表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お題『短編』

お題『紙の本』 短編

作者: 七草かゆ



             ◇



「来た来た、『シャークチョップ』の最新話~」


 ママが出してくれた朝食のパンを頬張りながら、私は食卓にスタンドで立てて置いたスマホの画面を、小指でスクロールしていく。


「あはは、これ絶対アレのオマージュじゃん。さすが先生、ネタにするの速いなー」


 お気に入りのマンガの更新日は、こうしてスマホでマンガを読みながら朝食を摂る。お行儀が良くないのは分かっているのだけれど、ママもパパも「確かに、新聞とかテレビを見ながらご飯を食べるのはもう当たり前なのに、スマホを見ながら食べるのはダメってのは不公平だもんね」と言って見逃してくれている。

 我が家では、スマホを綺麗にしておくこと、手を洗うこと、他所ではしないということを守れるのであればオッケー、ということになっている。


「なに、またジャンプ?」

 パパと自分の分の味噌汁と焼き魚を食卓に並べながら、ママが聞いてくる。


「うん。先生の急病で連載止まってたんだけど、最近再開されたの」

「今って、ジャンプは水曜日に発売してるの?」

「違うよ。普通のジャンプは月曜。これはアプリで連載されてるやつで、たまたまこれが水曜更新ってだけだよ。ちなみに最新話は大体無料」

「はえー、最近は色々やってんだねー」


 ママも大人にしてはマンガは結構読む方だと思うけれど、電子書籍で読んでいるところは見たことがない。本屋で買ってくるか、レンタルしてくるかだ。パパはタブレットでよく小説を読んでいるから、我が家に電子書籍を読む環境が無いわけではない。

 しかし――


「ママも読めば? 面白いよ。今なら期間限定で一話から全部無料で読めるし」

「なにその広告のアオリみたいな。それって電子書籍で、でしょ? イイ、イイ」


 この様に、ママは頑なに電子書籍で読もうとしない。なんでも、ママは昔自分でもマンガを描いていて、コミケに同人誌のブースを出したこともあるそうなのだけれど、その頃に読者と面と向かって手渡しで頒布したり感想を聞いたりしていた思い出が大切で、それが出来ない電子書籍の文化は好まないのだと言う。


「電子書籍で読んで、ちゃんと楽しめてるの? なんか読み応えまで無機質な感じになりそう。夏南かなも紙の本で読みなよ」

「えー? 別に、普通に楽しいけど」


 ママが炊飯器からご飯を盛り始めたのを見て、パパが居間から食卓の椅子に移動してくる。ママと私の会話を聞いていたのか、それともこの話題はもう何回も繰り返しているからよくある話だと察したのか、パパも会話に混ざる。


「良いじゃんね、電子でも」

「うん。スマホじゃなくても、パパのタブレットなら画面も大きくて読みやすいし」

「なによ、パパももう完全にそっち側なの? あの頃二人で必死に同人誌を買い漁ったり売り回ったりした日々を忘れたの?」

「いや……そりゃ、その頃も良い思い出だけどさ。でも、作家さんとかだって当時はアナログで描いてただろうけど、今じゃ皆デジタルで描いてるでしょ? 環境は変わってくよ」


 ママはツンと口をすぼめる。

「そうやって、何でもかんでも電子化機械化ってなったら、その内コミケも電子マネー決済になって、作家も売り子も全部リモートになるかもよ? 最近じゃAIも絵を描くみたいだし、もはや作家自体が電子化するかも」

「まあ、それはそれでメリットもあるんじゃない? 作家さん本人とかコスプレしてる売り子さんとかから直接同人誌買うのって、俺ちょっと気恥ずかしくて苦手だったし」

「あーあ、こーりゃコミケもいよいよ終わりだ」


 大袈裟に肩を落としながら、朝食を食卓に並べ終えたママも椅子に着く。いただきます、とパパとママが声を揃えて食べ始める。

 ご飯派のパパママ、パン派の私の三人で、食卓を囲み朝食を摂っていく。これがいつもの、我が家の朝の時間だ。



             ◇



 朝食を食べ終えたら家を出て、駅へ向かう。私が通う高校は、電車に乗って五駅ほど行った場所にある。いつもの時間、いつものホームの場所に着くと、これまたいつも待ち合わせをしている同級生の浅沼くんが、ちょうどやってくるタイミングだった。階段を降りてホームにやってきた彼と目が合って、小さく手を振る。

