第一章『洸姫』
昔々、大昔のお話。
鈴白村の正武家に双子が生まれた。
多津彦と多次彦。後世に白猿という禍根を残した双子である。
正武家のお家騒動で誕生した白猿は数百年に渡って鈴白村を含む五村に影を落とした。
それ以来正武家では『双子は凶兆である』と言い伝えられ、多津彦多次彦以降に生まれた正武家の双子の跡継ぎではない片割れは人知れず葬り去られた。
殺されたのか、どこか遠くへ里子に出されたのかは正武家の家系図や顛末記からは抹消されているので定かではない。
そうして現代。
正武家に嫁いだ私は、夫の玉彦との間に双子を儲けた。
二卵性の双子で、兄は天彦、妹は洸姫と名付けた。
これまでの長き正武家の歴史に則れば跡取りではない洸姫は抹消しなければならない対象だった。
でも現代よ? そんな簡単に人を殺すって話にもならないし、そもそも生んだ可愛い我が子を殺したくもないし、里子にも出したくない。
それに白猿の因縁は十数年前に終わり、双子が凶兆であるという認識は残ってはいたが生きている人間にとって些細な問題だった。
お家騒動が起きないようにすれば良いだけの話なのである。
けれど正武家が居を構える鈴白村、五村と呼ばれる鈴白と近隣の四つの村は特異な環境にあった。
それは『日常茶飯事に不可思議なことがある』ということである。
三方を深い山、一方を海に囲まれた自然溢れる古き良き田舎の代名詞のような五村には普通じゃないけど普通に『人ではない不可思議なもの』が存在している。
所謂妖怪やあやかしと呼ばれる類のものから神様まで、普段の生活では関わることはあまりないけれど確かに存在していた。
村民は見たことはないが居る、となんとなく解っていて、代々親から子供へ他の土地じゃ知らないがここには居るから気を付けろ、ここ以外で無暗に村にそういったものがいると口にするなと伝えられる。
そんな不可思議なものの中で、一際強力で不可思議な存在がある。
『五村の意志』と呼ばれるこれまで五村で生まれ死んでいった人間たちやあやかしたちの意識の集合体だ。
この存在について認識しているのは五村でも極僅か。
意識の集合体は魂が留まっているものではなく、あくまでも死んだ者たちが残した意識で、例えば北の山の実りは良いが南の山の実りは悪い、とみんなが思えばそうなってしまうものである。
大昔から言い伝えられているお手玉の唄に正武家が五村から離れると土地は滅びるという歌詞があり、これもみんながそう思っていて正武家が五村から離れないように、という願いが彼らを土地に縛り付けている。
五村の意志は積み重なった年月の分だけ強力なものとなる。
正武家の双子は凶兆である、という言い伝えは村民の間で言い伝えられ、年月を重ねて呪縛のようなものとなっていたが現代ではその言い伝えは薄れて原因だった白猿も討伐されたことから今後は無くなっていく意志だと私は思っている。
けれど未だに五村の意志は双子は凶兆とする意思が多くを占めていたので、玉彦と私は娘が五村の意志に淘汰されないように遠くへと送り出した。
期限は数えで五歳から昔の五村の成人年齢だった十三歳までの八年間。
村に残った息子が成人を迎えて正武家の跡取りが確定すればお家騒動は起きなく、娘が帰って来ても大丈夫だろうと義父の澄彦さんと今は亡き義祖父の道彦が昔に推測したのだ。
幼い娘は正武家に仕えていた稀人と呼ばれる三人とその内の一人と結婚していた私の親友の四人に託された。
……うん。託した。送り出す予定の一週間前に失踪のように消えてしまったけど。
あれから八年。
一日だって娘のことを考えない日はなかった。
元気でいるだろうかというのは勿論のこと、託してしばらくは父様や母様を恋しがって泣いていないだろうかとか、本当に色々、四人がいるからひもじい思いも寒い思いもさせていないとは解ってはいたけれど胸が張り裂けるほど心配をしていた。
一日一日が過ぎるたびに再会の日が近付くと思って過ごしてきた。
そうして、である。
洸姫が旅立ち、ちょうど八年目。
誕生日の一週間前。
帰って来た。……帰って来たんだけど。
お正月が終わって数週間。
とある吹雪の午後。
正武家屋敷の石段下。
私の目の前では信じられない光景が広がっていた。
息子の天彦が洸姫は洸姫にあらずと断じ、なんていうか一方的な兄妹喧嘩? みたいになっていた。
感動の再会を返せ、馬鹿息子。
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