19 もう一人の相談相手
ベッドからスマホを拾い上げてロック画面に出た通知を確認すると、グループラインのアイコンが表示されていた。
アプリを開けば招待を受けた秋幸さんからのメッセージが飛び込んでくる。
——笹川さん、こんにちは。敦史から美夏の話を聞きました。ちょうど話しておきたいこともあったので、さきほど僕の方から美夏に電話をかけました。講義前だったらしくて込み入ったことは話せなかったのだけれど、とりあえず元気そうな感じではあったので、安心してください——
美夏と連絡が取れたんだ。
しかも、ちゃんと大学に戻って午後の講義に出ているらしい。
電話の終わり方が不穏な感じだったから心配していたのだけれど、ひとまず無事なことがわかってホッとする。
とはいえ美夏はどんな身近な相手であっても気遣いするタイプだから、明るいふりをしているのではないかという疑念は消えないのだが。
——ありがとうございます。安心しました——
お礼の言葉を打ち込んで、はたと秋幸さんが何を話したのかが気に掛かった。
上池と話した時に、どういう設定で美夏と連絡を取るのか決めておくのを忘れていたのに気づいたのだ。
全てを知っていることを晒して尋ねるのか、普段通りを装って連絡をするのか。
当たり前のように後者でいくものだと思い込んでいて、共有していない。
——あの、今更なんですが、美夏には私と連絡を取っていることは伏せておいてもらいたいです。あとジッパーのことも何も知らないということにしてもらえないでしょうか——
もしも秋幸さんにジッパーのことを知られていると気づいたら、美夏は私と同じように秋幸さんや上池もブロックしてしまうかもしれない。
そうなると様子を知ることは困難になる。
間をあけずに返信が入った。
——大丈夫。その辺りは敦史も僕も了解しています。今日は何も知らない体で、僕たちの姉の千冬のことを調べに貝島にきていることを報告しました。ちなみに敦史と美夏が別れたことも聞いていない設定です(笑)——
既読がつくとはいえ実質美夏と音信不通となっている上池にとっても、秋幸さんは貴重な情報源だろう。
様々な思惑を背負っていたら緊張して挙動不審になってしまいそうだが、文面を見る限り秋幸さんはどこか気楽な感じに見える。
安心させようとしてくれているのかもしれないが。
——察してくださり助かります。現時点で美夏は私のラインを読んでくれていません。ブロックされてしまったのかもしれません。ジッパーの件を知られていると気づかれたら、美夏が秋幸さんの前からも消えてしまうんじゃないかって不安なんです——
私は美夏を一人にしたくない。
たとえ演技だとしても普段通りでいられる場所があって欲しい。
せめて家族の前でだけでも。
タッタが知ったらまた過保護だって呆れるだろうか。
——僕と美夏は家族だから、そう簡単には切れないよ。ジッパーの件だけど、うちの大学の特任教授に相談してみてもいいでしょうか。元々は民間の環境系研究所の人なんですけど、ある未確認生物の研究をしていて、ちょっとオカルトめいた話も大歓迎な人なんですよ(笑)——
未確認生物。
未知の寄生虫とか、菌とか、ウイルスとかのことを指すのだろうか。
人間の身体に入り込み、悪さをする生き物。
ジッパーもそういう何か……なんて可能性があるだろうか?
——秋幸さんもオカルトに興味あるんですか。だからジッパーの話も疑わずに聞いてくれているとか?——
送信してから、バカにして聞こえたんじゃないだろうかと思ったがすでに遅い。
少しの間を空けて長文が返ってきた。
——そうですね……。実は貝島に入ったのは姉よりも僕の方が先だったんですよ。東京湾埋立計画における環境現況観測調査でその特任教授らと一緒に訪ねたのが最初です。そのあとすぐでした。貝島の神隠しがあったのは。教授は以前にも似たケースを担当したことがあったみたいで、事件の後もうずっと貝島に取り憑かれているんです。笹川さんはそれ、聞いたことがあるんじゃないですかね——
は?
思わず声が漏れる。
私が聞いたことがある?
いったい何を言っているんだろう。
っていうか、それってどれ?
貝島の神隠しのことなんか報道されていた以上のことは何も知らない。
そもそもなんの伝手もない私なんかが、誰からその教授の話を聞けるというのか。
——教授が過去に担当していたのは、ある消えた家族と一人取り残された小学生男児のケース。今から九年前のことです——