表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/91

v1.0.0 1週間

◇ ◇ ◇


 「ミント」と名乗る謎のハッカーさんをARグラスに抱え込んだ暮らしが始まって、一週間が経った。


 彼女(?)を追い出す算段については、まるで目処が立っていない。


 試しにと一度、ARグラスが壊れたふりをして、別のARグラスを貸りたことがあるのだけど、グラスをかけた瞬間にミントが「あれ、別のグラスに変えたの?」と言いながら登場した。


 当初言っていた通り、リセットや交換みたいな事はまるで意味がないらしい。


 学校側に相談したほうがいいかとも思うのだけど、IT担当の先生がやたらイカツくて怖いし、それ以前に一体何と説明したらいいものか見当もつかず、今のところ何のアクションも起こせずにいる。


 学校のほうは、健康診断や体力測定、各種オリエンテーションだのなんだのいうイベントが一通り終わり、そろそろ平常授業モードになりつつある。


 心配していたARグラスを使った授業も、今のところは最初に教わった範囲の使い方しか求められていないし、なんとかついていけている。


 しいて言うなら、授業中に紙でノートをとっていると、少なからぬクラスメイトに旧石器時代の人類を見るような目で見られるのがつらい……けどこれは中学時代からそうだったし大した事じゃない。


 しかし他のみんなは一体どうやって、どんなふうにノート取ったりしてるんだろう……。

 中学時代はタブレットやノートPC使うクラスメイトが多かったので、まだ様子を窺い知ることもできたけど、ARグラスだと人のやってることを覗いてやり方を盗む、みたいなこともできないし。

 「ノートってどうやって取ってる?」などと聞ける相手のいないぼっちにはARグラス時代、生きづらさしかない。


 ちなみにその感想からお分かりかと思うが、友達はできてないし、できる気配もない。

 ARグラスをかけてる相手の話しかけづらさ、というハードルが未だに乗り越えられないのもあるけど、相も変わらず教室内の空気がなんだかよくなかったり、自分を見る視線がどことなく嫌な感じだったりもあって、どうにも周囲と関わりづらい。


 ……っていうのはもちろん言い訳で、要するに俺に度胸とコミュニケーションスキルがないだけなんですけど!

 他の皆はそれぞれ話せる相手を見つけて、着々とグループなどが形成されていってるみたいだし。


 とはいえかろうじてクラスの一員だと認識してもらえてはいるようで、廊下でクラスメイトとすれ違うと大抵「チッ、こいつか、わざわざ視線向けて損した」みたいな目で見てもらえる。

 ので、どうやら俺、世に未練を残しちゃった霊体とか、非実在青少年とか、そういう存在ではないらしい。よかった。


 ……って、そんなことをグダグダ考えている場合じゃない!


 今朝はなぜか目覚まし時計がうまく鳴ってくれず、すっかり寝坊してしまったので、急がないと遅刻だ。


 ささっと着替えて、こういうときのために冷蔵庫に入れておいたエナジージェルを引っ掴み、ARグラスを装着。

 すると早速


「あ、おはようダーリン」


 という少し眠そうな声が部屋の中から聞こえてきた。


 ん? 部屋の中……?

 声のした方に目をやると、制服姿をした3DCGキャラが、鏡を見ながら髪型を整えていた。

 ……3Dキャラのくせに、朝に出かける支度だと言わんばかりに髪型を整えるとか、毎度毎度ほんとに芸が細かいですね……。

 それに、バーチャルの存在なのに、ちゃんと俺の部屋の鏡の前にいて、鏡に映り込む自分の姿までちゃんと再現してるあたり、ほんとどういう仕組で成立してるのか教えてほしい。


「……お、おはよう」


 仕方なく、課された義務を遂行する。

 俺はこの3Dキャラと会話する事を義務付けられている。

 話しかけられたら答えないといけないし、今みたいに挨拶をされたら、挨拶を返さねばならない。

 そうしないと、ファイルとか、平穏な学生生活とか、色々なものが危険にさらされてしまう。

 だからこれは義務でやっているのであって、決して美少女3Dキャラとの暮らしを楽しむ恋愛シミュレーションゲームにどっぷりハマってるとかそういうわけではないのでそこんとこ誤解なきよう。


 この3DCGキャラは「ミント」という名前で、このキャラを操ってるのは俺のARグラスに侵入してきた正体不明のハッカーだ。

 このハッカーさんはなぜか俺のことを「好き」だとか言ってきて、3Dキャラ化した以降も好き好きオーラをガンガン放出してくる……んだけど、これはきっと俺をもっとヤバい状況に陥れようという何かの罠なので信じてはいけない。


 だってこの3Dキャラ、かわいすぎるし。

 かわいいはいつ如何なる時代においても人を惑わし陥れる存在。

 かわいいは罠。かわいいはトラップ。


 こんなkawaiiハッカーに侵入され、たくさんの個人情報を握られた上に、ハッカーさんが操る3DCGキャラと会話を交わすことを義務付けられてる俺って控えめに言ってかわいそうすぎるのでみんな心の底から同情してほしい。

 

