v0.3.2 鍵
家に帰り、ほっと一息。
3日目も、なんとか無事乗り切れた。
しかし……今日もまた、クラスの誰かに話しかけたりできなかったな……。
正直、もう少し自分でもどうにかできるつもりだったんだけど、想像以上にARグラスの存在が厄介だ。
休憩時間はみんなARグラスで何かやってる風だし、何もしてなそうな相手でも、「何か見てるかもしれない」と思うとどうも声がかけづらい。それはさすがに考えすぎだっていう自覚もあるんだけど、それでも考えてしまって動けなくなるのがぼっちのぼっちたる所以であり……。
さらにARグラスを使いこなしてる感じの相手にはどうも気後れしまうし、ほんとどうしたらいいんだろう。何か周囲から声かけられやすいツッコミどころでも用意したほうがいいんだろうか。
それとも……やっぱり例のSNSとか、そういうものをやらないと駄目なのかな……。
まあ、そんな事つらつらと考えて凹んでいても始まらない。
とにかく今は友達がどうとか以前に「普通の学校生活」から落ちこぼれないようにする事が先決だ。今日はあのムック本のお蔭でどうにかついていけたけど、明日からもそれで大丈夫ってわけにはいかないだろうし。
まずはとにかく今日出た宿題をどうにかしないと。
よし。
パシッと両頬を叩いて、気合を入れ直す。
そしてARグラスで、宿題に関するファイルの入った、自分のフォルダを開く。
……が。
「あれ……?」
フォルダが開かない。
フォルダを開く操作は……合ってるはずなんだけど。
慌ててムック本を開いて、フォルダ操作のページを開いて確認してみる。
書いてある通りの操作を、確かにやっているはずなんだけど……。
空間に浮かんでるフォルダをつまんでさらに力を入れる、もしくは視線で選んで、OKの指パッチン。あるいは「マイフォルダを開いて」という音声での操作――
どれをやってみても、ダメだ。開かない。
「……??」
頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされると同時に、湧き上がってくる焦る気持ち。
え、このフォルダ開けなかったら、できないよね、宿題。
ええっと……どうしたらいいんだ……?
……やっぱり俺はあの学校で落ちこぼれていく宿命なのか……。
そう思った時、ようやく視界に一つのメッセージが出ている事に気づいた。
[ このフォルダは暗号化されています ]
は……?
いや、別に「暗号化」なんてした覚えはないんですが。
っていうかそれ以前に「暗号化」ってなんだろう……。
とりあえずムック本の索引のページを開く。暗号化、暗号化、っと……
『その本には載ってないよ』
いきなり自分の隣から聞こえてきた声にビクっとなる。
慌ててそちらを向くと、そこには座布団にちょこんと座った"ミント"の姿。
……ほんと神出鬼没ね、あなた。
『初心者の人が使う機能じゃないからね』
そ、そうなんですか。
『暗号化、っていうのはね、ファイルを簡単に読み出せないようにすることで……んー、簡単に言うと、フォルダに鍵をかける、みたいなこと』
鍵をかけた、ということは、つまり……?
『鍵を持ってない人は、そのフォルダを開くことはできなくなるってことね』
なるほど、そういうことか。
でも、自分は鍵をかけるような事をした記憶はないのだけど、じゃあこのフォルダはなんで鍵がかかってるんでしょうかね……。
『で、ダーリンのマイフォルダに鍵をかけたのは、ボク』