 今朝の浅沼くんも、いつもの様に颯爽としていた。そんな彼が遠慮がちに小さく手を挙げ返してくれるのが、毎朝ながら心地良い。


「おはよ、浅沼くん。今日の話も面白かったね、『シャークチョップ』」

「おはよう、吉田さん。うん、俺も読んだ」


 そう言って、彼は耳からイヤホンを外してケースにしまい、カバンに入れた。そしてすぐにマンガの話を続ける。


「本当、すごいよね。まさかそうくるなんて……って、今回に限らず、毎話思わされてる気がする」

「ホントホント。ツイッターで、この後こうなるんじゃないかーって展開予想してるツイート、大抵外れるもんね」


 話しながら、私は隣に並んだ浅沼くんの様子を伺う。イヤホンをしまったきり、カバンはチャックを締めて足の間に挟んで置かれていた。気になることがあったのだが、彼はそのことを忘れているのか、特にカバンの中身についての話をしてくることはなかった。


「でも今回は特に、アレを早速ネタにしてくるとは誰も思わないよね」

「ね。あ、ちょっと待って――これでしょ?」


 そう言って、取り出したスマホでマンガのページを開く。「例のアレ」が登場するシーンが、画面に表示される。

 こういう時にすぐに手元でマンガの話題のページを用意できるのは、紙の本には無い利点だと思う。紙だと、カバンから取り出したり、探してるページをペラペラめくって見つけるのも大変だし、そもそもカバンが重くなるし。


「これこれ。どう見てもアレのパロディだよね。『シャークチョップ』風にちょっとグロくなってるけど」

「ね。私も読んだ時マジでビビっちゃった。絶対そうだよね」


 私と浅沼くんは、毎朝こうして最近読んだマンガや小説の話をする。元々私たちは本を読むのが好き同士で、去年同じクラスで趣味が合ったことから仲良くなった。今でこそクラスは別々だが、たまたま家からの最寄り駅が同じだったため、こうして一緒に登下校して話をするようになっていた。


 私が浅沼くんと会う機会は、今はこの登下校くらいで――くらいでと言うか、むしろ登下校を一緒にしているだけ贅沢と言えるかもしれないけれど――部活も交友関係も違うから、今日の終業式が終わって明日からの夏休みが始まってしまえば、その後二学期の始まりまで私たちが会うことは無くなってしまう。

 そのことで、昨日私は家の居間で溜め息をついていたのだけれど……その時に、ママから「本でも貸してもらえば? 会えなくても、その彼の本が手元にあったら寂しさ紛れるかもよ」とアドバイスをもらい、すぐにLINEで浅沼くんに「オススメの本を貸してほしい」と頼んでいた。彼は了承してくれて、持って来てくれると言っていたものの、今日の彼にはそのような様子は見受けられなった。


 ……とは言え、自分からその本の話題を出すとがめついみたいに思われそうで嫌なので、まあ彼が忘れていたのなら忘れていたで仕方ないと特に触れたりしないまま、私たちはいつも通りにそのままマンガの話などをしながら電車に乗る。そして何事もなく、学校へと向かって行った。

 何事かは有って欲しいところなのだけれど無事に、あっという間に辿り着いた私のクラスの教室の前で、浅沼くんと私はいつもの挨拶を交わす。


「んじゃ、また」

「ん、うん。また」


 返した挨拶は若干引きつってしまっていたかもしれないが、結局彼は、まるで本の貸し借りの話など私が見た夢の話なのではないかと思うほどけろりとした様子で、颯爽と自分のクラスの教室がある階へ行ってしまった。



             ◇



 ――私は、紙の本を全く読まないというわけではないのだけれど、小中学生の頃に買ってもらって読んでいた少女マンガが大量に部屋に溜まり、どうしてもゴチャゴチャしてしまうのが嫌になって、特に大事な作品以外は処分してしまった。大きい本棚が無くなった部屋はすっきりするし、部屋の片づけをしながらついつい本を読み始めちゃうなんてことも無くなる。

