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v3.0.17 - 喫茶 屋根裏

 黙り込んでしまったミントと微妙に気まずい空気の中歩く事数分。

 駅近くの細い路地裏に、玖木さん指定のカフェらしき看板を見つけることができた。


『喫茶 屋根裏』


 と書かれた看板が、こぢんまりとした四階建てのビルの1Fに、控えめに出ている。


(ここで合ってる……よな?)


 店の前に辿り着き、俺は少しばかり戸惑った。

 お店の名前は、玖木さんに教えてもらったもので間違いない——のだけど。

 新しくオープンしたカフェと聞いていたそのイメージと違い、妙に古びた様子だったからだ。


 パッと見、カフェというよりは喫茶店——いや、もっと言うと本の中で見た昭和時代の「純喫茶」みたいな雰囲気に見える。

 玖木さんから「渋いカンジの」とは聞いていたが、この渋さはちょっと予想を超えていた。


 とはいえ、店先にはいくつか開店祝いの花も出てるし、窓に貼られたメニューや店の前に置かれている立て看板も、デザインこそレトロな雰囲気だが、モノとしては真新しそうな様子だ。

 オープンしたてのお店なのは間違いない——ので、多分ここで合ってるはず。


 ……よし。


 こういうところに一人で入るのは初めてなのでかなり緊張する。


 でも正直、こういうお店でよかった。

 この昭和平成感ある雰囲気なら、ギリギリ何とか俺でも入っていい気がする。

 もっとシャレオツな、意識の高い人御用達みたいなカフェだったらその場でチビって逃げ出してただろう。


 もしかして玖木さんはその辺の事も踏まえてここを指定したんだろうか?

 としたら本当に玖木さん、外堀埋めるの上手すぎません?

 SNS云々よりまずそちらの技術と経験を学ばせてほしいんですが?


 そんな事を考えながら恐る恐るドアを開けると、カランコロンカランという漫才でしか聞いた事のない効果音が頭上で鳴った。


「いらっしゃいませ」


 店の奥、カウンターの向こうからこの店のマスターと思しきエプロン姿の渋いおじさんが声をかけてくれた。低めのセクシーないい声だ。


「お一人様ですか?」

「あ……えっと、はい」


 ミントが一緒なので二人か? と一瞬思ってしまったが落ち着け俺。

 ミントはバーチャルな存在だ。ここで二人などと言ったらヤバい電波な人か霊的な何かが見えている人になってしまう。


「こちらの席へどうぞ」


 店内は15人くらいで一杯になる感じだろうか。カウンター席と、少人数用のテーブル、ソファ席に加えて、小上がりになった卓袱台の置いてあるエリアなんかもある。


 卓袱台いいな……と思ったが、俺達はその中の、壁際の二人がけの席に通された。

 俺が店内が見渡しやすいようにと壁側に座ると、ミントが当たり前のように反対側の椅子に座る。

 毎度のことながら、こうして初めて来た場所でもちゃんと適応して正しく椅子に座れるミントのその仕組みって一体どうなってるんだろうね。

 まあ、教えられたところでとても理解できる気はしないのだけど。


 すぐにお冷やとおしぼりが提供され、メニューは……とキョロキョロしていると、


「ご注文はそちらのQRコードからお願いします」


 と言われ、テーブル上に貼られたQRコードを指さされた。

 ああ……なるほど。


 お店の雰囲気からして、ラミネート加工された手作り感溢れるメニューみたいなものをちょっと期待したのだが、そうは問屋が卸してくれないらしい。


 ……まあ、その辺はさすがに言うまい。


 最近、QRコード注文の飲食店はかなり多い。

 わざわざ紙のメニューを作って、スタッフが注文取って伝票起こして……みたいなことをするのは何かと手数がかかる。

 人手不足のこのご時世、文明の利器を最大限活用して、できるだけ人件費をかけずに頑張るのが飲食店経営においては重要。

 前に読んだ『どう見てもお客の入ってないあの店はなぜ潰れないのか』って本にそんなことが書いてあった。


 俺は諦めて、テーブル上のQRコードに目線を向けた。

 ARグラスが反応して、「Webページを開きますか?」の確認画面ののち、Webブラウザでメニューが開いた。


(……高ぇ)


