3 地雷に触れる方法
家に足を踏み入れるや否や、飯は食ってきたのかだの、風呂に入れだの、両親は口々にお決まりの言葉を浴びせかけた。
適当に食べた、すぐに入るなどと返事をし、階段を駆け上がる。
自室の扉を閉めると、思い切り回転椅子に背中を預けた。
「あ”〜〜」
「花火って言ってたのに早かったじゃん……って、こわ。なんだあの抜け殻」
身体中の空気を抜くように声を出すと、今度は弟たちが間仕切りの向こうから顔を出した。
まったくうちにはプライベートというものがない。
「にーちゃん、アレには触れん方がいいよ。抜け殻に見せかけた危険生物。ヤバいよ」
「あ?」
椅子を回転させて振り返ると、中高生の弟たちはそそくさと引っ込んでいく。
人を妖怪みたいに言いやがって。失礼な奴らめ。
うちはメゾネットタイプのアパートで圧倒的に部屋数が足りない。
そのため私たちに一人部屋はない。
二階の奥の一番広い部屋を間仕切りでふたつに分けて、弟たちと三人で共有している。
弟二人の間には区切りがないが、一応、私のスペースはきちんと締めればちゃんと独立した部屋にはなる。
ただ、留守中ルンバをスムーズに通すために間仕切りはだいたい開けたままにしてある。
くつろぐのは間仕切りを締めてからにすればよかった。
いまさら立ち上がるのも面倒だ。
近寄れば間違いなく彼らの相手をしなければならなくなる。
中高生にもなれば親や大学生の姉なんてうざったいものだろうに、うちの弟たちはなかなかのかまってちゃんなのだ。
「何かあったんかな」
「決まってるだろ。いくらくっそ地味な姉だってもう大学生だぜ?」
「まさか。化粧どころか日焼け止めすら塗ろうとしない、色気皆無のねーちゃんに?」
「そうさ。未だ小学生と見紛わんばかりのバディーとセンスの姉にも……ないな」
聞こえるように言い合った後、一言どうぞと言わんばかりに弟たちは声を揃えた。
「「あるわけない」」
暇人め。
しかし今は、やつらのことなどどうでもいい。
背中を向け、聞こえないふりで押し通す。
つまらなそうな顔が目に浮かぶが、知るもんか。
あれから結局、達弘にジッパーのことを尋ねられなかった。
唐突に告白され、その上誕生日までになんらかの返事をしないといけない事態に陥って、私はすっかりテンパってしまったのだ。
気がつくと「門限だった」となどと言い訳して自転車に飛び乗り、逃げ出していた。
あまりの展開にため息が漏れる。
癪だが弟たちの言う通り、地味でお洒落さのかけらもない私は恋愛にも疎い。
正直、これまで興味を持ったこともなかったんだ。
ああいう時どう振る舞えばいいのかなんて想像もつかない。
情けなくも逃げ帰り放心しているくらい、困り果てている。
中学生の真人が声変わり前の幼い声で拗ねてみせる。
「ねー、せっかくこんなディスってんのに、ガン無視とかありえなくない?」
「だから言ったじゃん。それどころじゃない何事かがこの内弁慶な凶暴女の身に降りかかってる。聞いただろ。あの物憂げなため息」
「にーちゃん、物憂げってどういう意味?」
そういえば語彙やら何やらいろいろ足りない中一の真人はともかく、高二の唯人はかなりお洒落にうるさい。
毎日髪のセットや肌の手入れで洗面所を長々と占拠してるし、インスタチェックにとどまらず、ファッション雑誌を月に三冊も買っている。
興味のない私からすると、男性向けファッションという切り口だけでこんなにも種類が必要だなんて、わけがわからないけど。
立ち上がり、間仕切りから二人のスペースに顔を出した。
「唯人。首の後ろにジッパーみたいな飾りのあるネックレスって、流行ってたりする?」
「ジッパー?」
「そう。ごく普通の銀のジッパーが後ろに付いてるネックレス。まるで首から直接ジッパーが生えてるみたいに見えるチェーンが透明なのとか、流行ってたりしない? チタンとかステンレス製のアレルギーフリーなやつとかさ」
唯人は襟足をいじりながら首を傾げた。朝に決めたヘアスタイルは夜まで綺麗に決まっている。
「そんなもん、ネットでも街でも見たことねーよ」
「ねーちゃんが男物のアクセサリーに興味を持つなんて、どういう風の吹き回し?」
「真人、これ以上聞いてやるな」
さらなる誤解を招いてしまったようだが、考えるのも面倒だ。
「唯人が知らないなら、少なくとも流行りじゃないか。ありがと。んじゃ、着替えるから」
間仕切りを奥まできっちり締め切って弟たちを視界から追い出すと、ベッドに倒れこんだ。
勝手な憶測をする二人の声がやかましい。
三人で部屋を共有するのも限界だなと思う。
来年は唯人も受験生だ。
なのにテスト期間のはずの今も、二人とも勉強なんかしてそうにない。
これじゃさすがにまずいだろう。
私が出れば二人の部屋にも区切りができて、ちょっとは勉強にも集中できる。
近くても家を出て一人暮らししたほうがいい。
二人の騒ぐ声を追い出すように枕で頭を挟み、目を閉じた。
頭にコンビニ前で見た達弘の首のジッパーが浮かぶ。
「首のソレ、何? ジッパーみたいに見えるんだけど」
小さく声に出して呟いてみる。
簡単に言えるじゃないか。
サラッと口にしてしまえればこんなにモヤモヤすることもなかったのに。
ジッパーのことは、一年サークルで達弘と一緒に活動してきた克己に確認してみよう。
告白のこともあるし、いきなり達弘と二人では話しづらい。
彼の誕生日だって、みんなを巻き込めばやりすごせるんじゃないか。
ずるい考えだとは思うけれど。
三人はまだ飲んでいるだろうか。
ラインを開き文字を打ち込もうとして、やっぱり無理だとスマホを伏せた。
直接顔を見て話さないと、いや、見て確かめないと、結局疑いの気持ちはどうしても残ってしまう気がする。
階段下から母の声がする。
「有希ぃ。後がつかえるから、さっさと風呂に入って」
「はぁい」
頭の中を渦巻く考えを押し流し、できるだけ明るく聞こえるように返事をした。