 それに電子書籍であれば、電車内の時のようにスマホでいつ何処でも読むことができるし、度々無料で最新話まで公開されて追うことができる作品も沢山あるから、紙の本を読まなくなって困ることはほとんどなかった。


 だから、ママからの「本を借りれば」という発想は、私にとって目から鱗で、聞いた時にはその手があったかと小躍りしたものだった。「浅沼くんの」オススメの本を貸して欲しいと頼むことで、まだ私の知らない、彼の好きな作品を新しく知ることもできるし、これは天才的なアイデアだと思ってワクワクしながら私はすぐに浅沼くんにお願いしたのだった。

 その時の彼の反応は、そんなに悪くはなかったと思うのだけれど……。

 ……もしかして、いざ本を選ぶとなった時に、よく考えたらやっぱり面倒臭くなったりしてしまったのだろうか?

 思えば、「オススメの本」と簡単に言うが、ただ自分が好きだからという理由だけで選んで渡しても、それが相手にウケる作品だとは限らないし、じゃあ私に刺さりそうなものを選ぶとしたら……などと考え始めたところで、あるいは浅沼くんはこれまで私の趣味や人間性をそこまで深く考えたことがなく、選定に迷ってしまったのかもしれない。

 昨日は軽い気持ちでお願いしてしまったが、こうして考えてみると、中々に面倒なこと言ってしまったように思えてくる。浅沼くんが今日何も言わなかったのは、本を選ぶのが面倒で重荷だからやっぱり断りたいということを私には悟られないようにして、そんな面倒なことを恥知らずにも頼んでしまった私を後悔させまいという気遣いの可能性もある。仮にそうであれば、私があえて本のことを掘り返してしまったら、更に彼を困らせてしまうことになるだろう。

 それなら、このまま何事もなかったように済ましてしまった方がいい。面倒なことを言い出す面倒な奴だともし思われてしまっていたらもうしょうがないけれど、今後はなるべく、私のわがままで浅沼くんを困らせてしまうことは言わないよう注意していくしかない。


 ……よし、そうだ。本の貸し借りは昨日私が見た夢の話に違いない。昨晩どんな夢を見たか、なんて話ほど下らない話題はないし、わざわざ浅沼くんに付き合わせることじゃない。いつものように、今朝のように、マンガや小説の話をしているだけで私は満足なのだ。


 そう思いながら、終業式を終えてホームルームも済まし、そして下校時間になって校門で浅沼くんと合流する。彼はいつも通りの颯爽とした佇まいで、明日から夏休みに入ってこうして会うことも無くなるということへの寂しさなど微塵も無さそうな澄ました顔で、私と肩を並べて駅へと歩いていく。



             ◇



 電車に乗り、一駅一駅を越えていく度に「この時間よまだ続け」と心の中で密かに祈っていたのだけれど――当然のことながら祈りは誰にも届かず、この瞬間だけ相対性理論が都合よく時間の長さを捻じ曲げてくれることもなく――いつも通りの平常運転で、車両は私たちの降りる駅へと到着してしまった。


 いつもの会話は続けながら、悪あがきにホームの自販機で飲み物を買ったりして時間稼ぎしたりするも空しく、とうとう私たちは改札を出て、分かれ道へ。

 このまま真っすぐ進めば浅沼くんの家がある方面の出口で、右に曲がれば私の家がある方面の出口に繋がる。つまり私たちはいつもここで「んじゃ、また」「うん。また」と言い合ってそれぞれ帰路につくのである。


 私は浅沼くんの「んじゃ」を待つために彼に視線を向けると、何やらカバンを肩から降ろして中身を探っていた。それはいつもはしていない仕草だ。

 財布でも探しているのかとも思ったが、もう改札は出た後だし、そもそも彼は定期券をスマホケースに入れているから、わざわざカバンから財布やパスケースを取り出して改札を潜っているわけでもない。逆にカバンにしまい直す物も無いはずだ。