 そうだろうなと思ってはいたのでダメージはないが、やはりメニュー全体的にちょっとお高めだ。


 コーヒー一杯で晩ご飯一食分。

 喫茶店としては一般的なお値段なのだろうが、貧乏高校生にはちょっとしんどいお値段だ。

 しばらく晩ご飯はもやしかな……などと思いつつ、とはいえここで辺にケチっても仕方ない。

 今回は玖木さんへのレポート提出のためもあるので、お値段は見ない事にする。


 で、えっと……玖木さんの言ってたようなSNSウケの良さそうなメニューは……。

 何だっけ。見た目が派手で目を引くようなものか、じゃなければその背景にストーリーがあるもの、だったか。


 とすると……この派手なグリーンのクリームソーダなんかいんじゃないだろうか。

 今日はちょっと暑いのでアイスクリーム乗ってるのもポイント高い。

 昭和っぽいスタイルそのままじゃなく、トロピカルなフルーツがいくつか綺麗にトッピングされてるのも特徴があっていい感じだ。


 もっと派手な見た目のパフェなんかもあるけど、この辺は多分玖木さん自身で紹介するほうがイメージ的に合うだろうし。

 何よりお値段がハイクラスすぎて俺のような戦闘力ゼロの貧乏学生には辛さしかない。


 ……よ、よし。じゃあこのクリームソーダをカートに入れて、注文ボタンを押して……と。

 俺が注文ボタンを押すのとシンクロして、店の奥からピローンという電子音が二回ほど鳴った。

 おそらくこれで注文は無事通った、はず。


 ……ふぅ。


 一仕事終え、あらためて店内を見回してみると、自分以外にいたお客さんは皆年齢高めだ。

 この雰囲気を懐かしんで来ているのだろうか。

 とりあえず俺と同じ世代の若者はいない様子だ。


 あとは気になる事として——


(……!)


 店内に四人いるお客さんのうち、二人が紙の本を読んでいる……だと……?

 えっ?

 えっ?

 何? ここって俺みたいな人間のヘブン?


(あ……なるほど)


 その理由は店内を見回してすぐわかった。

 カウンターの横に大きな本棚があり、紙の本がびっしりと並んでいる。

 さすがに俺の好きなラノベまではないが、少し前の世代の有名小説・マンガなどがずらりとラインナップされていて、どうやらこの本たちを自由に読んでいいということらしい。


 なんだ、ここは天国だったのか。


 他にも少し古めの雑誌やポスター、アナログのボードゲームやおもちゃ、ネット以前の世代のゲーム機など、昭和~平成~令和あたりの時代の、アナログなものがたくさん並んでいる。

 QRコード注文を除けば、ネットとかデジタルの匂いはほとんどしない。

 これは……いいぞ。

 めっちゃ落ち着く。


 なるほど、店名の「屋根裏」というのはつまり、俺の親くらいの世代が子供の頃に楽しんでいたものをしまい込んだ、そんな屋根裏で過ごすようなイメージ、なのかな。

 少し斜めになった天井や、ちょっと狭めの店内も、そういうコンセプトだと言われれば納得だ。


 うん。

 これは俺にはドンピシャなお店かもしれない。

 もっとお金があったら学校帰りに毎日通いたい勢いだ。


 お金……

 お金なぁ……

 そろそろバイトでもしようかな……


 そんな事を考えていると、


「お待たせしました」


 お店のマスターが横にきて、テーブルにコースターを二つ並べた。


(ん……二つ?)


「こちら、クリームソーダ……と、ミルクセーキです」


(……??)


 ミルクセーキ……は頼んでないはずだ。

 何かの間違いかと思い、店員さんに「あの……」と声をかけようとしたところで「ダーリン♡」と目の前から声がした。



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