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v1.0.23 答え

「掲示板っていうのは、これね?」

「あ……うん」


 ミントは一体どこからどうやって調べてきたのか、裏掲示板を開いて俺に見せた。


「なるほど……委員長ちゃんの個人情報ね。これくらいならその気になればすぐ調べられそうだけど」


 どうやらあの掲示板の事を調べているらしい。

 ミントの周囲にいくつかのウィンドウが開いては消えていく。

 さらに「ちょっと固まったりするけど気にしないでね」と口にするが早いか、ミントの動きが、まるで時間が止まったようにピタリと停止してしまった。


 ああ、そういえばこいつは遠隔操作の3Dキャラなんだよな、という事を今更ながら思い出す。

 普段の動きも言動もあまりに自然だから、バーチャルな存在だということをつい忘れそうになる。

 つまり、この停止は、中の人が3Dキャラを動かすのをやめて、あれこれ調べたり作業してる状態、ってことなんだろう。


 そうだよな、中の人、いるんだよな……。

 中の人が別の事したいときは、このキャラだって止まる。

 つまり、俺の視界にミントがいる時には、中の人はこのキャラを動かす作業をしてるはずで、それって、結構な労力なんじゃ……。

 ほんと、このミントの中の人は、何者なんだろう。

 そして、何のためにこんな事をしているんだろう。


 少しして、ミントが再び動き出す。


「ダーリン、メールとかDMとかで送られてきたリンクって何か開いた?」

「ああ……メールで届いたのを」

「ああ、この差出人がいかにも怪しいやつだね。暗号化されてないから勝手に見るよ」

「お、おう……」

「なるほど短縮アドね」


 言うが早いかミントはそのURLをすぐさま開いた。


 しかし、俺がそのURLを開いたときとは違う画面が開いている。

 画面に表示されているのは「404 Not Found」という表示。


「あれ、俺が見たときと違うな」

「さすがに消えてるか。仕事早いな」

「消えてる?」

「……ダーリン、なんか人の恨みでも買うような事でもしたの?」

「は?」


 えーっと、恨みっていうのは多分、何かしらの交流があるから発生するものですよね。

 恨みを買う以前に、クラスの皆さんとはコミュニケーションがそもそも成立してないので、恨みの売買契約が発生しようがないんですよね畜生。


「IP抜いて詐称……はこの掲示板だと面倒か。多分、CSRFだね」

「しーえす……なに?」

「CSRF。正しくはクロスサイトリクエストフォージェリっていうんだけど」

「ほほう?」

「二通目のメールで送られてきたURLのページに細工がしてあって、ページ開くと勝手に、ダーリンのブラウザからあの委員長の情報が掲示板に書き込まれるようになってたんだと思う」

「ふむふむ」

「今どきCSRFみたいな古典的な穴のある掲示板なんて滅多にないんだけどね。この掲示板はわざと穴開けてあるみたい」

「なるほどね」


 なるほど、わからん。


「えっと、つまり……?」

「……わからないならさも分かってる風な相槌打つのはやめようね♥」

「すみません」

「……まあ、厳密に言うと全然違うけど、ダーリンのWebブラウザが勝手に操作されて、あの書き込みをさせられた、みたいな事だと思っておいて」

「なるほど」


 想像してた「ミントが勝手に操作して投稿した」に近い何か、っていう事なんだろう。

 とすると、やっぱり俺のARグラス経由で書き込まれたのは間違いなくて、IPが同じなのも当然、ってことか。


「つまり、俺が誰かに嵌められた、ってことでいいのか?」

「うん」

「それを証明するのって難しい?」

「……うん。ログとか何か証拠は出せるかもしれないけど、捏造だって言われたら反論のしようもないし。できそうなのはメールから辿って犯人見つける事くらいかな。でもそれも結構時間かかると思う」

「……そうか」

「同じネットワーク使ってる別の人がやった、みたいな言い逃れはできるけど、それも疑惑が深まるだけだろうね」

「なるほど、よくわからないけどわかった」


 俺が犯人だ、っていう事については、IPアドレスの一致という動かぬ証拠がある。

 それを否定するなら、ちゃんと覆せる証明が要る。

 しかしその証明をするのは、ミントの話を聞く限りかなり難しそうだ。

 としたら……どうしたらいい?


「……ほんと、ダメだよ、誰だか知らない相手から送られてきたURLなんて開いたら」

「それは……わかってたつもりだったんだけどな」

「まあ、あのタイトルだし気になるのはわかるけど」


 ええほんとそうですね。

 メールの添付ファイルを使って侵入してきたハッカーさんに言われると説得力が違いますね……


 それにしても、一体誰が、何のために俺を嵌めるような事をしたんだろう。

 全く何の理由もなく、そんな事をするとも考えにくい。

 きっと何か理由がある——と思うんだけど。


 動機から考えるなら——やはりミントが犯人だ、というのが一番しっくりくる。

 普段から発しまくっている好き好きオーラが本当なら、俺が七橋さんと話した事が気に入らないとか、クラスから孤立させて、自分とだけ遊ぶように仕向けたいとか、そんな理由でこんな事をしてもおかしくはない。


 でも、この出来事がすべて、このミントという謎の凄腕ハッカーが書いたシナリオだとは――少なくとも目の前で動く3Dキャラを見ている限り――俺にはどうしても思えなかった。

