20 オカルト教授と私
消えた家族と取り残された小学生の男の子。
秋幸さんから送られてきた文字を見て振り返るも、思い当たることなど見つからない。
——すみません、人違いじゃないですかね。私、自分の通う大学以外に教授の知り合いなんていません——
送るとすぐに返信がきた。
——そうですか。以前に美夏が友達からその男の子の話を聞いたって話してたので、笹川さんかなと思ったんですけど……。失礼しました。忘れてください——
忘れてくれと言われると却って気になる。
——美夏から話を聞いたのって、いつですか? ——
私と美夏は高校で知り合ったのだから、四年以上年前のことなら確実に私ではない。
確認すればきっとはっきりする。
——貝島の神隠しが起きた後です。笹川さんたちが高校に入った年の正月。僕が教授から聞いた話を……男の子の家で見つかった骨に見たことのない成分が含まれているってことを、姉さんにしてたとき。美夏が似た話を聞いたことがあるって割り込んできたんです。本当に心当たりはないですか?——
家で骨が見つかったってことは、消えた家族は失踪したんじゃなくて消されたのか。殺人事件なのだろうか。
男の子はひとり現場に取り残されていた。
酷く痛ましい話だ。
——なにも思い当たりませんね。というか、美夏やその教授がなぜ男の子の事件と貝島の神隠しが似ていると感じたのかがわかりません。大人たちが消えて子供だけが残されたという共通点はあるけど、それだけですよね?——
神隠しとは言っても、後者は単なる船の事故。失踪じゃない。
もっとも前者も殺人事件なのだから、いっそう関連が見えなくなる。
——あ。僕の話し方が悪かったですね……。まず教授が二つの事件を結びつけたのは、骨から見つかった特定不能の成分と同様のものが貝島の土壌でも見つかったからです。美夏が似た話と言ったのは貝島とは関係なくて、僕が姉に話していた男の子と子どもの骨の話が友達から聞いた話とよく似てたってことで。混乱させてごめんなさい——
小学生の男の子と子どもの骨?
口の中にじんわりラムネに似た妙な味が蘇ってくる。
ついで砂の中に埋もれていた宝箱が気まぐれな風で姿を浮かび上がらせてきたかのように、記憶の断片が浮かび上がる。
指を動かし、画面を見つめる。
——……残されていたのは、幼児の骨ではないですか? でも、家族構成は父、母、姉、弟の四人で、一番若いのは取り残された男の子だった——
既読がついたあと、少し間があった。
そしてひとこと。
——そうです。幼児……いや胎児と言ったほうがいいのかな。残っていたのはその子の舌骨だけ。やっぱり笹川さんだったんですね——
間違いない。その話を美夏にしたのは私だ。
私がそれを知ったのは、叔母の職場の机にあったレポートを読んでしまったからだった。
記事にあった男の子が同い年だったのを覚えている。小学五年生。
秋幸さんのいう通り、九年前のことだ。
私は皿に空けてあったラムネを勝手に摘んで舐めながら、その少年話す内容を聞き取ったメモを夢中で読んだ。
あれは、殺人事件じゃない。
いや、殺されたのに違いないが、おそらく当人も同居していた男の子もそのことを理解してはいなかった。
トイレから戻ってきた叔母に、レポートも、変わった味のラムネも、すぐに取り上げられてしまったけれど、あまりに不思議な話だったのでよく覚えている。
——秋幸さんの言うオカルト教授は、私の叔母の高波由衣ですね——
返答はYESだ。スタンプが飛んでくる。
当時、叔母は東京にある自然科学研究所という小さな会社の研究員だった。
大学で教えるようになったなんて話は聞いていなかったから、思い浮かびもしなかったが。
彼女は毎年夏には高知に帰ってくる。
私やタッタが兄弟まとめて世話になっていた、空手教室主催のこどもキャンプを手伝うためだ。
主にキャンプを取り仕切っているのは師範のお婆ちゃんで、叔母はそのお婆ちゃん先生の元教え子だった。
とはいえ参加し続けたのはキャンプの方だけで、空手は続かなかったようだが。
幼い頃のキャンプの経験が、フィールドワークを中心とする彼女の職業選択に影響しているのかもしれない。
キャンプでは叔母は子供たちに自然観察活動をサポートしていた。
高校一年の夏に私とタッタは、当時付き合い始めたばかりだった美夏と上池をキャンプに誘った。
空手教室主催といっても、朝稽古がある以外は普通のキャンプと変わらない、申し込めば誰でも参加できるものだったからだ。
実際中学の時点で私は空手を辞めていたし、親から弟の付き添いで行かされていたというか……私も叔母と同じで長くキャンプだけの参加者だった。
——美夏に話したのは高一夏のキャンプです。タッタと上池も一緒でした。なんであんな話になったんだったかな……。気になるようなら二人にも聞いてみてください。ああ、これでわかりました。お願いします。叔母にも美夏のこと聞いてみてください。美夏に……ジッパーに辿り着く可能性があるなら、私はなんにでもすがりたいんです——
——同じ気持ちですよ。では、相談してみますね——
共感の言葉を見て、ハッとする。
文字でのやり取りだからなのかもしれないけど、秋幸さんは終始冷静で、余裕があるように見えていた。
でもきっとそうじゃない。彼は、美夏の兄なんだから。
よろしくお願いしますとスタンプを送って、やり取りは終わった。
すぐに既読2という表示が出る。
秋幸さんの他に見ているのは、上池だろうか。
夕方に予備校、そのあと夜勤のタッタはもう寝ているはずだ。っていうか寝ていてもらわないと困る。
見ていて何の反応もよこさないのが上池らしい。
あいつがまめなのは美夏に対してだけだ。
さて。達弘との約束について話をしなければ。
トーク一覧に戻ってスクロールしたあとで、もう一度グループラインに入り直す。
タッタのラインで個別に話そうかと思ったが、あえてグループラインに打ち込もうと決めた。
やり取りの全てを共有しておくことにきっと意味があるはず。
もしかしたらこの先、私やタッタにジッパーの魔の手が伸びてくるかもしれないのだから。
できれば、予備校に向かう前に確認してくれますようにと願い指を動かす。
——タッタ、これを読んだら連絡して欲しい。そしてこの後の行動についてみんなに知っていて欲しいから、あえてグループラインに共有する。三原達弘からラインが来た。私が首にジッパーを見たサークルの友人。ジッパーについて話したい、見せたいものがあるから直接会えないかと言われた——
送信。既読2。反応はなし。
やはりこの既読は上池だ。
タッタなら、寝ぼけてたって黙っちゃいない。
——仲間を同伴の上でならいいけど一人では無理と答えてある。日時と場所はこちらで指定できる。巻き込んで悪いけどタッタの空いている日時を教えて。あと話すのにいい場所どこかにないかな。それなりに人の目があって、でもどんな話をしていても大丈夫そうなところ。そこそこ際どい話もできそうな……——
できれば安価で、家から遠くて……条件をあげればきりがない。
ショッピングモールのファミレスか、ひろめ市場か、帯屋町か、駅前のどこか開けたところがいいか。
いや、万が一にも弟たちと会わないように生活圏からはなれたほうがいいのかも。
瑣末なことばかりが浮かんでまとまらない。
——できるだけ早めに決めて三原達弘に連絡したい。タッタの返信を待ってます——
スマホを置く前に、改めて美夏のラインを確認した。
既読はついていなかった。