11 嫌なやつ
器用にもスマホをいじりながらタッタは話を続けた。
「意外と敦史のがこういう話に免疫があんだよ。文系だしな」
「文系関係なくない?」
「マジだって。敦史の研究分野、神隠しとかなんか都市伝説みたいなもんだぞ」
「都市伝説って、そういう括りで人の話を聞いてたんだ?」
拗ねて見せると、タッタは小さな子供みたいにムキになって唇を尖らせた。
「いや、真剣に聞いてたって」
「わかってる。冗談」
まあ、こんな話を持ちかけられたら、それ以外のどんな枠で聞けばいいか私にもわからないけど。
タッタは上池とは研究の話までしているんだな。
地元に残り働き出したタッタと進学で上京した上池じゃ、住む世界が違ってしまっても不思議じゃないのに、よく続いている。
近所に住んでいるのに、こうして偶然再会するまでなんのコンタクトも取ってこなかった私とは大違いだ。
「上池とは結構連絡取り合ってんの」
「そら、敦史の通う伏木野大は、俺の志望校だしな」
「へ? 志望校って……タッタ、受験するの? ってか仕事は?」
初耳だった。
タッタは受験直前に父親を失って、進学を諦めたのだ。
私や美夏、上池なんかよりもずっとよくできたから、志望校合格間違いなしだと誰もが思っていたのだけれど。
母からは、親戚の紹介で林業関係の仕事に就いたと聞いていたが、どうするつもりなのだろうか。
タッタはスッと川の方へと目を逸らした。
「仕事? ああ、いまはバイトだよバイト。夜勤だと深夜手当がつくからな」
夜勤……なんのバイトなんだろう。
追って尋ねるほどの興味はないが。
在学中、タッタは東京の理工学系の大学を志望していた。
大学時代の恩師の葬儀のために上京した父親がそのまま姿を消してしまったのは、前期試験の一週間前のことだった。
家はてんやわんやになった。
捜索を兼ねて一緒に上京していた母親から、将来を決める大事な試験だから受けなさいと送り出されたが、タッタは会場入りせずに戻ってきてしまったのだ、と後から私の母に聞いた。
彼の受験は試験を受けることなく終わった。
そのままタッタは卒業まで学校に出てくることもなかった。
いつ、どのタイミングで、なんと声をかけたらいいのか戸惑っているうちに、私とタッタは疎遠になってしまった。
彼の父親は未だ戻ってきていない。
「でもあんたんち、双子も今年受験生だよね。就職するの?」
タッタは曖昧に首を傾げた。
一緒に暮らしているのに進路のことを話したりしないんだろうか。
いや、わかっていても他人には言うつもりがないのだろう。
「まあ、だからバイトが必要なんだ。そうだ。ちなみに山﨑の兄貴も伏木野大なんだぜ。あの人は理学部だけどな」
「美夏のお兄さんって、じゃあ……」
浮かんだことを口にする前に、二人のスマホが一斉に音を立てた。
タッタが手にしたスマホを覗き込む。
「お、きた!」
新しくできたグループLINEに通知の赤いバッジが一件ついている。上池からだ。
——相談って何?——
いきなりの短文に面食らう。
私の困惑を読み取ってか、タッタが上池の反応のわけを解説した。
「山﨑のことで相談したいことができたから、笹川と三人でグループLINEでやりとりしたいがいいか、ってLINEで尋ねといた」
なるほど。タッタからのLINEに対して上池がグループで返信したのか。
私もいるっていうのに、いきなりそんなメッセージ送って通じるとでも思っているのだろうか。
いや、きっとそもそも上池にとって私は眼中にないのだろう。
私が取り残されて居心地悪くなろうが、彼に取ってはどうでもいいのだ。
文句の一つでも言ってやろうと入力している途中で、連続してメッセージが届く。
——っていうか、相談なら笹川経由しないで美夏本人から直接どーぞ? なんだけど——
つまり、私はいいから美夏を出せということか。
いい加減カチンときた。
上池のそういうところが嫌いだったんだと思い出し、苦いものを噛んだかのように鼻に皺を寄せる。
「……コイツがフられて凹んでたってマジ?」
「俺、凹んでるなんて言ったか? むしろ敦史はスーパーポジティブっていうか……まったく諦めてないぞ」
その態度は容易に想像がつく。
美夏に対して表立って優しくするでも、付き合いを優先するでもなかったくせに。
いなくなってから追いかけるなんて、調子がいい。
「未練たらたらってそういうこと? ヤバい奴じゃん。美夏とは音信不通になってんじゃないの?」
「返事はないが、いつ送ってもLINEは既読になるってよ。つまりブロックされてはいないってことだろ」
ちゃんと既読がつくんだ。
っていうか反応を返さない元恋人にどんなメッセージを送り続けているのか、私には見当もつかないが。
「どうせ、返事のしようがないような都合のいいことを書き連ねてんでしょ。フラれた後しつこくしたって逆効果でしかないわ」
「そう嫌ってやるなよ。敦史なら山﨑をうんと心配してくれるぜ?」
強引に会いに行ったらストーカーだからな、なんて意地悪なことを考えてしまう。
「……っていうかなんて返信すりゃいいの、これ」
「めんどくさそうだし、通話にするか」
タッタは込み入った内容だから直接話したいと打ち込み、既読がつくとすぐにコールした。
繋がるや否や上池の得意げな声が飛び出してくる。
「アイツ別れたんだろ。絶対上手く行くわけないって思ってたんだ」
「おい、早とちりすんな。まだ別れてねーぞ」
浮かれる上池にタッタがはっきり釘を刺した。
私はと言えば言いたいことがいっぱいあったはずなのに、いざ上池の声を聞くと喉が塞がれたかのように何も言えなくなった。
慣れない相手を前にするといつもこうだ。自分で自分がもどかしい。
別れてないって現実を突きつけられたはずなのに、上池はまったく希望を失っていない様子で反論した。
「まだ、ってことはこれからそうなりそうってことだろ? お前、俺のLINE見たか? 相談事があるなら本人から直接聞きたいんだ。裏で人から聞き出すのはフェアじゃないしな」
今、お前って言った? お前らじゃなくて。
グループ通話なのにタッタ一人を相手にしているかのような上池の態度に、このまま通話を切ってやろうかと思う。