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v0.3.3 話をしようか

 は……?

 は……?

 またもや頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。

 なんでまたあなたはそんな事を……?


『暗号化解除してほしかったら、ボクとちゃんと会話してほしいな』


 ミントはにこにこ満面の笑顔で、何やらすごい事をのたまった。

 ええっと、つまり……?

 つまり、あれですか。

「お前のファイルは人質にとった。返してほしくば私と話せ」っていうことですか。

 より簡潔に言うといわゆる脅迫ってやつですか。


 すみませーん、この部屋に警察の方はいらっしゃいませんか。

 この脅迫犯を捕まえてハッキング被害から俺を救い出してくれる、有能なサイバー警察の方はいらっしゃいませんか。

 お願いだからいてくれませんか……。


 そういえば昨日、脅迫とかされたら色々詰むよなぁ、なんてことを考えてはいたけど、それがこんなにも早く現実になるとは……。

 なるほどファイルを人質に取る、なんていうことで、こんなに簡単に人を追い詰める事ができるんですね。

 いやほんと、ためになりますね畜生。


『お話してくれないとずっとこのままだからね』


 ミントは相変わらずの笑顔なんだけど、その笑顔がなんだか妙に怖い。

 お話っていうのは、まあ、要するに話すってことだよな。

 まあ、話すくらいだったら……

 ……嫌だぁぁぁぁ。

 またあれこれ情報を奪われたりするんだろうし。

 ハッカーさんと会話とか、なんというか色々怖すぎる。


 でも、こんな人質を取られてしまっては……。

 今日宿題をちゃんと提出できなかったら、俺の学校生活は落ちこぼれBLUES一直線だし。それはなんとしても避けたいし。

 としたら、今ここで"ミント"と話して、どうにかしてもらうしかないのでは?


 ……でも、そんな簡単に脅迫に屈してしまっていいものか?

 ここで脅迫に屈したら、これからもっとひどい要求が突きつけられたりするかもしれないし。

 しかしだからといって代替案があるわけでもない。そもそもすでに個人情報だのなんだのは綺麗さっぱり握られているわけで、今更抵抗したところで無駄なのだし。「さっさと屈してしまえ」と己に染み付いた負け犬根性が囁く。

 ……まあ、話すくらいなら……いい、か……?

 しっかり気をつけて喋れば、そんなにひどい事にはならないだろうし。


 ……でも、だからって素直に楽しくしゃべれると思ってもらっても困る。せめて少しくらいは抵抗を試みたいところ。


「あのですね……」


 意を決して口を開く。

 バーチャルな女の子と会話する自分、というのを想像するとそこはかとなく死にたくなるけど、宿題の無事提出がかかっているのでは仕方ない。そう、仕方ない。


「それで喋れたとして、嬉しいわけ?」

『うん! ダーリンと喋れるのは嬉しいよ』


 ……ものすごーくいい笑顔で言われた。

 ちょっと苦言を呈してやろうと意気込んで口を開いたというのに、こんな笑顔でまっすぐな言われると、出鼻を挫かれそうになる。

 くそ、やはりかわいいは正義だというのか。


「これ、脅迫ですよね?」

『うん、脅迫だよ。だから?』

「つまり俺は無理矢理喋らされてるわけで」

『うん』

「会話っていうのは、お互いが喋りたいっていう気持ちがあって成立するから素敵なわけじゃないですか」

『そうだね』

「無理矢理喋らされてる俺と、喋りたい?」

『ボクはダーリンと喋りたいし、今こうして喋れてるの、すごく嬉しいよ』

 "ミント"はものすごくいい笑顔でそう言い切った。


 ああ……なんだろう。

 理屈とかそういうのが通じない感じのやつか、これは。


『ボクはダーリンとお喋りしたいし、ダーリンの事をもっとよく知りたい』


 ミントは俺をまっすぐ見つめて、言う。


『そりゃ、ダーリンが嬉しいと思ってくれてないのは、嬉しくないけど……でも、それでもダーリンと少しでもお喋りできるほうがずっと嬉しいもん』

「……」


 ええっと。

 なんだろう、この気持ち。

 こんな真っ直ぐな目でこんな事言われたら。

 ……言われたら。


 脳裏に中学時代の記憶が蘇る。

 誰かと話したくて、話しかける度に汚いものを見るような目で見られたり、可哀想なものを見るような目で見られたりしたあの頃。

 俺と話す事で「嬉しい」だなんて、そんな事を言ってくれた子はいたか?

