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v2.0.33 - お兄ちゃん

 ぼくには兄がいた。

 6歳年上の、お兄ちゃん。


 兄は、ゲーマーだった。

 学校にもロクに行かず、四六時中ゲームをして、ゲームをしていない時もゲームのことだけしか考えてない、そんなゲーマー。


 そんなどうしようもないゲーム廃人だったけど、ぼくはそんな兄の事が大好きだった。


 兄は、かっこよかった。

 ゲームでは誰にも負けないくらい強かったし、色んなゲーム大会で、たくさん優勝もしてた。

 そして何より、兄はいつも楽しそうだった。

 ゲームしてる時も、ゲームしていない時も、いつでも楽しそうにしてた。

 ゲームのある人生が楽しくて仕方ない、そんな感じだった。


 ゲームの事しか考えてない兄だったけど、ぼくの事は妹として、ゲーム仲間として、とても大事にしてくれた。

 たくさん一緒にゲームで遊んでくれた。


 兄とゲームをすると、ぼくはいつも負けた。負けてばかりだった。

 兄は、強かった。強すぎた。

 だから、全然勝てなかった。

 全然勝てないのに、でも、楽しかった。


 兄とゲームするとき、どれだけ負けても、楽しかった。

 負けても、その負けが気持ちいい。

 負けても仕方ないくらいお兄ちゃんは強かったし、「今のすごかったなぁ」「すぐ勝てなくなりそうだ」「天才か」「さす妹」なんて、良かったところはいつも必ず褒めてくれた。


 接待プレイとか、おだてるとか、そういう事じゃない。

 兄はいつでもゲームに真剣だったから、妹相手でも手を抜かなかった。

 手を抜かない代わりに、ぼくのプレイをよく見て、上手くなるといつもかならずそれを見つけて褒めてくれた。

 こっそり練習すると、その練習で少し上手くなった事を必ず見つけて褒めてくれた。


 だから、兄とのゲームは、いつでも楽しかった。

 負けてばかりだったけど、それでも、ずっとずっと楽しかった。


 そんな兄は――

 3年前、亡くなった。


 その年の春、兄は、プロゲーマーとして、ネットでも結構な有名人になっていた。

 ネット配信をすれば何百、何千人という人が見に来てくれるようなゲーマーだった。

 ゲームの国内大会で優勝して、有名なチームに加入する事が決まっていた。


 ――なのに。

 その春、兄はネットで変な噂を立てられた。

 LINCでのやりとりやネット配信した動画の一部を切り取られ、チートをしているとか、裏ではひどい暴言を吐いているとか、人権軽視だとかなんだかんだと悪い噂を立てられた。


 それは、あからさまに兄を陥れようとする、悪意しかない嘘の情報だった。

 LINCのやりとりにしても、動画にしても、前後の文脈を含めれば、何てことのない発言だ。

 それをわざと過激な酷い人間に見えるように切り取り、並べ替え、編集し、さも悪い人間に見えるような形に作り込んで公開されていた。


 兄は、最初は何が起こったのか分からない様子だった。

 だって、兄は、ゲームにしか興味がない。

 ゲームは、楽しいものであって、楽しむものであって、そこに嫉妬だとか悪意だとか、そんなものがあるなんて考えもしなかっただろう。


 ゲーム仲間をあまり作ってこなかったのも災いした。

 兄を擁護してくれたのは、時折一緒にチームを作って遊んでいた数名のゲーマーだけ。

 それ以外に、兄を守ってくれる人はいなかった。

 ぼくも当時はまだゲーマーとして表立った活動してなかったし、兄をサポートすることはできなかった。


 結果、兄は大炎上し、ゲーマーとしての活動休止に追い込まれた。

 有名チームへの加入の話も、全てお釈迦になった。

 オンラインゲームに参加すればチャットなどで罵詈雑言を浴びせられ、一緒にチームを作っていた他のゲーマーにも迷惑がかかってしまう。

 名前を変えても、兄のプレイスタイルと強さですぐにバレてしまい、参加できないゲームが増えていった。


 いつも楽しそうだった兄が、楽しそうじゃない時が増えた。


 インターネットには、ロクな奴がいない。

 自分では上に上がる努力をせずに、人の足を引っ張って自分と同じところまで引きずり下ろそうとする奴が山のようにいる。


 確かに、兄のプレイスタイルは圧倒的な実力でねじ伏せる、ストロングスタイルだったし、チートを疑う人も昔から多くいた。

 ゲーム中は強気な発言とか、煽るような事を言う事もあったので、反感を買いやすい部分もあったかもしれない。

 でも、それは兄の研鑽の結果だ。本当に強かったからこそできたことだ。

 ゲームの世界で、それは褒められるべきものだったはずなのに。


 なのに、兄の楽しいゲームの時間は、ネットのくだらない連中の手によって壊された。

 あの頃、楽しそうじゃない兄を見るのは、本当につらかった。嫌だった。


 でも、兄は負けなかった。


 元々、兄はゲーマーとして有名になりたいからゲームをやっていたわけじゃない。

 ゲームが好きで、楽しくて仕方がないからゲームをやり、本当にそのゲームを楽しみきるために強くなり、楽しさを広めるために配信をやっていた。


 だから兄は、広まった自分の悪評は、あまり気にしていなかった。

 有名チームに入って強い人達と戦えない事や、これまでチームで一緒にゲームしてくれた仲間のこと、参加できないゲームのことは残念そうだったけど、それ以外の事は気にせず、変わらず楽しそうにゲームをしていた。


