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v2.0.35 - ししょー

「……ムカつく」


 何ゲーム目かわからないくらいの対戦を経て、また俺が勝ってしまい、再び「もう一回!」攻撃が来るのかと身構えていたら――

 小堀田さんはそう言ったきり急に黙り込んでしまった。


 俺はどうしたらいいのかわからずあたふたするしかない。

 俺の対人スキルの低さを舐めてもらっては困る。

 こんな時にあたふた以外どうすればいいというのだ。


 だが、俺は、気付いてしまった。


(は……???)


 どうしたものかと焦る俺の目の前で、よく見たら小堀田さんの目が真っ赤だ。

 加えて目尻に何やらキラリと光るものが見える。


 ……え?

 は……?

 これはまさか……?

 もしかして……?


 ……()()()()


 頭の中で小さい頃の俺が「なーかしたーなーかしたー せんせいにゆってやろー」と大騒ぎしている。

 え? は? あ、もしかしてこれ……勝ちすぎた?

 勝てるからって調子に乗りすぎた?


 ……ヤバいヤバいヤバい!

 女の子を泣かすとか、人として生き物として最底すぎる。

 女の子を泣かしていいのは、プロポーズとかそういう時の嬉し涙だけであって、こんなゲームで勝ちまくって泣かせるとかもはや人でなし、鬼畜、鬼の所業。


「ごごごごごめんなさい」


 俺は問答無用で床に頭を擦り付け、平身低頭平謝りする。


「……ちがう」


 小堀田さんは涙声で言った。


「ちょっと、色々思い出しただけ」


 えっとそれってもしかして何か過去にゲームでボコボコにされたトラウマとかそういう何かでしょうか。

 もしやそういう過去があって今は学校に来られないとかそういう……?

 としたらやっぱり俺、有罪(ギルティ)なのでは?


「えっと……それはつまり俺の愚かな行動によってトラウマがとかそういう……」

「何言ってるの?」


 小堀田さんは心底わけが分からない、という表情をし、


「……ポーカーは、楽しかったの」

「ほえ?」

「死んだお兄ちゃんとゲームしてる時みたいだった」


 な、なるほど?

 楽しかったのに、泣いているとはこれ如何に……?

 そういう高度な感情表現は俺のような対人スキルレベルの低い人間相手には控えていただきたい。

 って感情の機微を俺のゴミカスなレベルに合わせろっていうのはだいぶ暴論だな反省。


 しかし何でもいいけど小堀田さんの口から出る「お兄ちゃん」というワードには何やら素晴らしい破壊力がある。

 こんな妹のお兄ちゃんになりたいだけの人生だった。

 って、そういう事考えてる時じゃなくて。


「だから……ありがと」


 一体なんでお礼を言われたのかまったく想像がつかず、ほけーっと間の抜けた顔を晒す俺。


 そういえば、この部屋の棚の上、小さい頃の小堀田さんと思しき女の子と、もう少し大きな男の子が一緒に写っている写真が大事そうに飾られているのは、何となく気になっていた。

 あれが、小堀田さんのお兄さん、という事なのかな?

 そしてそのお兄さんは、亡くなっている、と……?


 ……ふむ。

 えっと、そんな何だか辛そうな過去を思い出させてしまったということは。

 やはり私は罪深い人間、有罪、ギルティ、という事でよろしいのではないでしょうか?


「なんか……ごめん」

「謝ることない」


 そう言う小堀田さんは、確かに「謝る必要はない」という表情をしていた。

 ……あ、そうか。

 小堀田さんは感情が表にとてもよく出るので、裏を読むとかそういう高度な技術が要らないのですね。なんと俺のような対人スキル低レベル層に優しい系女子。女神か。


「……なら、よかった、です」


 どうやら俺の悪辣な行動によって小堀田さんを泣かせたわけではなさそうだと分かり、俺はひとまずほっと胸を撫で下ろした。「なーかせたー」とか騒いでいた小さな俺も「チッ」という顔をして去って行った。


 じゃ、じゃあ、とりあえず、ポーカー勝負は楽しんでもらえた、ってことでいいんだよな?

