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v1.0.25 二度目の屋上

 謝罪を終え、少しして。

 俺は屋上に上がった。


 屋上の扉を開けると、扉から少し離れたところに、女の子が一人、転落防止の柵にもたれかかって遠くを眺めていた。

 その長く綺麗な黒髪が、風に揺れている。


 扉の気配で気づいたのだろう。彼女はくるりと体の向きを変えてこちらを向くと、小さく手を振った。

 俺はそれに応えて小さく頭を下げ、彼女の側まで近づいていく。

 おしゃれなARグラスの奥から、きりっとした、でも優しそうな目が、俺を捉えている。


「メールありがと」


 鈴の鳴るような声が、彼女――七橋さんの口からこぼれた。


「いや、こちらこそ……来てくれてありがとう」


 言いながら、滅茶苦茶緊張している自分を自覚する。

 さっき、クラス全員の前で謝罪した時はそこまで緊張しなかったのに。


「お礼って……?」


 七橋さんは、少し不思議そうに尋ねる。

 昨日、俺は納得行かない様子のミントを宥めながら、七橋さんにメールを書いた。「お礼がしたいので、明日の謝罪の後に屋上に来てほしい」そんな内容で。


「その……何だ、えっと」

「……?」

「あんな事で七橋さんには迷惑かけた上に、さらに色々フォローしてもらったし、ちゃんとお礼をしておきたいなって」

「そんな事いいのに。フォローしたとかそんなつもりもないし」


 七橋さんは、相変わらずの柔らかい笑顔で言う。

 やっぱり綺麗な笑顔だなぁ、と思う。

 ほんとに綺麗で、誰もがすっと心を許してしまう、そんな笑顔だ。


「いや、そういうわけには」


 そう言って、俺は少し間を置き、


「ありがとう」


 その言葉と共に、七橋さんに頭を下げ……なかった。


 そして――

 意を決して、言う。


「……って言えたらよかったんだけどな」

「え……?」


 俺のその一言に、七橋さんの表情が驚きと疑問に染まった。


「七橋さんは、俺がやったわけじゃないってこと、知ってるよね」

「何のこと?」

「七橋さんって、IT強いんだね」

「……?」

「CSRF、だっけ? あれにはやられた」


 七橋さんの顔色が、さぁっと変わった。


「……何の……話?」


 ああ……やっぱり、そうだったんだな。

 ミントには調査の手を止めてもらったので、完全な証拠があったわけじゃない。

 さらに本音を言えば、あまり信じたくない気持ちもあった。

 でも、この表情、この返答で、確信せざるを得ない。

 俺を嵌めたのが、目の前にいるこの可憐な女の子なんだ、っていう事を。


「ほんと……よくできたプランだよな」

「……」

「俺が犯人じゃないって言い張ったって、どうせ誰も信じないし」

「……」

「俺が謝らなかったら、どうせ元から浮いてるから、切り捨てればいいし」

「……お礼がしたい、ってそういう意味だったんだね」

「……まあね」

「どうして私だってわかったの?」

「いや、実は決定的な証拠はなかった」

「え?」

「今の反応で、ああ、やっぱりそうだったんだな、って」

「……」


 少しだけ、賭けだった。

 犯人が七橋さんじゃない可能性も多少はあったし、七橋さんに完全にシラを切り通されたら、これもまたどうしようもないと思っていた。


「まあ、俺の事ITに強いって思ってるみたいだったから、それをちょっと利用させてもらったりはしたけど」


 七橋さんが俺の事をITに強い人間だと思っているなら、全てお見通し、みたいに話せば、何か決定的な証拠を掴んでいると考えてくれる可能性が高い。

 もし、本当に彼女が犯人なら、罪を認めるだろう。

 そういう賭けをした。


「まんまとやられちゃった、ってわけか」


 七橋さんは、してやられた、という様子で小さく舌を出した。


「でも、証拠がなかったなら、なんでわかったの?」

「いや、屋上で相談された時から怪しいとは思ってて」

「え?」

「俺、わりとわかるんだ、そういうの」


 そう、わかるのだ。

 あの事件の時、本当にたくさんの言葉や態度に触れたから。

 たくさんの悪意ある言葉や態度、たくさんの人の嘘や欺瞞、見せかけの善意に触れたから。

 どんな言葉が嘘で、どんな言葉が本当なのか。

 それが多分、ほんの少しだけ人よりよくわかる。


 屋上で話したあの時、七橋さんの言葉や態度にはどうも怪しい匂いがあった。