 それなら学校に忘れ物したことに気付いたのか――などと質問しようとしたところで、浅沼くんはカバンから一冊の本を取り出し、私に差し出した。


「これ、昨日言ってたオススメのやつ。多分吉田さんも楽しめると思うから、読んでみて」

「えっ。あっ、うん」


 今言うべきは絶対に、えっあっうん、ではない。ないのだけれど、全く想定していなかった展開に、脳がフリーズしている。


「えっ、あれっ? ありがとう。今日、特に何も言ってなかったから、まさか持ってるとは思ってなかった。え、ありがとう」

「すぐ渡して荷物にさせるのも悪いかなって。それ、返すのはいつでもいいから」


 えっ……、荷物が増えることを気にしてくれたの?

 むしろさっき目の前でこれ見よがしに買った飲み物の方が重いくらいなのだけれど。

 浅沼くんから両手で受け取ったその本は、単行本だからそれなりのサイズではあるものの、気持ち的には何なら手を離したら空に浮いて行ってしまいそうだった。


「あっ、うん。わかった。ありがと」

「うん。そんじゃ、また」

「ん、うん、また」


 私は本を手にしたまま、ありがとうを無駄に三回も言った以外には特に何も言えずに、その場で呆然と浅沼くんの背中を見送った。



             ◇



 夏休みが始まってから数日が経った。私はもう何日目か分からないくらい、浅沼くんに借りた本を眺めていた。


「……夏南、それ、読まないの? 借りたんでしょ?」


 台所で夕飯の準備をしているママが呆れたように、私を見る。この本を浅沼くんに借りてから、私はそれを開いて読むでもなくテーブルの上に置いては色んな角度から眺めたり、写真を撮ったり、触ったりして堪能していた。


「えー、なんか、まだ勿体ないし……」


 夏休みはまだ始まったばかりだし、まだもう少し、浅沼くんに本を借りたということの余韻に浸っていたい気分なのだけれど。私はご飯で好きなおかずは最後に食べる派だ。


「読んで、感想言ってあげれば良いんじゃない? 貸した側にしてみれば、感想もらえると嬉しいと思うし」

「――ママ、天才!?」


 その手があったかと、私はまたも小躍りする。それなら浅沼くんと連絡を取る口実にもなる。本を借りるということはなんて良いこと尽くしなのだろうと、私は感心が止まらない。


「ってか、本を返すついでに会ってデートなり誘えばいいのに。会いたいんでしょ?」

「いやいや、そういうんじゃないし。さすがにそれはないし。別に会わなくてもやり取りできるし」

 こうしてはいられないと、私はすぐさま本を抱き、駆け足で自室へと向かう。


「今の子って、進んでるんだか遅いんだか、分かんないな」

 ママが何か言っているのが聞こえたが、気にしないことにした。



             ◇



 それからは速かった。自室の机の前に座り、一息で浅沼くんから借りた本を読み切った。というのは気持ちの問題で、夕飯とかお風呂とかトイレとか、何回か中断はあったけれど、読み始めてからは夢中になり気付いたら窓の外がすっかり明るくなっていた。時計を見ると、朝の五時過ぎだった。


「――はぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~………………………、良がっだ……」


 感嘆の溜め息が出るほど良い作品だった。冒頭で現在を描いた不穏な文章をチラ見せさせられて一気にのめり込まされ、主人公の過去回想でヒロインとの逢瀬を描きながら物語が進んでいき、気になって仕方がなかった現在の主人公とヒロインの関係性が、ラストに一気に明らかになるというラブストーリー。溜め息しか出ない展開に、意識を完全に持っていかれた。ラブストーリーと言っても主人公とヒロインは最終的には結ばれないのだが、それでもバッドエンドではない。最後まで遠くからお互いを大事に想い合うという、切なくも温かい感動が残るエンディングだった。

 だったのだけれど、溢れる涙が止まらない。切なさと温かさが胸の奥から止め処なく溢れて抑えきれない。机の上に溜まったティッシュの山は、涙によるものか、鼻水によるものか。とにかく全部が枯れるほど泣いた。


「………………っ、はぁ………………」


 本を閉じ、机の前に座った体勢のまま口を半開きにして呆ける。頭の中に物語の世界が何度も蘇っては過ぎていき、感動の余韻に全身が痺れていた。そんな状態がしばらく続き、物語に浸っていた意識が少しずつ現実へと戻ってき始めたかと感じた頃に、「ふぁあ……」とあくびが漏れた。


「………………」


 意識が現実へ戻ると、頭は物語から徐々に「どうして浅沼くんがこの本を選んだのか」という方向へと向いてきた。


 面白かった。私の趣味にも刺さった。浅沼くんは私がこうして楽しめると思ったから、ただそれだけの理由で、この作品を選んだのだろうか?