 にしても……ミントさん、昨日まで朝は家の扉の前で待ってたはずなのに、今朝は家の中にいるのはなぜなんでしょうね……。

 そういえば昨晩は遅くまで部屋に出現してたし、こうして身支度してる姿を見せるっていうことは、昨晩はお泊りしたっていう設定なんだろうか。


 この一週間でわかってきた事なのだけど、ミントは神出鬼没に登場する割に、なにげにそういう細かい設定とかリアリティみたいな事は、ちゃんとしようとしているらしい。


 学校で出没する時は毎度ちゃんと制服姿だし、学校帰りに(勝手に)一緒に下校して、その後すぐに家に登場する時は制服のままだ。

 学校帰りが一緒じゃなかった時は、一回帰って着替えた設定なのか、家に登場する時は私服に着替えていることもある。


 土曜に家でごろごろしてた時には「コンビニ行くついでに寄った」みたいなラフな私服姿で登場したし、日曜に買い物で少し遠出した時、ちょっと気合の入った感じの私服で登場したのは多分「待ち合わせてデート」っていう設定だったんだろう。日曜のはほんとによく似合っててあれは反則的かわいさだったので、そろそろいい加減中のハッカーさん抜いて恋愛ゲーム化して攻略させてほしい。


 ……という話でわかってもらえるかもしれないが、ミントは相変わらず家や外出先まで、俺がARグラスをかけてさえいれば所構わず出現している。

 そして聞きたい事を聞き、話したいことを話しては去っていく。

 まるで気まぐれな妖精さんか何かみたいだ。


「待ってよー」


 俺が慌ただしく靴を履いて出ようとすると、相変わらず鏡の前で髪型をあーでもないこーでもないしているミントが非難がましい声を上げた。


 遅刻しそうな時間だっていう事くらいはわかってるはずだし、髪型を整えるパフォーマンスとかそんな事やらなければいいものを……。

 ほっといて外に出ると、ミントはぶーぶー言いながらついて来た。


「可愛い彼女が髪を整えてるのに先に出るとかあり得ないと思う!」

「……いやだって待ってたら遅刻だし……」

「いいじゃんちょっとくらい遅刻したって」

「いいわけあるか」


 遅刻をすると校門のゲートがちゃんと開かなかったりなんかいろいろITがらみの面倒なことに巻き込まれそうなので絶対に嫌です。


 まあ、それでも相手が現実世界に実在する可愛い彼女とかだったら、一緒に遅刻なんていうのもいい思い出になるかもしれない。

 でも、いかんせん相手はバーチャルな存在だ。しかも中身は正体不明のハッカーだ。何が悲しくてそんな相手と「一緒に遅刻」イベントをせねばならんのか。


 だいいち、なんて遅刻の理由を説明したらいい? 「バーチャルな女の子の髪型が整うのを待ってて遅刻しました」って、控えめに言って頭がおかしい。


「かわいい彼女が鏡の前で髪型に悩んでたら、髪型決まらないの? とか一言くらい声かけてくれたっていいじゃん」

「んな事言われましても」


 異性との交際経験どころか、ここ数年異性同性問わずろくに会話すらしていないクソ童貞にそういうのを求めないでいただきたい。


「せめて『どんな髪型でもかわいいよ』くらいの事言ってくれたって罰は当たらないと思う」

「はいはいそうですねかわいいですね」

「むー」


 っていうかそれ以前に「かわいい彼女」っていつからあなたは俺の彼女になったんですかね……。

 ミントの戯れ言はほっといて、今はとにかく遅刻しないために急がねばならないのです。


「ダーリン早いー」


 少し後ろから聞こえてくるミントの文句を聞き流しながら、小走りで学校へ向かう。


 ……バーチャルな存在なわけだし、スピードが早いとか別に関係ないだろうに、ほんと無駄にリアリティを出してくるのはなんのためなんだろう。


◆ ◆ ◆


 走った甲斐もあって、なんとか遅刻せずに教室に辿り着けた。

 ミントは肩で息をしながら「間に合ったー!」とはしゃいでいる。

 その頬は上気していて、額には汗を浮かべたりもしているし、やっぱり芸が細かい。


 ちなみにミントは学校では隣のクラスの生徒、という設定になってるらしく、いつもと同じように「じゃあ、また後でね~」と手を振りながら隣の教室に吸い込まれていった。


 しかし、ミントの中の人って、ほんと一体何者なんだろう。

 実は密かに開発されていた人工知能でした、みたいなオチだったりしないよな……?


 人工知能もかなり進んできているらしいけど、本当に違和感なく人と会話ができるAIというのはまだ一部の研究機関にしかないって話だし、あれだけの会話と動きができる相手が人工知能だとは思えない。


 かといって、人が操っているにしては動きとか色々緻密すぎる気もするし――つくづく謎が多い。


 まあ、正体が何であれ中の人はハッカーであり、俺のARグラス、ひいてはこの高校生活の生殺与奪権が全て掌握されている事に変わりはない。


 ミントを追い出す算段がつくまでは、なんとか無難に過ごしたいものだけど……。

 はぁ……ほんと、いつになったらこの危険と隣り合わせのマゾゲーみたいな高校生活はクリアできるんだろ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