偽りの芋女
旭日が照らす通学路を私と渚は歩いている。
「今どき眼鏡にお下げのJKなんてヤバくない? スカートもバッチリ膝下だし」
「これが私だからいいの」
「オシャレして恋したいって蜜は思わん?」
十歳の時に自分の容姿が優れていると自覚した。私は優れた容姿を秘密にしたいのだ。
「あっ、ごめん。彼ピから電話。先行ってて」
「恋なんて……人を傷つけるものだよ」
私の呟きは色なき風と共に消えていった。
校門を抜け下駄箱に来た。ここに来ると十歳のあの出来事を思い出す。けれど芋女となった私に同じことが起きるはずはない。
「う……そ……」
下駄箱の中に、一通の手紙が置かれていた。
あの時も一通の手紙からだった。体育館裏に向かった私は、男子に告白された。私には恋がわからなかった。けど承諾したらその男子は喜んでくれた。人を喜ばせる――取り柄のない私にとって、それは甘い果実だった。
「あれ蜜じゃん。固まっちゃってどしたん?」
私は咄嗟に手紙を隠す。これで手紙は何通目だろう。当時私は沢山告白され全て承諾した。多くの喜びが私を満たした。でもそれが後に全て悲しみになったのは語るまでもない。
放課後。体育館裏に向かい、私は驚く。高校一のイケメン、辻谷雅がいたから。
「藤崎蜜さん。俺と付き合ってください」
「どうして……私なんか……」
意味がわからなかった。引く手数多の辻村君が話したこともない芋女に告白するのが。
「君の優しいところが大好きだからだ」
「優し……い?」
男は単純だ。容姿を変えた中学から、一人として私に告白してくる人はいなかったから。
「そうだ。グループを作るとき、あぶれそうな子にさり気なく声をかけたり。学校を休んだ子のプリントを綺麗にまとめておいたり」
でも辻村君は私の内面を見てくれていた。そんな人は……初めてだった。
「ダメ、だよ。恋は人を傷つけるものだから」
思えば辻村君に憧れていた。私と同じく優れた容姿をしているのに堂々としているから。
「確かにそうかもしれない。でもその傷が悪意をもってつけられた傷ではないのなら、きっとそれは人としての成長の糧となる」
私はハッとする。去年の同窓会で、私は告白してきた男子にも再会した。みんな過去を引きずる私と違って、生き生きとしていた。
「だから……俺と付き合ってください」
じわりと心が温かくなる。人を傷つけるものだと思っていた恋が、こんなに優しいものだとは知らなかった。もしかしたらこれも一時の感情で、また人を傷つけてしまうかもしれない。でも、それでも良いんだとこの人は言ってくれた。だから私は――。
「はい。よろしく、お願いします」
こうして、私の本当の初恋が始まった。
おわり