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夜の駄菓子屋

「それじゃ、ザンカ。ルナの事をよろしく」

「ふん」

 ザンカの返事を聞き、ヨミカと白髪の男はマンションからでてきた。月明かりと街灯に照らされているおかげで、明るくなっている夜道を二人は歩いていく。

「なにか怒っているの?」

 隣を歩いている……白髪の男の顔を見上げながらヨミカが口を動かしている。

「うん。なにがかな? ヨミカちゃん」

 笑みを浮かべつつ白髪の男は答えている。

「ま、答えたくないなら別に良いんだけど。あんまり空気をぴりつかせないでよね」

「空気がぴりついているのは……おれのせいじゃないと思うよ。ヨミカちゃん」

 そう言い、白髪の男は目を細めている。

 ルナに、教えてもらった小道のあるほうを見つめ白髪の男は口笛を吹いている。どこかさみしそうな曲が聞こえているからかヨミカは肌寒そうに歩いていた。

「わたしの勘違いだったようね。楽しそうに口笛なんか吹いたりして……なにか面白い事でも分かったのかしら?」

「んー、それもあるけど。またヨミカちゃんとデートができて、うれしいって思っているだけだよ」

「デートじゃなくて、小道をしらべるだけ」

 ヨミカが唇をとがらせている。そんな彼女の姿を可愛いとでも思っているのか白髪の男が声をだして笑っている。

 小道に近づくたびに人通りは少なくなり。白髪の男の笑い声だけが……少しずつ鮮明になっていく。さらに空気もぴりついていた。

「それはそうだけど、ヨミカちゃんと二人でいくなら、例え地獄でもデートみたいなものだよ。おれにとっては」

「せめて天国にしてくれない? あなたとのデートのほうはがまんしてあげるから」

「ふーん。それなら、手をつなぐのもがまんしてくれないかな?」

「握りつぶされても良いなら喜んで、がまんしてあげるけどね」

「それでも良いから……さ。ヨミカちゃん」

 歩いているヨミカをとめるように白髪の男が彼女の目の前に右腕を伸ばしている。

「ザンカに嫉妬でもしているの?」

 白髪の男の手を握りながらヨミカが聞いている。

「いや。むしろ、ザンカちゃんは良いヒントをくれたと思っているよ。それよりも、おれの右手を握りつぶさないの?」

「思ったよりもかたいだけよ……それに道をきれいにするのも大変だろうからね」

 にやついている白髪の男の言葉を軽くながして、ヨミカは左手に力をこめていた。

 なにか気になる事でもあるようで、白髪の男がヨミカの顔をのぞきこんでいる。辺りを警戒し、気づいてないのか彼女の表情に変化はなかった。

「そろそろ、例の小道かな?」

「そうね」

「必要ないかもしれないけどさ、そこのコンビニで飲みものでも買っておく?」

「あれは駄菓子屋よ」

 月明かりに照らされている駄菓子屋の店先におかれている、冷凍ショーケースを指差しながらヨミカは言っている。

「コンビニとなにか違うの?」

「子どもが好きなお菓子を専門に販売をしているお店、って感じかしらね。駄菓子屋は」

「ふーん。吸血鬼のほうで例えると、甘味の強い血だけを選別して、販売をしているお店って感じだね」

「それは、かなり違うと思う」

 と言うか血に甘味とかあるのか? とでも考えているようにヨミカが首を傾げている。

 もの珍しいとでも思っているのか白髪の男が駄菓子屋のほうを見つめていた。

「まあ、時間もあるし。いってみる?」

「ん、そうだね。ザンカちゃんに食べさせてあげるのも面白そうだし」

「ストーカーは食べないの?」

「おれにはヨミカちゃんがいるからね。昼間の血は甘かったし、また飲ませてほしいな」

「はいはい……口説き文句ね」

 本当なんだけどね。とでも言いたそうな顔つきをしている白髪の男は、ヨミカに駄菓子屋のほうへと引っぱられていった。

「ん。でも、子どもが好きなお菓子を専門に販売しているのなら、こんな時間までやっているのは変じゃない?」

「うーん」

 なんて説明をすれば良いんだろうか? と悩んでいるのか、立ちどまっているヨミカがうなり声を上げている。

「ストーカーには、と言うよりも吸血鬼には分からないかもしれないけど。大人の人間には子どもの頃をなつかしく思うタイプもいるのよ」

「へー。変わっているね、そのタイプ。大人のほうができる事が多いんだから、子どもの頃なんて思いだす必要もなさそうなのに」

 やっぱりか、とでも言いたそうな顔をしながらヨミカが息をはきだしている。

