14 秋幸とタッタ
店内には私たちの他に弁当ができるのを待っている数名の客がいたが、おひるどきを過ぎて閑散としていた。
イートインスペースにも誰もいない。
ひとり、棚にあった目につくものをいちいち手に取って歩くタッタの姿が妙に目立った。
「世話になったし、アイス一個おごってやろうか」
「いらねー、今食ったばっかだし」
どうやら物色しているのではなく、単に私が選ぶのを待っている間に暇つぶしをしているのらしい。
私は白いホイップに埋まったプリンアイスをレジに運んだ。
タッタは先に席に移動し、片肘をついてぼーっと窓の方を眺めて待っていた。
少しだけ頬のあたりがむくんで見える。
テーブルにプリンアイスを置いて正面の椅子を引きながら、そういえば夜勤明けだって言ってたのを思い出した。
「お父さんの足取りを追ってせっかく島まで行ったのに、わからないことだらけで大変だったね」
「あ? ああ。そうだ、秋幸さん……だよな」
タッタは目ををしばしばさせて、俺どこまで話したっけ……と頭を掻いた。
かなり眠そうだな。
受験生なのだ。
早く切り上げてやらないと勉強に差し支える。
「その話は、また今度にしようか……」
「さっき、敦史は秋幸さんと船に乗るって言ってただろ。あれ、おそらく行き先は貝島だ」
私の言葉を遮ってタッタは言った。
消えた家の話と美夏の兄が繋がる。
「タッタのお父さんが消えた、あの島?」
「ああ。貝島は秋幸さんにとっても重要な場所だったからな……ひとくちくれ」
タッタはため息をひとつついて、アイスのカップを指差した。
食ったばっかなんて言っていたくせに、見ていると食べたくなったんだろうか。
「ほい」
プラスチックスプーンでアイスをすくって差し出すと、首を伸ばして雛鳥みたいにパクッと食いつく。
動きは雛鳥でも見た目は猛獣のようだが。
滅多になつかない生き物に餌付けしているみたいで、ちょっと楽しい。
店に入る前は、人に向かっていつまでもガキだとかなんとかぬかしてたくせに、そっちなんか雛じゃないかと心の中で笑ってやる。
食いついてすぐにタッタの目が線になる。
「んだこれ。めっちゃ甘。冷たいもん食えば目が覚めるかと思ったのに」
「プリン味だよ! もらっといて文句言うな。おいしいのに!」
雛だから許してやるけど、と大人の余裕を見せて話の先を促す。
わがままを言われるのは弟たちで慣れているのだ。
「それで、秋幸さんにとっても大事な場所ってどういうこと?」
「山崎は四人兄弟だろ? 姉と兄。それから歳の離れた妹がいる」
まっすぐ答えが返ってこないが、付き合ってやる。
「千冬さんと湖春ちゃんだね。湖春ちゃんはうちの真人と同じ中一だよ。当然、学校は違うけど。それがなに?」
湖春ちゃんは繊細な子で、四年生の頃から不登校気味なのだと聞いていた。
山﨑家の兄弟の名前にはそれぞれ生まれた季節が入っている。
千冬さんは秋幸さんと11ヶ月違いの年子だそうだ。
気が長くて思慮深い兄と違って姉は短期で猪突猛進なんだと美夏は言う。
性格は正反対なのに、いや反対だからなのか、二人はとても仲が良く、互いなしでは埋まらない何かがあるかのように見えていたらしい。
美夏にとって二人の関係は憧れだったのかもしれない。
七つ下の妹とは姉妹としては歳が離れすぎていたから。
そして四、五歳上の姉や兄とも対等に遊べるほどは近くない。
「その千冬さんも、秋幸さんと同じ伏木野大学に通っていたんだ。文系の彼女が卒論に選んだのは神隠し。乳幼児を残して同日一斉に姿を消した貝島の大人たちのことを調査していた」
衝撃的なニュースだった。
船長含めた全員が死に、島に子供だけが残されたのだ。
二人が調査に入ったのは、あの事件の島だったんだ。
「貝島の神隠し。うちらが高一の時だよね。あれ、結局事故なんじゃなかったっけ。船が沈んで、誰も助からなかったって……」
「その貝島の神隠しの謎を千冬さんは追っていたんだ。事故後の島に、ひとりでは出かけることもできない小さな子供ばかりがなぜか残されていたという謎を」
「そして、その謎を追っていた千冬さんもいなくなった。……タッタも知ってたんだね、千冬さんのこと」
千冬さんが大学の四回生。
つまり私たちが高校二年生の時のことだ。
あの頃の美夏の姿を思い出すと、ちくりと胸が痛む。
「いや、知らなかったよ。俺の前で山﨑はそんなそぶり全然見せなかったから、当時は何も知らなかった。上京した時に、秋幸さんから聞いたんだ。俺たちが高二の夏のことなんだってな」
空になったアイスのカップにスプーンを置いて小さく頷く。
「私が聞いたのは、お姉さんがいなくなったってことだけだよ。詳しいことは全然話してもらえなかった。タッタが知らなかったのも当然だよ。美夏が隠してたんだもん。湖春ちゃんの耳に入らないようにって。当時彼女すごく不安定だったみたいだから気を使ってたんだ。だから噂にならないように私も黙ってた」
千冬は自由奔放で何かに夢中になると周囲が見えなくなる子だから、研究に没頭しているだけさ。
終わったらひょっこり帰ってくるよ、大袈裟に考えなくてもいいと思う。
美夏の両親はそう言って心配する彼女を宥めて、ただ妹にだけは知られないよう守ってやってほしいと頼んだそうだ。
もしも噂になったら湖春は学校でいっそう居心地が悪くなるだろうし、余計な心配かけたくないし。
千冬はこれまでもなんでも勝手に決めて事後報告してきたじゃない、大丈夫よ。
今に連絡が来るはず、と自分たち自身にも言い聞かせるようにして。
妹に隠すのなら、親だけで抱えてくれていたらよかったんだ。
美夏だって不安を共有してくれる誰かが欲しかっただろうに、親の言葉に従い、考えないように、何も尋ねないように努め、ただ帰還を待っていた。
耐えられなくなって私にうちあけてくれたのは、数ヶ月たった後のことだ。
詳しいことは何も教えてくれなかった。
美夏自身、知らなかったのかもしれない。
ただ一番上のお姉さんともう何ヶ月も連絡がとれないんだってことだけを聞かされた。
それでも人に言うのは初めてだって、絶対に言わないでねって震えていた。
この秘密のせいでギクシャクしていた上池にも、そのあとちゃんと相談したって言ってたっけ。
なるほどな、と納得したようでどこか不満そうにタッタが唇を尖らせる。
「お前も敦史も口がかてぇよ。敦史は俺が貝島で奇妙なことにでくわしたことを知って、裏で山﨑に相談してたんだ。山﨑はすぐ兄に連絡を取って、俺のことを伝えてくれた。俺が全てを知ったのはその後。敦史経由で秋幸さんから連絡が来て……と、まあ俺が秋幸さんとつながっているのはそういうわけだ」