 こいつが裏掲示板を作ったり、七橋さんの事を書き込んだ犯人だとはとても思えない。


 だって――ミントからは、「悪意」が感じられない。


 小学生の時、あの事件を通じて、俺はたくさんの悪意に触れた。

 その経験から俺は、人を貶めようとしたり、罠に嵌めようとしたりする、そんな悪意に敏感になった。

 そんな自分の経験と勘が言っている。

 ミントから、「悪意」の匂いはしない。


 今まさに俺の横で、「ダーリンにこういう事していいのはボクだけなんだぞ……」などと不穏な事を呟きながら何度も動きを止めるミントは、本気で俺のために手を動かしてくれているように見える。


 それは別に俺のためってわけじゃなく、単に俺というおもちゃにちょっかい出されて面白くない、とか、そんな理由からなのかもしれない。

 でも、理由はどうあれ、ミントは今、俺の疑いを晴らすため真剣に手を動かしてくれている。

 それは事実だ。


 ——いや、もちろんそんな簡単に信じていい相手じゃないのは分かっている。

 ここまで全部自作自演、という可能性だってないわけじゃない。


 でも――信じる。

 信じてみたい。

 今のこの時だけは。


 だって、少なくとも俺は今、確かに感じているのだ。

 

 ありがたい。


 ミントの動機がどんなものであれ、この先にひどい罠があるかもしれないとしても、本当にありがたい。


 俺の事で、こうして手を動かしてくれる人がいる。

 あれこれ教えてくれる人がいる。

 一緒に怒ってくれる人がいる。

 それは、本当に、救いだ。


 あの事件の時、俺には味方がいなかった。

 身に覚えのない嘘の証拠がいくつもあって、それを見た誰もが、その嘘の証拠のほうを信じた。

 誰も俺の言う事なんて信じてくれなかった。

 ましてや事件の原因を教えてくれる人、俺のために怒ってくれる人なんて、いるはずもなかった。

 俺はただ一人で、猛烈な悪意に晒され、ただただ耐えるしかなかった。

 そんなあの時と比べたら――


 今、確かに俺はひどい目にあっている。

 謎の相手に嵌められて、身に覚えのない罪を着せられそうになってる。

 でも、こうして一緒に考えて、怒ってくれる奴がいる。

 それは、救いだ。

 それが3Dキャラの皮をかぶった、怪しげな、怪しさしかない正体不明のハッカーだとしても。


「お前の事、疑って悪かったな」

「わかってくれればいいよ」


 俺の謝罪に、ミントは一瞬にこっと笑うと、また動きを止める事を繰り返した。


 ――よし。

 ミントにここまでやってもらってるんだ。

 俺も、俺にできることをしないといけない。


 しばし、考える。

 この流れ。

 この結果。

 クラスのチャットで見た言葉の数々。

 メールのタイミングや、内容。


 思い返してみれば、ずっとどこか違和感はあった。

 あのやり取り、あのメッセージ。

 そもそも何でターゲットが俺だったのか。


 こうして俺を嵌めて得するのは誰だ?

 あんな事をする意味って何だ?

 誰が、何を狙ってやっている?

 そういえばあの時——


 ぼんやりした思考が、次第に輪郭を帯びてくる。


 もしかして……。

 そうか。

 そうなんだろうか。

 でも、どうして……?

 可能性としては、つまり――

 としたら、俺は――


「どうだ?」


 ちょうど中の人の作業が一段落ついたのか、動き出したミントに調査の具合を聞いてみる。


「掲示板に書き込んでる子はだいたい分かったけど、ダーリンにおイタした子はまだ」

「そうか」

「Webの事ほんとによく分かってる子みたいだね。証拠がちゃんと綺麗に消してある」


 この短時間でそれだけわかるとは……やっぱりミント恐ろしい子。

 あらためて俺のARグラスに侵入してきたハッカーの凄腕を思い知る。


「でも大丈夫。必ず犯人は突き止めるからダーリンは待ってて」

「それなんだけど」

「……?」

「これ以上、調べなくていい」

「え?」


 ミントは、言われた事の意味が全くわからない、といった様子で固まっている。


「じゃあ、どうするの?」

「素直に謝る事にする」

「何で? ダーリンは何も悪いことしてないんだよね?」

「うん、でも、謝るわ」

「意味わかんない」

「……まあ、そうだよな」

「そんなのおかしいよ」

「うん、おかしい」

「いいから待ってて。必ず犯人見つけるから」

「いや、いい」

「なんで?」


 ミントは掴みかかってきそうな勢いで詰め寄ってきた。

 今だけは、ミントがバーチャルな存在であることに感謝したい。

 これがリアルな存在だったら、こんなに真っ直ぐな目で見つめられたら、心が揺らいでしまったかもしれない。


「えっと……」


 おかしなことを言ってるのは、わかる。

 そりゃ、俺は今回、嵌められただけで、何も悪いことはしてない。

 自分がやっていないことについて頭を下げるなんて、完全無欠に間違っている。

 真犯人を洗い出して、糾弾するほうが正しい。圧倒的に正しい。


 でも、気づいてしまったんだ。

 今回、誰がこんな事をしたのか。

 そして、俺がどう動いたほうがいいのか。


 完全な確信があるわけでもないし、もちろん証拠があるわけでもない。

 でも、俺の考えている事が合ってるとしたら――


「多分、今回は、それが一番いい」

「でも……」


 全く納得できていない様子のミントをよそに、俺は表のチャットに、七橋さんの提案を受け入れて、明日の帰りのHR後に謝罪する旨を書き込んだ。

 そして、一通のメールを書いた。

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