v2.0.24 - すれ違い
ミントは、廊下で壁にもたれかかって、俯きがちな姿勢で、俺のほうをチラチラと見ていた。
なんだろう。
何か、普段と雰囲気が違う。
俺は廊下に出ると、周囲に気付かれないように小さく手を上げ、ミントに合図した。
さすがに廊下で普段のようにあれこれ話したりすると、変な事になる。
人目の多い校舎内では余り話さないというのがミントとの間の暗黙のルールだ。
俺の合図に気付いたミントは黙って俺の横についてきた。
その表情は、やっぱりどこか普段と違う。
何というか、モジモジしている、というか。
いつもは元気印でガンガンくるミントが、俺の制服の裾をつまむようにしながら、半歩下がってついてくる。
……なんだろう。不覚にも今日のミントさん、かわいい。
「今日何か変だぞ?」
校舎を出て、周囲の生徒が減ったところで、俺はたまらずミントに声をかけた。
「だってダーリン、あんな事言うから……」
「あんな事って?」
「言わせないで」
……?
ミントさんは相変わらずモジモジしている。
その姿は可愛らしい……が、そんな態度になるような事を何か言った覚えはない。
まあ、ミントの場合、俺のちょっとした一言を拡大解釈しまくって勝手に喜ぶ事もある。
もしかしたら何か些細な一言がこういう状況を引き起こしてる可能性もあるのだけど――
「こんな感じで一緒に帰るのって、そういえば初めてか?」
「うん!」
「にしても珍しいよな。廊下で待ってるのって」
ミントは下校の時、廊下で俺を待ったりはしない。
大抵は「家に帰ってから来ました」という様子で俺の家に現れるし、下校を一緒にする場合は校門の外で待っている場合がほとんどだ。
多分、学校内で一緒にいても周囲の目を気にして俺が喋れないので、その辺を気にしてそうしてるんだと思う。
なので廊下で待っている、というパターンは今日が初めてだ。
「そうしようって言ったのダーリンじゃん」
「……はい?」
「……?」
ミントの表情が、急に怪訝な様子に変わる。
俺も、ミントが何を言ってるのかよくわからなくて、首を傾げた。
「いや、俺はそんな事……」
俺は、そんな事を言った覚えはない。
そういう方向に拡大解釈されそうな事を言ったかな……と考えてみるが、どう考えても全く心当たりがない。
そんな俺の言葉に、すかさずミントは俺の視界に、一枚の画像を表示してきた。
この最近見慣れてきた画面は……LINCの画面の一部みたいだ。
ミント側から見た画面なので普段見てるものとは発言者の左右が違うが、どうやら俺とミントとの会話ルームらしい。
その会話ルームで、
『今日は一緒に帰ろう。授業終わったら廊下で待ってて』
と、俺が言っている。
「へ……?」
こんな事をミントに送った記憶はない。
「これ、いつ?」
「昨日の夜」
だとすると……。
発言のフキダシの横についている時間は、24時すぎ。
その時間は、小堀田さんメールのあれこれも終えて、お布団にくるまれていた時間だ。
「この時間、俺、LINC使ってないんだけど……」
「え?」
俺の返答に、ミントの動きが急にカクついたりして不自然な感じになる。
ミントさんによくある「何かしらの作業してますモード」だ。
「ホントだ。ダーリンこの時間ARグラス外してる」
どうやら俺の昨晩の行動を洗っていたらしい。
「じゃぁ……そういうことかぁ……」
ミントは再び何度かカクついたりしながら、最終的に何かしらの結論に達したらしい。
「ダーリンのばーかばーか!」
ミントはおもちゃを取り上げられたような、悲しさと怒りがないまぜになったような表情で、俺の事をポカポカと叩き始めた。
ミントさんはARグラス上の3Dキャラクターなので、どれだけ叩かれようが痛くはない。
痛くはないですが――
……えっと俺、なんで怒られてるんです……?




