v2.1.0 - 余剰
あれから一週間。
情報Iの課題のほうは、とあるクラスメイトが中学の時に作った個人サイトを見つけて、それを提出して無難な評価を得て終わった。
実は何となーく嫌な予感がして采里に調査結果を先に共有してもらったところ、その内容があまりもヤバく、ミントさんに見せてみたところ「これは普通に捕まるレベル」と言われたので師匠権限でそのほとんどをお蔵入りにさせていたりする。
唯一真っ当にWeb検索して分かるルートがあったのが先の個人サイトで、ヒントだけ出してグループのみんなで見つけてもらった。
……にしても采里の調査結果、ヤバかったな……。
細かくは見てないし記憶も封印してるけど、バラしたらヤバそうな情報がてんこ盛りだった。
成績のためとはいえ、あんなものを教師に共有してたら……と考えると頭が痛い。
そしてそんなヤバい情報を引き出すのに活用されたのがどうやら俺のLINCアカウントだったらしい、というその事実も相当に頭が痛い。
頭が痛すぎて、未だに会話のログを全然見られていない。
いやほんと采里さん?
マジで勘弁してほしい。
これからあれこれ確認していかなきゃいけない俺の身にもなってください。
ある程度はIDやアイコンから誰かわかるけど、誰なのかわからないアカウントもいくつかあるし。
これを一つ一つ確認していく心労といったら……
あと、フレンド(仮)の誰かから話しかけられたりしたら、俺はどう対応したらいいんですかね?
采里のやった会話をうまくトレースしたほうがいい?
無視とかするのはさすがに無礼?
いや、これは類い希なるチャンスとして、友達作りのきっかけに……できる気がしないんだよなぁ……。
だって――
この一件を経て、なんとなーく周囲からの俺を怖がる空気が濃くなったように感じるし。
クラス内SNSのほうでも俺に対してのアンタッチャブルな空気が少し増した気がするし。
俺、何もやっちゃいないんですが。
またオレ何かやっちゃったことになってます?
……はぁ。
とりあえず、もう少し心に余裕のある時に会話ログしっかり確認しておこう。
まあ、ミントさん――あ、さん付けはマズい――ミントの事だけでもうどうしようもないので、そんな「心に余裕がある」時なんてあるのかと疑問は尽きませんが。
ちなみに俺のアカウントで采里がミントと交わしたという会話は、俺の知らないうちに削除されていた。
会話の中身がどんなだったのか非常に気になるところだが、消えてしまっているものは仕方ない。
……はぁ。
まぁほんと、次から次へとあれこれ起こって。
俺の学校生活、どうしてこうなった。
でもまあ、今回は――
「ししょー、勝負!」
こんな楽しみも増えたから、いいか。
帰りのHR後、人の減った教室で、自分の椅子を引きずって俺の席に近づいてくる弟子の気配を背後に感じながら、そんな事を考える。
……まあ、この弟子もこの弟子で、ミントとか七橋さんとはまた別の意味で色々怖いんですけどね。
でも楽しいところもあるから、いいです。
ミントみたいに強烈なのよりはずっといい。
「おう、今からやるか?」
「うん」
「今日は何にしましょうかね」
俺はカバンからトランプを取り出しながら、本日のゲームを考える。
今日は……アレにしてみるか。
采里は、あれからちょいちょい学校に来るようになった。
ゲームの都合か、変な時間に来たり、早退したりも多いが、週の1/3くらいは学校に顔を出してる印象だ。
俺のほうはというと、弟子からの挑戦をいつでも受けて立てるよう、トランプやUNOなど、基本的なゲーム用カードの類はカバンに入れておくようになった。
カードゲームばかりでは面白みに欠けるだろう、と、最近はボードゲームなんかのアナログゲームも調べてるのだけど、貧乏学生には辛いお値段で、采里と遊ぶだけのために買うには辛い。
ARグラスを通じて対戦できるボードゲームも色々とあるみたいなんだけど、そういうゲームは大抵「オンライン対戦」みたいな事が書かれてるんだよなぁ……。ほんと、やめていただきたい。
ゲームを開始してしばらくして――
「むー……」
例のごとく悔しそうな采里の顔がそこにあった。
これなら得意だろうと選んだ神経衰弱で負けるってどういう事ですか……。