 内容をさらい、邪推する。この作品では主人公とヒロインは結ばれない。ずっと近い場所で過ごし、近いはずだった二人の距離は実は少しずつ離れていて、最後には永遠に別たれることになる。その結末が、何かを示唆しているとしたら?


「いやいやいや、それは考え過ぎ……だよね……?」


 誰も何も言っていないのに、何かを考えないようにと私は首を振った。誤魔化すように、他意はないはずだという裏付けを探すように、再び本を開き物語の結末付近のページをペラペラと捲っては目を滑らせる。


 ――そこでふと、ページに何かの跡があることに気付いた。ページののどの部分、つまり本を綴じている内側の奥の方に数か所だけ、点のようにまばらに紙がふやけているような部分があったのだ。


 一体これは何の跡だろうかと、ふと首を傾げた直後……机の上のティッシュの山が視界の隅に入り、思いつく。鼻水――ではない。これは恐らく、涙の跡だ。

 浅沼くんも、この本を読んで感動し、涙したのだ。多分……一応可能性として、そもそも涙ではなく飲み物であったり、あるいは浅沼くんが私以外の人にもこの本を貸していたり、浅沼くん自体が誰かからこの本を譲られたりしていて、これが別の人によるものだということも考えられるが、まあそれこそ、考え過ぎだろう。


「……浅沼くんも泣いたんだ」


 それを思うと、笑みが零れる。同じ作品を読んで、ほとんど同じタイミングで涙を流している。ただそれだけで、どうしてこんなに嬉しい気持ちになるのだろうか。もしこれが映画で浅沼くんの隣で見て泣いていたのだとしたら、ティッシュの山から察せられるように割りとゾッとする状態なのだけれど、時と場所を越えて彼と感情が繋がれたのが、心から嬉しかった。


 そしてそれが、紙の本だからこそ窺うことができたのだということに、私は気付いた。そう言えば紙の本はこうやって貸し借りができるのが便利だなあと思っていたのが、まさかこんな喜びが隠されているとは知らなかった。電子書籍を読んで涙したところで、画面に染みはできない。画面をティッシュで拭いて終わりだ。

 後で、「意外と紙の本もやるじゃん」とママに一言言ってあげよう。メリットデメリットにばかり目が行っていたけれど、ママが言っていた通り、それだけでは語れない「思い出」が紙の本にはあるのだと、私は知らされることになった。


「……ん?」


 だが、それだけでは終わらなかった。パラパラとページを捲っていたら、巻末の奥付のページの間に、紙が挟まっていることに気付いたのだ。正確には、この本の購入時に挟まれていたであろうチラシや巻かれていた帯が折り畳まれてまとめられていたのだけれど、その中に明らかに異物の、ノートの切れ端のような紙が混ざっていた。


 その紙を抜き取る。ただの切れ端ではあるが、よく見ると手書きの文字が並んでおり、つまりこれは浅沼くんからの手紙だった。借りた本には、手紙が挟まれていたのだ。

 そこには見覚えのある浅沼くんの字で、こう書かれている。


『読み終わったら、話したいことがあるから、会えると嬉しい。いつがいいか、よかったら連絡ください』

 

 

 

「……マ、ママぁあああああ~~~~~~~~~~~~!?」

 

 まだ早朝だったにも関わらず、私は大声で叫びながら、部屋を飛び出していた。

 

 

 

 

 




この物語はフィクションですが、作中作『シャークチョップ』は、藤本タツキ先生の『ルックバック』『チェンソーマン』をオマージュさせていただいております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