仮定し、今度は嫌そうに歩いていた細川を捕まえた、というのが、成瀬の供述だ。
──要約すると、恋するポンコツ乙女の探し物に、細川は無理やり同行させられた形である。
「だいたい、これが『最強の魔法使い』にやらせることか? この学年に王族貴族がいたとは知らなかった」
「あたしだって、最強の魔法使いがこんなに口の悪い人だなんて思わなかったわよ……」
「ついでに謝っとくと、俺は探し物が苦手だ。蝋燭の火がケーキを焼けないように」
「なんの喩えだよ」
「最近はものの喩えも苦手だ」
第一学年に割りあてられたクラスは、南棟五階にある。十分で既に半分以上、五クラス分の教室を捜索しているが、依頼人の教室含め、小箱は発見されていない。
「あるかないか、校舎壊して建材を消去すれば一瞬でわかるな。そうするか」
「怒られちゃうよ!」
「真に受けるな」
「なんだ、びっくりした」
「今ので貴女の心の焦りを読んだ。冗談を冗談とも思えないとは重症だな」
「う、うるさいよ! 好きな人に贈るチョコなんだから当然でしょ!」
「ついでだ。アル・グランデ」
音を立てて、細川の掌から突風が起こる。それは教室の角から対角線を描いて吹き、カーテンを大きく揺らす。それを見た成瀬が奇声を上げ、慌てて口を押えた。
「ば、馬鹿なことしてないでちゃんと探してくれる!?」
「探し物は苦手だと言っただろう。今のは気まぐれだ」
「気まぐれで心臓止めにかかってくるのやめてくれる!?」
「AED、いるか? 人工呼吸はこっちから願い下げだが」
「いらない! そういうのは勝哉だけ──」
うっかり口を滑らせ、今度はまた別の理由で顔を赤くした成瀬だが、細川の衝撃はそれ以上だ。まさかとは思うが。
「勝哉ってのは、立花勝哉か?」
「……そうです」
消えそうなくらい弱々しい声だ。一方疑惑が確定した細川は、つい口元をにやけさせた。
「へえ、なるほどなるほど」
立花勝哉。野球部一年にして攻守両刀のエース。細川を成瀬に過大広告した(恐らく)本人であり、紛れもなく彼の友人の名だ。
「はあ、よくわかった。それにしても意外だな。そろそろやってやるか」
「え? あの、ちょっと……」
不純な動機でやる気を出した細川は、学生服の下に隠している精霊術師のペンダントを手で押さえ、目を閉じた。そして、きっかり二秒──五十近い光が現れる。
「すごい数──こんなに必要?」
「そんなことはどうだっていい。それよりこっちだ」
「あ、ちょっと待って」
教室を飛び出し、廊下を駆けだす細川に、やや遅れて成瀬が続く。今この棟は、東側にしか人がいない。これは細川が精霊たちに調べてもらったことだ。
「ところで話は少し変わるんだが」
「あ、ああ、うん。なに?」
南棟西階段を駆け下りながら、細川が口を開く。
「一つ聞きたいことがある」
「うん、だから、なに?」
後ろ振り向こうともせず、彼は会話を延ばし続ける。三つ目の踊場に差し掛かった時、
「【仮コード『九番』】」
おもむろに足を止めた。そして、受け取ったマナ・リボルバー。【コード】はあらゆる状況を想定し対応するための、精霊たちとの取り決め。細川が考案中の暗号だが、今はまだ試験段階だ。
「ところで依頼人──」
その銃口を、振り向きざまに成瀬へ突きつける。
「──このゲームには、いつまで付き合えばいい?」
#3 甘い想定、苦い結末
──このゲームには、いつまで付き合えばいい?
細川が成瀬に突きつけた言葉は、まだ引き金を引かれていないにもかかわらず、彼女の心臓を見えない銃弾で深く抉った。本当に予想外だったのだ。
タイムリミットギリギリまで探して、「本当に消えたのか?」と問われるならば理解できた。否、その方向に誘導し、「ごめん、もう一回見たら鞄の中にあった」と言うまで予定すらしていたのだ。それなのに、なぜ、目の前の男は看破してしまったのか。それは謎だ。彼女は細川の奇妙な性質、仮名主人公体質についての情報を持ち合わせていない。
「なぜ、俺を騙そうなどと考えた?」
形を変え、再度同じ質問をされる。
「なぜ、鞄に入っていることを隠していた?」
「それは……」
決まっている、言えるわけがない。銃口は微動だにせず、成瀬の喉を狙っている。引き金には指がかけられ、少しでも力を加えれば撃ち抜かれるだろう。
命の危険にあって、情報の開示を要求される──この状況は、脅迫と言ってよかった。
「言えないか。精霊の力を借りて、記憶を引っ掻き回すことも可能なんだが」
「やめて!」
そのとき、緑色に発光する精霊が、細川に何か囁いたようだ。
それを聞くと、彼は一瞬で判断を下す。
「わかった。では、【仮コード『十八番』】」
仮コード十八番。それは、空間転移の魔法陣を使うための番号だ。仮コードは一から九までと、十八番の十個が登録されている。空間転移は、つまり仮想空間に入ること。本来精霊術の分野ではない。魔法陣そのものは、魔術魔法の一分野でしかない。
やがて転移が完了し、魔法陣が消えた頃、踊り場には一人の物理教師が通りかかった。
「……さっき誰かの声が聞こえたようだが。気のせいか?」
日頃の行いが出たのだろう、細川の担任だ。
「なるほど、盗聴器があったか。だから通常世界では何も言えなかったんだな」
精霊が見つけ出したそれを確認し、成瀬本人に敵対意志がないと判断すると、細川は銃を放り出した。
