v1.0.3 漆黒の騎士
はぁ……。
まさかこんな罠が仕込まれていたとは。
いや、それにしても……ないわ。
「漆黒の騎士 フォビア・ソーレンセン」は、ないわ……。
午後はその事ばかり考えていて、まるっきり授業の内容が頭に入ってこなかった。
だって、「戻してあげない」って言ってたってことは、多分ハッキングされてからずっとこの「漆黒の騎士」が表示されてたってことだし。今日七橋さんと話したときも、このタグが出てたってことだし。
……七橋さん、よくこんなあからさまにヤバそうな人間に話しかけられたな……。
外見や性格も素敵げな人だけど、むしろその勇気に惚れそうだ。
でも、おかげでちょっと納得できた部分もある。
先週からずっと妙な視線を感じてたのも、授業中に数学の杉崎をはじめとした先生達にに可哀想なものを見るような目で見られてたのも、要はこれが原因だったってことなんだろう。
今日の会話で七橋さんが俺のことをIT強者だって信じて疑わなかったのも、おそらく何割かはこのせいだ。
「タグって何?」とか聞いてくる相手の名札が「漆黒の騎士」になってたら、そりゃ色々深くはツッコめないし、「実はすごいのを隠そうとしてる」みたいな事を思ったりもする。
しかし……この事実は知りたくなかった。
こんなタグぶら下げているんだって自覚してしまうと、人前にいるのが恥ずかしくて仕方ない。
自分に向かってくる視線がすべからく「何、漆黒の騎士って……」って言ってるようで、いたたまれない気持ちになる。
この事実を知らなければ、周りにどう見られようが「なんか変だなぁ」くらいで済んだものを。原因が自分だとはっきりした今、もう何というか救いがなさすぎる。
ああああああ!
なんだよこれマジで。
恥ずかしすぎて死ぬ。
っていうか死にたい。
俺はできるだけ存在感を無くしステルス化して午後を過ごし、HRが終わると逃げるように学校を出て、そそくさと家に帰った。
◆ ◆ ◆
家に帰って、はぁぁぁと深い溜め息を漏らす。
ARグラスのおかげでただでさえ鬼畜難易度と化していた学校生活に、さらにこんな縛りプレイが追加されていたとは。そりゃ攻略の糸口も掴めないはずだ。
とにかくこのタグをどうにかしないと。
でなければ、これからの学生生活がそれこそ闇堕ちだ。
しかし先日からお世話になっている初心者向けムック本には、タグ機能については何も書いてない。ARグラスに「タグの変更のしかたを教えて」と聞いてみるも、「すみません、わかりません」という返答が返ってくる。
そういえば七橋さんと話した時、俺のことをITが強いって言った、その根拠として「タグが変だ」と言っていた。とするとこのタグの変更は、普通だったらできないことで、相当なITスキルを持つ人だけができる特殊な事、なのかもしれない。
つまり、このタグは、恐らくはミントくらいの謎ハッキング技術をもってはじめて変更できる、と?
としたら……これから俺はずっと暗黒騎士というタグをぶら下げて高校生活を送る宿命、と?
嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!
そんなん、絶対「ダークナイト君」とか陰で呼ばれたり、「よう、漆黒の騎士様」とかめっちゃイジられたりするの確定やん。
っていうか多分もうとっくに学内SNSとかで「ダークナイト君が」とか言われてるに違いないし、今日の七橋さんとのファーストコンタクトも「姫がダークナイト様に挨拶に伺ったぞ」とかそんなようなこと絶対書かれてる……。
はぁぁぁ。
3Dキャラ化して以降、ミントからのイタズラ的なものは減っていたのですっかり油断してた。まさかこんなトラップが知らぬ間に発動されていたとは。
ぐぬぬミント許すまじ。
とはいえ自分でどうにかできない以上、その諸悪の根源たるミント様に助けを求める以外に解決の手立てはない。
ちょうどふらりと部屋に登場したミントに、
「このタグ、どうにかなりませんか」
と、ダメ元でお願いしてみるも、
「んー、ボクの事もっと大事にしてくれたら考えてもいいけど」
と、少なくともすぐにもとに戻してくれる事はなさそうな返事が返ってきた。
……そうですか、俺はダークナイトとして漆黒の高校生活を生きねばならないのですね。
天は何という試練を我に与えたもうたのか畜生。