楽しかった、って言ってたし。


 ……であれば。

 こ、ここは本題に戻してみよう。


「えっと、では、勝負のほうは……」

「ぼくの負け、でいい」


 涙目で少し哀愁を漂わせる薄幸系妹になっていた先程とは打って変わって、もの凄く悔しそうに、血涙でも流しそうな勢いで言う小堀田さん。

 やはりこの子、本当に死ぬほど負けず嫌いなんだな……。


 この表情を見ていると、少しだけ悪い事をしたなぁ、という気持ちになる。

 だって、ぶっちゃけ俺はこのゲーム、絶対に勝たなくてはいけなかったわけじゃない。


 LINCのアカウントなんて、別に作り直せばいいだけの話だ。

 そもそもミントと七橋さんくらいしかフレンド登録されてないアカウントだし、ミントは事情をもう知っている。七橋さんにだけしっかり説明すれば事は収まる。


 なので、ゲームをきっかけに少しでも距離を縮めて、どうしてこんな事をしたかだけ聞き出せればOK、というそれが俺の側の本当の勝利条件だったのだ。


 まさか小堀田さんがこんなに元気すぎる表情筋を持っていて、リアル対戦最弱だとは夢にも思わなかったが、少なくとも「一緒にゲームを楽しんで、微粒子レベルくらいは距離を縮める」という目的は無事達成できたと思っていいだろう。……いい、よね?


「じゃあ、約束通り……」

「アカウントは返す。あと、なんでやったか、だっけ」

「はい」


 小堀田さんは、少し言いにくそうにしている。

 あんまり人に言えないような事に使うつもりだったのかな。

 ミントやら七橋さんやらに割と酷い目に合わされてきているので、また何か酷い話が出てくる予感がして、俺が身構えていると、


「……いい成績とらないといけないから」

「……はい?」

「親との約束。学校に行かずにゲームやる条件、いい成績キープすること」

「……ふむ?」

「期末の加点もらうのに、ケンケンのアカウント使うのが早そうだなって」

「……な、るほど?」


 えっと、何だっけ。

 あの、情報Iの悪辣な課題。

 人の秘密を暴け、みたいなヤバい課題でいい感じに個人情報暴くと、確か期末テストで点数オマケしてもらえるんだっけ。


 えっとつまり、その何点かの点数ゲットするために、便利そうだったら拝借しました、と?

え? そんな理由でさらっとカジュアルに人のアカウントとか乗っ取ったりするの?