記憶力がメインで、表情を読むような要素は皆無なはずなのに、俺がトランプをめくろうとするたびに一喜一憂するその表情で、どれが当たりなのかダダ漏れすぎる。
なまじ記憶力などゲーマーとしての基礎能力値が高い分、それが全部裏目に出ている感じだ。
子リスのように愛らしいこのネームド弟子は、どうせすぐに俺の元を飛び立って世に羽ばたいていくのだろうと思っていたのだが。存外に免許皆伝の日は遠そうだ。
ちなみに「かわいい女の子とゲームしてたらみんな興味をもって近づいてきてくれてあわよくば一緒にゲームして仲良くなれたりするのでは」メソッドは、今のところ全く機能していない。
采里の都合でゲームに興じるのが放課後、皆が帰った後になりがちなのもあるが、急に登校しはじめたちっこかわいい妹系美少女が、俺のような怪しい奴とゲームに興じていて、しかも強いゲーマーだと噂の美少女のほうが負けているその状況が、あまりに理解不能で近寄りがたい、らしい。
唯一の例外は――
「なにしてるの?」
「神経衰弱」
「七橋さんも混ざります?」
「御久仁君、今日はクラス委員のお仕事あるのは知ってるよね……?」
「アッハイ」
「もう一戦」
「と、采里さんがおっしゃっておりますので」
「采ちゃんがそう言うなら仕方ないなぁ……」
などと色々と絡んできてくれる七橋さんくらいだ。
ちなみに七橋さんは、采里が初めて登校した日に、
「えーっ? 小堀田さんってこんな可愛い子だっんだ」
「小堀田って呼ぶなし」
「えっ?」
「コボルトみたいで弱そう。嫌い」
「そ、そうなんだ」
「名前でよぶ」
「じゃあ……えっと、采ちゃんでいい?」
「ん」
「私も杏奈でいいよ」
「わかった」
という会話を経て、すっかり仲良しになっている。
というか、どちらかというと七橋さんが裏掲示板の事や裏垢とやらの事をバラされないように懐柔にかかっている、というのが正しい気もする。
采里と一緒に居るとき、七橋さん時々目が笑ってないし。なんかちょっと必死だし。
とはいえあまりクラスメイトと馴染んでいこうとしない采里にあれこれと世話を焼いたりして、采里にとっても悪くなさげな様子だ。
……うん、まあ、何でもいいんです。
目の前でキャッキャウフフする、ベクトルのそれぞれ違う眼鏡美少女二人を眺めるのは、眼福以外の何物でもないですし。
でも、できればこういうの、クラスのすみっこのほうで、モブとして楽しみたかったなぁ……。
何で俺はこんなあからさまにネームドの二人と、こんな至近距離で接してるんだろう。
そして、なんで俺はこんな二人に、罠にかけられ嵌められたりしたんだろう……。
ほんと、俺は何かろくでもない星の下に生まれたに違いない。
この二人だけならまだしも、特に教室の扉の向こう、ドス黒いオーラを放ちつつ、廊下から俺をじっと見つめるCGキャラがね……。
今日もまた、家を閉め出されたり正座させられたりするんだろうな。
ほんと俺の人生どうしてこうなった。
はぁ、と内心でため息をつくと、
「ししょー、また名前変わってる」
「ケンケン、だって」
二人にAR名札の名前が変わっている事を知らされた。
ケンケン、ね。
そういえば采里と初めて会ったときにそう呼ばれたんだっけ。
そのことはミントは知らないはずだけど、偶然だろうか。
まあ、何でもいいです。もはや考える気力も湧かない。
とりあえず、「犬」からもう少しフレンドリーな感じになったし、本名にも少しは近づいたし、喜んで良いのかな。
ああ……早く人間になりたいなぁ……!
というわけで、腹黒上司に加えて弟子ができました。
やっぱり友達はできませんが、もうどうしようもない気がしてきた。
……ちなみに余談なんですが。
今日、家庭科の授業がありまして。
調理実習の班分けということで、先生から
「グループ作って~」
という声がかかり、七橋さんは早速采里を誘い――
俺は無事、クラスの余剰物、余り物になりましたとさ。
先生の生温かな恩情によりグループに入れてもらったけど、余り物・グループの邪魔者として「チッ」という顔を向けられ、家庭科の授業ではこれからしばらく針のむしろの上が確定……。
あー、うん。
采里さんの代わりにお家で引きこもってていいですかね?
これこそ俺が予見した通りの未来。
……やっぱり、割り切れないよぉ……。
<v2.x update ended>




