v1.0.26 拉致監禁事件
◇ ◇ ◇
私には、2つ下の妹がいる。
とても可愛い妹で、愛想も良くて、老若男女問わず、誰からも好かれる、自慢の妹。
幼稚園の頃から、男の子に追い回されたり、告白されたりするのが日常、みたいな子。
一方で、小学校の頃の私は、地味な女の子だった。
眼鏡にお下げ髪の、地味で目立たない女の子。
妹とは違って、男の子に告白されるとか、そういう事とは無縁。でも、その代り……というと変だけど、勉強とか、色んな事を頑張った。
学校の成績はいつも上位だったし、学級委員なんかもよくやった。
お姉ちゃんとして、妹の面倒もよく見た。
運動だけはちょっと苦手だったけど、それ以外のことは何でもきちんとこなした。
あの頃の私は、同級生から「地味で真面目な優等生」って思われてたと思う。
そんな私が小学6年生の時だった。
私はその日、お母さんに頼まれて、妹と一緒にお使いに出かけた。
スーパーで晩ご飯の食材を買って、その帰り道で、私達は知らないおじさんに声をかけられた。
おじさんは、道に迷っていて、道を教えてほしいと言った。
おじさんが行きたがってる先はわかる場所だったので、私はがんばって案内をした。
でも、おじさんはよくわからない様子で、案内してほしいから、と私達を車に乗せた。
おじさんは、なぜか私の案内する先を無視して、車を進めた。
何かがおかしい、と思った時にはもう遅かった。
気づけば私達二人はおじさんの家に閉じ込められていた。
私達二人は、拉致監禁されてしまったのだ。
私は、勉強はできたけど、世間知らずだった。
世の中には悪い人がいる、ということをよく知らなかった。
子供を騙して家に監禁する、そんな大人がいるなんて、夢にも思っていなかった。
運良く……と言っていいのかどうかはよくわからないけど、暴行を受けるとか、そんな事はなかった。
私達は、そのおじさんの家で、おじさんの話を聞かされたり、おじさんの望む服を着せられたり、写真を撮られたり、そんな事をさせられていた。
しかも、そのおじさんの目的は妹のほうだったらしく、私はほとんど何もせず、妹の様子をただ見守っていた。時折おじさんが変な事を妹にさせようとするので、それに抗議したり、泣き出した妹をなだめたりすることはあったけど、それ以外はただ妹のやることをただ見ていた。
でも――怖かった。
「家の外に出たら、どうなるかわからないよ」
「邪魔をしたら……どうなるかわかるかな?」
「言うとおりにしないと、知らないよ?」
そう言うおじさんの言葉が、目が、態度が、表情が、どうしようもなく怖かった。
このおじさんに逆らったら、きっとひどい目にあう。
叩かれるとか、そんな事じゃない。もっとひどい事をされる。
そう思った。
怖かった。本当に怖かった。
幸い、事件は、すぐに発覚した。
私達は拉致された翌々日に救出され、おじさんは捕まった。
私達は警察の人にたくさんの質問をされた後、解放された。
あの頃の私は、無邪気に信じていた。
命っていうのは、みんな平等で、困った事があったなら、等しくみんな手を差し伸べてくれるものなんだ、って。
でも、違った。
救出され、解放された後、妹の周りには、たくさんの大人がいて「怖かったねぇ」とか声を賭けていた。両親も、近所の大人も、みんな、妹に声をかけては、抱きしめたり、撫でたりしていた。
私はといえば、その横で、そんな妹と大人たちをただ見ていた。
誰も私には声をかけてくれなかった。あんなに怖い思いをしたのに。
今になって思えば、それは単に私がお姉ちゃんだったからで、みんながより幼い妹のほうを優先するのは自然な事だったのかもしれない。
両親にしたって、「しっかり者」の私よりも、どこか頼りない妹のほうをより心配するのは当然だったのかもしれない。
でも、あの時、私は思ってしまった。
ああ、命って、平等じゃないんだな。
そう思ってしまった。
事件の後、インターネットを見て、その考えは確信に変わった。
私達の事件の事は、色々なサイトで取り上げられていた。
でも、インターネットのみんなは、妹の事ばかり書いていた。「こんな可愛い子を拐かすとか犯人マジで許せん」とか「京香ちゃん助かってよかった」とか、誰もが妹の写真を取り上げて、妹のことばかりを話していた。
誰も私の事なんて書いてなかった。まるで私は誘拐なんてされていないみたいだった。
犯人の男の供述もそうだった。
男は言った。かわいい妹の事を、以前から狙っていた。
妹を、さらった。妹を、自分のものにしたかった。妹を、妹を、妹を。
私のことなんて一言も言わない。私の事を覚えていたかすら怪しい。
ああ、そうなんだ。
私は、妹のおまけで誘拐され、妹のおまけで怖い目にあい、妹のおまけで助けられたんだ。
そう思った。
もし――
私が、私だけが誘拐されていたら、どうなっていたんだろう。
みんな、あんなに早く気づいて、見つけてくれただろうか。
私を助けてくれただろうか。
インターネットのみんなは、犯人の事を「許せない」って怒ってくれただろうか。
考えたくはなかったけど、考えてしまった。
そして、思ってしまった。
多分、そんな事はないんだろうな、って。
ああ、命って、平等じゃないんだな。
勉強ができればいいなんてことはない。
何かを一生懸命頑張ればいいっていう事でもない。
頑張ってる、なんて、そんな事に意味はない。
妹のように可愛くなければ。
妹のように皆に好かれる人間にならなければ。
みんなに愛されて、好かれて、目立って、認められなくてはいけないんだ。
私は可愛くならなくちゃいけない。
人に好かれなくちゃいけない。
モブになっちゃいけない。
誰かの目に止まる自分でなくてはいけない。
でないと、私は見つけてもらえない。
怖い思いをしていても、助けてもらえない。
そう、思った。
だから、私はかわいくなる努力をした。
みんなに好かれる努力をした。
みんなに大事にされる努力をした。
時々は、ずるい事もした。
悪い方法を使う事もあった。
そうやって人の好意を集めていると、本当に安心できた。
これで、きっと私は助けてもらえる。
抱きしめてもらえる。撫でてもらえる。
私は、とても安心した。
これならきっと、助けてもらえる。
あの時のような目にあっても、
私は誰かのおまけじゃなく、きっと私のために、誰かが助けにきてくれる。
だから、私はこれからも好かれないといけない。
好かれるためなら、何だってやる。
ちょっとずるい事だって、何だって。
やるつもりだったのに――