 ……あらやだ怖い。

 七橋さんと別ベクトルに怖い。

 ミント……とはわりと近い方向の怖さかもしれないけど。


「ケンケン、委員長に好きにやられててチョロそうだったし。周りには怖がられてるから好都合」


 ……それについては反論の余地もございません。

 今回だって俺があんな(後から思えば)簡単な罠にひっかかってなければこんな面倒な事にはなってなかったわけだしな。


「にしてもそういえば……七橋さんの事ってなんでわかったんで?」

「そんなの見てれば分かる」

「そういうものですか」

「ぼくも似たような事何回かやった事あるから」

「お……?」


 あらやだこの子怖い。

 余罪が山のようにありそう。

 だけど聞いたからといって怖さが増すだけだし、理解できる気もしないし、ここは触れずにおこう。

 せっかくゲームを楽しむ時間を共に過ごせたわけだし。

 いたずらに恐怖要素を増やすことはあるまい。ミントじゃあるまいし。


 とりあえず、小堀田さんは自分で同じことやった事があったから、七橋さんの行動が怪しいのが分かった、と。

 それならまあ、他の人にもバレてる可能性は低い、のかな。

 今度七橋さんが怖がってたら教えてあげよう。

 っていうかまあ、それは七橋さんが小堀田さんに聞けばいい話か。


「アカウント、メアド戻しとくから後でパスリセットして」

「り、了解」


 えっと、メアド、はメールアドレスだよな。

 パスリセット、ってなんだろう。

 よくわからんが、とりあえず流れ的に了承を返しておく。


「今日は負けたけど、勝ち逃げは許さない」

「と、言われましても……」

「……続きは学校でやる」

「……と、いうことは……?」

「学校行く」

「まじですか」

「毎日じゃないけど」


 それは……なんだろう。

 あの学校に行かねばならない理由を増やされたような……。

 いやだよぅ、あのITな学校行きたくないよぅ。

 現金決済可能な学校に行きたいよぅ。


 とはいえこれはちょっと楽しみだ。

 学校に積極的に行く理由が一つできた。

 それに、教室でゲームなどしてたら、それに釣られて寄ってくる奇特な人も出てくるかもしれないし、あわよくばそこでお友達、ゲットだぜ。


「OK、小堀田さんとやるゲーム、ポーカー以外も考えとく」

「ポーカーでいい」

「それだと俺が有利すぎ……」

「……ムカつく」


 いやあのこれ、だいたい貴女の元気な表情筋のせいなんですが……

 今もぷくーっとふくれっ面になってる姿が大変可愛らしくてよろしいんですが、そういうとこやぞ?


「あと、小堀田って呼ぶなし」

「え……?」

「コボルトみたいで弱そうで嫌い。采里って呼ぶ」

「はい……?」


 母親以外の女性との会話経験がほとんどなく、

 ここしばらくの七橋さんとの会話ですらおっかなびっくりやっているこのクソ童貞に名前呼びを強要するとか、これはもはや何かしらのハラスメントなのでは……?


 いやしかし名前呼びを強要された事がハラスメントになるのであれば、人ん家に押しかけてゲームを強要した事なんてもっとハラスメントなのでは……?


 ……などとハラスメント云々でみんなでハラハラするの、いい加減やめたいんですがどうやったら止まりますかこのハラハラ社会。


 ……さて、どうしたものか。

 本人のたっての希望とあらば、それを無視するわけにもいかないが――


「じゃあ……えっと、采里……さん」

「さん、もいらない」

「それはさすがに……」

「呼ばないならアカウント返さない」

「いやあの俺、勝負勝ちましたよね?」


 勝ったのに要求を飲まされるとはこれ如何に?

 とはいえ今のアカウント所持者がこの目の前の妹系眼鏡少女である以上、「やっぱやめた」と言われたら俺にはどうすることもできないわけで。

 ……なるほど。これが強者と弱者を明確に分けてしまう格差社会というものか。


「わ……かった」


 仕方ない。ここは受け入れた事にしつつ、陰キャムーブその12、コミュ力低いくせに相手の名前をちゃんと覚えてなくて、名前の分からない相手でも安心の「あの……」「ちょっといいですか」などと名前を呼ばずにコミュニケーションを極力成立させムーブに逃げよう、と心に決める。


「ちなみに俺が負けた場合は何をやらされてたんでしょう……?」

「ん? 普通に手駒にして色々動いてもらうつもりだったけど」


 へ、へぇ……?

 それはまた恐ろしい事をお考えで。

 あ、ああでも俺の身の回りにすでに俺をいいように動かしているお腹の黒い人がおりますね。

脅迫によって会話を強制して来る人もおりますし。

 何ですか? 俺の周りには俺をいいように使おうという人間しかいないんですか?


「じゃあケンケンあらためししょー」

「師匠、とは……?」

「いつかゲームでぶっ倒す相手の事。ケンケンはアナログゲームのししょー」

「な、なるほど。で、では小堀田采里あらため弟子よ」


 早速名前を呼ばずに済みそうな呼称をゲットし、内心ガッツポーズをとりながら俺は師匠っぽく告げる。


「用は済んだので私はこれで失礼させていただく。そろそろ晩飯の時間だしな」

「もう1ゲーム……」


 そそくさとトランプと小銭を片付ける俺を、未練がましそうに見つめる采里。

 いやほんとこの子どんだけゲーム好き&負けず嫌いなんだ……


「また学校で会おう」

「……わかった」


 ものすごく残念そうな采里の表情に後ろ髪引かれながら、俺はそそくさと玄関に向かった。

 采里さん、感情が表に出やすすぎるから、それが偽りのない本心だとわかる分、その気持ちを裏切らねばならない時のダメージが地味にでかい。


 ちなみに家を出る時、采里の母に見つかり、母は涙目になっている采里と俺を交互に見た上で「ははーん」という顔をしていた。


 うん、何か大変な誤解された気がするが、ここは敢えて考えるまい。

 もうとっくに色々とキャパシティオーバーなのだ。

 これ以上話がややこしくなってたまるか!


 逃げるように采里の家を飛び出し、俺は家路についた。

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