表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/91

v0.1.0 使いたくないでござる

 白い――箱。


 時代がかったちゃぶ台の上に置かれた、おおよそちゃぶ台には似合わない、直方体。


 手触りの良い、白い上質な厚紙でできた、さも中には高級品が入ってますよ、と言わんばかりの箱。

 側面には、繊細な銀色の線でメガネらしきもののイラストが描かれて、天面中央には、エンボス加工で「mGlass」という文字が浮かび上がる。


 そんな、見るからにハイセンスで最先端でございます、とでも言いたげなその箱を目の前にして――


(はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)


 俺はクソデカため息をついた。


 まさか、こんなものを手にする日が来るとは。

 二度とこういうものには触れないと心に誓ってここまで生きてきたというのに。

 なんでこれ、ここにあるの?

 何かの嫌がらせですか?


(はぁぁぁ……)


 今日何度ついたかわからない溜め息を腹の底から吐き出して。

 俺は仕方なく、本当に仕方なく箱を開けた。


 開いた箱の中には、これまた上質そうなスポンジに埋まった、何やらかっこいいメガネが一つ。

 形は、スポーツ用のサングラスなんかにわりと近い。

 視界を大きめに覆うようにつけられたレンズは、ほんのり虹色に光を反射していて、憂いに満ち満ちた俺の表情が薄く映り込んでいる。


 このメガネは、近年話題の最先端ITデバイス、「ARグラス」というやつだ。

 これまで主流だったスマートフォンみたいに、ディスプレイに何か情報を表示するんじゃなく、目に直接光を送り込んで、目の前に情報を表示したり、現実に情報を重ねて表示したりできる。


 俺の好きな古いアニメに「電脳コイル」というのがあるのだけど、要するにあれに出てくる電脳メガネみたいなメガネだ。


 数年前まではまだまだ一部のガジェット好きな人達のおもちゃだったのだけど、2年前ぐらいから急速に普通の人に広まり始めていて、最近では街や電車でもかけている人を多く見かける。


「これ、使わなきゃだめですかね……」


 男子たるものこういう最先端のガジェットにはワクワクするべきなのだろうけど、俺はもう何というか溜め息しか出ない。元気を根こそぎ絞り出されたボロ雑巾のような気分だ。


 どうしてそんな地を這うようなテンションになってるのかって?

 それは簡単な話だ。

 俺は、ITとかネットとか、そういうものが大大大大の苦手なのだ。

 苦手、というか、怖い。


 いや、別にどうしようもない機械音痴だとか、使う機械を全部壊す体質とか、そういうわけじゃない。これでも小学生の頃は人並みにITを使いこなしている子供だった。


 でも、小6の時にとある事件があって、俺はITだとかネットだとかに散々な目に遭わされた。

 それがすっかりトラウマになってしまい、今はITとかネットとかそういうものがとてつもなく怖い。本当にどうしても必要な時以外、IT機器には触りたくないし、インターネットなんて、死んでも見たくない。


 じゃあなんで、そんな俺の家にこんな最先端の、しかもネットにつないで使うのが当たり前のガジェットがあるのかって?


 それについてはもうほんと、運が悪かったとしか言いようがない。

 小6の時の事件で、俺という人間は、ほとほと運のない生き物なのだとは思っていたけれど、まさかここまで運がないとは思わなかった。


 今日は、この春から通う高校の入学式だったのだけど、そこで校長が言い放ったのだ。


「本校は今年から、()()I()T()()()()として、皆さんには最先端のIT環境の中、勉強に励んでもらうこととなりました」


 「先進IT指定校」というのは、今年から国の主導で始まった制度で、要するに国の支援の下、ITとかネットとかそういうのをガンガン使って教育をする学校として指定された、ということだそうで。


 ……えーと。


 何度も言うけど、俺はIT機器が苦手だ。

 コンピューターとかそういう類いのものには極力関わらずに生きていきたい。

 情報得るなら紙の本や紙の新聞。

 買い物するなら実店舗で現金払い。

 コミュニケーションするなら電話か対面で。

 それが、俺の生き方だ。


 そんな俺の通う学校が、よりにもよって先進IT指定校?


 一体なんの冗談だろう。

 受験した時にはそんな話は一切なかったし、そうなる事を知っていたら、俺は間違いなく受験しなかったはずだ。

 だというのに、たまたま受験して受かって通い始めた学校が、登校初日にして突然に俺の苦手なIT機器だらけの場に早変わり。


 ……なんて罠だ!


 つまり要するに、このARグラスは、俺が欲しくて、使いたくて手に入れたものじゃない。

 これから高校生活を送る上で必要なものとして、学校から「配布」されたものだ。

 俺は明日から、これを身に着けて楽しい楽しい学校生活を送らなくてはいけない。


 ……えーと、どうしよう。

 入学したばかりなのに、早くも転校したくてたまらない。


「はぁぁぁぁ」


 俺は再び大きなため息を吐き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