「けれど、なんとなくそのタイプの考えかたってものは……分かるような気がするよ」

「そう」

「意外?」

「んーん。吸血鬼にもそんなタイプがいたとしても、全く不思議じゃないと思う」

「あはは……ヨミカちゃんのそんなところも好きだけどさ。やっぱりエクソシストとしては変わっているよね」

 笑っている白髪の男の顔を見上げながら。

「そうね」

 と、ヨミカも笑っていた。

「んー、ヨミカちゃん……ほれちゃった?」

「安心して、そんな事はないから」




 駄菓子屋の店先におかれている冷凍ショーケースをヨミカと白髪の男が見ていると店の奥から下駄の音が聞こえてきた。

「いらっしゃい」

 老年の女性だとは見えないほどにはきはきと、ヨミカと白髪の男に声をかけている。

「ごめんなさい。もしかして……もうお店を閉めるつもりだったとか?」

「いやいや……ここは今ぐらいからが稼ぎ時だからね。謝る必要はないよ。ただ、珍しいカップルだと思ってね」

 老年の女性はヨミカと白髪の男の顔を交互に見ながら口を動かしている。

「そっちの彼氏は、吸血鬼かな」

「ええ。そうですね」

 ヨミカは、白髪の男の右手とつないでいる自身の左手を見て……なにかを諦めたような表情をしていた。

 白髪の男は冷凍ショーケースに入っているアイスクリームが珍しいようで、老年の女性を見ようともしていない。

「それで夜にデートかい」

「まあ、そんなところですね。吸血鬼なので菓子屋が珍しいみたいで」

「そうかい。まあ、ゆっくりしていきなよ」

 老年の女性はそう言うと冷凍ショーケースから、ミカンのような形の容器に入っているアイスクリームを、ヨミカと白髪の男にそれぞれに渡した。

「あ。えっと、いくらですか?」

「珍しいカップルを見せてもらったからね。ちゃらだよ……ちゃら」

「ヨミカちゃん、ちゃらって?」

 老年の女性から渡された、ミカンのアイスクリームを見ながら……白髪の男がヨミカに聞いている。

「タダ……このアイスクリームをくれるって事よ。すみません、ありがとうございます」

 ヨミカと白髪の男に背を向けたまま、右手を振っている老年の女性はゆっくりと店の奥に消えていった。

「あの……ばあさん。なんで、おれが吸血鬼だって分かったんだろうね?」

 駄菓子屋の店先におかれている冷凍ショーケースの横にある赤いベンチに座りつつ白髪の男が不思議そうな顔をしている。

「多分、吸血鬼をあんまり見た事がない世代だから分かったんだと思う」

「三百年ぐらいかな、あのばあさん」

「失礼な事を言わない」

 ミカンのアイスクリームにくっついている葉っぱの形をしているスプーンを外しつつ、ヨミカが唇をとがらせている。

 白髪の男もヨミカの動きを真似て、葉っぱの形のスプーンを手に取っていた。

 ミカンのアイスクリームの蓋を外すと……ヨミカは、その中に葉っぱの形のスプーンを差しこんで、薄いオレンジ色のものをすくい上げていく。

 一口、二口、気に入ったようで……ヨミカはぺろりと平らげていた。

「食べないの?」

 空になったミカンのアイスクリームの容器を近くのゴミ箱に捨てながら、ヨミカが白髪の男を見つめている。

「ヨミカちゃんの食べっぷりが良いからね、見とれちゃってた」

「そう。と言うか、わたしの事をほめてくれたりするけど恥ずかしくないの?」

「本当に思った事を言っているだけだし……こっちからすれば、なんでもっとストレートに伝えないんだろう? って思ったりもするね」

 白髪の男も葉っぱの形のスプーンを使い、ミカンのアイスクリームを一口……口の中にほうりこんでいる。

「甘いね、これ。ヨミカちゃんが気に入ったのも分かるよ」

「アイスクリーム、はじめてだっけ?」

「ヨミカちゃんと一緒に食べたのはね」

 白髪の男の台詞を聞き、ヨミカはいやそうな顔をしながら赤い舌をだしている。

「本当……気楽そうね。悩みとか、あんまりないんじゃないの?」

「いや。一つか、二つぐらいはあるよ」

「へー、どんな……って。ストーカー、少しずつだけど大きくなってない?」

 目を丸くしているヨミカは言っている。

「あー、いや……逆だと思うよ」

「逆?」

「うん、逆。ヨミカちゃんが小さく、いや。若返っているって感じかな」

 ミカンのアイスクリームを食べつつ白髪の男はうれしそうに……若返っているヨミカを見下ろしていた。

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