金色に光る銃は落下して壊れることなく、空中で消滅する。精霊が回収するからだ。
「ここなら電波授受はされないが、盗聴器は破壊しておこう。さっきの様子からすると──」
細川は成瀬の体に手を伸ばした。ほぼ無意識に、彼女は体を強ばらせ、一歩後ろに下がる。
「動くな。誰が他人の恋人に手を出すか」
「……まだ、恋人ではないのだけど」
「そうだったか? あいつが誘いを断る未来が見えないから、つい」
「……」
「──取れた、これだな」
細川は成瀬のブレザーから一円玉程の大きさをした、ボタン型の装置を取り出した。後ろの襟の裏側、なかなか性格の悪いところにある。精霊が見つけなければ、細川のに見つけられたかどうか。多分無理だろう。
彼はそれを掌に乗せたまま、短く詠唱する。
「エルーナ」
放電音と共に、盗聴器がショートして故障した。
「俺の勝ちだ。これでもう、貴女が口を閉ざす理由はない。さて、本当のことを聞かせてもらおうか」
「……先に言っておくけど」
「なんだ」
「……勝哉にチョコあげようとしてたのは、本当だから」
「──」
「ちょ、ちょっと! 笑うのやめてくれる!? こっちは死活問題なんだよ!?」
「悪い、最初に前置きして何を言うかと思えば、いや、一途で健気な恋心だと……」
「人の心を笑うな!」
本筋から逸れたこの言い合いは、この後五分ほど続いた。
#4 影に潜むもの
「それで、彼に全部話しちゃったのかい? 洗いざらいぜーぇんぶ?」
「……申し訳ありません」
正面でティーカップを傾ける女に、成瀬は肩を落として頭を下げた。彼女を拳銃で脅してきた女だ。細川の友人、立花勝哉に向いた恋心を利用され、『最強の魔法使い』への接触を強いられた。成瀬は、一体いつ撃たれるのかと、内心怯えている。
冷たい汗が流れ、それと気づかれないよう、彼女はより深く頭を下げた。額がテーブルの上にあったコップにぶつかり、中の水をこぼす。
今、彼女はとある料理店の個室に、女と二人きりで入っている。店は女が指示したものだ。この女の正体を、成瀬は知らない。
知っているのは『白兎』というコードネームと、レッグホルスターに拳銃があること。他には誰でもわかる、外見的特徴がいくつか。
「そう怯えなくていい」
報告を吟味していたらしい『白兎』が、そう言って声をかけた。怯えているのは誰のせいだ、と言いたい気持ちを堪え、成瀬はゆるゆると顔を上げる。
「今のキミは、嘘を言っていなかった。この子に確かめてもらったからね」
「──!! 『白兎』さんも精霊を?」
精霊を従えているのなんて、あの規格外な男だけだと思っていた成瀬は、つい面食らってしまう。『白兎』は、穏やかな表情で右肩の上を示していた。そこには、赤い光を発する点が浮かんでいる。
「私は精霊との相性があまり良くないみたいでね。この子だけだよ。微精霊一匹が限界」
「そこだけ切りとってもあの男、常識外の人間ですね……!」
改めて、細川裕という人物の異常さを思い知った。ただの人間でないことは風聞から察してはいたが、あれは一体何なのだろう。
「ま、今回のことはあるべくしてあった失敗だよ。安心していい。私はキミがこのことを口外しない限り、キミを口封じに殺すことはないし、もちろんキミの恋人くんにも手を出さない。私の精霊と、この命にかけて誓おう」
「──。ありがとうございます」
『君の恋人くん』と言われて成瀬はやや顔を赤らめたが、反論することはなかった。それがいかなる意味を持つのか、それを記すのは無粋というものだ。
「ところでさっきの情報だけど」
「な、なにか……?」
「……そう身構えないでくれるかな。キミを殺すことは、既に私にとって自殺行為だよ」
だから誰のせいでこうなってると思ってるんだと、そう言いたいのを再度堪え、成瀬は椅子に座り直す。苦笑されたのが腑に落ちない。
「あの魔法使いが言ったって言うセリフ。ちょっと気になるところがあってね。ほら、『蝋燭の火はケーキを焼けない』ってやつ」
「ああ、それのことですか。実は私にも意味はさっぱりで」
「私も確証はないよ。だけど、多分ダブルミーニングだろうね」
「ダブル?」
「そう、ダブルミーニング。私の仮説だけど、一つ目の意味は力不足。あるいは手が届かない、とか。彼、探し物は得意じゃないって言ってたんでしょ?」
「ああ、確かに……」
「で、二つ目。多分込めた意味はこっちの方が比重が大きかっただろうね。──探し物は、すぐそばにある、と」
はっとした。細川は精霊を呼び出してみせたときに気づいたのだと思っていた。呼び出した精霊が、鞄の中にある小箱を発見したのだと。そう解釈していた。しかし、それよりも前に気づいて、わざと探し物をしているふりをしていた?
探し物は得意じゃない。探し物はすぐそばにある。
蝋燭の火は弱すぎて、ケーキを焼くには火力不足。
ケーキに立てられた蝋燭は、火をケーキに届けることはできない。言い換えて──灯台下暗し。
ふたつを合わせて、細川裕は、『蝋燭の火はケーキを焼けない』と表現した。最初からわかっていたのだ。あからさまに精霊を呼び出したのは、成瀬を逃がさないため。
「あくまでも私の仮説だよ。でもこれが本当なら──」
『白兎』は、席を立った。帰るつもりらしい。
「あれはとんでもない人間だ。天才だよ。こことは住むための場所が違う」
成瀬は息を飲んだまま、しばらくその場を動くことができなかった。
Ⅰ期終わり!




