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首のアレ  作者: 遠宮 にけ ❤️ nilce
 〜もしも彼の首に〇〇がついていたら?〜 笹川有希編

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8 彼女からの電話

 スマホを手に急に立ち上がった私を、タッタが見上げた。

 子どもの頃から変わらない、猫のように鋭く強い意志を感じる目だ。


「どうした」


 手首を返して、山﨑美夏の文字が映る画面を見せるとタッタは険しい顔をした。


「……出るよ」

「よければ、スピーカーにしてくれ」


 私は黙って頷き、スピーカーのアイコンを押す。

 タッタが膝を押して立ち上がり、そっと耳を寄せた。


「もしもし、美夏?」


 間違ってかけたのだろうか。声をかけても布の擦れるような音がするばかりで反応がない。


「聞こえてる? 返事してよ」


 震える声で懇願する。

 間違い電話でもいい、このままずっと繋がっていたいと願う。

 美夏の声が聞きたい。

 突然、音がクリアになった。


「どうして有希にジッパーを見せたの」

「美っ……」


 美夏の声だ。

 タッタが、呼びかけようとする私の唇に人差し指を押し付け、耳を傾けるジェスチャーをする。

 黙って聞けということだろう。

 考えてみれば、美夏の問いは電話口にいる私に向けられたものではなかった。

 電話の向こうで、低く拗ねたような声が彼女の問いに答える。


「は? 言っただろ。ついだよ。つい。ちょっとからかっただけじゃねーか」


 克己だ。講義室でのことを話しているんだ。

 向こうもスピーカーなのだろう。

 場所は、大学だろうか? それにしては他の人の声が聞こえない。


「嘘。なんでわざわざ正体を明かすようなことをしたの。有希を怖がらせて、それからどうするつもりだった?」

「別に。気づいちまってたんだしさ、いいタイミングだったんじゃねーの。いつまでも隠しておけないって言ってただろ」


 美夏は克己の返答をスルーする。


「昨日だってそう。急に賭けなんて言い出したりして。克己、この頃おかしいよ」


 追求された克己は、ぶはっとおおげさに吹き出した。


「おかしい? 俺がか? 変なのは美夏だろ。今日のことでやっとわかったぜ。お前だったんだな、頭に命令を送っていたのは」

「どういう意味よ」

「親身なふりして近づいて。まったく名演技だよ」


 美夏の声は電話の向こうのこちらにもわかるくらい震えていた。 

 緊迫したやりとりに、何も写っていやしない画面から目が離せない。


「……そんなわけ」

「ふざけんな! 今更言い逃れできると思ってんのか? 目の前で大勢を従えておいて、随分馬鹿にされたもんだな」


 ははっと乾いた笑いをこぼしていた克己が急に怒鳴った。


「誤解よ。従えたわけじゃない。あたしだってなにが起きたのかわからないの!」


 講義室で美夏は、学生をまるで操り人形にしたかのように従えていた。

 一斉にジッパーを下ろす音が頭の中によみがえる。


「残念だな。何を言おうとこっちはもうとっくに目が覚めてんだ。正直に答えてくれ。これまで俺が夢だと信じていたことは、全部現実だったんだろ? 」

「それは……たぶんそうだったんだと思う。信じたくないけど」


 しおらしい態度の美夏に、克己が苛立ったように舌打ちをする。


「人ごとみたいに言ってんじゃねーよ。いつからこんなことを繰り返してる? どうして俺を巻き込んだ? 何を企んでる」

「巻き込むって……違うよ。私、克己と一緒にジッパーになったんじゃない」

「だけど、お前はジッパーに触れただけで周囲の意識をコントロールした。他に誰があんなことできる? 少なくとも俺にはできなかった」

「あたしだって、初めてだよ。あんなの」


 二人は何を言っているのだろう。

 巻き込む。初めて。

 首のジッパーに触れた時、美夏は克己が私に何をしようとしているか、そしてそのやり方がどういうものか、ちゃんとわかっているように見えた。


——痛くないようにシテあげるね——


 私にそう言って迫ってきたじゃないか。

 あれが、初めて?

 克己じゃなくても信じられない。


「そんな言い訳が通用するか! お前が俺をジッパーにしたんだ」

「できるわけないじゃない。忘れたの? ……克己こそ、正直に言って。賭けなんて言い出したのも、教室でジッパーを見せたのも、有希のことを狙って……」


 月の瀬橋の上で鳴ったクラクションの音に美夏の言葉がかき消される。

 元々が聞き取れるかどうかギリギリだった。

 タッタは聞きとれているだろうか。見ると固く目を閉じて耳をそばだてている。

 

「そうだよ! 欲しくてしょうがなくなんだよ。お前にだってわか……そっか、わかんねーんだな、お前には。俺がどんなに耐えてきたか」

「どうしてそうなるの、あたしだって同じよ。それでも有希だけはって約束したじゃない。なのに、どうして」

「人をこんなおぞましい化け物にしておきながら、きれいごといいやがって。もうごまかされねーからなっ」

「本気で言ってるの? あたしにあんたを化け物にするなんてこと、できるわけない。目を覚ましなさいよ」

「ふざけんなっ! じゃあなんで、コントロールできたんだよ、説明してみろ」


 ダンと何かを叩きつけるような音がして、突然プツリと音が途切れた。

 画面が通話終了を知らせる。


「えっ、美夏?」


 何が起きた? 慌てて音声通話のボタンを押す。

 けれど何度かけてもコール音が鳴るばかりで、反応はない。


「もう、なんで出ないの」

「落ち着け。今のは山﨑と、誰だ?」

「美夏の彼氏。谷田克己。同じ学部の同回生。サークルも一緒。昨日花火をした四人のうちの一人」


 浮かぶままに答えながら、美夏のLINEにメッセージを打ち込む。

 電話で会話を聞いてたよ。喧嘩してたみたいだけど、大丈夫? 無事なのか知りたい。返事をして、お願い……いくら送っても既読がつかない。


 スマホの時計は十二時半を指している。三限が始まるにはまだ時間があった。

 二人は学内にいるんだろうか? 

 いや、人のいる中であんな大げんかをするもんか。秘密を持つ人間が、あんな際どい内容の話を。


 スマホは克己以外の声を拾わなかった。

 だとしたら、いるのは克己のアパートか。


「私、行ってくる」


 スマホをトートバッグに投げ込み、あらためてお尻の土を払った。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいですね~謎が謎を呼ぶ展開。有希のスマホに電話を掛けてきたのは美夏なのか?それなら何故美夏は克己と延々会話を繰り広げるだけで終わったのか。ジッパーとは一体何なのか。先の展開が気になりますก…
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