10 過保護な私
美夏のところへは行かない。決めた先から何か美夏を見捨てたような罪悪感が湧いて出た。
「だけどさ、私まで遠ざけてしまったら、美夏は誰を頼れば良いのかな」
だって、美夏に味方なんてできっこない。
助けを求めたくても、こんな秘密、誰に打ち明けられる?
ジッパーを気持ち悪がり、排除しようとすることはあっても、理解しようとする人なんて見つかりっこない。
人を襲うのならなおさらだ。
「さあな。ジッパー仲間とか?」
「さっそく克己と対立してたじゃん」
タッタはあのなあと呟いて、胸の前で腕を組んだ。
「山﨑は赤ちゃんじゃねーんだ。こーなったら、あいつのことはあいつが自分でなんとかするしかねーだろが。お前みたいな単細胞のチビにできることなんかなんもねーよ」
「……待て。いま、なんつった?」
「単細胞のチビ。ちったあ自分のスペック自覚しろ」
そっちじゃない。でも間違ってはいないか。
頭の中に浮かんでくる言葉があった。
——お前は万能じゃないし、相手は何もできない赤ちゃんじゃない——
かつて、身の程を弁えず人の事情に立ち入ろうとしたとき、こう言って空手のおばあちゃん先生に押し留められたっけ。
自分の身を顧みず頼まれてもいない相手の事情に踏み込むことは、思いやりとは程遠い。
それは自分の能力を過信し、しかも相手の能力をみくびっている傲慢な人間のすることだと。
「チビはいまさらどうしようもないけど、単細胞は返上しないと」
もしも力になりたいと願うなら、相手を信頼して待っていることを伝えればいい。
それはすでにLINEに残したメッセージで伝わっているはずだ。
できるのは必要とされた時に力になれる自分であるように、鍛錬しておくことだけ。
「うん? まぁ、そういうこった。とりあえず敦史に話を聞こうぜ。確認したいことがあるんだろ」
美夏に起きたことを理解しようとすること。
それが事情を知っている私たちにできることだ。
理解したことが糸口となって、見えてくるものがあるかもしれないのだから。
昂っていた気持ちが落ちついてくる。
「上池の連絡先を教えて」
「どうせならグループLINEでやりとりしないか。今後も共有しときたいことが出てくるかもしれないし」
「共有って、まさか上池にジッパーのことを話す気? それとなく探るつもりだったんだけど。これ以上広める必要なくない?」
少なくとも美夏はかつての恋人に事情を知られることを望まないはずだ。
タッタはうーんと眉根に皺を寄せ難しい顔をする。
「……一つ確認したいんだが、例えば俺がジッパーになったとする。それを知ってお前は山﨑に黙っていると思うか」
「えっ。それは無理だよ。だっていつ会うかわかんないし、危ないから」
何を当たり前のことを聞いているんだろうと首を傾げてしまう。
「弟らには?」
「言うよ。空手で会うでしょ」
「なんなら俺、お前の家に顔パスで乗り込めると思うけど、大人にも相談しない? 俺が知られたくないかもしれないからって遠慮するか?」
「言っても、信じないとは思うけど、でも多少強引な手を使ってでも逃げるよ」
信じてもらえるように最善を尽くす。
「そーだろ? お前は大事な人を守るために必死で行動する。危険を遠ざけるためなら俺を化け物に仕立て上げることも、自分が気の狂った人だと思われることも構わずに、あらゆる手を使うだろう。なんで山﨑の時はそうしない?」
答えにつまった。
「……あれ、私タッタに対して情が薄い?」
「っていうか、山﨑に対して過保護」
まったくその通りだ。
もしも相手がタッタなら、彼の問題は彼が自分自身でなんとかする、それより私は私のことをしなければと即断できる。
なのに、美夏に対しては態度が違う。
もしもジッパーになったのが両親や弟たちだった場合でも、同じように適切な判断ができなくなると想像できた。
私は彼らを手放せない。無自覚に自分は彼らに対して何かができると思って留まってしまう。
「いまは身を守ることを第一に考え状況把握に努めるべきだ。人の力を借りまくってでも逃げ切らなきゃダメだ。すでにジッパーになったやつのことまで考えてやるとしたら、その辺がなんとかなってよほど余裕ができてからの話だぞ」
「……わかった。今度こそ本当にわかった。優先順位を間違えてた」
タッタはまだ言い足りないのか、むかしからそういうところあるけど、などとぶつぶつ文句を吐き続ける。
「んで、一月そこら前、山﨑に振られたばかりで未練たらたらの男がいるから、全部ぶちまけて余すことなく情報ゲットしようってそういう流れだろ。ここは」
「グループLINEで問題ないよ。誘ってもらっていい?」
「あいよ」