 否。そんな子は一人としていなかった。


 なのに、この子は俺と喋れるだけでこんなにも嬉しそうにしていて。

 俺が無理矢理喋らされるのでもなんでもいい、俺と喋れる事が嬉しいのだから、だなんて。

 ……なにそれ。天使か。


 ……って、待て待て待て待て。

 こんな事で正気を失ってはいかん。

 自分のようなぼっち類ぼっち科ぼっち属ぼっちは、すぐに誤解してしまうんだ。

 「健斗君ってやさしいんだね」みたいな好意の含まれた言葉を一つかけるだけで、簡単にトロトロに溶けて相手の事を許し、受け入れ、好きになってしまう。


 いいか俺よ。

 相手は本物のかわいい女の子じゃない。

 あれはあくまで3Dキャラだし、中身はハッカーだ。

 今、こうして嬉しそうにしていたりするのは、所詮作りものだ。

 さらに中の人は多分、ヤバいおっさんとかそういう何かだ。


 あの「嬉しい」って台詞だって、どうせ次の罠の仕掛けとかだし。

 それ以前に今のこの状況は、脅迫されて渋々従ってるって状況だし。

 その犯人に好意を抱くって、ストックホルム症候群じゃあるまいし。

 あるいまいし……。


 ……でも。


 ……この気持はなんだろう。

 この気持はなんだろう。

 目に見えないエネルギーの流れが大地から足に伝わりそうな。


 自分が動揺しているのがよくわかる。

 自分の足元が、自分の信念とかそういった何かがグラグラしているような……。


『だって今日の朝、ほんとに寂しかったんだもん……』


 ミントは震えるような小さな声で言った。

 その表情は本当に寂しそうで、今にも泣きそうな、そんなものに見えた。

 ……なんでこの3Dキャラは、こんなにも表情も声の表現もが豊かなんだろうね……。

 本当に心が揺さぶられる。

 ……でも、信じないぞ。ハッカーの言う事なんて。


「……ど、どうせそれも、また何かの罠にハメるための嘘なんだろ?」

『ボクは嘘はつかないよ。ダーリンの前では嘘はつきたくないから』

「いやでもこないだのアンケートとか……」

『あんな誰でもすぐにわかるバレバレの嘘は嘘のうちに入らない』

「えぇぇ……」

『あれはひっかかるダーリンが悪い』

「さいですか」

『うん』


 そう言って今度は弾けるように笑う"ミント"を見ていると、なんだか不思議な気分になる。

 なんだろう、この子は。

 このハッカーさんは。

 もしかして、もしかすると、実はそんなに悪い奴じゃないのか?


 "ミント"の言うことを全て信じた、というわけじゃない。

 でも、こうして"ミント"の言葉を聞き、少ないながらも会話をしているうちに、話すくらいはいいんじゃないか、という気もしてくる。


 本当は、本音ではここまでのやり取りで、ずっと疑問に思っていた。

 このハッカーさんは、本当に悪い奴なのか、って。

 本当に悪い奴だったら、ああやって侵入してきた時点で、もっとひどい事が起こっていてもおかしくなかったはずだ。

 なのに未だに何もひどい事は起きてない。


 そりゃ、時々はびっくりするような事だって起こるし、軽く騙されたりもする。

 でも、本当に嫌なことは起きてない。

 少なくとも、あの事件の頃にあったような、本当にげんなりするような、本当に生きるのが嫌になるような、そんな事は何も。


 ハッカーさんの言葉だってそうだ。

 最初は単なる文字だったし、今は3Dキャラだし、声だって相手の声ではないんだろう。

 でも、何か伝わってくるものがある。

 あれは、人を騙そうとか、そういう気持ちから出てる言葉じゃない。そんな気がする。


 俺はあの事件の頃、本当にたくさんの悪意のある言葉を聞いた。

 中には俺の味方をするように見せかけて、俺を陥れようとするような、そんな巧妙な悪意もあった。

 だから、普通の人よりも、俺はずっと人の悪意とか、そういうものに敏感だ。

 そんな俺から見て、ハッカーさんの言葉は、いつもそんな悪意にまみれた言葉とは違う、真っ直ぐなものに聞こえる。


 もしかしたら、このハッカーさんは本当に悪い奴じゃないのかもしれない。

 ……いや、もちろん俺の端末に侵入してきてる時点で悪い奴だし、本当に優れた詐欺師というのは、人を信頼させたりするのが誰よりも上手いはずだし。これがとんでもない罠とかそういうものにつながる序章、という可能性だって捨てきれない。っていうかその可能性が一番高い。


 でも、そうじゃない可能性だってほんの僅かに、微粒子レベルくらいには存在している可能性がほのかにある。

 なら、もう少し話をしてみたっていいんじゃないか?

 話していけば俺だってこのハッカーさんのことをもっとよく知ることができるかもしれない。どうして俺の端末に侵入してきたのか、とか、聞きたい事だって山のようにある。


 っていうかそもそも、もうここまで侵入されて好き放題されているのだ。

 どうせ散々情報は盗まれてるんだし、それを防ぐ技術も俺にはないのだし。

 これ以上失う物なんて何もない。

 せめて相手の情報を引き出せるだけ引き出したほうが得というもの、か?


「……わかった。話せる時は話すようにする」


 俺は不承不承、そう答えた。

 いやだって、ここでYesと答えなかったら宿題の一つすらまともにさせてもらえないわけで。

 即学校生活ドロップアウトになって、転校しようにも「この子は勉強する気のない反抗的なヤンキーです」とか言われて受け入れ先が見つからなくなったりするに違いないし。

 こうでも考えて受け入れないと、俺のメンタルヘルスのバッドステータスがマッハ。


 しかしそんな俺の嫌々の返答にすら、"ミント"の表情が、まるで花が咲いたように鮮やかな笑顔になった。


 ああ……この表情はズルいわ……。

 ほんと3Dキャラのくせにもしかしたら人よりも表情豊かだ。

 こんな表情を見せられたら、何か 色々な事を許してしまいそうになる。


 ……っていかんいかん。これもきっと何かの罠だ。自重。


『じゃあ、約束だよ! これからもお話してくれなかったら、またファイルを暗号化したりするからね!』

「結局脅迫かよ!」


 かくして高校生活3日目。

 相も変わらず友達はできませんでしたが、話し相手はできました。

 ……相手は3Dキャラだし、その中身はハッカーだし、話をするのは義務であって権利ではないけど。


 ……なんかもう色々疲れたよパトラッシュ……

 ……って、疲れてる場合じゃなかった、宿題、宿題!

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