v2.0.28 - 危険が危ない
しかしまあ何というか……。
俺のクラスにはそういう周到に人を陥れるような事をするクラスメイトしかおらんのか?
先進IT指定校って何? そういうヤバい人材を集める学校か何かなの?
自身の不注意と知識不足でアカウント乗っ取られた恥ずかしさとショックを、学校その他への八つ当たりで誤魔化してみるが、そんな事では到底誤魔化しきれない。
えもいわれぬ恥ずかしさと情けなさと色々なネガティブ感情に襲われ、俺はひたすらに悶えるしかできない。
はぁ……。
これは全身全霊をもって反省案件だ。
と、とりあえず、今以上に非道い状況にだけはなりませんように。
もうほんとにミントさんだけでお腹いっぱいだから。
もう食べられないから。
寝言じゃないから。
必死にそんな祈りを捧げる俺をよそに、
「さーてどう遊んであげよっかな~」
ミントは何やら悪い感じの笑顔になって、ポキポキと指を鳴らしている。
そんな音まで実装されてるこのCGキャラは何なんだろうと思いつつ、しかしその好戦的なミントさんの態度に、俺は恐れ戦くしかない。
LINCでのやりとりで何かあったみたいだし、騙された腹いせ、みたいな部分もあるのだろう。
ここまで攻撃的な雰囲気を漂わせるミントさんを見るのは――七橋さんとのあの時以来か。
しかし――
ミントのハッカーとしての技能がどれほどのものなのかは正直まったく分からないが。
これはもしかするともしかして、小堀田さんの身の危険が危ないのでは?
小堀田さんは、一度だけではあるが言葉を交わした、貴重なコミュニケーション経験のあるクラスメイトだ。
そんな小堀田さんが、俺などと関わったがばっかりに、俺みたいな恐怖を味わう羽目になるのは――さすがに申し訳なさしかない。
もちろん、小堀田さんだって悪い。
いたいけな俺のLINCアカウントを騙して乗っ取るなんて。
でも、小堀田さんにだって何か事情があったのかもしれないし。
……人様のアカウント乗っ取る必要があるってどんな事情なのか全く想像はつかないけど。
でも、何の理由もなくそういう事するとは思えないし。
人に言われてやらされてるとかだってあり得るわけだし。
だからミントがこのまま攻撃的な活動をして、小堀田さんに恐怖を与えるのは、違う。
少なくとも、まだ早い。
そういうのは、本格的にヤバい悪人だと確定してからでいい。
もちろん、小堀田さんは凄腕ゲーマーという話だし、家にもミントが侵入できない何かがあるらしいし、もしかしたら小堀田さんが、ミントと張り合えるくらいの凄腕ハッカーだった、みたいな可能性だってゼロではない。
このままミントが小堀田さんとドンパチやりあって、ミントが打ち倒され、俺が漁夫の利で恐怖に震える日々にグッバイという展開などを是非とも期待したい部分はある。
だが、俺の直感が告げている。
そんな俺に都合のいいだけの展開など、どんな三流シナリオライターだって書かない。
たとえそれが国内トップクラスのゲーマーであったとしても、あれほど謎の技術を連発し、ついには俺の家の鍵まで支配下に置くようなヤバい奴に、太刀打ちできる高校生がそうそういるとは思えない。
……うん。やはり、小堀田さんの身の危険が危ない。
この愛らしい外見をしたホラー的存在、ミントちゃんと過ごす心臓に悪い毎日は、俺みたいなフィッシングとやらの罠にあっさりかかる愚か者だけが味わっていればいい。
どうにかしてミントを止めねば。
……さて、どうする?
ミントが動くよりも前に、俺の行動を決めねばならない。
取れる選択肢を考える。
正直、小堀田さんのことは全然よくわかってない。
実際の小堀田さんを見た事もないし、性格も、好きなものも、癖も何もわからない。
唯一分かっているのは、名のあるゲーマーであり、ゲーム好きだということ。
ゲームをするために学校に来ていないという事。
ふむ。
生粋のゲーマーが相手。
としたら――?
「……えっと、とりあえず、アカウントを取り戻すのって難しい?」
「そういう事するような相手だし、まぁ簡単じゃないだろうね」
俺の質問に、ミントはすこしばかり雑に答えた。
もはや俺のほうは見ていない。そのCG姿も不安定に止まったりしているところからみて、もうすでに何かしら手を動かし始めている予感がする。
さすがの早さ。猶予がない。ヤバい。
「んじゃ、ま」
「?」
「直談判行ってくるわ」
「は……?」
俺はそう言って上着をひっつかむと、いくつか必要なものをかき集めてポケットに押し込んだ。
唖然とするミントを横目に、玄関で靴を履き、外に出ようと扉の鍵を開け……ようとしたのだが。
(あ……)
扉の鍵が回らない。
「待って」
扉の前であたふたする俺の背中を、ミントの鋭い声が刺す。
ああ……そうでしたね。
全力で忘れたい出来事だったので全力で忘れようとしてましたが、この部屋の鍵はすでにミントさんの管理下にあるんでした。
って、さすがに部屋から外に出る時の鍵までコントロール下に置くのは違くないですか……?
ITな鍵とかでも、普通は内側からのほうは手動で開くよね? 何かの間違いで監禁されたりしないように。
え、何? 俺、そのうち監禁されちゃうの?
「説明して」
「説明って?」
「あの子の家に行くの?」
「おう」
「何のために?」
「アカウント返して、って直談判しに」
「返してもらえると思うの?」
「どうだろうな」
「アカウントはボクが取り戻すから待ってて」
「いや……取り戻せばいいってわけでもなくてな」
「……?」
「俺ごときのアカウント乗っ取った理由とか知りたいし」
「……」
「だから直談判」
「……あの子の家、ボクは侵入できないし」
「……?」
「何かあっても守れない、から……」
――ああ、そうか。
そこまで話して、ようやく気付く。
前回――七橋さんとのあの時、俺が勝手に何もかも決めて、ミントにはひとつも説明せずに突っ走ったから。
ミントなりに心配してくれてる、って事でいいのかな。
それとも単に、自分のおもちゃが見えないところで何かするのが気に入らないってだけだろうか。
理由は何であれ、こうしてまた味方っぽくいてくれるミントの事は、ありがたく感じる。
たった一人でも、味方がいてくれる、その心強さ。
それは、何にも代えがたい。
俺の気持ちを落ち着かせ、頑張ろう、という気にさせてくれる。
本当に、ありがたい。
でも――
「まあ、なんとかなるっしょ」
俺は努めて明るくそう言った。
強がりではあるが、半分……いや、2割くらいは本心でもある。
多分、何とかなる。5割……は切るくらいの確率で。
「俺が帰ってくるまでは何もしないでもらえるか?」
俺の言葉に、ミントはしばしの間を置いた後、
「……わかった」
不承不承といった様子でそう答え、同時に扉からカチャリと音がした。
俺はドアノブを回し、小堀田さんの家に向かった。