 ……まあ、屋上で話した当時はすっかり舞い上がっていたので、その事に思い至ったのはミントと犯人探しをしていたあの時になってからだったんだけど。


「あとはまあ、クラスの事を調べるんだったら、他に向いたのがたくさんいるはずだし。その中で俺を選んだのにはちょっと違和感あったし」

「……」

「色んな流れとかタイミングとかを考えると、七橋さんがやってるっていうのが一番しっくりきた」

「そっか……漆黒の騎士様の目は欺けなかったか」

「……」


 ふはは、あまり迂闊にその名を口にしないでいただきたい。地味に心の傷がえぐられる。


 にしても、やっぱり犯人は七橋さんだったんだな。


 予測はしていたし、だからこうして七橋さんを屋上に呼び出したのだけど、実際にそうだ、と言われるとなんだか不思議な感じがする。

 この目の前にいる、柔らかい雰囲気の美少女がそんな事をした、というのがどうにも信じられない。

 それに、あの掲示板の事――


「……つまり、あの個人情報、自分で晒したってことだよな」

「あーうん。ま、どうせすぐにバレる事だしね」


 七橋さんは、ほんの少しだけ疲れたような、げんなりしたような、そんな顔をした。


「……?」

「変に探られるより先に出せる範囲で出しちゃったほうがいいの」


 なるほど、七橋さんクラスになると、男子がほっとかないから、あれくらいの個人情報なんかはすぐに突き止められる、って事なんだろうか。

 どうせ探られるなら、バレても問題ない範囲で自分からさっさと公開してしまって、それ以上の情報を探られたり、変な嘘の情報が流れたりしないようにする。

 さらにそれをネタにして、俺を陥れるのに使って一石二鳥、と。

 あらやだこの子怖い。


「にしても、何であんな事を?」


 それが、知りたかった。

 七橋さんがわざわざこんな危ない橋を渡る理由というのが、わからない。


「何のためだと思う?」


 七橋さんは少し意地の悪い笑みを浮かべながら、そう問い返してきた。

 こういう事をするとしたら……どうだろう。たとえば……


「……クラスをまとめるため、とか」


 集団をまとめるのに一番効率的な方法は、共通の敵を作ること。

 悪者を一人作れば、クラスのみんなは一致団結できるだろう。

 ああ……そういえば中学の頃、俺のいたクラスはどれも、俺を除いてみんなまとまったいいクラスばかりだったな……俺を共通の敵としてたからだろうな畜生。


「それもある、かな」

「七橋さんが委員長なら、あんなことしなくてもクラスはまとまるんじゃ……」

「そう思う? まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど」

「……?」

「でも、そうでもないんだよ?」


 七橋さんの表情に陰が差す。


「あの掲示板さ、私が書き込んだのって3つだけなんだよね」

「え……」


 たしか、あの「裏」掲示板には、相当な数の書き込みがあったはずだ。

 七橋さんがそのうちの3つしか書き込んでないとしたら、じゃあ、他のは……。


「あとはクラスの誰か」

「そう……なんだ」

「こういう事するの、初めてじゃないんだけど、いつもそう」


 ……ああ、初めてじゃないんですね。

 まあ、あれだけの仕掛けだ。いきなり本番投入っていうのはリスクも高いだろうし、これまでに何度も実戦投入されて磨かれたものだとしても不思議はない。


「ちょっと背中を押すだけで、ひどい事する子って、いるんだよ」

「っていうことは……見せしめ?」


 俺の言葉に七橋さんは何も答えずににこにこしている。


 ……なるほど。

 裏掲示板を用意して、クラスの「悪い子」には好き放題書かせて悪いことをさせる。

 そこで誰か一人を犯人として吊るし上げることで、間接的に「罪を犯した」っていう意識を与えた上、「悪いことをするとこういう目にあうぞ」って見せしめにして抑止力にする、と。

……なんだろう。計略として妙に緻密だ。やだこの子怖い。


「……な、なるほど」

「でもそれはついで、かな」

「ついで?」


 自分の個人情報をあえて晒してみたり、悪い子に見せしめのような事をしたり、それが全てついで、というのは……。

 思わずゴクリと唾を飲み込む。

 七橋さんは、そんな俺を見ながら少しだけためらいがちに、言った。


「私ね、好かれてないと、不安なの」

「……?」

「私、妹がいてね――」

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