 そうやって楽しみながら兄は、力を蓄えた。

 オフラインで研究し、腕を磨き、炎上の熱が収まってネットの小煩い人々が別の炎上ネタに夢中になり始めると、少しずつオンラインにも復帰しさらに腕を磨いた。


 そして兄は、とある人気格闘ゲームの国内大会に出て、誰にも文句を言わせない形で、優勝した。

 大きな会場で、衆人環視のもと、不正の入る余地などない対戦で勝ちきり、世界大会への切符を手に入れた。


 「やっと強い人達とゲームできる」と兄は笑っていた。


 本当にかっこよかった。

 こんな風に笑える人になりたいって思った。

 奇しくもその世界大会の最初の対戦相手は、ネットの誹謗中傷を理由に兄の加入を蹴った、兄が加入するはずだったプロチームのメンバーであり、兄はその対戦を本当に楽しみにしていた。


 でも――

 そんな格好良すぎる兄は、突然、死んだ。

 もちろん、自殺だとかそういう事じゃない。

 兄は、絶対にそんな事しない。

 この世にゲームがある限り、新しい、面白いゲームがある限り、遊びたくてたまらない、そんな兄なのだ。そんな選択をする事はあり得ない。


 それは、本当に不運な事故だった。

 自律運転タクシーでの移動中に、その道路では禁止されている手動運転の車に、猛スピードで横から突っ込まれたのだ。

 自律車が多くなったことで交通事故がかなり減ってきた中で起こった大事故で、世間でも結構な話題になった。

 その事故の被害者が兄である事は、広く報じられた。

 兄のファンから、たくさんの哀悼のメッセージも受け取った。


 ――なのに。

 それなのにネットでは、いつの間にか手動運転で突っ込んだ側の運転手が兄だった事になっていた。

 誹謗中傷によって心を病み、心神喪失状態でタクシーに突っ込んだ、なんて事にされていた。


 兄をよく知る何人かのゲーム仲間達や、兄をよく知るゲーム大会の運営、情報をちゃんと読み解けるネットリテラシーの高い人々がきちんと訂正してくれた。


 それでも噂を広める連中がしつこく書き続けるものだから、それを信じる人も多く生まれ、今もそれを信じてる人がたくさんいる。

 兄の事を「負け犬」だなんて、今でも嘲笑う連中がいる。


 ……なんだこれ、って思った。

 仮に、本当に兄が誹謗中傷で心を病んでいたとして。

 そこに追い込んだのは、お前らじゃないか。


 それを、笑ってる連中がいる。

 不正を働いたんだから死んで当然だとか、

 嘘に嘘を重ねて、人の人生を壊しかねない事をしておいて。


 そんなネットの連中を見て――ぼくだってさすがにキレた。


 ネットには、ロクな奴がいない。

 頑張ってる人の足を引っ張って、何もがんばってない自分のところまで引きずり下ろす事に精を出す連中がいる。


 そんな連中に、何をぼくは遠慮していたんだろう。

 報いは、受けてもらう。


 ネットワーク関係の仕事をしている父に頼み込んで、ネットセキュリティだとかそういった、ネットのルールをしっかり教えてもらった。


 ルールさえわかれば、そこからは、ゲームだ。

 相手の心理を読み、勝ち筋を立て、潰していく。


 あの時、あること無い事言いふらして兄に迷惑をかけた連中は、フィッシングで関係するアカウントに侵入して、スクショを晒したりしてボコボコにしてやった。

 クラスルームで委員長がやってたような、誰かに濡れ衣を着せるような事もやったことがある。


 一体誰が兄を陥れたのか。

 それだけは、証拠が得られず、今もまだわからずにいる。

 兄の名誉もまだ完全には回復しきってない。


 でも、それはぼくがゲーマーとして名を上げ、いつかきちんと取り戻すつもりだ。

 ぼくがあの兄の妹だという事は、まだ誰にも知らせていない。

 いつか、ゲームで頂点に立って、有無を言わせない立場になったら、公表するつもりだ。

 ぼくの声がみんなにちゃんと届くようになったら、言う。

 ぼくのお兄ちゃんは、最高で最強のゲーマーだった、って。


 そのために、もっと強くならなきゃいけない。

 上手くならなきゃいけない。

 兄と同じ、ストロングスタイルで、勝つ。


 だからぼくは、こんなところで、こんなポーカーで負けてる場合じゃない。

 こんな雑魚に負けてる場合じゃないんだ。ぼくは。


 なのに――

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